67-406「お前か」「僕だ」

「やあ親友」
「おい親友」
 だからお前は何で人の部屋に勝手にだな。
 ああ解ってるぞ、原因は妹だな? まったくあれほど知らない人間を家に上げるなと。
「言ったからこそ僕を上げてくれたのではないかな?」
「そうだよー?」
 ああそうだろうよ俺も言ってて気付いたよコンチクショウ。
 というか妹よ、何食べてるんだお前。

「僕が作ったちらし寿司だ」
「お前か」
「僕だ」
 胸を張られても困る。お前また随分キャラが変わってないか?
「くっくっく。まあ、あの春先の事件以来、色々と心境の変化があったものでね」
 どんな変化があったのか知らんが、もう少しだけでいいから俺を驚かせない方向性で頼みたいね。
 お前は俺の親友なんだろ?
「その通り」
 もっともらしく頷いても顔が笑ってるぞ。

「ま、親友だからこそさ」
 どんな理屈だ。ってああ語らなくて良「キミも知っての通り、僕は他人に迷惑をかけない静かな人生を望んでいる」
「今まさに俺の台詞を遮ったのはお前だ!」
「くくく、まあ最後まで聞いておくれよ」
 ああはいはい、聞いてやるから言ってみろ。
「つまり、親友であるキミになら迷惑をかけてもいいかな、と思った次第さ」
「お前、ハルヒ辺りとでも友達付き合いか何か始めたのか……?」
 人生観がバグってるぞ佐々木。

「まあ最後まで聞きたまえ」
 言って佐々木は左手を口元にあて、鳩が鳴くように奇怪な音を立てて嬉しげに笑う。
 ああまったく、こいつはいつもいつでも楽しそうにしてやがるなこの野郎。
「キミに迷惑をかけはするが、ほら」
「んぐ」
 そのまま別の生き物のように右手のハシを閃かせ、俺の口に何かを放り込む。
 ん、んん、ああ。なるほど。

「旨いな。このちらし寿司」
「そう、我ながら上手くできたものだからね。ついキミにも味わって欲しくなってしまったのさ」
 自分でもハシでちらし寿司を口元へと運びながら、佐々木は楽しげに笑っている。その隣で妹も食べながら笑っている。
 ああそうとも、俺だって笑っているんだろうともさ。

「僕は親友のキミに迷惑をかけよう。けれどそれ以上の楽しさも一緒に届けられるなら、それはそれで悪くないかなと思ってしまってね」
 そうして、俺の顔を少しだけ口元を固くして覗き込んでくる。
 いやな佐々木、そんな顔することはねえだろ。
 俺はこういうのにはすっかり慣れたしな。
「なるほど。さすがは俺の親友だ」
「そう言って貰えると嬉しいね」
 俺が笑って返してみれば、あいつから笑みが返ってくる。
 ま、確かに悪くない。悪くはないね。

「……で、なんでちらし寿司なんだ」
「キョン君、今日はちらし寿司の日なんだよー」
 そんな日があるのか? と目で言ってやると、妹と二人で顔を見合わせ、いつもの笑みを広げながら佐々木が口を開く。
 放課後ではSOS団、その後には佐々木、まあ大車輪かもしれん。
 けれどまあ、確かにこんな日も悪くはない。

 一瞬だけ、脳裏に春先のあいつの背中が浮かぶ。
 次に会うときが何年後だろうと「やあ親友」って言ってやると決めているような、どこまでも強く正しく、……どっか寂しげなあいつの背中が。

「でね、キョン」
「でねー」
「ほう」
 幻の背中が笑顔にかき消され雲散霧消する。
 そうだな、こいつがまたこんな風に笑っていられるなら、それはそれで、悪くはない。
)終わり

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最終更新:2012年06月29日 01:44
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