『感動共有!』
◆
────やっぱり、放送まではここに残ろう。
感情と理念のせめぎ合いの末、円堂が発した指示に従い各々待機していた。
仗助の遺体を安置させてから、もう3時間以上経過している。
さすがにそんな長時間、4人で固まって同じ場所にいるのもなんだろうと、放送時に1階の家具販売エリアで集合することを決めた。
幸いにもこの家電量販店はかなり大きい。
家具や寝具が1階に集中しており、2階では家電が大量に配置されている。
3階には洋服や雑貨、フードコートもあるためここに籠城することも十分可能だ。
渋谷では珍しい立体駐車場もあることから、元は相当需要があったのだろう。
マップに記載されていることもあり人目に付きやすいのが難点だが、広い分逃げ道も確保しやすい。
円堂の判断に異論を唱える者は、当然現れなかった。
「…………フリーレン、……フェルン……」
そして、1階の家具エリア。
ダイニングチェアに腰掛けて、机に突っ伏す体勢で仲間の名前を呟くシュタルク。
佑芽達を守ると決めた以上、ここを離れるつもりはないが、それでも仲間の身を案じる気持ちは膨れていく一方である。
フリーレンもフェルンも自分とは比べ物にならない実力者だが、ここにはマハトやソリテールもいる。
そういった“怪物”がいる中で、あいつらなら大丈夫と無責任に言えるほど、シュタルクは楽天家ではなかった。
「どうぞ」
胸中で渦巻く不安が、不意にかかる声によって霧散する。
顔を上げたシュタルクの目の前に、芳醇な香りと共に湯気を立てるコーヒーカップが置かれた。
「おっさん」
「飲むといい。寝ないつもりだろう?」
微笑みと共に、吉良吉影が隣に座る。
几帳面な彼の性格を表すかのように、椅子の上の塵をさっさと払って。
自分のコーヒーに口を付ける吉良の姿をぼうっと眺めたあと、シュタルクの視線は行き場を失った。
「なんつーか」
やがて、彷徨った末にコーヒーカップへ。
波打つ黒い水面に映る自分の顔は、やはり不安げだった。
「夢みたいだよな」
「夢?」
「俺さ、思うんだ。ほんとは悪い夢なんじゃないかって。
違う世界から100人くらい集められて、殺し合えなんて……馬鹿げてるよな」
本気で言っているわけじゃない、というのは吉良もわかっている。
話に聞く限りシュタルクは本当にこの場に突然集められたのだ。
バイツァダストという“きっかけ”があった吉良とは、気の持ちようがまるで違う。
旅の途中で拉致され、殺し合いを強要され、今やこうして呑気に椅子に座っている。
「俺、どうすりゃいいのかな」
平穏とも呼べる時間が過ぎる度に、シュタルクの心は静かに消耗してゆく。
全員を守らなければいけないプレッシャーと、首に巻かれた爆弾のタイムリミットが忍び寄る不安。
背もたれに立てかけられた雷槌は、何のためにあるのだろう。
愛用の武器でもない得物で、果たしてどれだけやれるのか。
この場で初めて出会った範馬勇次郎がもしも悪意を持った人物だった場合──きっと、負けていた。
そんな自分が円堂たち全員を守ることなど、果たして本当にできるのだろうか。
己の弱さから目を逸らすように、コーヒーカップから床へと視線を彷徨わせる。
「シュタルクくん」
コーヒーを半分ほど飲み終えて、吉良が口を開く。
「気負いすぎだよ、君」
「んな事言ったって……気負うなって方が無理だよ」
「そうは言うがな」
言葉の途中だというのに、吉良はまたコーヒーを啜る。
数秒続きを待ったが、それ以上の慰めは来なかった。
「そういやおっさん。今、何時だ?」
「5時26分……あと30分程度で放送だね」
「そんなに経ってんのか」
シュタルクがこの5時間半でやったことといえば、勇次郎に気絶させられて仗助の遺体を運んだ程度。
エルフやドワーフとは異なり人間の時間感覚を持つ彼にとって、5時間半というのはかなり長い。
或る者は戦い、或る者は死に、戦局が動くには十分すぎる時間だ。
「フェルンとフリーレン、どうしてっかな……」
気を抜いたら、こうやって泣き言が出る。
彼の本質は円堂と同じく、出来れば多くの人間を助けたいという献身的な欲求によって成り立っている。
自分が可愛くないわけではないが、何もせずここで待機をしていられるほど大人でもない。
もしも近くで誰かが襲われていたのなら、迷わず飛び出すくらいにはお人好しだ。
違いといえば、キャプテンという責務を背負い慣れている円堂に対して、シュタルクは自分でなにかを決めるという経験に富んでいないというところか。
「君は優しいんだな」
「はぁ?」
確信づいたような吉良の物言い。
倦怠感に弛む身体を起こし、シュタルクは目を丸くする。
「あれこれ悩んでいるということは、優しい人間の特権だ。
大丈夫、なんとかなる……そうやって気づかないうちに後悔への道を進んでいる奴らと比べたら、随分立派だ」
「……誰かと比べてどうか、とかじゃないんだよ」
「語弊があったね。それでも、私から見た意見は変わらない」
吉良は特段表情を変えないまま、席を立つ。
ただの優男とはまた違う、どこか堂々とした佇まいには死線をくぐり抜けたような雰囲気さえ感じる。
「円堂くんのことをどう思う?」
