「くく、礼を言うよキョン。おかげさまでまた一つ昔の夢想が叶ってしまったようだ」
「俺なんぞの膝枕で礼を言われても困るぜ」
するとくつくつと喉奥で笑い、佐々木は手を伸ばす。
中空へ、電灯の光でも掴もうとするように。
「そう言うなよ。キミだって、そうだな、グラビアアイドルや女優を見て触れ合いたいという願望を抱いた事くらいあるだろう?」
「おいおい話がまったくもって摩り替わっちまってるじゃないか」
「さあて、どうだろう」
そんなご大層なもんじゃねえだろ。
家だって同じ市内、同じ学区、遠く離れてた訳ですらねえ。
「くく、願っても叶わない、触れ合えない、という点では変わらないさ」
俺なんかにそんなに触れたかったってか?
「お前はそんなタイプじゃなかったろ」
「そうかもしれない」
「そしてキミもそういうタイプだ。
キョン、キミは割と優しい人だ。けど、キミはキミに溺れろなんて決して言わない奴だろう?
キミは僕が僕である事を肯定する。僕が弱くなる事を、キミに頼らなきゃいけないような奴になってしまう事を決して肯定しない奴だ」
「当たり前だ。というかそんな風に言うような奴が居たらお会いしてみたいね」
「表現はともかくとして、そういうタイプもいるってことさ」
ケースバイケースってものもある、とくすくす笑う。
「少なくとも、キミは僕が強くあろうとしていることを肯定してくれる。僕の望みを知っていてくれる。だからいいのさ」
くくっといたずらっぽく喉奥から笑う。
「ホントに頼らなきゃいけないケースでまで、ガンと頼らせないような奴でも困るしね」
「ケースバイケース、程度問題さ。その点は信頼しているよ」
「どんな信頼だかいまいちピンとこないがな」
「……くく、そう、僕は強いぜ?」
「そうとも、強いさ」
お前はいつだってお前の道を行く奴だ。
たとえばハルヒの奴と似てるな。タイプは違えど根っこは同じ、そんなトコだ。
「こら何しやがる」
「くく、何故かな」
伸ばした右手でぐりぐりと俺の頬をおしやる佐々木である。
「そう、僕は強い。僕は自分の道を行くさ。……けれど、さすがにずっと走り続けられるほど持久力は無いんだ」
「そうか? お前って持久走とか得意そうだけどな」
「そうかい?」
計画性がある奴だからな。
「そうか。……ねえキョン、キミだって携帯電話はクレードル、或いはクレイドルに置くだろう?」
「なんだどうした藪から棒に」
伸ばした右手が、今度はそっと俺の頬を撫でる。
「キミは僕のクレイドルだ。僕だって走り続ける方が好みだよ? けどね、たまには充電したくなるんだ。こんな風にね」
多少ざらついてるだろう俺なんかの頬を撫でながら、そっと喉奥から笑いを漏らす。
実に、実に楽しそうに。
「……充電できてるか?」
「……もうちょっと、充電したいな」
「そうかい」
「僕だって、ただの人だ。……だから、こうしてホッとする場所にいたいこともあるんだ」
「けどお前に対して、そうなりたいと望んだ奴も多かったろ」
「そうかな、うん、そうかもしれないね」
「けど悲しいかな、やっぱり人間は主観の動物なんだよキョン。自分の望む場所が良いんだ。
それに「寄りかかって休みたいから」だなんて理由で関係を築こうなんて、それは相手に失礼だとは思わないか?」
「それでも良いって奴も居るだろ」
いや、むしろそういう関係を狙っている奴も居るのか。
居るんだよな。
「前者のように人の良い人ならば尚更、後者のように狡猾な相手なら尚の事だね」
「お前はホント真面目だな」
「そういう奴だろ?」
「そういう奴だな」
「僕は孤独を埋めてほしい訳じゃない。埋める為の関係が欲しい訳じゃない。そうとも、きっと中学時代も高校時代も、だからキミに寄りかからなかった」
「じゃあ、なんだ」
我ながら唐変木な質問かもしれんが、聞いて欲しそうに佐々木が口の端を釣り上げたことくらいは解る。
「そうだな、僕は今、確かに満たされているんだ。夢を叶える為の道筋に立っているから。研究者の道にようやく立てたから」
「満たされているから?」
くく、といつもの笑いが聞こえる。
満足そうな笑い、佐々木のいつもの笑い声。
「僕はもう夢を求められるか悩んでいない。からっぽじゃない。けれどそこまで歩いても、やっぱり此処が良い。此処だから良いんだ」
いつもの目が覗き込み、口元が笑い、顔全体で笑いを届けてくる。
「キョン、僕は満たされていないからって、夢に迷って、孤独だからってキミを求めた訳じゃない。今ならそう胸を張って言えるよ。
あの春の日、満たされていない時であっても、キミに対し理性を以って対応できたように。
僕はキミが良い。キミだから良いんだって胸を張って言える」
「僕は満たされた。だから胸を張ってキミとの関係を誇れる。だからここにいるんだ」
「……俺の膝枕なんかを、そんな風に壮大に表現されても困るぜ佐々木」
「くく、卑下するなよキョン。例えば空き缶だ。ああいうのだって集めているコレクターと一般人じゃ価値観が全く違うものだろう?」
「かといってそれはそれで褒められているか貶されているか微妙なラインだぞ」
「ふ、くく、そうとも。微妙なライン、それがいい」
嬉しそうに目を閉じ、体重を俺の膝に委ねて、それでもくつくつと笑う。
肩の力を抜いて、そっと両手を胸で組んで、口元をゆるやかに緩ませて佐々木は笑っている。
「きっと他人は遠まわりだと笑うだろう。けれどやっぱりこれが僕のやり方なんだろうね」
他人との違いなんか気にするなってのは定番台詞かもしれん。けど少なくともお前はお前なのは間違いないし、趣味は人それぞれだからな。
だから文句を言うつもりなんか俺にはねえよ。
言うつもりならここに居ないさ。
「そうかい、キョン」
)終わり
最終更新:2012年09月08日 03:35