59-25「隠し芸」

高校2年の2学期も最後の1週間を残すのみとなったある日。
俺たちSOS団は毎度お馴染みの喫茶店に集合していた。
嬉しいことに入試直前で団活どころではない受験生であられる朝比奈さんまでが参加してくださっていた。
こっそり受験勉強に忙しいのではないですか?と訊いてみると
「禁則事項です♪」と言っておられたので何か未来的な秘策でもあるのかもしれない。
まあ、どのような入試問題も未来世界においては「過去問題集」に含まれているわけだからな。
時空管理官としての任務遂行のために参考文献として「上司」から「重要文書」を渡され
暗記をするように命令されることだって充分にあり得る話だ。

いやいや、脳内に無形のネットワークを保有している未来人ならば試験中にリアルタイムで
指示通りに筆記するように強制コードを受けることだってできるだろう。
いずれにしても俺が心配してどうなるものでもない。ご健闘をお祈りするばかりである。

などと勝手な想像をめぐらす俺の鼓膜をつんざいて
「それではSOS団主催、第2回クリスマスパーティー準備会議を開催するわよ!」
馬鹿でかい声が店内に響いた。
おいおいハルヒ。営業中の喫茶店内において店に迷惑をかけるんじゃないぜ。
「ナニ言ってるのよ、キョン。さっきからこれだけ店内に『ジングルベル』のBGMが大音量で流れてるんだから
この店にクリスマスを敵視している人がいるとは思えないわ!クリパの打ち合わせして怒られるわけないじゃない。」
いや、俺はお前の声量についてだな。まあいい。「傍らに人の無きがごとし」を3D化したようなこいつに言っても仕方ないことは身に染みている。

「まず初めに、これだけはどーしても言っておきたいことがあるわ! キョン!!」
ハルヒが俺をキッと睨む。反射的に身構える俺。な、なんだよ。
「去年、あんたはトナカイの一発芸をしたわよね?」
ああ、あれか。鶴屋さんに妙に受けていた記憶があるな。われながら忘れたい思い出だが。
「忘れて済まそうたってそーはいかないわよ!あのしょーもなさは何!
あれだけつまらない芸で場を徹底的に白けさせるなんてもはやキリストに対する冒涜といっても過言ではないわ!
まったく去年のあんたがもしも退院直後の病み上がりでなければ磔刑にしていたところよ!!
今年の隠し芸が詰まらなかったら角材で作った巨大十字架を背負って北校の坂を登ってもらうからね!!」
いつからこの現代においてローマ時代の刑罰が適用されるようになったんだ?
てか、隠し芸をするのは決定済みかよ?

俺が抗議の声を上げようとしたとき、静かな、しかしよく透る声が俺のすぐ近くから発せられた。

「おや、それは僕の記憶しているキョンのイメージとはいささか異なるようだね。」
その場にいる全員の視線がその発言の主へと集中する。
そこにはにこやかな笑顔を浮かべて、我が中学時代の友、佐々木が立っていた。

「これは失敬。部外者が突然、会議に口を挟んでしまうとは。幾重にも無礼をお詫びしなければならないね。
申し訳ない。」佐々木はペコリと頭を下げた後、話を続けた。
「でもね。キョンの隠し芸がつまらないものだった、という涼宮さんの声がこちらまで聞こえたとき、あまりにも意外だったのでつい発言してしまったんだ。どうか許してほしい。」
「ふーん…」ハルヒは興味を覚えたふうで佐々木をじろじろと見ている。
その視線の裏側で佐々木が俺の方を見てやたら見事なウィンクを飛ばしてきた。
どうやら俺がピンチにいると見て助け船を出してくれるつもりらしい。持つべきはできた友である。

「OK。あたしは有益な情報をもたらしてくれる人を排除するようなことはしないわ。お久しぶり、佐々木さん。
立ってないでどっか空いている椅子にでも座ったら?」団長がそう言っている以上、団員たちに否やは無い。
「ありがとう、涼宮さん。そしてSOS団の皆さん。」佐々木は笑顔で会釈すると
「それではキョン、半分詰めてくれるかい?」と言って俺の隣のわずかなスペースに体を押し込んできた。
他に空いている席もあるのにそんな狭くて座り心地の悪そうなところを敢えて選ぶとは。
部外者だからってそこまで遠慮しなくてもいいだろうに。

ハルヒは仏頂面でその様子を眺めていたが、口を開くと
「で? 佐々木さん、キョンの隠し芸の駄目さ加減が意外、ということはキョンは何か凄い芸を持っているということよね?」
「うふふっ」佐々木は微笑むとハルヒの質問には答えず、俺のほうを見て言った。
「キョン、アレはやらなかったのかい? ほら、僕らの卒業コンパのときの。
クラス中からやんやの喝采を受けて熱狂的な歓声と拍手がしばらく鳴り止まなかったじゃないか。」
アレか。アレは無理だろ。第一、俺一人じゃできねえ。完璧に呼吸のあったパートナーが必要だからな。
そんな奴なんて世界中探したってお前しかいねえだろうさ。つまりお前がクリパにいなかった時点でアレは没ってわけだ。
「くっくっく。随分と嬉しいことを言ってくれるじゃないか。」
ん? 事実を端的に述べたまでだが?