「そりゃ、優しいやつだと思うよ。……それに、強い」
突然そんなことを聞かれても、月並みな言葉しか出てこない。
吉良は少し口角を上げては「そうか」と返し、窓から差し込む薄明の光を浴びる。
彼の周囲を漂う埃の粒一つ一つが煌めいて、どこか幻想的に映るものの、吉良本人はそれを丁寧に払っていた。
「私も出来れば彼を死なせたくない。
円堂くんは他人の為に本気で悲しみ、本気で怒れる人間だ。
私のように、世間体を気にして自我を忘れてしまったような人間よりもよっぽど価値があると言える」
「……おっさん」
「もしも私を重荷に感じたら、迷わず切り捨ててくれ。
ただ、円堂くんや花海くんだけは護ってやってくれないか」
シュタルクは吉良吉影という人間をよく知らない。
出会って数時間、こうして2人になるタイミングもなかったから当然ではあるものの。
夜の帳を脱ぎ捨てながら淡々と呟く彼を見て、シュタルクは吉良吉影を誤解していたことを悟る。
「あんたでもそういうこと言うんだな」
「……どういう意味だい?」
「いや、気を悪くしないで欲しいんだけどさ。
自分の身が一番大事、って奴は何人も見てきたんだ。
そういう奴らは大抵、戦えるヤツに全部任せてくる。
戦いも、判断も。そんでそれが間違いだってわかった途端、態度を変えるんだ」
別にそれが悪いことだとは思ってない、と。
真意か分からないフォローを挟みつつ。
「私がそういう人間に見えていたと?」
「ちょっとだけ、な」
「おいおい……ひどいな」
至極当然、といった様子で言ってのけるシュタルク。
対する吉良も、さほど気にとめている様子はなかった。
当たり障りのない時間だが、ほんの僅かに緊張がほぐれた感覚にシュタルクは息をつく。
「なぁ、おっさん」
「うん?」
「慰めようとしてくれたのかもしれないけど、自分を安く見るようなこと言うのは、もうやめてくれよな」
「……ああ、わるかったね」
絶対に守る、なんて無責任な発言はしない。
けれどシュタルクにとっては、見捨てるという選択肢もない。
円堂と吉良が両方ピンチになった時が来れば、そのどちらも助けようとするだろう。
じゃなければ、シュタルクは自分を許せない。
「私は先に合流場所で待っているよ」
「ついてくか?」
「いや、いい。もう少し休んでいてくれ」
そのコーヒーもまだ飲んでいないだろう、と。
言われて初めて、熱を失い始めるコーヒーの存在を思い出す。
急かされるように顔を俯かせ、カップに口を付けるシュタルクの後ろを吉良が通る。
「頼りにしてるよ、シュタルクくん」
そして、肩を叩く。
その手は、吉良吉影のものではなかった。
◇
これは“保険”だ。
シュタルクはただの馬鹿ではない。
もしも私の正体に気付かれた場合、色々と面倒なことが起きそうだ。
奴の身体能力を前に戦闘となった場合、キラークイーンの顕現よりも先手を取られる可能性がある。
危険因子は一つでも多く排除しておくのに越したことはない。
もしもシュタルクに危険がないと判断したら、爆弾を解除すればいい。
こいつ一人のために“第一の爆弾”の枠を割いておくのも、それはそれで自分の首を締めることになるのだからな。
それまではこいつの力をあてにさせてもらおう。
私のことを、死ぬ気で守ってくれなきゃな。
◇
──2階、家電エリア。
テレビやパソコンといった分かりやすい機械コーナーを抜けた先にあったのは、マイクコーナー。
花海佑芽の提案により向かったそこは、彼女の予想通りの舞台が目に飛び込んできた。
「これ……ステージ?」
「うんっ! 円堂くん、元気ないなーって思って!
気分が沈んでる時は、楽しい曲を聴くとマシになるよ!」
家電量販店のマイクコーナーは、一角に小さなステージとして仕立てられていることが多い。
初星学園の生徒であれば、自前で練習用のマイクを購入している者も少なくはなく。
姉である咲季──ストイックという言葉が服を着て歩いている彼女に倣って、佑芽も当然知識をつけていた。
ステージが導入されている家電量販店は、一部に限られる。
なかったらどうしようと心配していたが、杞憂に終わったようだ。
「それにしても……かなり本格的だなぁ。森口さん、アイドル好きなのかな?」
「こういうの詳しくないけど、やっぱり凄いんですか?」
「すごいよ! ここまで試供に命かけてるお店、初星学園の近くにしかなかったからっ!」
興奮気味の佑芽に対して、円堂はあまりピンと来ていない。
しかし知識がないなりにも、どことなくその空間が異質なことには気がついていた。
「たしかに……なんというか、ギュイーンッ! って感じだな……」
「そうそう! ドバババーンッ! って感じでもあるかな」
床は少し高くなった黒いプラットフォームで、周囲を低いガードや手すりで囲まれ、舞台らしく区切られている。
天井から照明が集中的に当たり、スポットライトが艶やかなマイクスタンドを照らしていて。
壁や背面には黒いカーテンや吸音パネルが貼られ、音の反響を抑える工夫がされている。
ステージ中央にはマイクスタンドが何本か並び、ワイヤレスマイクや有線マイクが手に取りやすい高さで展示されていた。
