66-607「どうもキミと話している時は何だか笑っているような顔で固定されているようでね」

 あれは、塾の夏期講習が終わろうかって頃だったと思う。
 採点結果がボロボロで、この先大丈夫なのかとぐったりしていた俺に佐々木が言ったんだったろうか。
「キョン、気に病むことはないよ。そうだね、色即是空と言う言葉を知っているかい?」
「しきそくぜくう?」
 夜の闇、行き交う車のライトを照り返すように佐々木の目が光る。
 自転車を押す俺にあいつは言った。

「色即是空。まあこの場合は『全ての存在は単体ではなく、互いに依存しあって存在している』とでも考えてくれ」
 顔を上げた俺に滔々と語る。どっかで聞いた覚えはあるんだが。
「仏教の言葉だよ。聞いた事くらいあるだろう?」
「そういやあるかもしれん」
 俺はどこか違和感を感じたが、佐々木はいつもの調子で続けた。
 塾帰りの夜の闇、どこか感覚が狂っているのか。

「例えば豊かな大地が植物を慈しみ、やがて朽ちた植物が大地を豊かにするように。誰もが誰かを支えているのさ。
 キミも誰かを支えている、だからキミは決して無力じゃないよ。そして誰かがキミを支えている。だから気に病むことは無い」
 それは佐々木らしくも無い、とても解りやすい平易な言葉。

「はん。俺なんかに支えられてる奴なんかいねえよ」
 なんとなく反抗的な事を言ってやると、くすくすと笑われた。
「そうでもないさ。そうだね、例えばあの可愛らしい妹さんだってそうだろう?」
「そうか? まあ確かにあいつのストレス発散くらいの役には立ってるかもしれんけどな」
 昔、泣き人形だった妹を思い出す。

「きっとご家族みんながそうさ。それに国木田くん、岡本さん、須藤に中河、クラスメートやクラス外にも仲間はいるよ。
 もし彼らがキミの失敗を喜ぶような連中だとでも思っているなら訂正しておいた方がいい」
「だからって俺が受験に落ちたら、きっと総出で袋叩きだぜ」
 夜の闇に、肩をすくめる姿が見えた。

 佐々木らしくもない、とても解釈が簡単な言葉。
 もしかしたら、こいつは俺を励まそうとしているのじゃないだろうか。
 それでもひどく遠回りではあるけれど、こいつが誰より遠回りで小難しい奴である事はとっくに先刻承知の上だ。
 まったく面倒くさい奴を友達に持ってしまったもんだと改めて思う。

「なあ佐々木」
「それに、僕もね」
 言葉を遮るように佐々木がポンと俺の肩を叩くと、ちょうど来ていたバスの扉が開いた。
 ちゃんとタイミングを計って会話を組み立てていたらしい。
 相変わらず無駄に聡いな。敵わねえ。

「じゃあまたね、キョン」
「おう、またな佐々木」
 ひらひらと手を振り別れた、夏の気だるい夜の出来事。
 しかし佐々木の言葉は、不純物が凍り落ちて澄み切った冬の空気のように、どこか心地良いものを俺に残していた。
 さっき言えなかったことを呟く。どうせ対面じゃ言えないだろうしな。
「……ありがとよ」



『それに、僕もね』
 ふと、いつかの夏の日を思い出す。
 触れた手の感触、夏の夜気よりなお暖かいキミの体温を。
 結局、僕はキョンに手のひら以外では触れなかった。それは僕が勝手に定めたルール。

『何より、誰より、キミは僕を支えてくれているよ。だから自分を卑下しないで』
 だから飲み込んだホントの言葉。

 いや、ホントはもっと告げたかった。
 もし本当にあそこで寄り添い、キョンに本音を告げていたら、今、僕らはどうなっていたろうか。
 けど物事にifはない。だから考えるだけ無駄だ。

 いつからだろう。キミに好意を抱いたきっかけは特に思い出せない。
 ただ、いつの言葉をひっくり返しても、そこには好意が潜んでいたように思えるのは、精神病のせいだろうか?
 いずれにせよ、それが自覚に至り、やがて否定に達した時点で、僕はまた一つルールを増やした。
 彼に依存してしまわぬよう、思い出だけは増やさぬように。

