霜を履んで堅氷至る ◆vV5.jnbCYw
「起きろよ。」
男性のものにしては聊か高い声が、氷月の鼓膜を揺すった。
「……ここは?」
意識がはっきりとし始めて、辺りを見渡す氷月。
目に入るのは、深い森の中の景色。
緑谷出久と戦った場所からは離れているが、そう遠くはないことが伺えた。
「少し苦労したんだぜ、君の拘束を解いて、それから他の『奴等』がいない所に運ぶのはね。」
声の方向に振り向くと、継ぎはぎが印象的な男がそこに立っていた。
顔は青白く、痩せていておおよそ強そうには思えない。
彼が所属していた司帝国には、若さと力を第一に置いていたのもあり、彼よりもずっと強靭に見える者ならいくらでもいた。
だというのに、両手を広げて友好的な微笑みを浮かべているこの男からは強さや弱さという以前に、底知れぬ何かが伝わって来た。
「ありがとうございます。おかげで助かりました。」
本来ならこの男も願いをかなえるためには殺さなければならないが、武器も支給品もない今、素直にお礼を言うことにした。
「じゃあお礼と言ってはなんだけど、教えて欲しいことがあるんだ。君を捕らえた奴等のことを。」
「奴「等」とはどういうことですか?私を攻撃して捕らえたのは、緑谷という少年1人だけですが……。」
□
出雲風子と別れてから、真人は温泉方面に進んでいた。
彼自身、温泉という場所は人が集まりがちな場所だと知っているし、もしかすると名前も知らぬ同胞がいるかもしれない。
そんな期待から、温泉へ近づくと早速魂の姿が目に入った。
1つは人間のそれらしき魂。
もう一つ。いや一つと言うべきなのか、が少し離れた場所にある。
(アレは何だろうな……)
真人は温泉の囲いの隙間越しに見える緑谷出久の魂を見て思考する。
まるで彼には、幾つもの魂が集まっているかのように見えたからだ。
正確に言うとそれは魂ではない。
それは緑谷というヒーローがオールマイトの力、正確にはワン・フォー・オールを継いだ者達の力を内に秘めているからだが、そんなことを彼は知る由もない。
(何だろうな……魂であって、魂でないものが集まっているような?)
是非お近づきになりたい所だが、それを躊躇わせる要素が1つあった。
不思議な形をした魂が、真人にとって極めて不快な輝きを放っていたからだ。
それこそ、かつて自信を追い詰めた虎杖悠仁と似たような、正義感の塊のような人間にしか持てぬ魂をしていたからだ。
下手に近づけば、あまりいい思いをしないというのは薄々察しがついた。
(それよりも……アッチの方だよね。)
迂闊に戦いを挑むほど愚かなことは無いと知っている。
特にこの世界は、真人が知らぬ要素が元の世界以上にあるのだから猶更だと考える。
まずはその近くにいた人間に話を聞くべきだと考えた。
「うん。俺自身の方は変わりはないみたいだ。」
自身を呪力で変形させる。
身体を一反木綿のような形に変形させ、音も立てずに窓から建物に入る。
温泉とつながっている建物の中、人間の魂を形作る場所に入ると、一人の白髪の男が拘束されていた。
(変な魂をした男にやられたのかな?)