近くにはアンプや小型スピーカーが置かれ、実際に声を出して試せるようになっている。
床にはケーブルが丁寧にまとめられ、つまずかないよう配慮されている。
周囲の棚にはカラオケ用マイク、配信向けコンデンサーマイク、ゲーム用ヘッドセットマイクなどが並び、価格タグや「試聴OK」のポップが目立つ。
無人の家電量販店という不格好な景観の中でも、ここだけは少し特別な空間として浮かび上がっていた。
「──よしっ!」
「……花海さん?」
素人目ながら感心していたところで、意気込む佑芽が円堂の隣を抜けてゆく。
ぴょんぴょんと軽快な足取りでステージの中央に立ったかと思えば、ワイヤレスマイクを一つ手に取って。
空いた方の手で足元のアンプのスイッチを入れ、細い指先で金属の筒を握り締める。
『あーあー、……うん! いい感じ!』
音量調整の必要はない。
花海佑芽ほどにもなれば、自身の塩梅で“丁度よさ”を見つけ出せる。
スピーカーを通して響く透き通った明瞭な声は、まさしく佑芽のものなのに。
なぜだか、ステージの中央に立つ彼女は──別人のようだった。
『みなさん今日は集まって頂き、ありがとうございますっ!』
溌剌とした、それでいて冗談めかした声が。
僅かにかかったエコーと共に、ふわりと広がっては消えてゆく。
『今日はちょっと、初心にかえってみようかな~なんて』
観客は一人。
いつもの人混みがない分、自分の声が遠くから返ってくるのがおかしくて、口元が緩んだ。
「…………」
円堂は思わず座り込む。
呆然と開いていた口は、まるで水を差すことを許さないとばかりに固く噤まれて。
少年は、目の前の偶像に只々魅入っていた。
『えへへっ、Begrazia(ベグラツィア)が結成されてからは、一人で練習することも減ったから。
ソロで歌うのは久しぶりだけど……頑張ります!』
華やかさなんてない普段着。
メイクアップだって済ませてない。
前段階をすっ飛ばしたゲリラライブなのに、そこに立つアイドルは自信に満ちていて。
『…………』
目を閉じて数秒だけ沈黙。
胸の奥底で、鼓動が少し速まるのを感じる。
馴染みのある浮遊感。
自然とリズムを取る踵。
そして────
『────聞いてください。花海佑芽で、“初”』
次の瞬間、空気が変わった。
目を細め、ゆっくりとマイクに唇を寄せる。
さっきまで弾んでいた声色が、嘘のように凛々しさを帯びる。
背筋がすっと伸び、肩の力を抜いて、佇まいそのものが切り替わった。
派手さの一切ない普段着が、まるで特別に仕立て上げられたアイドル衣装のように映る。
その先にあった光景。
円堂はそれを、一生忘れることはない。
◇
音楽は、ない。
ぶっつけ本番のアカペラ。
それなのに、伴奏が聞こえてくる。
舞台の上で踊るのは、花海佑芽。
触れれば爆発しそうな危うさは、とうに消え失せて。
自由奔放なのに、所作一つ一つが緻密に練り上げられているような。
ある種幻想的な風景を、全身で生み出している。
『────♪』
澄んだ歌声、躍動的なパフォーマンス。
活き活きとしたダンスに、眩しい笑顔。
全てが高水準。初星学園においても最高峰。
この領域に至るまでどれだけ研鑽を重ねたのか、分野は違えどスポーツに身を置く円堂だからこそ感じ取る。
『────!』
ペース配分を度外視した全力ぶり。
なのに全く醜さを感じさせず、客席に飛び込んでくるかのような迫力。
己の魅力と武器を最大限に理解していなければ、こんな芸当は不可能だ。
アイドルの文化に全く触れてこなかったはずなのに、円堂は深く、深く惹き込まれる。
『────』
一瞬だけ、視線が交錯する。
広い売り場には変わらず円堂を除いて誰もいない。
蛍光灯の弱い光が、マイクの棚とケーブルの山を淡く照らしているだけだ。
それでも彼女は、その一人のために歌い続ける。
次のフレーズを少しだけ丁寧に、少しだけ強く。
アンプから溢れる歌声が、円堂の肩を上下に揺らす。
歌詞の一つ一つを、彼女の所作を拾い上げることに夢中で、息を殺していた。
『────♪』
サビに入る。
目を閉じて、頭を大きく後ろに逸らす。
歌声が一段と高く、鋭く、天井まで突き抜けるように響いた。
殺し合いという鬱蒼とした暗がりの中。
花海佑芽は変わらず、光(アイドル)である。
地平線から溢れ出した朝焼けが、空を駆け上がるように。
サッカー少年の心を覆う分厚い曇が、ゆっくりと押し退けられていった。
◇
────歌が終わった。
最後の一音がスピーカーから消えた瞬間、店内を満たしていた響きが、まるで吸い取られるように消えていく。
アンプの電源はまだ入ったまま、微かなノイズだけが黒いカーペットの上に残っている。
佑芽はマイクからゆっくりと顔を離し、息を長く吐いた。
静寂が、一気に戻ってきた。
無人の家電量販店のマイクコーナー。
棚に並ぶ無数のマイクも、スピーカーも、ヘッドフォンも、何ひとつ動かない。
さっきまで響いていた歌声の残滓すら、もうどこにもない。
まるで最初から何も起きていなかったかのような、深い、完全な静けさ。
火照った肌を包み込む空気に、佑芽はどこか満足感に駆られた顔で一礼をする。
────パチ、パチパチ──!