 僕と彼は友達だ。
 誰とだってそうしてきたし、彼は誰よりもそれを受け入れてくれた。
 そう、誰よりもそんな僕を受けて入れてくれたからかな? 逆に彼に惹かれてしまったのは。
 だからあの九月のある日、あの「雨の日」に、彼に女と見られなかった事に、私は激しい衝撃を受けてしまった。
 私は、本当は彼に女としてみてもらいたかったのだ。そう気付かされた。
 やれやれだ。本当にやれやれだよ。

『恋愛なんて精神病だよ』
 まさにその日にあんな事を言っておきながら、普段から「僕を女と見るな」「僕らは対等なんだ」と信号を発しておきながら。
 なんて虫のいいことを考えるのだろうかと呆れたさ。だから改めて思った。
『僕は誰にも好かれようとすまい。好意を振舞うことはすまい』と。
 あれは、僕を貫徹できなかった私への罰なのだ、と。

『ねえ、キョン』
 僕は手のひらだけでキミに触れる。
 それ以上は殆ど無い。僕らは自分の過去も夢も話し合ったりしないし、キミの自宅へも玄関以上へ入ったりはしない。
 僕の自室どころか自宅に招くつもりもない、放課後一緒に遊びさえしない。休日デートなんてもっての他さ。
 ましてや抱擁、キスなんてした事もない。
 それが僕が定めたルール。

『どうも自覚がないようなので、この件は追求しない方がいいのかな?』
『佐々木、お前その理屈っぽいところを直せばモテると思うぞ』
 僕とキミとは誰よりも仲が良かった。自惚れじゃなしに、きっと壁を壊せる余地はあったと思う。
 キミの言うように「僕」さえどうにかすれば良かったのかもしれない。

 けれど、キミと僕の道は別れてゆく。
 あの雨の日を経て志望校を決定してしまった以上、進路を別ってしまった以上、もうそれは決定事項となってしまった。
 だから止めた。だから大丈夫。「知らない」から大丈夫。キミとの関係はそれでよかった。
 キミに包まれる心地良さも、キミに寄りかかる贅沢も僕は知らない。
 知りたくないんだ。

 もし知ってしまえば、失った時に耐えられなくなるだろうから。
 だから僕は手のひらだけでキミに触れるのさ。

『さてキョン、いよいよ受験シーズン到来だよ』
『やれやれ』
 先の見えない日々が近付いてくる。
 いや、僕には見えている。

 幸せな中学時代から、未知数な高校生活へ。
 僕らは無力な子供だから、そこに言い知れぬ不安を持っている。新しい人間関係への不安、進学校という競争社会への不安。
 けどきっとこれは受験生には珍しくない感情だ。まったくもって普通でありふれた感情だ。
 だから恐れることは無い。そうさ僕には「夢」がある。遠い未来が見えている。
 だから平気だ。いま怖いのは、たった一つの感情だけだ。

『さよなら、キョン』
『じゃあな、佐々木』
 そして僕らの道は別れた。そして僕らは関係を断った。
 怖くなんか無い。僕には夢が見えている……。
 ………………………………
 ……………


「……どしたん佐々木?」
「あ、ごめん。何か言った?」
 高校。しとど降る雨を見ながら、私はぼんやり考える。
 言葉の飾りをひとつひとつ剥ぎ取りながら、私の本当を考える。私はいつも言葉の飾りをまとっているから

 それから一年、彼と再会。
 それから二週間、彼との冒険。
 そしてまた、彼と離れて佇んでいる。
 何度も何度も振り切ろうとして、それでもまだ佇んでいる。
 つまるところ、僕が僕であろうとする程、僕が「僕であろう」と望むほどに彼が遠ざかる日々を過ごしながら。
 僕は、そんなに「僕」でありたいのだろうか。

 キミは僕が「僕でありたい」という望みを誰よりも知っていてくれた。
 同じ目線を持ってくれる喜び。けれど、あなたが理解する程、私はあなたから遠ざかる。
 だって「僕」というのは、異性相手でも平然とし、全く自分の弱みを見せない、強い理想の私だから。
 僕の理想をあなたが知るほど、私はあなたから遠ざかる。

 そして「僕」を好きだと言ってくれる異性の出現。僕の壁をスルーし、自分の好意で僕の壁を踏み越えようとする人。
 僕がキョンにできなかった事を、僕に敢行してくる人。
 僕が後悔した事を、僕に敢行してくる人。

