その瞬間、世界が凍り付いたような気がした。
場所は北校文芸部室、SOS団の5人に藤原君除いた私の団の3人、それに鶴屋さんという先輩を集めた中で突然の涼宮さんからキョンへの告白。
頭が真っ白になり何も考えられなくなって数瞬、キョンと目が合う。何をやってるんだい、この状況で涼宮さんから目を逸らすなんて。
こんな時でも冷静になれる自分の理性が恨めしい。仕方ないね、支えてあげようじゃないか。私は一度口をぐっと噛み締めた。
「キョン、どうにも誤魔化しはきかないようだ。キミは今まで涼宮さんの想いに対してはっきりとした返答をしてこなかった。だが今、応えるべき時が来たのだ」
言った後にもう一度改めて口を噛み締め、顔を伏せる。本音がつい漏れ出でてしわまないように。 表情を悟られないように。
「そうか…そうだな。確かに潮時かもしれん」
キョンも覚悟を決めたようだ。例え私にとって、死刑宣告に等しい言葉であっても受け止めてみせるよ。だって『僕』はキミの親友なのだから。
「俺は…「お待ちを!!」
皆の視線がキョンの言葉を遮った発言の主一一古泉君だったかな一一に集まる。どうやら今のは当人にとっても意外だったらしく、彼の表情がその事を明朗に物語っている。
「何なの古泉君。つまらない事だったらいくら副団長といえども却下よ!」
涼宮さんの声に不安と苛立ちを感じる。告白の返答を中断されたんだから当然だ。
「いえ、そ、それはですね…そうですね、僕は涼宮さんが機嫌が悪い時等にバイトが入ったと抜け出す事があったはずです。
それは端からだと体よく逃げているように見えませんでしたか?」
「それは思わなかったでもないけど、今言わきゃいけない程の重要な事なの?」
「言わないと一生後悔すると思ったからこそ、ですよ。涼宮さん、僕のバイトに今からご同行願えませんか?現場を見せて差し上げたいので」
「古泉っ!!」
キョンが驚きの声をあげる。無理も無い、恐らく彼の言う現場とは閉鎖空間、それを涼宮さんに知られる事は絶対の禁忌のはずだから。
「お前…本気なのか!?」
「僕も覚悟を決めたんですよ。涼宮さん・佐々木さん・そしてあなたの覚悟を見てね。ああ、まだバイトの連絡は来ていませんが来るのは時間の問題です、
そして今回は涼宮さんを誘える最初で最後のチャンスであることはあなたにもお分かりでしょう」
「古泉…」
「涼宮さん、彼にも考える時間をお与えになっては如何かと。急いては事をし損じるとも言いますし、どうかこの場は僕に免じてまた明日ということで」
「……副団長にそこまで言われちゃ仕方ないわ、一日だけ待ってあげる。
あたしの告白への返事を延期させる位なんだから、古泉君のバイトってのは当然それ相応の見応えがあるんでしょうね」
「それはもう。ご想像を遥かに越えるスペクタクルをお約束しますよ」
~~♪♪♪♪♪♪~~
古泉君の携帯が鳴る。件の連絡なのだろう、私への死刑宣告はどうやら一日延ばされたらしい。
涼宮さんがまた明日集まること、と告げてその日は解散となった。まず古泉君と涼宮さんが部室を後にし、長門さん、朝比奈さん達が続く。
私も橘さんに支えられるように出て行こうとした時、キョンが一人残って手紙?を書いているのが目に入った。文面も気になるところだけど…
「キョン…」
「佐々木か、どうした?」
涼宮さんの告白を断ってほしい、私を選んでほしい。そう言いたかった。なのに。
「涼宮さんが恐らく初めて自分から男性に告白したんだ。古泉君の行動の結果がどう転ぶか分からないが、明日はきちんと答えを出すんだよ」
口をついたのはこんな言葉だった。感情の暴走とは聞くけど、この場合は理性の暴走とでもいうのかな。
尤も、意志表示すらしていない私に言う権利なんて無いのかもしれないけど。
「おう、任せろ。絶対に間違ったりしない。後悔もな」
キョンは穏やかな、でも決意に満ちた表情で返したが、私はそれに適当に返事をしただけで部屋を後にした。