静けさを破ったのは、拍手の音だった。
我を取り戻した円堂は、口を開くよりも先に賞賛と敬意を送るために動いていた。
「すごい……すごいよ! 花海さん!」
「へへへ、それほどでも……あるかなぁ~~!」
マイクを戻した佑芽は、照れた様子でステージから飛び降りる。
先程までの幻想的な偶像としての姿はどこへやら、大型犬のような人懐っこさで円堂の手を取って。
「円堂くん! 元気でた!?」
「え? ……ああ、……出ました! すっごい出ました!」
そもそも、気落ちしていたことすら忘れていた。
それほどまでに佑芽のミニライブに心打たれ、夢中になっていたことに、今になって気恥ずかしさすら感じる。
「本当に凄かったです! 俺、こういうの見るの初めてだけど……心に響いてきて!
不安とか悩みとか、全部吹っ飛んじゃいましたよ!」
瞳を輝かせて佑芽を見つめる円堂。
その瞳に差していた陰りは、確かにこの瞬間だけは鳴りを潜めていて。
どうだと言わんばかりに胸を張る佑芽を見て、円堂は一つ思い至った。
「…………そうだ、マイク……」
考え込む円堂へ、佑芽が首を傾げる。
思いついた案は、危険を伴う行為だ。
キャプテンという責務を果たすのならば、避けた方が無難な選択かもしれない。
けれど花海佑芽のライブを見た事による高揚感と、彼の根底に潜む善性が、思考を麻痺させる。
佑芽のライブは、凄かった。
歌や踊りなんて殺し合いの場ではなんの力もない。
そんな陳腐な常識を覆す可能性を秘めていて、世界が塗り替えられていく感覚だった。
あんなライブを見せられたら、誰だって戦いの手を止めて考えを改めてくれるのではないか。
本気でそう思えるほどの輝きを、目の当たりにしてしまった。
「すいません、花海さん」
「も~~! 佑芽でいいよ、そんなに歳も変わらないんだからっ!」
「結構変わると思……あ、いや! 佑芽さん、ここって外に放送できる場所ってあったっけ?」
突飛な疑問だった。
佑芽は少し考えたあと、絞り出すように答える。
「多分、大きい家電屋さんって店内放送と屋外放送を切り替えられたような……。
ほら、ここなんて特に天井とかにスピーカー埋め込まれてるみたいだし!
都会だと宣伝のために外にスピーカー置いてるのも珍しくないから……多分、あるっ!」
「そうか……ありがとう、佑芽さん!」
2人とも家電屋の構造なんて知らない。
けれど確かに、マップに載っているだけあってかなり本格的な設備が揃っているようだ。
そうと決まれば話は早い、と。
円堂は従業員専用の扉を目指して走り出す。
「あ、円堂くんっ!」
後ろから追ってくる佑芽。
ライブ終わりとは思えない機敏な動きで円堂と並走する彼女は、どこか得意げに笑っていた。
「ふっふっふっ……読めたよ、円堂くん! 円堂くんがやろうとしてること!」
「……やっぱり、危ないかな」
「ううん、やろーよ! あたしは応援してるよっ!」
「…………ありがとう!」
佑芽も円堂も似た者同士だ。
人は誰しも優しくなれるという性善説を、本気で信じている。
特に円堂は、影山零治や吉良星二郎という取り返しのつかないことを仕出かした犯罪者を見てきた。
その上でも、彼らには彼らなりの信念と矜持があったことを理解している。
そして、仗助を殺したゼオンも。
許せはしないが、死なないで欲しい。
もしも改心してくれるのなら、受け入れたい。
心の底からそう思っているほど、お人好しなのだ。
「佑芽さんごめんっ! 機材の使い方、教えてくれ!」
「まかせてっ!」
そんなんだから、理解できない。
真性の善人だから、考えが及ばない。
「スイッチ入れたよ! いつでもどーぞ!」
「ありがとう! よし、……やるぞ!」
人が持つ“狂気”を。
人が持つ“悪意”を。
生涯、知ることはないだろう。
◆
『────みんな、聞いてくれーーーッ!』
『俺は円堂守! この殺し合いに反対してるッ!』
『みんな、森口の言うことなんて聞く必要ない!』
『あいつの言いなりになって人を殺すなんて、絶対に間違ってる!』
『みんなで協力すれば、絶対に森口を倒せるさ!』
『もし同じ考えを持ってたら──森口の放送が終わったあと、A-4の家電量販店に来てくれ!』
『────大丈夫! 絶対なんとかなるッ!』
◆
どうするべきかと、吉良は思慮に耽る。
マップを改めて見てみると、この家電量販店はどうやら特別施設として記載されているらしい。
今は円堂の指揮のもと待機しているが、いずれこの場所を目当てにやってくる者もいるだろう。
殺し合いに乗らない者であれば百歩譲って受け入れてやってもいいが、その逆であった場合厄介だ。
シュタルクの実力は知らないが、あまり過信できない。
(もし人が増えるようだったら、適当なところで切り捨てなくちゃあな)
そもそもの話、吉良にとってこの集団に拘る必要はない。
古畑のような観察眼の持ち主がおらず、扱いやすい馬鹿の集まりだから居座っているだけ。
いざとなれば切り捨てるつもりだし、口封じも辞さない。
戦いとなった場合矢面に立つであろうシュタルクを爆弾に変えたのも、その理由。
現状一番の戦力であるシュタルクを爆殺してしまえば、後の2人はどうとでもなる。
キラークイーンを目撃されたところで、数秒もあれば抹殺できるのだ。
その後支給品を回収した上で逃げ出してしまえば、今後の生存にも有利に働く。
特に佑芽に関しては、出来ればあの手を入手したいと思っている。