人間の姿に戻ると、今度は右手をナイフの様にさせ、男の拘束を断つ。
そのまま男に触れ、抱える。
さっさと魂を弄りたおして殺すのもありだが、それは後でやっても遅くない。
(早くずらからないとな……温泉に浸かっている奴がいつ戻って来るか分からない。)
おかしな魂を持つ男に見つかってしまえば、折角こうしてひっそりと入り込んだのが無駄になる。
そのまま気絶したままの氷月を抱え、森の方へ逃げる。
□
氷月は説明した。
自分を倒した男、緑谷出久という男のことを。
そして、出久から聞いた個性社会のことも。
「そしてその男は、気さくに話しかけておいてから私を攻撃して、道具も奪ったんですよ。」
勿論、自分が先に攻撃したということを話さず。
(ふむ……あのおかしな魂は、『個性』ってヤツが一枚噛んでいるのかな。)
情報の断片を集めて、一体どうなっているのか考える真人。
しかし、氷月から聞けば聞くほど、厄介な相手だということが伝わった。
危機察知能力に、一撃で敵をノックアウトさせる攻撃力。
(もしかするとその個性とやらで、俺が攻撃されてもおかしくないな……。)
呪霊であり、普通の攻撃では殺すことが出来ない真人にも、ダメージが通る可能性を危惧しなければならない。
2人がかりで出久を殺すことではなく、さらに遠くに離れることを選んだ。
「ねえ、1つだけ言ってないことがあったよね。氷月はさ、この殺し合いで願いをかなえてもらおうとしているよね。」
「………!」
緑谷出久といい、どうしてこの世界の奴らは自分の考えていることを見破って来るのか。
苛立ちは強くなる一方だったが、槍も持っていない今、迂闊に攻撃するのは悪手だと考え思いとどまる。
「そう目くじら立てなくてもいいよ。俺は君が殺し合いに乗っているからと言って、断罪するような正義感は持ち合わせていないからね。
けれど代わりに俺の質問に答えて欲しいんだ。」
真人は魂を知覚出来るが、それで分かるのは大まかな喜怒哀楽までであり、嘘や思考の詳細まで見抜くことは出来ない。
だが、緑谷出久のような魂を持った者が殺し合いに乗っているわけは無いと思ったので、こちらの方がクロだと感づいていた。
「氷月はさ、人に「心」があると思う?」
森を歩いている中、突然真人は氷月に質問をしてきた。
かつて吉野順平にし、この世界でも出雲風子にした質問だ。
(この世界は皆俺を見れるらしいし、もっと学ばないとな。)
自分を見える人が多いということは、即ち学べる相手も多いということだ。
「………無いに決まっているじゃないですか。」
まるでゴミ溜めの中で這いずり回っている虫でも見るかのような目で、答えを口にする。
「心なんて信奉するのは、脳味噌の溶けた愚か者だけです。」
「まあ、言ってることは分かるよ。人間って奴は存在しないものに縋らないと生きていけないからね。」
人間が言葉遊びが好きな理由と同じだ。
とはいえ、真人が生まれた一因にもなっているのだが。
今までには無い回答に、真人は嬉しいような、驚いたような顔を浮かべる
もしもの話、氷月がずっと先の世界で千空達と協力して戦っていたら、回答も変わっていたかもしれない。
だが、ここにいる氷月はそうではない。
彼にとって重要なのは「何を思っているか」の感情よりも「何が出来るか」の優秀さなのだ。
「それで、愚かな人間は嫌いなのかな?」
「嫌いに決まっているでしょう。無能たちは権利を当然のものとして感謝もせずに享受し、そのくせ義務を果たすことを嫌がり、挙句の果てに優れた人間達の足を引っ張ろうとする。」
真人は氷月の魂が、次第に波打っていくのを感じた。
この男は、心の底から思ってそう話していることが、魂の代謝から伝わった。
「俺はそうは思わないな。愚かな人間は愚かさゆえの魅力があると思うんだよ。」
真人は曲げた人差し指を顎に当て、考えているかのような素振りで答える。
自分の意見を否定され、マスクの裏の口を歪めるが、すぐにその表情を戻した。
「もしや、「利用しやすい」ということですか?」
彼の経験で例えるなら、硫酸ミストの毒性を確認するために、樹上から雑兵を突き落として殺害したように。
「君との会話はストレスが無くて助かるよ。」
真人は呪霊の世界を作るに至って、人間全てを殺そうとは思わない。
何人かは生かして体のいい玩具として使おうと考えている。
勿論、目の前の男も含めて。
「氷月がこの殺し合いに乗っているのも、愚かな奴らをのさばらせておきたくないからか。」
「ええその通りです。私が野蛮人共を管理しなければ、あの世界も腐ってしまう。」
彼の思考は揺るぎのないものだった。
それゆえ、道具にし甲斐のある相手だった。
「俺は君を肯定するよ。けど一つ聞きたいことがあるんだ。もしも君が『選別される側』に回されたらどうするんだい?」
「その相手がちゃんとした人間ならば従えば良いだけでしょう。そうでないなら回そうとする側に近づき、その人間を玉座から引きずりおろせばいいだけです。」
「そのために必要な武器が無ければ?」
マスク越しにも分かるほど、その顔に怒りが表れる。
彼の両目の黒い部分が極めて小さくなり、握りしめたその手は震えている。
