沸血インヘリット ◆Il3y9e1bmo
刻一刻と朝日の近づく空に浮かぶ鬼ヶ島を尻目に、鬼の王たる鬼舞辻無惨は苛立っていた。
「クソッ、傷の治りが遅い……!」
先程の爆発を受け、身体はすぐに再生すると高を括っていたが、想像以上にダメージは深いようだった。
一応受けた傷は再生中ではあるが、無惨には現状懸念点が三つあった。
一つは、朝が近いこと。
現在は未明だろうか。朝日が出るまで、長く見積もってもあと4時間はある。
だが、無限城のような完全に太陽光から逃れて籠城できる場所を確保できていないのは、無惨にとって紛れもない痛手であった。
二つ目は、配下の鬼どもが即座にポイントを献上に現れないこと。
先程の爆発により遠隔意思疎通能力が上手く働かないが、それでもおぼろげになら主の位置は分かるはずだ。
それなのに黒死牟、童磨、猗窩座の三人は未だに現れない。彼らに何があろうと無惨の知ったことではないが、即座に馳せ参じないのは尊厳が傷ついた。
最後の三つ目は、想像以上に強い参加者が多いこと。
鬼狩りか、それに毛の生えた人間ばかりがこの殺し合いに参加しているとばかり思っていたが、妙な術や器具を使う者たちが多く、今もそこそこのダメージを負っているのは事実である。
無惨は怒りに沸騰しそうな頭でそう思う一方、彼の妙に研ぎ澄まされた第六感がまだ見ぬ強者たちとの苦戦を予感させた。
「血、か――――」
稀血で無くとも良い。とにかく人間の血液を補給する必要がある。
少なくともこの状態のままでは日光から逃れるのも限界があった。
ひとまずは他の参加者を喰らい血を補給、傷を完全に再生させる必要があると無惨は考えたのだ。
無惨は全身から触手を伸ばし、それらを地面に沿うように這わせた。
これで地表の振動を読み取り、他の参加者を探そうというのだ。
――数分間、静寂が流れる。
「いた!」
無惨が目を見開き、微かにどす黒い笑みを浮かべる。
距離にしておよそ800メートル。捕捉対象は身長180センチを超える男性のようだ。
「思えば久しぶりの血だ。触手で吸うのは味気ない」
鬼らしい思考で、無惨はその哀れな男の喉笛を直接裂いて血を啜ることを決めた。
無惨は即座に脚部の筋肉を圧縮。地を抉るように蹴り、超高速で距離を詰める。
もう目視が可能な距離だ。ツル無しの色入り眼鏡をかけた男だった。まるでこちらに気づいていない。まあ仮に気づいても、回避不能な距離なのだが――
「――ぐはッ!」
気づくと、無惨はその場にへたり込んでいた。これまでの戦い――いや、一方的な捕食で地に足を着かされるのは生涯二度目だった。
「すみません、もし間違っていたら申し訳ないのですが――」
即座に体勢を立て直そうとした無惨の目の前に、ツル無し眼鏡の男が立ち塞がる。
「――あなたはこの殺し合いに乗っていますね?」
見ると、男は手にネクタイを巻き付けていた。まさか、それで無惨を殴ったのだろうか。
無惨は身体を無理やり再生させ、挑戦的な顔で男を睨みつける。
「ああ、癪だが乗っている。だとしたら、どうする? これから私に喰われるだけの――」
人間が、とまで言い切ることはできなかった。
喋っている途中に呪符でぐるぐる巻きにされたナタのような呪具で喉を裂かれたからだ。
「呪霊――とは異なりますね。ちゃんと実体化しているし、呪力も持っていない。しかし、ただの人間ではないようだ」
眼鏡の男――七海建人は平然とそう言い放ち、再度無惨を呪具で斬りつけようとした。