(いや、あまり荷物を増やし過ぎるのも悪手か……)
現状、吉良の支給品は由比ヶ浜結衣の母親の分を含めて3つ。
ルールによれば支給品は1~3つ配られるらしい。
もしも支給品の確認が行われた場合、それ以上の数を所持していれば当然疑われる。
仲間が死んだとでも言い訳できればいいが、嘘を重ねすぎるとどこかでボロが出るだろう。
特に古畑任三郎に出会った場合、今度こそ言い訳が出来なくなる。
いいやその前に、由比ヶ浜結衣の母親の手と首輪を見られたらおしまいだ。
支給品の1つの瓶を取り、ラベルに視線を凝らす。
“運の仙薬”と書かれたそれは、どうやら服用から3分間、幸運を与えるらしい。
万が一の場合はこれに頼らなければならないが、出来れば早々に使いたくはない。
───“この先、少なくとも『命の授業』を無事に終えたいのなら、ご趣味は控えた方がよろしいかと。”
「チッ……!」
やはり、この集団はまだ利用価値がある。
ゲーム開始から6時間が過ぎようとしている今、改めて関係値を築く必要がない場所は貴重だ。
特にデイパックを見られるわけにはいかないのだから、その提案の可能性が低い以上よほどの理由がない限り手放したくはない。
やむを得ない理由を除いて、危険を冒す必要はないだろう。
『────みんな、聞いてくれーーーッ!』
「な……ッ!?」
そして今。
その、“やむを得ない”ことが起きている。
『俺は円堂守! この殺し合いに反対してるッ!』
「……ッ、なんだ……これはッ!?」
スピーカーを通じて流れる放送。
音量からして、明らかに店内ではなく屋外に向けたものだ。
聞き馴染みのある声に鼓膜をビリビリと灼かれる中、吉良の全身から嫌な汗が噴き出す。
『みんな、森口の言うことなんて聞く必要ない!』
(マズイ──ッ! ……あの、クソカスが……ッ!)
馬鹿な中学生だとは思っていた。
だからこそ扱いやすいと思っていたのに、こんなことを仕出かすとはまるで想定外。
まさかここまで考えが至らないガキだとは。
膨れ上がる殺意を表情に出したまま、焦燥に駆られて階段へと向かう。
『あいつの言いなりになって人を殺すなんて、絶対に間違ってる!』
「おっさん、この声──」
途中、シュタルクとすれ違った。
しかし一瞬も気にとめず、吉良は階段を駆け上がる。
動悸と焦燥に心臓が締め付けられる思いだ。
甚大なストレスによって、心身ともに節々が悲鳴を上げている。
『みんなで協力すれば、絶対に森口を倒せるさ!』
(黙れッ! 頼むから黙ってくれ──ッ!)
2階の家電コーナーへ転がり込む。
辺りを見渡して、目に飛び込んできたのは従業員専用の入口。
息せき切って、一目散に突っ走る。
『もし同じ考えを持ってたら──森口の放送が終わったあと、A-4の家電量販店に来てくれ!』
ダメだ、マズイ。
みるみる吉良の顔色が青く染まる。
居場所まで告げてしまった以上、この先何が起きるのかなど想像に難くない。
文字通り血相を変えて、扉をぶち開けた。
『────大丈夫! 絶対なんとかなるッ!』
「その放送を止めろッ!!」
ブツン、と。
吉良がそう叫んだ時にはもう、円堂自らの手でスイッチが切られていた。
鬼気迫る吉良の怒号に驚愕する円堂と佑芽。
ぽかんと口を開ける2人を前に、吉良は頭を抱える。
過剰なストレスにより催す吐き気を、喉の力で抑え込んで、円堂に詰め寄った。
「円堂くん……キミ、なぜこんなことを?」
「あ……、……」
口角がひくつき、声には溢れんばかりの殺意と憤怒。
どうにか口調だけは取り繕っているものの、焼け石に水である。
最初の印象が嘘のような吉良の表情を見て、円堂は己のしでかしたことの大きさを自覚する。
「ダメじゃあないか、勝手にこんなことをしちゃ……」
「ッ……ご、ごめんなさい。でもやっぱり、仲間を集めた方が──」
「言い訳をしろ、なんて言ったか?」
今の吉良は冷静さを欠いている。
度重なるストレスに加えて、今回の放送が決め手となった。
先ほどまでの思考を全て投げ捨てて、ここでキラークイーンを出してやろうかと。
本気でそう考えるくらいには、円堂に対しての殺意を堪え切れない。
「──ま、まってくださいッ!」
そんな円堂と吉良の間へ、両腕を広げた佑芽が割って入る。
「あたしが円堂くんに勧めたんですっ! 責めるならあたしを責めてください!」
「ッ……佑芽さんは悪くない! ごめんなさい、吉良さん! 俺が勝手に暴走したんだ……!」
やいやいと責任を被ろうとする2人の言葉など、もう耳に入っていない。
どちらが悪いかなんて関係ないのだ。
今ここでこいつらを殺さなければ、今後必ず障害となる。
それを確信した吉良は、両者を睨みつけながら殺意を爆発させた。
「『キラー』──」
「────おい、おっさんッ!」
突如、背後から降りかかるシュタルクの叫び。
反射的に吉良は言葉を失い、瞠目した様子で振り返る。
まさか、キラークイーンの存在がバレたか。
いくら爆弾に変えているといえど、キラークイーンの顕現が終わっていないこの状況でシュタルクと対峙するのはマズイ。
吉良のそんな危惧とは裏腹に、シュタルクは事有り顔を浮かべていた。
「正面から人影が近付いてきてた! もうすぐこっちに来る!」
だが、それとは別の事態が発覚。
まさかこんなにも早く嗅ぎつけてくるとは。
佑芽と円堂から視線を切り、親指の爪を噛む。
(どうする──ッ!)