 再会したキミの傍らに、輝く太陽のような異性の存在を見た。
 彼女と張り合おうとすれば、非日常に巻き込まれ「自覚を持つ神様」なんて分不相応な立ち位置を求められる。
 彼女と張り合おうとすれば、否応なく解りやすい恋敵、横恋慕と捉えられ、きっと格下に過ぎない自分を再確認させられる。
 僕が彼女に似ている? それはある意味当然だよ。だって僕は彼女のように超然としたかったのだから。
 彼女は、私の憧れだったのだから。

 彼女を彼がとても信頼していることは伝わってきた。
 今、キミが得た絆を何よりも大切に思っていることは伝わってきた。
 僕と僕らはただの紛い物。彼女と彼女らにとって代われるような代物ではない事を思い知らされた。

 お前の未練は、彼には雑音、ノイズなんだ。
 だから諦めてしまえ。 

 言葉の飾りが増えてゆく。
 そうして「しなくていい」「出来ない」が増えて、自分が雁字搦めになる。
 けれど雁字搦めに縛られて、ねじってよじって細く硬くしてゆく事で、ようやく通れる細い道もあるはずだから。
 そうあろうと努めてきたから平気だ。こんな気持ちは今度こそ振り切ってみせる。
 涼宮さんとお幸せに、そう言って立ち去ればいい。
 さよならと彼に告げてやれ。
 さあ


 そして、振り上げた手のひらを僕はまた見つめてしまう。

『それに、僕もね』
 いつか触れた感触、夏の夜気よりなお暖かい彼の体温。
 僕は手のひら以外では触れなかった。でもそんなルールなんて無駄だったとどこまでも思い知らされる。
 だって、この手のひらが、彼の感触を覚えてしまっているのだから。
 ただそれだけで幸せがリプレイされてしまうのだから。

 あの春の事件。
 何気なく向けた目線を理解してくれる彼、僕の為に怒ってくれる彼、僕の事を信じてくれる彼。
 僕らの関係が何一つ変わっていなかったことが、少しだけ辛くて、そしてどこまでも幸せで仕方がなかったのだから。

『色即是空。空即是色』
 また夏の日がフラッシュバックする。
 あの時、僕は「誰もが依存しあっているのだよ」と彼に言った。
 世界という存在が相互に依存しあい存在するのであれば、逆に言えば単体で存在するという事はないのだ。
 単体であろうとするのは、無理があるのだ。

『僕がこの世に異議を唱えるような不満はあまりないんだ。率直に言って僕はあきらめている。
 不条理な矛盾だらけの世界を作り上げたのは時の積み重ねだ。ちっぽけな誰かが作り変えられるものだと思わない』
 もちろん、今でも『世界』という大きな世界は、僕如き小さな存在に動かせるものとは思っていない。
 大地から草を一本引き抜いたところで、大地と植物のサイクルが変わらないように。
 強固で大きな因果は、小さな存在など気にしないのだ。

 僕はそんな強固で大きな存在になりたかった。理性に徹する事で、揺るがない強固な存在になりたいと思っていた。
 けれど私という小さな世界は、そんなに強くも理性的でもないってとっくに知っていたんだよ。
 僕は常に理性的でありたい、それは僕が情動的だという何よりの自覚なんだ。
 だから、僕は先んじてキミを遠ざけてしまったんだろう?
 そして痛い程に知ってしまった。

 たった一つの存在が欠けてしまっただけで、私の小さな世界は、こんなにセンチメンタルになってしまう。
 ただキミと一緒に居られるだけで、私の世界は、あんなにも笑顔が止められなくなってしまう。
 誰だか知らないが、鍵、だなんて本当に上手く言ったものだと思う。
 たった一つしかない私の切り替えスイッチなのだから。

 中学時代、僕が勝手に定義した「ただの友達」をどこまでも徹してくれたあなた。
 一方的に言い募り、小難しく自己完結して振り切ろうとした僕に、あなたがくれた「同窓会」という再会の約束。
 身勝手に「親友」と言い張った僕を、親友と呼んで送り出してくれた声。
 私の身勝手な定義を、どこまでも受け入れてくれるあなた。
 私に、仮面なんかじゃない笑顔をくれたあなたに。

