67-9xx 言えなかった、言わなかった

 足元で、さく、さく、と砂が鳴る。
 白い砂浜が広がっていた。
「海はいいなあ」

 返事がない事を期待して呟いた。いわゆる独り言だ。
 もちろん返事は無い。
 あったら怖い。

 辺りを見回し、息を吐き、それから定番の叫びを海に向かって放ってやった。バカヤローってね。
 春の海辺、一人で気を吐く女子高生。どうみたってお察しだ。
 だから一人である事を確認する。
 さすがに恥ずかしいからね。

『じゃあな親友、また同窓会で会おうぜ!』
 頭の中で最後の言葉がリフレイン。その足で電車を乗り継いで、気付いたらここに立っていた。我ながら情動的だと思う。
 けれどね、他人に知られなければ僕は理性的で冷静だという評判を守れるだろう。
 理性的だという自分を守れるだろう。
 だから、一人でここに居る。

「くくっ」
 そうでもないかな?
 あの時は一応取り繕っては見たものの、先日「どうしても相談したいから」ってアポも取らず彼の家に押しかけたことを思い出す。
 つまるところ、私はそんな奴なのだ。それは彼が知っている。

 私がどんな奴なのかも、私がどうありたいと望んでいるのかも。きっと彼は私の望みを知っている。
 理性的な私なんて結局守りきれていないんだ。
 だから、一人でここに居る。

 春の騒動は全て終わって、改めて、私は自分のちっぽけさを知った。
 彼に、……中学卒業と共に振り切ったはずの彼に、幾度も「キミの仲間の輪に入りたい」と囁いた私。虫のいい相談をしようとした私。
 情動的にも、彼の自室に押しかけて、「もう一度ここに来たい」と約束を求めようとしてしまった私……。
 私はなんて弱いんだろうと改めて知った。

 私は、やっぱりちっぽけだ。
 けれど、ちっぽけな私を知ったから、だから私と対峙できる。
 叶えたい夢も、その為に在りたい姿も、常に理性を以って考え続ける僕でありたい事も、改めて知れたのだから。
 声に出したから、誰かに、彼に聞いてもらえたから、だから改めて私は「僕」で在ることができる。
 口に出したからこそ引っ込めないでいられる。

 ふと、長く息を吐いた。
 全く辛くなかったといえば嘘だからね。私は強がりであっても、決して強くなんかないから。
 キョンの言葉尻を捕まえては、彼と再会を約束しようとした弱い私。
 約束したがった私、約束がなければ会えない私。
 全部、全部、それも私だ。

「……私は、何もできないから」
 私は平均以下。感情的な、何者にもなれない弱い私。
 だから、私は強くありたかった。だから理性的に超越的に、私は「僕」でありたかった。
 弱い弱い、何も出来ない、平均以下、そんな言葉で自分を定義して「できない」事を当たり前と認識してきた。

 だから、私は勉強、或いは精神的に強くあろうとしてきた。
 ちっぽけだと自分を、スペックを、自分を正確に客観的に捉えて伸ばそうとしてきた。
 そうして「できる」事を増やそうとしてきた。
 だから私は「僕」でいられた。

『あー、そうだ、キミを信頼していると言いたかった』

 最後の最後の一線で、私は彼に寄りかからなかった。
 あなたが好きだなんて言わなかった。彼に選んでと言わなかった。私は理性的でいられた。私は、僕でいられた。
 それが、私の小さな収穫。

 僕は何も出来ないと思った。
 けれど出来たんだ。感情を理性で抑えて、彼にノイズを与えなかった。私の一年に及ぶ「勉強」の成果なんだ。

 中学時代、私は彼に「言えなかった」。
 そして今、私は彼に「言わなかった」。

 僕は成長の為にこそ今の高校を選んだ。
 彼は高校生活を楽しむ為にこそ今の高校に行くことを選び、そして再び選んだ。

 中学の卒業式、道を違えたから想いを言えなかった。
 あの別れの時、道を違えるから想いを言わなかった。

 彼の心に負担をかけたくない、そんな弱い私でいたくない。理由は同じさ。
 けれどちょっとした違いなんだ。

 出来る事、出来ない事、やりたいこと、やれないこと。
 私を一つ一つ確かめていこう。

 やりたくても出来ない、なんて弱い自分に一つ一つ決別していこう。
 もっともっと素敵な私を覚えていってやろうじゃないか。
 逃した魚を彼が追いかけたくなるくらいにね。

 中学の卒業式、私は「さよなら」を言えなかった。
 あの別れの時、私は「さよなら」を、やっぱり言えなかった。ただ彼に振り向くことすらも出来なかった。
 だって私はまだ弱いから? それともとても大切だから? 彼が特別だと言ってくれたから?
 まだまだ、私は私が解らない。
 だから、知りたい。

 くく、けどね、人は自分の知りたい事を知りたいようにしか受け取らないという。
 だから弱いと思う限り、やっぱり私は弱いだろうね。

 なら素敵になろう。強くなろう。
 ホントに自由な人というのはきっと強い人だから。
 気兼ねなく振舞える人と言うのは、その場において「文句を言わせない」強さがあるからだ。たとえば涼宮さんのようにね。
 たとえ誰とぶつかったって、ねじふせられると自分を信じられるからだ。

 いつか、この広い海のように心を広く広げてやりたい。
 心を自由にしてやりたい。

 だから、私は強くなろう。もっと、もっと。
 平均以下だ、凡人だなんだと、弱い自分を免罪符にしないで良いように。いつか私は素敵だと言い張れるように。

「ねえ、キョン……」
 いつか私は「さよなら」を言えるだろうか。それともそもそも「言いたくない」のだろうか。
 言えるようになってから考えよう。言えるくらい強くなってから考えよう。

 そうさ、できないのと、できてもしないのでは、天地の違いがあるんだ。
 言えないだけなのか、言えるけど言いたくないのか。
 いつか強くなって答えを出そう。

 私は成長する為に「僕」になった。
 だから成長してやるさ。キミが今、波乱万丈なエンターテイメントを楽しむ事を選んだように。
 強くなることを選んだから、だから強くなってやろう。
 それでこそキミの知る「佐々木」だからね。

「ばっかやろーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 一声、海に叫ぶ。
 そうだ、たまには「私」として叫んでみよう。そして私より素敵な「佐々木」であろう。
 いつかホントの「私」のままで、キミに「さよなら」を言えるのか、キミに「さよなら」と言いたくないのか、それを確かめる為にもね。
)終わり

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最終更新:2012年09月03日 23:07
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