時間はそう残されていない。
もうじき第一回放送も控えている。
狼狽する円堂、困惑する佑芽、焦燥するシュタルク。
全員に心労を抱きながら、吉良はひたすらに思考を巡らせていた。
【A-4 家電量販店 2階バックヤード/早朝(放送直前)/1日目】
【円堂守@イナズマイレブン】
[状態]:疲労(中)、全身に痛み
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1~3
[思考・状況]
基本方針:キャプテンとして相応しい行動をする。
0:俺、間違ってたのか……?
1:仗助の意志を継ぎ、この手で皆を守る。
2:ヒロトを探して協力したい。
3:緑川……。
※FFI優勝後からの参戦です。
【シュタルク@葬送のフリーレン】
[状態]:健康
[装備]:ハイボルテック@モンスターハンターワイルズ
[道具]:基本支給品、不明支給品×0~2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしない。
0:放送を聞いて近付いてくる奴らに警戒する。
1:佑芽達を守る。
2:フリーレンやフェルンを探す。
[備考]
※少なくともソリテール討伐後からの参戦です。
※キラークイーンに肩を触られています。
【花海佑芽@学園アイドルマスター】
[状態]:疲労(小)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、不明支給品×1~3
[思考・状況]
基本方針:皆で協力してバトルロワイヤルを終わらせる。
0:もしかして……大変なことになっちゃった!?
1:みんな大変そう! あたしにもなにか出来ることないかな?
2:美鈴ちゃんと合流したい!!
※初星コミュ4章7話、花海咲季達に勝利した後からの参戦です。
【吉良吉影@ジョジョの奇妙な冒険 Part4 ダイヤモンドは砕けない】
[状態]:健康、若干の高揚、ストレス(極大)、承太郎へのトラウマ(極大)、円堂への殺意(大)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×2(由比ヶ浜結衣の母親の分込み)、由比ヶ浜結衣の母親の右手と首輪、運の仙薬@JUDGE EYES:死神の遺言
[思考・状況]
基本方針:生還する。
0:この状況を切り抜ける。
1:能力を隠したまま、この集団を利用する。
2:古畑を警戒、気になってストレス。
3:仗助が死んだお陰で気が楽。
4:機会があれば花海佑芽の手も入手したい。
※救急車に轢かれる直前から参戦です。
※スタンドは誰にでも視認でき、バイツァ・ダストは使えません。
【支給品紹介】
【運の仙薬@JUDGE EYES:死神の遺言】
由比ヶ浜結衣の母親に支給された仙薬。
原作においては服用してから3分間の間、バトル勝利時に敵がアイテムを落とす確率が上昇する。
本ロワにおいては服用から3分間、飲んだ者の運が飛躍的に上昇する効果となっている。
◆
『────みんな、聞いてくれーーーッ!』
幼さの残る溌剌とした少年の声。
ノイズのないそれは、家電量販店を抜けてよく通る。
金髪の青年──アナキン・スカイウォーカーもまた、その声を間近で聞いていた。
「……子供か」
また、子供だ。
立て続けに少女2人を殺めたばかりであるアナキンは、なんの感慨もなく呟きを落とす。
他者の人生を奪うことに対する抵抗感など、とうに切り捨てた。
老人であろうと子供であろうと、悪人であろうと善人であろうと、変わらない。
全て等しく、アナキンからすれば奪わなくてはならないものなのだから。
「好都合だ」
元より義手の修理と、首輪探知機の作成のために向かっていた家電量販店。
そこに参加者がいることが確約されているのならば、足を運ばない理由がない。
ブオンと音を立てて、青い光刃が地へと走る。
この武器を手にするということは、アナキンの目的が差し変わったことを意味する。
休息や修理のためではなく、狩りの為に。
今一度、シスとしての在り方を確かめるために。
アナキン・スカイウォーカーは、家電量販店の正面へ立つ。
駆け引きはいらない。
裏口から入る、なんて姑息な手は要らない。
無機質で、事務的な表情を浮かべたまま、アナキンは家電量販店の自動ドアを切り裂いた。
【A-4 家電量販店 正面入口/早朝(放送直前)/1日目】
【アナキン・スカイウォーカー@スター・ウォーズ】
[状態]:暗黒面への転向直後、疲労(中)、右腕義手に損傷
[装備]:ライトセーバー(青)
[道具]:基本支給品一式、不明支給品×1~3、ヒナの首輪、グラディスの首輪
[思考]:パドメを救うため、いかなる手段も厭わない。
0:この放送の主を見つけ出し、殺害する。
1:家電量販店で義手を修理し、首輪を解析して「他の首輪を探す装置」の製作を試みる。
2:このゲームを最短で終わらせるため、参加者を殲滅する。
3:あらゆる願いを叶える権利が真実なら必ず手に入れる。
◆
『俺は円堂守! この殺し合いに反対してるッ!』
「へぇ……命知らずな奴もいるもんだなぁ」
やや遠目に映る巨大な家電量販店。
ビル群の中でも一際目立つそこから、自殺志願としか思えない放送が響き渡る。
