67-9xx そんなデイ・バイ・デイ

「キョン、もしかしてキミは、自分は必要とされていない、なんて思っているんじゃないのかい?」
「おいおい、何を漫画やアニメみたいな事言ってんだ佐々木」
 いつものように隣の席から俺の顔を覗き込みながら、ふと、思いついたように佐々木が聞いてきた。
 だがな。それこそお前が否定したフィクションみたいな質問だと思うぜ。

『キョン、それはエンターテイメント症候群というものだよ』
 ほんの一週間くらい前、なんか不思議に面白い事件でも起こらない物かと思っていた俺にこいつは言ったものだ。
 リアリストかつ論理的思考を持つ佐々木の前では、俺の幻想願望など実に儚い。そう思い知らされた、数多い一件の一つであり印象深い事件でもある。

 いやむしろ、そんな佐々木の存在こそちょっとしたエンターテイメントなのではないかと後に俺は言ってみたが
 やっぱり完膚なきまでに言葉の嵐に叩きのめされたりもしたものだった。
 人が自然災害に無力であるように、俺はこいつに無力である。
 まあ頭のいい奴だから仕方ないのではあるがね。

「くく、そうだな。悪かった」
 笑いながら、佐々木は自席へと身を引き戻す。
 が、その横目の視線が俺に刺さっていることくらいは俺にも解るぞ。

「うん。いや」
「どうした」
 妙に歯切れが悪い。無駄に舌が廻るこいつにしては珍しいことだが、さて、つつくべきか。
 こいつを下手につつくと蛇が出るからな。
 舌の長い奴が。

「……すまない。要らない事を言ってしまったようだ、謝罪させてくれ」
「誰も気にしねえよ。お前こそ気を遣いすぎだ」
「そうかな」
 いつものように口の端を釣り上げて笑っているが、若干釣り上げが弱い。
 だが、そんなに気にするような事じゃないぞ。

 少なくとも俺は自分にたいした力がない事を知っている。
 だから必要とされる訳がない。

 けどそれは「俺が漫画のヒーロー、特別な存在じゃない」なんて漫画チックな理由だけじゃない。
 俺はたいして努力をしていないから、代価を払っていないからだ。代価を払っていないのに何かを欲しがるなんてバカげたことだろ。
 けど俺はそれでいいんだ。その代わり俺は俺の日々をそれなりに楽しんでいるからな。
 だから俺はちっぽけかもしれんが、それなりに過ごしている。

 ……その上で、何か特別な事が起きればいい、そんな非日常の主役になりたい、という都合の良い、虫のいい事を考えていた。
 ……お前みたい勤勉な奴と出会って、ちょっと変化が生じた、だなんてのは言えないがな。
 お前みたいに代価を払っている奴と俺は違うんだ。
 そう、俺は改めて知った………
 ………………
 ………

「ねえ、キョン」
「なんだ、佐々木」
 隣の席に声をかけると生返事が返ってきた。珍しく思考の海に沈んでいるらしい、そんな声。
 キョン、キミにもそんな日があるんだね? ……なんて言ってみようか?
 いや、さすがに怒るかな。

「いや、別に」
 だからそのまま微笑んでみる。
 けど、これはあくまで微笑であって、言葉じゃない。言葉じゃないから伝わらないだろう。
 けれど伝えるには気恥ずかしい言葉が胸をたゆたっていた。

 キョン、キミは自分が無力だと思っているかもしれない。けれど、僕にとっては…………

 いや、よそう。僕らしくないだろうから。 
 だから笑っていよう。
 僕らしくね。

 僕は改めて笑顔になる。笑顔の形をした仮面を被りなおす。
 誰に対してもそうしてきたのだから。

 笑顔が嫌いな人なんてほとんどいない。だから、私は笑顔でいる。
 回りくどい話は敬遠される。だから、私は回りくどい。
 無害に、まわりくどく、透明な壁を作って。
 私は、今日も教室に居る。

 嫌われたくない、けれど、干渉されたくない。
 そうやって壁を作ってきたから、私はきっと誰にも必要とされない。されなくて済む。
 小学生の終わりに姓が変わったときのような、両親に色々とあった時のような、あんな想いはもうたくさんだから。
 あの輝く少女を遠巻きに見ていた日々のような、あんな気持ちには、もうなれないだろうから。
 私はひっそりとここに居る。
 けれど

「ねえ、キョン」
「なんだ佐々木」
 なんとなく隣に声をかける。
 何故だか自分でも不思議なくらいに。
 いつものように笑みを浮かべ、けれど「敬遠される為」の僕を演じながら、そのくせ彼に語りかけ、距離を縮めようとする。
 距離が縮むことに、ほんの少し心が沸き立つのを感じる。

 別に一人でいたい訳じゃない。私はそんなに孤高じゃないから。
 ただ、無害なその他大勢の中の一人でいたいんだ。薄いフィルターを張っていたいけど、集団の中には混ざっていたい。それだけなんだ。
 それだけだと思っていたのに、やっぱり不意に言葉を口にしたくなる。
 敬遠されるような言葉しか言えないのに。

 やっぱり口にしてしまう。
 言葉でキミとつながりたいと思ってしまうのは、やっぱり私の弱さなのかな。
 こんな風に、他人を遠ざけるような「僕」を演じているくせに、こんな日常に喜びを感じてしまうだなんて。

 見慣れた風景の中にキミが居ることに、喜びを感じてしまうのは、あなたを必要だと思ってしまうのは、やっぱり私が弱いからなのかな。
 隣にいるのに、どこか遠いことを考えてしまう。
 そんな中学三年のなんでもない日常。
)終わり

「ねえ、キョン」
「なんだ」

「あの頃、僕らは自分を信じられなかった。そう思わないかい?」
「あの頃ってのがいつ頃かは知らんが、られなかった、って言うくらいなら今は信じられるのか?」
「くく、質問で質問を返すのかい?」
「返して欲しそうにしてたからな」
「そうかい」

「ともあれ、あの頃の僕らはその意味でやっぱり対等だったのだと思う。そして、今は意味が変わったが、やっぱり対等なのさ」
「早口言葉だな」
「遅く言おうか?」
「お心遣いに感謝するぜ」
「くくっ」

「やっぱり良いね。そんなキミだから、僕はその他大勢では居たくないんだと思う」
「お前は昔から自己主張が激しかったと記憶しているが」
「くっくっく、それだけでは終わらないのさ」

「僕にはキミが必要だからね。だからキミのすべてを奪ってやるのさ、僕のキョン」
「物騒だな。それにそれじゃ俺に何も残らんじゃないか」

「まあお前はとっくに俺のものだから、おあいこか?」
「くく、そういうことかな」
「そういうことだ」
)終わり

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最終更新:2012年09月08日 03:40
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