 私は誰より我侭だから、誰より人が良いあなたに寄りかかりたい。
 私は誰より我侭だから、きっと仮面なんて保てない。傍に居たら演技なんかできない。きっと素直になってあなたに寄りかかる。
 私は誰より我侭だと自覚してるから、あなたが居なくても平気な私を貫くんだ。
 平気な私でいる内に、あなたを振り切って見せるんだ。


『判じ物なら間に合ってるぜ』
 ふと、キョンの声が聞こえた気がした。
 途端に判じ物、言葉のパズルの縛りが解ける。私のやりたい事、私が居たい場所、それは本当に相反するもの?
 私がやりたい事はもう解ってる。私の存在する意義も、私の夢も、私はちゃんと思い出せた。
 なら本当に私の居たい場所はどこ?

 真っ先に浮かんだのは給食の時間。
 キミに悪友が居ても、周囲に可愛い子が居ても、それでも二人でいた給食時間。
 二人きりの自転車じゃない、周りにたくさん人が居て、それでもキミが一緒に居てくれたあの時間。
 僕はキミのそばにいたい。

 けれどキミは涼宮さんの傍に居たいと言った。
 たった一年で、関係なんて容易に変わってしまうのだと思い知らされ、諦めようと思った。

 けど、こんな事件なんて僕らの年頃なら正直どこにでもある事なんだ。
 素直になれないのも、手に入らないものは要らないとシニカルに構えて逃げ出すことも、ありふれた出来事なんだ。
 だって、僕らは世界に二人きりって訳じゃないのだから。
 キミにも僕にも意思があるのだから。

 たった一年でキミは変わってしまった…………
 けれど、変わってしまったものが、また変わらないなんて訳もない。変えられないなんて訳はないんだ。
 涼宮さんはキミが惚れるくらいに素敵な人さ。そんな彼女だからこそ、僕だって挑むことが出来るんじゃないか?
 彼女はただの少女として、キミの心を変えただけなのだから。

 大事なのは、いつだって「やりたいこと」に目を見据え、変化してゆく事なんだよ。
 そうさ、困難に挑んでこそ「僕」だろう?
 やりたい事を貫徹しよう。

 私は一番そばがいいんだ。友達でも親友でも恋人でも家族でもいい。言葉の飾りなんて関係ない。
 ただ、キミの一番そばにいたい。
 ただそれだけなんだ。
 ………………
 …………
 ……


「……佐々木、おーい、佐々木ってば!」
「くく、なんだい?」
「へ?」
 そこは高校の教室。
 すとんとパズルが嵌った嬉しさに、思わず「僕」で返す私。
 彼女達が凍りつき、それから一斉に笑った。頬の火照りをごまかして、私は鉄の佐々木を演じる。

「んふふ、またドリーム?」
「ドリームって」
 ひらひらと手を振ってみせる。
「まま、雨がわさわさ降ってて鬱陶しいしさ、今日もいつものとこ寄って帰らない?」
「あ、それよりあたしサーティーワンでアイス食べたいな。私学のくせに冷房ケチるとかどうよホント」
「多分アレよ、ウチが元男子校だからね。きっと発想が体育会系なんよ」
 断言された。良い友人ではあるのだが、ノリが良すぎるのが玉に瑕。

「もう、全国模試が近いのに息抜きばかりはよくないわよ?」
「ふふん、息は抜かなきゃ吸えないじゃない!」
 それを言うなら息を吐くでしょう。
 まったく口の減らない人だ。

「困難に立ち向かうには、まずは息抜きが必要なのよ!」
「慌てない慌てないっ、一休み一休みってね!」
「はいはい」
 私に息抜きなんかは必要ない。
 けれど、個人で動かせない事態というのはどうやっても存在するのだ。例えば彼が非日常に嵌り込んでいる様に。
 いま私が乗り込んでも、むやみに事態を引っ掻き回すだけであるように。

「けど糖分を取ったらちゃんと勉強が必要よ? 自分の成績は解ってるでしょ?」
「ぎゃー、もうそういう身も蓋もない事言うから佐々木さん大好きー」
 机に突っ伏す彼女に、追い打ちのような突っ込みが入る。