だが、無惨もただやられているばかりではない。咄嗟に伸ばした肉の触手で木を掴み、そのままワイヤーアクションの要領で木々の中に逃げ込む。
この、不味いと思ったら「逃げに徹する」というのが無惨の厄介なところだった。
「この私が一方的に斬られただと……!」
無惨は煮えくり返りそうな腹の中で思考する。あの男は強い。しかも、なぜか自分にダメージを与える術を持っている。それは認めよう。
だが今、自分は血を飲まねば後々困るだろう。先程、触手で周囲の状況を探ったが、一番近くにいるのはあの眼鏡の男だった。
ここで敗走を自分に許せば、またイチから探知を行った上で移動をせねばならず、そうこうしていては空が白み始めるのは時間の問題だった。
そして何より、つい先程まで四人相手に蹂躙を行っていたという事実が無惨の薄くて安いプライドを揺るがせた。
「絶対に許さん。殺してやるぞ……!」
無惨は再生中の身体に無理を押し、全身に真空を発生させる口と、触れるもの全てを削り取る触手を形成する。
「おや、先程とはずいぶん姿が変わりましたね。そういえば自己紹介がまだでした。私は、七海建人といいます」
慇懃な態度でそう言いながら、七海は呪具を構えた。
「ついでに私の術式を説明しておきましょう。私は、対象の長さを線分した時に7:3の比率の点に強制的に弱点を作り出すことができます。
弱点を的確に攻撃することができれば、あなたのように格上の相手にも大きなダメージを与えることができます」
「フン、血鬼術のようなものか。だがこれから殺される相手に自分の能力を教えるなど、愚の骨頂」
七海の説明を無惨は笑う。彼は自分の能力が知られていないからこそ、戦いにおいてはメリットになると考えていた。
例えば上弦の肆・半天狗の血鬼術など、自ら明かしてしまっては死に能力もいいところだ。
だが、彼は知らない。呪術師の術式は、"縛り"によって強化される。自身の術式を開示することによって、その威力は段違いに上がるのだ。
「――はあッ!」
無惨が振るう肉の触手を、七海は7:3のピンポイントで次々と両断していく。
そして、色付きの眼鏡。最初に見た時は視界を狭めるだけの格好つけかと思ったが、視線が読みにくく、意外と回避に役立っていた。
「そういえば、ですが――」
触手を斬りつけながら、七海が口を開く。
「あなたは、本当にこれから10人も殺して50ポイントを集めるつもりですか?」
25ポイントで「ポイントの譲渡」のルールを追加するというのは考えていませんか、と。
無惨はほう、と思った。確かにそれは慧眼だ。
仮に殺した参加者が大量のポイントを保持していた場合も無駄にならない。
なにより、黒死牟たちに集めさせたポイントを、いざとなれば回収することができる。
無惨は体内に無駄に増やした脳で、先に25ポイント払うのが得か、はたまた50ポイントで願いを叶えるのが得かを考えて始めていた。
――だが、そんな隙を見逃す七海ではない。
あっという間に距離を詰め、必殺の攻撃――すなわち『黒閃』を放つ体勢に入る。
「――くッ!?」
しかし、血泡を吹き、地に倒れたのは七海だった。
「……ッく、クハハハハハ! 油断したな。私は日輪刀で斬られたのでなければ、一度切断された触手だろうと動かすことができるのだ」
いくら呪力が無惨にダメージを通すことができたとはいえ、日輪刀の斬撃とただの呪力とでは、やはり天と地ほどの差があったようだ。
無惨は触手を振りかぶる。今度こそ仕留めた。その壮健な血肉を存分に喰らってやる、と。
BOOOOOOM!!