「聞き捨てならないわね。」
ハルヒがギラギラ燃える眼をこちらに向けて言った。
「そこまで言えるなら、今この場で見せてもらいたいものだわ。それともなに?
ここでは機材が足りないって言うの?」
いや、必要なものは今この場で充分賄えるが…
「じゃあやって見せなさい。あたしが感銘を受けたら佐々木さんもパーティーにご招待してあげる。でもつまんなかったら
キョン、覚悟はいいでしょうね?」
いや、だがな。もう2年近くも練習してないんだ。失敗する確率は相当高いと思うぞ。
「大丈夫だよ、キョン。僕もあれから一度もやってないけど、僕たちなら大丈夫。なぜかそう思えるんだ。」
お前にしてはなんだか非論理的発言に思えるが。まあ仕方ない。やってやろうじゃねえか。
「すいませんが朝比奈さん、これ頂きますね。」

俺は朝比奈さんの注文したパフェについてきていた2つのチェリーのうち、枝の部分を取ると1本を佐々木に渡し、残る1本を口に含んだ。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥
‥‥‥

「ちくしょう、なんであれが受けねえんだ。完璧だったはずなのに!」
喫茶店からの帰り道、佐々木と並んで歩きながら俺は愚痴をこぼした。
「まあまあキョン、彼らはきっと眼が肥えていたんだよ。なんといっても普通の人間ではない人達なんだから。
それに、僕らの卒業コンパのときは観客は全員クラスメイトだったからね。
普段真面目な僕やキョンが隠し芸をするということだけで意外性が受けたのかもしれないよ。」
そう言って佐々木はなぐさめてくれるが気分は収まらない。
「そうは言っても佐々木。アレはすごく難しい技なんだぞ。口の中で1本の枝を固結びするような単純なものじゃない。
2本の枝で蝶々結びにするんだ。それも1人でやるどころか2人でのコンビ芸だ。それがどんなに高度な呼吸合わせと技術が要求されるか。
それをみんなはまるでわかってないんだ。」
「そうだね。確かに見た目よりもずっとずっと難度の高い芸ではあると思う。でも、観客が無反応ではしかたがないじゃないか。」
「無反応どころか、みんな白けきって真っ白に固まっていたぞ。感想を聞いてもピクリとも動きやしねえ。
とうとう居たたまれなくなった俺達が先に帰ると言っても虚ろな眼で無視しやがった。
あんなにも冷たい反応をされるとは思ってもみなかったよ。同じ団の仲間だってのにちょっとあんまりだよなあ。」
「キョン、受けなかった芸を観客のせいにするのは非建設的だよ。」
「それはそうなんだが。渾身の芸を無碍にされて、俺は恥ずかしいやら情けないやらパートナーのお前に申し訳ないやらでこのままでは冷静になれそうもないぞ。
なんとかみんなの認識を改めさせたいと思ってしかたないんだ。」
「くっくっく。それはつまりリベンジをしたいということだね。それでこそ我が親友だ。でもねえキョン、僕は思うんだが。」


「なんだ?」
「あの芸には致命的な欠点がある。それは難度の割に完成品が地味であり克つ小さいために見栄えがしないということだよ。
材料がチェリーの枝であるということが困りものだ。元の長さが大したものじゃないから高度な結び目にすればするほど
完成品がさらに小さくなってしまうという運命から逃れることができない。おまけに単色だ。これでは舞台芸としては派手さが足りないとは思わないかい?」
「うーん。そのとおりだな。」
「そこでだ。チェリー以外のものを材料にしてもっと大きく派手なものを作るように改良するのがいいと思う。
幸い僕らはコンビ芸なので2人の口腔を合わせて通常の2倍のサイズの作業空間がある。」
「おお。1人の口には入りきらないような大きさのものを作成できるってわけか。さすがだ、佐々木。」
「せっかくだから材料も色違いのものにしないかい。例えば紅白とか。完成品のイメージとしては贈答品の包装に使う「水引」だね。
クリスマスとは直接関係無いけどお歳暮のシーズンだから季節感としてはなんら問題ないと思う。」
「いいぞ佐々木。お前は天才だ!」
「そんなに誉めたって何も出ないよ。ただねえ、キョン。それでも何かが足りない気がしてならないのさ。エンターテイメント的な何かが。」
「エンターテイメント的って何だよ。鳩やウサギを出せ、とでも言うのか?」
「生き物はさすがに…作り物なら…ん?…まてよ。そうか、折り紙! なにも「結ぶ」ことにこだわる必要なんてないんだ。
ああ、キョン、君は最高だ。いつも僕に新しいインスピレーションを与えてくれる。」
「よせよ。あんまり誉めたら出ちまうぜ。」
「へえ。ちなみに何が出るんだい?」
「ドヤ顔が表情に出る。」
「くっくっく。お後がよろしいようで。」

「よし、これで改良の方向性は決まったな。上手い具合にちょうど我が家にも着いた。そこでだ、佐々木。」
「わかってるよ。今夜はキョンの家に泊まることにしよう。なにしろ練習が必要だからね。」
「おう。済まんな。頼むぜ。」
「なんのなんの。中学のときを思い出して楽しいよ。じゃあ、お邪魔しまーす。」


一方、その頃。

ハルヒ「」
朝比奈「」
長門「」
古泉「」

みんなまだ固まったままだった。

おわり


 

 

 

おまけ。

ハルヒ「」
朝比奈「」
長門「」
古泉「」

ハルヒ「」
朝比奈「」
長門「」
古泉「」

ハルヒ「はっ?」
朝比奈「よく考えてみれば」
長門「これはチャンス」
古泉「かもしれません。」

ハルヒ「感嘆したふりを装ってキョンに」
朝比奈「あの芸を伝授してと頼めば」
長門「合法的にでぃーぷきす」
古泉「できるわけです。」

ハルヒ・朝比奈・長門・古泉「みなぎっっっっってwきwたwぜーーーー!」

割としたたかなSOS団メンバー達であった。

 

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最終更新:2011年01月22日 22:09
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