「あんたさ、普通それって「嫌いー」になるんじゃないの?」
「えー。だって耳が痛い事言ってくれる人が誰か一人くらい居ないとマジでダラけるしー」
「あなたって、ホント向上心がないんだか有るんだか解らないわ……」
 突っ伏した彼女のポニーテールを引っ張り呆れると、ニヤりと笑みが返ってきた。
 何故か不敵に言い放つ。

「ふふん、わたしはわたしよ」
「くく、トートロジーでごまかしてもね」
 そうさ、大事なのは自分の立場と能力をよく把握する事だね。
 それが問題解決に繋がるのだから。

「向上心なかったらこんな学校居ないわよ。マジで」
「マジでマジで」
「はいはい」
 だから今は把握し、そして努力に努めよう。
 どのくらい、私が私であるのかどうか。涼宮さんに張り合うにはどのくらいの私になれば良いか。
 彼に逢えない時間があっても、私に出来る事がない訳じゃないのだ。
 もう彼と私は「友達」じゃないんだ。
 僕と彼だって特別なんだ。

 雨の中、下駄箱でパッと傘を差すと、校門に見慣れた傘が見えた。
「おお、佐々木の通い妻じゃん」
「誰が通い妻ですか」
 ま、毎日来てくれているのは確かだけれど。
「や、ダディアナさん」
「橘です」
 涙目でこっち見ないで橘さん。

「いきましょ橘さん」
 ぽんと彼女の肩を叩いて歩き出す。
 中学時代、いつも彼にそうしていたように。いつかの喫茶店で彼にそうしたように。

 そうさ、歩いていこう。
 もちろん後悔は山ほどある。
 けれど中坊時代の後悔を、またまた後悔の原因につなげたような、後悔の無限ループはもう止めよう。
 やりたいことに目を見据えて、やれるように自分を変えよう。人が科学を発展できるように、きっと私は私を発展できる。
 今、キミと正反対へ歩いて行ったって、道はまた交差するさ。
 だって地球は丸いのだしね。
 絶対交差させてやる。

 キミの代わりなんて求めてやらない。
 わたしはわたし、キミはキミ、キミの代わりなんてどこにもいやしないのだから。

「色即是空、空即是色……」
「なんです佐々木さん?」
「般若心経?」
「ヴァージュラー?」
 思わず漏らした呟きに、周囲がまたまた反応する。
 しまったどう返すかなと思案するより、先に彼女から飛び出してきた言葉は

「ひゃー、また佐々木の厨二病が始まったぁ」
「その呼び方だけは止めて!」

 止みかけの雨の下、カラフルな傘が交差した。
 傘を握った手のひらが、いつか彼の肩に触れた感触を思い出したのか、燃える様に熱くなる。
 そうさ私はひとりじゃない。けれど、それでも一番そばにいたい人も居るんだ。
 それだけは譲れない私の本当。
 だから

「あっはっは、諦めなよ」
「うんうん。もはや定着しちゃってる感があるものねー」
「いやいや止めて。それだけは止めて」

 だから、私は諦めない。

 ただシンプルに考えよう。そうさ、わたしはキミのそばにいたいのだ。
 だって私の身体はあの心地良さを覚えているから。
 また、あの場所にいたいと願うから。

 キョン。キミの選択が物騒な物差しになるという事件がすべて終わったら
 また私は挑戦しようと思うんだ。なにせ、まだ青春時代は始まったばかりなのだからね。

 くっくっく、ただ手を触れるだけの関係でも、結局、私はキミを忘れられなかった。
 なら毒を喰らわば皿までだってね。
 プランはとっくに決めている。

 くくっ、今度こそ、キミに手のひらだけでなく、私の体温の全てを感じさせてやろうと企んでいるのさ。

 ……だから。
 私はまたそこに行くよ。
 私がいつも、いつだって笑っていられた、あの心地良いキミの隣に、ね。
)終わり

「ぶぇっくしょん!」
「うわ何よ汚いわね!」
「おやおや」
「ハンカチ」
「温かいお茶淹れなおしますね」
「ありがとよ長門。すみません朝比奈さん。顔が近いぞ古泉」

「どうかしたの?」
「いや。なんか妙に暖かい寒気がした気がしてな」
)今度こそ終わり

Part66-607「どうもキミと話している時は何だか笑っているような顔で固定されているようでね」

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最終更新:2013年04月16日 00:34
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