ポールの手すりに背を預けながら、真人と呼ばれる呪霊はぺろりと舌舐りしていた。
ここまで派手なパフォーマンスをしているのだ。
1人や2人、いやそれ以上の参加者が目をつけて乱戦になるのは明白。
アナキンや熹一のような猛者が向かっていた場合、消耗しているこの身では今度こそ危ういが。
しかし、真人の根底が後退りを拒絶する。
「ははっ……やっぱり俺、“呪い”なんだ」
呪いとは、突然降りかかるもの。
災害、不幸、死──そういった抗えぬものを、人は古来から呪いと称した。
ならば、今ここで自分が成すべきことはなんなのか。
呪霊として──そんな大層な大義名分の為ではない。
今真人を突き動かしているのは、純粋な好奇心と快楽。
「さて──今回はどんな風に“遊ぼう”かな」
そいつは、生まれながらにして“呪霊”と呼ぶに相応しかった。
もしも呪霊ではなく、人間に生まれてきたとしても。
その男はきっと、大多数の人間では想像もつかないような悪徳を振り撒き、真っ当とは程遠い生を歩んでいただろう。
好奇心を満たす為ならば、何人だって犠牲にすることも厭わない。
“呪い”だから、真人なのではない。
真人だから、“呪い”なのである。
【B-3/早朝(放送直前)/一日目】
【真人@呪術廻戦】
[状態]:疲労(中)、無為転変の呪力消費大、魂の残量残り7割
[装備]:改造人間のストック×4@呪術廻戦、グラディスの木の枝x2@WEAPONS/ウェポンズ
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~3
[思考]:気の向くままに、魂の赴くままに。
0:家電量販店に向かってみる。
1:せっかくだし、いろんな奴と『遊ぼ』。
2:腸相、苦労して受肉させたんだけどなぁ……。
3:青いライトセーバーの異人(アナキン)は要注意。
4:……まーた短髪のガキと因縁もっちゃったよ。
◆
『みんな、森口の言うことなんて聞く必要ない!』
店舗の外から、放送が聞こえる。
森口の声ではない。となれば、意図的に誰かが流しているということか。
割れた照明の下、適当な布をかき集めて作った即席のベッドに身体を沈ませながら、黒岩満は思考する。
「馬鹿が」
こういった愚行に走る者がいる、というのは想像出来た。
下らない正義感、自分でもなにか成し遂げられるという自己陶酔。
目の前の現実を直視できないバカは、遅かれ早かれ身を滅ぼす。
円堂守という奴がどんなガキなのかは知らないが、大方“勘違い”してしまったのだろう。
万全の状態であれば、一も二もなく黒岩も向かっただろう。
けれど今は、しほによって与えられた傷の治療に専念しなければならない。
少なくとも、森口の放送が終わるまではここに身を潜めていた方が無難だろう。
家電量販店の放送音量からして、きっとあそこは鉄火場になる。
様子見に徹し、漁夫の利ができるという確証があるのならば赴いてもいいが──。
(────慢心、だな)
そんな浅い考えを、黒岩は否定する。
先のしほとの戦いは、得るものが多かった。
一見力のない女子供でも、支給品の力を借りれば思わぬ爆発力を発揮する。
この放送自体が獲物を誘き寄せる罠だった場合。
何らかの手段でこちらの動きを把握出来ていた場合。
狩りに出向いたつもりでも、首を獲られるのは自分かもしれない。
そんなつまらない死に方を迎えるのは御免だ。
活きのいい獲物はいらない。
既に築かれた死体の山から、肉を貪る。
そうやって、最後に生き残りさえすればいい。
狂気と殺意に渦巻くモグラ。
けれどその思考は、氷のように冷静で。
今はまだ、爪を研ぎ澄まし、暗闇の中で息を潜める。
【B-3/店舗内/早朝(放送直前)/1日目】
【黒岩満@JUDGE EYES:死神の遺言】
[状態]:疲労(大)、全身に軽度の打撲、胸骨数本骨折
[装備]:コルトパイソン(残弾数6/6)@現実、アビスデッキ@仮面ライダーディケイド、黒岩満の警察手帳@JUDGE EYES:死神の遺言
[道具]:基本支給品一式、コルトパイソンの予備弾薬×16、不明支給品×1、伏黒恵の不明支給品×1~2(近接武器はなし)、魔導火のライター@牙狼シリーズ、美津子の不明支給品×1
[思考]:この殺し合いの裏を見極める。当面は優勝狙い。
0:しばらくは休息を取る。家電量販店にはひとまず近寄らない。
1:十分な物資が揃うまで、積極的に殺して回る。
2:確実に勝てる時以外の交戦は避ける。
3:西住の人間と八神隆之は必ず殺す。
※参戦時期は最終章、八神との決着直前です。
※ミラーモンスター:アビスラッシャーは消滅しました。
仮面ライダーアビスへの変身および各種カードの使用は可能ですが、アドベントではアビスハンマーしか呼び出せず、ファイナルベントの威力も従来の6割程度に減衰します。
◆
朝焼けの森は、まるで静かに息づく生き物のようだった。
薄い珊瑚の色に染まり始める空。夜の帳が引き上げられてゆき、木々のシルエットが切り絵のように浮かぶ。
針葉樹の尖った頂が、金色の光を最初に受けて輝き、広葉樹の葉はまだ深い影に沈んだまま。
土の香りと腐葉の湿った匂いが混じり合い、そこに鉄錆のような匂いも重なる。
「……ぐ、……」