そういえば、あれだけの人数が居たのにやけに静かだったな、皆緊迫した空気に呑まれていたんだろう、
そんな事を思いながら帰途につく。明日の事は考えたくなかったから。
明けて翌日。再び昨日と同じ9人が文芸部室に集った。最初から空気が張り詰めている中、キョンがおもむろに口を開く。
「昨日の続きだが、俺の答…「ちょっと待った!」
今日も横槍が入った。今度の発言の主は当事者のもう片方、涼宮さんだった。
「やっぱ昨日のあたしの告白無し!どーしてもってんならあんたの方から告白しなさい、すぐに振ってあげるから」
「ななな…いきなり何を言ってやがりますかこの女!!」
思わず声に出してしまった…と思いきやこれはキョンの台詞だ。皆も似たような感想を抱いたようで室内は俄かに騒然となる。
古泉君の入れ知恵かとも思ったけど、目と口を全開にした彼の表情を見る限りこの展開は想定の範囲外らしい。
「OK、まずは落ち着こうな、落ち着いたら納得のいく説明をしてくれ」
キョンの問いに涼宮さんがちらりと古泉君を見遣る。
「ちょっとカルチャーショック受けてあんたの価値が相対的に下がっただけよ。それに」
「それに?」
「あんた昨日のあたしの告白の後、真っ先に佐々木さんの方を見たじゃない。少なくとも気にしてはいるんでしょ、
だからあたしから解放して佐々木さんと付き合えるようにしてあげるって言ってるの」
涼宮さんが涙に潤む目でキョンと私を交互に睨む。彼女なりの、精一杯の強がりと後押し。空元気なのは明らかだ。私の顔は彼女にはどう見えているのだろう。
「成程言いたい事は分かった。ひねくれた気遣いの事も。だが俺もいい加減ひねくれてるんでな、気遣いを素直に受け取るのはちょっとばかり躊躇われるし、
なにより昨日覚悟を決めたばっかだ、一番大切にしたいヤツの前で偽りの告白は出来ん一一」
キョン、それはどういう意味だい?
「一一それにさっきの気遣いのお返しというか、お前も俺という枷から自由になってほしい一一」
キョン!
「一一だから敢えてはっきり言わせてもらう」
キョンが一呼吸おいた。
「すまん、俺は一一一
・
・
・
その後は騒がしくも楽しい時間だった。
フラれたらしい古泉君を長門さんと九曜さんが頭撫で撫でしてる横で残りの女子一同で抱き合って号泣したり、キョンと公開キスさせられたり、
キョンが私を選んだ理由を問われて涼宮さんを選ばなかった理由だけを答えて殴られたり。
そうそう、私がキョンに抱き着こうとするのを故意か偶然か悉く阻止した橘さんと、
それを尻目にキョンに4回もヘッドロックを極めた鶴屋さんに軽く殺意を覚えたのは秘密だ。
数日後、キョンがあの時書いていたらしい手紙が届いた。内容は私を選んでくれた理由と、もし選択された事実と手紙の内容が違っていたら
何らかの妨害があった証拠だから、世界を正しく戻して欲しいという依頼だった。
涼宮さんや宇宙的、未来的力の前にどれほど効果が有るかは疑問だけど、抵抗するという意志が大事とのこと。
いやはや、彼のSOS団での苦労が偲ばれるね。
ところで肝心の私を選んでくれた理由だけど……これは内緒にしておこうか。
だって。
「そんなもん理性が自分を納得させる為に後付けで造ったに過ぎん、と俺は思う。強いて言うならそれが正しいと感じたからだ」
らしいからね。
「あの、閉鎖空間内でのシーンとかは無いんでしょうか?どうやって涼宮さんを誤魔化したとか」
「無い。でも台詞が有ったあなたはまだ良い方」
「そうですよ~私なんて名前だけなんですから」
「あたしはキョン君にヘッドロックかましたけどねっ!」
「フンッ、僕が居ないのも規定事項だ」
「一一一お留守番一一乙一一ナデナデ」
「……フン……グスッ」
「ふぅ危なかった、推敲の最後の最後で台詞削られた事に気付いて貰えたのです」
最終更新:2007年09月20日 08:24