しかし次の瞬間。太陽光かと思えるほどの光量――爆光が辺り一帯に降り注ぎ、無惨は思わず身体が硬直してしまう。
その一瞬を狙い、ツンツン頭の少年が、七海を無惨の攻撃範囲から引っ張り出していた。
「おい、シチサンのオッサン! 大丈夫か!!」
少年――爆豪勝己の個性は『爆破』。汗腺からニトロのような物質を出し、それを爆発させることができる。
「オッサ――いえ、今はいいです。助けてくれてありがとう。しかし、どうしてここが?」
七海は自身の着ていたシャツの袖を破き、止血を行う。幸い、臓器や太い血管は貫通していないようだった。
「あのクソ前髪野郎が寄越してきた支給品の中に、ビブルカード? ってやつが入っててよ。それを辿ってここまで来たら、オッサンが倒れてたンだ」
爆豪もヒーローの卵とはいえ、やはり十代の少年だ。七海の傷ついた姿に動揺が隠せないようで、視線が少し揺れている。
「俺は爆豪勝己。――大・爆・殺・神 ダイナマイトっていうヒーローだ。アンタは一般人(モブ)で、あっちのザンバラ髪が敵(ヴィラン)……ってことでいいんだよなァ?」
「ええ。色々言いたいことはありますが、ひとまずはその認識で大丈夫です。――しかし、こんな少年にまで殺し合いを強制するとは……」
羂索への静かな怒りを燃やす七海に対し、爆豪はヒーローとしての本分を全うしようとする。
「だったらオッサン、逃げろ。俺があのザンバラ髪を足止めしとく。だから、オッサンは逃げろ」
「は?」
七海は爆豪の言葉の意味が理解できない。一級術師になって以降、七海は猪野を始めとする後輩には頼られるが、逆に頼ったことはほとんどなかった。
しかも、こんな年端も行かぬ少年に、凶悪な敵を前に「俺が助けるからお前は逃げろ」などと言われるなど、思いもよらなかったのだ。
「言ってる意味が分かんねェのか!! このままじゃ俺たち共倒れなんだよ!! だったら、アンタが逃げて俺が残れば、俺が死んでもアンタは助かるかもしれねェだろ!!」
爆豪はほとんど叫ぶように七海を怒鳴りつける。
「――だからさっさと、グッ……! テメ……!」
爆豪のみぞおちに、七海の人差し指がめり込んでいた。
「……すみません。後で文句ならたっぷり聞きます。とりあえずは、生きて二人でここを出ましょう。小さなヒーローさん」
七海はそう呟くと、再びネクタイを外し、己の拳にバンテージのように巻き付けた。
「そして申し訳ありませんが、ここからは――――」
そして、もはやこちらを獲物としてしか見ていない、飢えた鬼の前に毅然と立ち――
「――時間外労働です」
刹那。"縛り"によって、七海の呪力が膨れ上がる。
「ガアアアアアアアア!!」
獣のような叫びを上げ、無惨が触手を振るう。
それらを、痛手を受けているはずの七海が間一髪で避けていく。
しかし、無惨の腹に異形の口が開き、吸息を始める。そしてその吸い込み先には、背中から伸びた鋭利な触手が――
数多くの鬼狩りたちを葬ってきた、必殺の型だ。
「十劃呪法――」
だが、七海は吸い込まれるより早く、手近な木々を呪力を込めて斬りつけていった。
破壊した対象に呪力を篭める彼の拡張術式『瓦落瓦落』である。
強力な呪力が込められた木々はそのまま吸い込まれていき、無惨の吸息を行う口を破壊する。
「どうやらあなたは肉体が再生する術式を持つようだ。ならば、二度と蘇らないように完全に破壊しましょう」
七海は呪具を振りかぶり、黒閃を放つ。
一度、二度、三度。そして、七海の最高記録である四度。――さらには五度、六度と黒閃を繰り返し放っていく。
七海はいま、ゾーンに入っていた。
残り少ない己の命を燃やしながらただひたすらに呪具を振るい、無惨の肉体を破壊していく。
「うぐ! ……おえッ!」
――数分後。爆豪がようやく目を覚ました。胸の痛みにえずきながら、よろよろと立ち上がる。
その胸中にあるのはヒーローとしての使命感と七海に対する心配だった。
「おや、目が覚めましたか」
そこ立っていたのは、七海だけだった。
