放課後、佐々木と一緒に他愛のない話をしながら下校してるとこんなことを訊かれた。
「キョン、キミはDHMOという化学物質を知ってるかい?」
そんなどっかの軍事基地で使われてそうな横文字を言われてもな。聞いたことないぞ。
「くっくっ、いやそうか。安心したよ」
なにに安心したのか知らんが佐々木は口を愉快そうに曲げてチェシャ猫のように目を細めた。
「いや、こっちの話さ。この物質はね、常温で無味無臭の透明な液体なんだけどいろいろと特徴的な性質を持っているんだ」
ふむ。たとえば?
「例えばこの物質の付着した金属は通常の何倍もの速度で腐食することが確認されているし、原子力発電所や火災時の消化剤としても使われることがある。
そんな物質なのに我々は知らず知らずのうちにそれを摂取しているんだ。空気中にわずかに存在してるだけでなく、ジャンクフードやドリンクなんかにも多量に含まれていたりしてね」
そんなへんてこなモンがそこらじゅうにあるってのか?
「ああ、特に規制はされてないから工場で溶媒や冷却材として使用された後そのまま河川に垂れ流しになってるのが現状だね。
それにこれは酸性雨の主成分ともなっていて温室効果の原因ともなってるんだ」
なんでそんなヤバそうなのがそのまんまになってんだよ。
「くくっ、僕に言われてもね。まあ確かに危険には違いないが。
DHMOによる死亡例なんてのは毎年バカらしくなるほどあるからね。キミも気をつけたまえ。
固体のDHMOに長時間触れていると対組織障害を引き起こすこともあるし、気体状態では糜爛性の傷害を負うこともある。
テレビで聞いた話だがDHMOを弾体とした銃も実用化されたらしい。大きめに改良したヤツを反政府のデモ隊に向けて使用した例もあるとの話だ」
うへぇ、恐ろしい話だな。
「まったくだね。農業においても防虫剤に多量に含まれていて収穫物にも多く残留されているんだ。
さらに恐ろしいことにはこの物質には依存性があるってことかな。摂取すると24時間も経たないうちにDHMOを欲するようになる。依存患者数は世界で63億を越えるらしい」
……ん?
「実を言うと僕もその依存患者の一人でね。一日せめて1リットルは摂取しないとまともに生活すら出来ないんだ。これは立派に中毒者といえるんじゃないかな」
……なあ佐々木。これって実はすごい身近なものじゃないか?
「おや? 何がだい?」
そんな爆笑を堪えたような顔で言われてもな。やれやれ、すっかりだまされた。
「失敬だな。僕は何一つ虚偽を言ったつもりはないが」
ちなみにDHMO――正式名称はジハイドロジェン・モノオキサイドというそうで、二つの水素と一つの酸素の化合物という意味らしい。
最終更新:2008年05月19日 09:55