現在、氷月は武器どころか、支給品さえ持っていない。
得意武器である槍を持っていても厳しい中、徒手空拳で10人殺すのはいくらなんでも無理がある。
勿論目の前にいる男はどんな人間なのか不明だが、少なくともこの男に頼りすぎるのは危険だと考えた。
それでも、のんびり材料から石槍を作る訳にもいかない。
「そんなことだろうと思ってたよ。武器は無いけど、『武器を作れる物』はあるんだ。」
武器があるのかないのかはっきりしろと氷月は言いたい衝動を抑えるのに苦労する。
「ほら、これ。」
「は?」
真人がザックから取り出したのは、気持ちの悪い形をした木の実だった。
氷月がこの殺し合いに呼ばれる前にいたストーンワールドでも同じことが言えるが、ろくな医療が受けられそうにないこの場所では、とても食べる気にはならない代物だ。
「これを読みなよ。本当は俺もこの木の実のことはよく知らないんだけどね。」
御親切に説明書を渡した。
そこには、それが『ヒエヒエの実』という名の『悪魔の実』の一種だということが書いてあった。
そして、食べる全身か冷気を放出し、あらゆるものを一瞬で凍結させる氷結人間となり、身体が氷に変化するという。
「これに書いてあることが本当なら、食べればこうやって氷で作った槍とか出来るんじゃない?」
真人は掌を槍のような形にして、遊んでいるかのような態度で接する。
「そんなものがあるなら、なぜ君が食べようとしないのですか?」
「どう言えばいいかな。俺はこれを食べなくても、似たようなことが出来るからさ。」
真人は槍の形にした手を、鉄の槍の様な姿に変え、氷月の隣の木に刺す。
動きそのものは尾張貫流槍術を会得している氷月に比べれば素人臭さが否めないが、問題はそれではない。
水が氷になるかのように身体の硬度を瞬時に変えるなど、明らかに氷月のいた世界の生き物には出来ぬ行為だ。
「やっぱり俺は武器とか使い慣れてないからな~。本職と同じことは出来ないや。」
「君は……一体?」
すっとぼけたような顔をした真人とは対照的に、氷月の表情は固まったままだった。
今のは何なのか、全く分からなかったが、この真人という男が人間ではない何かだということは確かに分かった。
「一言で言うと、「人間が生み出した人間ではない何か」かな。」
真人は微笑みを絶やさない。
「それでどうするの?これを食べるの?」
(落ち着け……いくら相手に主導権を握られたからと言って、取り乱すのは脳味噌の溶けた山猿共だけのすることだ……。)
グロテスクな形状の木の実と、人の姿をした何かを繰り返し見つめる。
この実を食べればどうなるのか、想像もつかない。
もしかすると全てこの化け物の罠で、説明書も別のものとすり替えられているのかもしれない。
だが、言う通りなら確かに新しい力を得られる。なんなら緑谷出久にも報復が出来るかもしれない。
「別に食べなくても、俺は何もしないよ。そんなことをしなくても俺は君の思想だけじゃ無く、全てを肯定するから。」
そんな氷月の考えを見越して、声をかける真人。
「ただ、君の思想を守るためには、これは役に立つんじゃないかなと思っただけだよ。」
この男は、やがて自分に危害を加えるのだと氷月は分かっていた。
なぜなら、自分が逆の立場ならば体のいい餌と甘言でいいように利用し、最後に相手を捨てるか殺すかするからだ。
だからといって、気持ちの悪い木の実を食べる以外、この正体不明の怪物から逃れる手段もない。
森の中を沈黙が支配する。
氷月が取った選択は……。
【B-6/森/1日目・未明】
【氷月@Dr.STONE】
[状態]:負傷(小)、不快感
[装備]:無し
[道具]:無し
[思考]
基本:ポイントを貯めて願いを叶える
1:ヒエヒエの実を食べるか?
2:脳が溶けている参加者を中心に殺してポイントを稼ぐ
3:真人をどうにかしたい。
[備考]
※参戦時期はZ=79前。
※緑谷から危険人物について教わりました。(死柄木、オール・フォー・ワン、トガヒミコ、マスキュラー、ステイン)
※自分とは違う世界があることを理解しました。
【真人@呪術廻戦】
[状態]:健康 愉悦
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、 ヒエヒエの実@ONE PIECE ランダム支給品2、君に伝えて@アンデッドアンラック
[思考]
基本:狡猾に行こうか。呪いらしく、人間らしく。
1:この殺し合いの中で楽しみ、新たなモノを学ぶ。
2:彼女(風子)はちょっと警戒対象かな?
3:氷月……君は馬鹿にしている相手の次くらいに愚かな存在なんだよ。
3:虎杖悠二、今度こそお前は殺してやるよ。
[備考]
※参戦時期は15巻から
『支給品紹介』
【ヒエヒエの実@ONE PIECE】
真人に支給された悪魔の実
食べると泳ぐことが出来なくなる代わりに、あらゆるものを凍結させることが出来る。
また、氷を作ることで疑似的に槍や剣を作ったりすることも可能である。
本ロワでは食べたとしても、一度に凍らせる表面積には限りがある。
最終更新:2022年10月31日 23:23