グランは木の幹に力なく寄りかかり、苦悶の顔を浮かべていた。
その傍らで、5メートル程はある土の人形が跪き、グランへ回復魔法を施している。
“脱出用ゴーレム”──小さな人形の入った瓶には、そう書かれていた。
鏡を行き来するミイラ男から必死に逃走する中、半ば賭けのつもりで取り出してみたがここまでとは。
巨大な体躯から成される走力はグランの目から見ても相当なスピードで、10分足らずで隣接したエリアを跨ぎ、B-4の森へと到着した。
それだけに留まらず、使用者が負傷していた場合簡単な応急処置も施してくれるらしい。
シュラから受けた全身の打撲は、完全に回復とまではいかずとも痛みは抜けた。
問題は脇腹に受けた刺傷。簡単な回復魔法では効果などたかが知れる。
服の一部を使い止血を施したおかげで、出血自体は止まったものの無茶はできない。
役目を終えたゴーレムは砂と化して、もう二度と人の形を保てなくなる。
物言わぬ残滓を、グランは無機質に見つめていた。
(……なにが、エイリア最強のハイソルジャーだ)
この殺し合いが始まってから、自分は何をしていた。
格下と侮っていた緑川に不覚を取り、奥の手を解放させられて。
奇妙な力を持つ漫画家には一杯食わされて。
シュラと呼ばれていた男には体術で負けかけた挙句、あっちの“奥の手”に痛手を負わされた。
これのどこが最強なのだろうと、自尊心に亀裂が走るのを感じる。
「……円堂くん、キミは…………」
円堂守はどうしているのだろう。
彼は変わらず、お人好しな台詞を吐いて人を助けようと奔走しているのだろうか。
或いはその圧倒的な成長力をもって、自分のように殺し合いに乗った者と戦っているのか。
どちらにしても、万全とは程遠い今の自分が会っても決着などつけられるはずもない。
あれほど出会いたかったというのに、今はその執着心に似た感情が鳴りを潜めている。
やはり暫くは治療に専念しなければ、と。
改めて方針を定め直した矢先、彼方まで響く快活な声が鼓膜を叩いた。
『────みんな、聞いてくれーーーッ!』
その声を聞いた途端、心臓が跳ね上がった。
聞き間違えるはずがない。
この熱の入った声に、どれだけ焦がれたか。
それなのに、どうして。
どうして、こんなにも気分が悪くなる。
心臓が肋骨を内側から叩いている。
熱を持った血が首筋や耳の裏へ一気に駆け上がり、こめかみが小さく脈打つ。
呼吸が浅くなって、肺が十分に膨らまない。
指先がわずかに冷たくなりながらも、掌の中央だけはじっとりと汗ばんでいく。
これが歓喜によるものなのか、緊迫によるものなのか。
綯い交ぜになった感情を振り払うかのように、グランは一心不乱に駆け出していた。
『俺は円堂守! この殺し合いに反対してるッ!』
「円堂くん……ッ!」
急激な運動に伴い、脇腹が酷く痛む。
歪んだ唇から掠れながら溢れる呟きは、まるで愛しい人の身を案ずるそれ。
想起されるのは、シュラの言葉。
嬉々として紡がれた悪辣な所業。残虐という言葉だけでは言い表せない俗悪。
人の尊厳を踏み躙り、死すら生温いとばかりに愚行の限りを尽くす。
この殺し合いは、ただの腕試しじゃない。
シュラやその仲間のように、平気で悪意を振りまく怪物がいる。
「円堂、くん……──ッ!」
行かなければならない。
円堂守という光を、目標を。
他の誰かに奪われないために。
他の誰かに穢されないように。
「円堂くん、円堂、……くん──っ!」
円堂守は、自分にはないものを持っていた。
勝利至上主義の世界で生きてきた自分では、持ち合わせていなかった、サッカーを楽しむ純粋な心。
どんな逆境でも諦めない姿勢で、仲間を惹きつける圧倒的なカリスマ。
彼を越えることで、自分もそれを理解できるのではないかと、そう思っていたのに。
今まさに、それが奪われようとしているのだったら────
赤髪の少年は、矛盾を抱えたまま疾走する。
円堂守を倒したいのか、守りたいのか。
答えを見つけられないまま、ひたすらに音の在処を目指して。
【B-4/森の中/早朝(放送直前)/1日目】
【グラン(基山ヒロト)@イナズマイレブン】
[状態]:右足にダメージ(小)、脇腹に深い刺傷(処置済み)、疲労(大)、シュラ、コスミナ、チャンプに対する激しい嫌悪感、性的な行為そのものに対する嫌悪感
[装備]:ザ・ストライカー@FINAL FANTASY Ⅹ
[道具]:基本支給品、不明支給品×1、不明支給品(緑川リュウジ)×1
[思考・状況]
基本方針:ハイソルジャーの力を示す。
1:家電量販店へ向かう。
※エイリア編、雷門イレブンとの決着前からの参戦です。
※リミッターを解除することで限界以上の力を引き出せますが、消耗が大きいです。
※ヘブンズ・ドアーによって「岸辺露伴、佐倉千代を攻撃できない」という命令を書かれました。
※第一回放送直前、A-4家電量販店から円堂守の屋外放送が響きました。
【支給品紹介】
【脱出用ゴーレム@葬送のフリーレン】
全長20cmほどのゴーレムが入った小瓶。
蓋を開けると5メートルほどの全長のゴーレムが出現し、使用者を安全な場所へ避難させる。
また、治癒魔法によって軽い負傷を治してくれる。
最終更新:2026年10月12日 02:13