ヤンデレササッキー処方編
あれやこれやといった変態的非日常的超常的出来事が過ぎ去って
ようやくひと段落着いた夏も近いある日、今となってはメモリの
男女構成比で男女差別が撤廃された上にアマゾネスの如く女性優
位化した我が携帯が振動した。
くそ、一体誰だ。こちとら期末試験も近いとあって少ない集中力
を捻り出して珍しく勉強に勤しんでいたというのに。
「やあ、キョン。いきなりで申し訳ないね。」
どう聞いても佐々木です。本当に(ry
「よう、久しぶり…というほどでもないか。どうした、佐々木よ。」
電話越しでもわかる、喉の奥に留めた笑いが俺の耳に届く。
進学校に通っているこいつは今の時期相当忙しいと思うのだが、
それでも電話をかけてくるとはよほど大切な用事でもあるのだろうか。
「うん、そうだね。あまり長電話をするのも効率的ではないし、
性にも合わない。手短に済ませよう。」
そうかい、それはありがたいぜ。で、何だろうね。お前の頼みと
あらば大抵のことには応じてやれるぐらいの心の広さを俺は持ち合わ
せてるんでね。
「そう言ってくれると嬉しいね。さて、用事だが、これは君にとって
も有意義であると確信している。かつ現実的だ。
今回は宇宙人も未来人も超能力者も、ついでに言うと異世界人も関係
ない。僕個人の意見としてはパラレルワールドの存在に対しては懐疑
的であるがね。」
「話の腰を折るようで悪いが佐々木よ、長電話はしないんじゃなかっ
たのか?」
まぁ、俺としても佐々木と同意見ではあるが。異世界人になど登場さ
れて現在以上に事態を引っ掻き回されても困るので、平行世界なんぞ
存在してくれなくて結構だ。
「ああ、すまない。君と話しているとどうしても話が脱線してしまっ
てね。
それで用件だが、簡単だ。キョン、久しぶりに僕と一緒に勉強でもし
ないか?」
言うまでも無いことだが言っておこう。しばらくの後、俺の部屋には
佐々木がいた。
「いや、全くもってすまないね、キョン。用件を言ったのは僕なのだ
から本来なら僕の部屋にでも招待するのが筋なのだろうけれど。」
安心しろ、別に困ってなどいない。それに、正直言うとお前の部屋に
行くほどの度胸は俺には、無い。
………諸君、女の、しかも美人の部屋を一介の男が訪れるというのは
ガンジー並の勇敢さと精神力を必要とすることなのだよ。
「そうかい?しかしガンジーが勇敢であるかどうかについては議論の
余地があると思うけれどね。確かに非暴力不服従は達成困難であるが、
それの遂行者が必ずしも勇敢であるとは限らないだろう?」
性善説の信者である俺からすれば人を傷つけることができる、という
ことが勇気であるとは信じたくないがな。
「無論、ことが運ぶならそれは出来る限り平穏であることが望ましい。
とはいえ現実では理想はあまりに非力でもある。君はそれを理解した上
でその価値観を有しているのだから大したものだよ。」
まぁ、それについては深く言及するまい。議論になったら俺が佐々木に
勝つ確立なぞクマムシが全滅する可能性より低く、そして俺は勝てない
勝負をするほど無謀でもないのだ。
「クマムシかい?君も随分古いことを覚えているね。嬉しいけれど。」
そりゃあな。俺はそんな超生命体が地球上に存在することに愕然としたし。
「確かに、極低温下でも生存するという彼らの生命力には驚きだ。
…ああ、キョン。そういえば飲み物を持ってきたんだ。勉強中の糖分補給
も兼ねて飲もうじゃないか。」
「お、すまんな。そんなに気を使わないでくれてよかったんだが。」
無駄話が長引きそうになったが、佐々木も俺の部屋に来た目的は忘れてい
なかったらしい。500mlペットボトルを二本、それから勉強道具を
バックから出し始めた。
「じゃあ、俺はちょっとグラスを持ってくるぞ。」
「ありがとう、キョン。できれば氷も入れてきてくれるとありがたい。」
そんな訳で途中妹による妨害があった(誰が来たのだのジュース分けて
だのごねるので子供らしくミヨキチとでも遊んで来いというと大人しく
出かけていった)が、さて、これでは今この家にいるのは俺と佐々木だけだ。
いや、だからどうしたって話ではあるが。
部屋に戻ると、佐々木はばっちりスタンバイして待っていた。
テーブルの上には数字が書き記されているテキスト。うーん、見たくない。
「ん、佐々木よ、それもう開けちまったのか?」
それ、とは言うまでもなくペットボトルのことである。
どういう訳か一瞬佐々木はひるんだような表情になったが、すぐいつもの微笑
へと戻った。
「何、ちょっと喉が渇いたものでね。君が来る気配がしたから開けて準備して
おいたということさ。」
確かに、もう夏も近いので喉が渇くだろう。じゃ、早速飲むか。
「そうだね、勉強前に喉を湿らせておくのも集中力を上げるためにいいと思わ
ないか?」
お前がそう言うんならそうなんだろうさ。
「ところで、先ほど玄関のドアが閉まる音がしたけど、誰か来たのかい?」
逆だ。我が妹がおでかけになられたのさ。
「そうか…では、喉を潤して勉学に励もうじゃないか」
無論だとも。お前が協力してくれるのであれば期末試験もお茶の子の如く
さいさいとこなせるだろう。
言い回しが変なのはわざとってことを付け加えておく。それほど佐々木は
教え上手なのさ。
で、勉強開始の十分後、俺は今だかつて無いピンチと言って差し支えなさ
過ぎる状況にあった。頼む、誰か助け…いや、邪魔しないでくれ。頼む。
「あ………あれ?」
おかしい。何がおかしいか判別できないほどおかしい。
体に力が入らない。意識が朦朧とする。
それでも血流が促進されている。
何だこれは。
「ふふ、やっと効いてきたようだね、キョン」
機能半減状態の脳に佐々木の声が響く。
やけに音源が近い。
というか、耳に佐々木の息がかかっている。
何をしてるんだ、佐々木?
「申し訳ないが、一服盛らせて頂いたよ。
何、これも僕と君の幸せを考慮に入れればさしたることではないさ。」
ああ、それにしてもなんて綺麗な声なんだろうか。
鈴を転がしたような、という形容詞がぴったりだ。
佐々木よ、お前の声が福音のごとしだぜ。
「くっくっ、罪悪感が無いかといえば嘘になるが、ここはお互い様と
言えるからね。さて、キョン、少し歩いてくれないか。
ああ、僕が肩を貸すよ。」
お前の頼みを否定する理由なんて一片もないからな。
で、どこまで歩けばいいんだ?
今の俺なら海の上だって歩ける。
体がやけに軽いんでな。
背中に白い羽でも生えたんじゃないかね、俺は。
「いや、さしたる距離は歩かないさ。ちょっと外までね。」
最終更新:2008年01月29日 20:38