「なんとか彼は倒せたのですが……。私もこのザマです」
七海の足元には大量の肉片が転がっていた。破壊しつくされた無惨の身体だろう。
そして七海の身体も、白のスーツが真っ赤に染まるほどに出血していた。
もはや永くないと一見して分かる出血量だった。
「これからも、君を必要とする人が大勢現れるはずです――――」
そこまで言うと、七海は膝から崩れ落ちた。
「――後は、頼みましたよ。爆豪くん」
【七海建人@呪術廻戦 死亡確認】
かくして、鬼の王が呪術師の手によって敗れ去った。
彼の託した最期の言葉は、ヒーロー志望の少年へと受け継がれた。
その言葉は、少年を救う道標となるか、それとも彼を縛る呪いとなるか。
今はまだ"救えなかった"彼の思いを汲めるものは誰もいない。
【一日目/未明/F-6】
【爆豪勝己@僕のヒーローアカデミア】
[状態]:右手の痺れ、疲労(中)、動揺(大)
[ポイント]:0
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品2、ビブルカード@ONE PIECE
[思考・状況]
基本方針:完全勝利
1:とにかく他の参加者と接触する
2:ゲームに乗った参加者を一秒でも早く無力化する。
3:デクや轟の心配? するわけねーだろ死ね!!
4:次はぜってえ死なせねえ!
5:シチサンのオッサン……。
[備考]
※参戦時期は早くともアニメ五期終了以降。詳細は後続書き手にお任せします。
【ビブルカード@ONE PIECE】
爆豪勝己の支給品。偉大なる航路後半・新世界にのみ製法が伝えられている特殊な紙。別名『命の紙』。
職人に依頼の元、依頼人の爪の欠片や髪の毛の一本を手渡しそれを混ぜて作られる。
この紙の特徴は「紙の元になった個人がどこにいるかを指し示す」道標となる点である。
カードを掌など平らな場所に置くと小さく動き、その動いた方角に依頼人は必ずいるということになる。
現在確認できるのは七海建人のものだけであるが、彼の死亡に伴い、焼け焦げた煤の状態になっているようだ。
暫くして爆豪が立ち去った後、血溜まりの中で蠢くものがあった。
七海によって寸断された鬼舞辻無惨の肉片である。
あれだけバラバラにされてなお、無惨は生命活動を保っていたのだ。
(よくも私をこんな姿にしてくれたな……。許さん……!)
肉片たちは寄り集まり、再び無惨の形を取っていく。
だが正直、受けたダメージは甚大だ。姿形は先程の無惨と変わらないが、発揮できるスペックには大きな差があるだろう。
(だが、先程の眼鏡の男の案。あれさえ黒死牟たちに伝えられれば――)
25ポイントでポイント譲渡のルール追加を行い、さらに他の参加者を狩る。
そうすれば今よりさらにポイントが稼ぎやすくなり、自身に有利なルールを追加することも容易いはずだ。
(その前に――まずは身体を休め、太陽を避ける場所を探さなくては……)
鬼の王はよたよたとよろめきながら、再び行動を再開した。
【鬼舞辻無惨@鬼滅の刃】
[状態]:ダメージ(大、再生中)、疲労(大)、激怒、憎悪、ほぼ全裸。
[ポイント]:10
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式。ランダム支給品1~3
[思考]
基本:10人殺す。願いを叶える。
1:再生しながら次なる獲物を探す。
2:袈裟の男(羂索)も殺す。
3:自分にポイントを献上しに来ない配下の鬼共、どうしてくれようか。
4:先ほどの連中(アキ、シン)とあの中華風の男(シェン)は絶対に許さない。
5:まずは身体を休めなくては……。
6:太陽を避けることができる場所を探す。
7:ポイント譲渡のルール追加を行いたい。
[備考]
産屋敷邸襲撃前より参戦。
シンはまだ生きていると思っています。
七海によって身体をバラバラにされ、なんとか形だけは復元しましたが、能力は以前よりかなり劣るようです。
最終更新:2025年08月11日 22:21