69-193「Last Name Change」

 あれからどれだけの時間が流れたのだろう。それを確認するにははじまりがどこだったのかを思い出さないといけない。
中学でクラスが一緒になる前に見かけたときか、あるいはその直後か。まあ、それはないだろう。私は決して惚れっぽい人
間ではない。
何しろ恋愛は精神の病と長い間否定し続けていたのだから。それは置いておいて、もう一度考え直そう。
 ……有力なのは中学の秋頃か、高2の春か、はたまたその後の夏から秋の頃だろうか。今挙げた時期すべてが当てはま
りそうに思えてくる。
そしてそこから今に至るまでが長かった。少なくとも6年以上になるのかな。今あえて言うなら、とうとうこの日が来たの
ね……、ということくらいさ。


 私はきっと彼に目をつけた最初の人であり、おそらく最後に意思表明をした人間であったと自負している。こういっては
なんだが、彼は例えば古泉くんのようにクラスや学生の中で人気があるタイプではないはずだ。男子は当時から見ればお
子様だったし、女子はませていた。あの年頃ではカッコイイ男子の話題は出てくることはあっても、彼の名前が出ることは
なかったはずだ。だからこそ、僕はあまり深く考えずに彼との会話を楽しんでいたんだ。気がついた頃には彼との言葉の
キャッチボールに夢中になっていた。逆に言うとそのことに専念できたとも言える。噂や実際に冷やかされめいたことは
あれど露骨に私達の会話に割って入る人はいなかったもの。
 ところだ。高校になって彼と再会すると状況は変わっていた。あの小学の時の異彩を放っていた少女が彼と一緒にいるの
だ。それだけにとどまらず、私はあの出来事の後もSOS団に関わってしまい、件の涼宮さんだけでなく長門さんも彼を気に
なっている様子に気づいたし、同時に困惑した。
 その上、どうやら彼の妹の友達もあやしい。朝比奈さんは積極的に彼に迫ることは少ないからいいものの、朝比奈さんに
次ぐ発育の良さだ。鼻の下を伸ばしている彼を一番目ざとく見つけて怒りつけていたのは涼宮さんだが、私も一度も咎めな
かったとは言えない。おそらく長門さんもだ。こんな風に自分が彼女たちの動向に敏感だったのは日頃の現代文の学習成果
なのだろうか、あるいは本能のなせる業だったのだろうか……。重ねて言うが、彼はモテるタイプの人間ではない。しかし
あの頃の彼は客観的に見て俗にいうモテ期に入っていたともいえただろう。別に学年で人気の男子生徒というわけではなか
ったが、もしそうだったらだったらで私達は平常でいられなかったかもしれない。
参考までに言うと、あるとき鶴屋さんは私にこういったことがある。

「キョロスケくんはマイナー好かれタイプとして注目株なのさっ! ササにゃんはどうするのかいっ。あはははっ」


 ふむ。やはり自分のことを赤裸々に語るのは身がもたない。ここからは昔の喋り方でいかせてもらうことにする。
そうはいってもこの喋り方、今となっては親しい人に対してだけ使うようになっている。昔は男の子に使って(流石に先生
のような目上の人には使わないよ?)、女の人には嫌味にならない程度の丁寧語を使っていた。自分の素を悟られまいと
年下の幼げにみえる女の子にまで使っていたのは今にしてはお恥ずかしい限りの話だ。実はその喋り方を封印したこと
もある。
結果的にはあまり長続きはしなかった。それは自分の習性がこびりついていたということもあるかもしれないが、言わせて
もらうと絶対に彼のせいだ。最も彼も封印するといって全然できていなかった言葉があるのだからお互い様ということにし
ておこうじゃないか。ただし、喋り方が全くの元の木阿弥になってしまったかというとそういうわけでもない。僕は同性で
も気の知れた友達(中には強敵もいたわけなのだが)相手にも使うようになっていたのだ。

 彼と高2の春に再会し、僕が本当は神のような力の持ち主で涼宮さんからその力を取り戻すかどうかという事件が終息を
迎えた後、僕はもうSOS団と関わるべきでないと決めていた。彼とももう会うべきではない。彼が最早SOS団、いや涼宮さ
んに惹かれていたことがよくわかったから。こんな想いも高校受験のテクニックと一緒に忘れてしまえばいい。そして僕の
密かなる野望の実現に専念すればいい。そう決心した矢先に、1年くらい放置プレイをしていたくせに今更にも、彼は僕に
関わりつづけようとしてくれたのだった。

「じゃあな親友、同窓会で会おうぜ」

「佐々木、お前もSOS団に入れよ。ほら、一緒に行こうぜ」

 結論から言うと、僕のそんな決心は脆くも崩れ落ちてしまった。涼宮さんの多少の難色はあったものの、そのままなし
崩しにSOS団の外部準団員兼アドバイザーに就任することになってしまった。


 正式団員というわけではないが、SOS団の仲間に入れてもらった後は大変だった。自分がこれらの騒動を収めるためにど
れだけ役に立てたか今だに自信が持てずにいるし、どちらかというと無力感さえ感じてしまうのだ。キョン曰く、だいたい
の騒動の元凶は涼宮さんだということらしいが、正直に言うと僕も迷惑をかけたことが何度かある。
僕自身が九曜さんが起こす騒動を引き起こす引き金になってしまったり、僕がとうとう堪忍袋の緒が切れて主に橘さんにと
ばっちりをけてしまったこともある。
彼が恐れる女学生が僕をかばった彼に襲いかかってきた日には肝を冷やされたものだ。ちなみに余談だが、彼のあまり聡明
ではなさそうな友人に言い寄られたのを九曜さんを呼んで適当にあしらっておいたこともある。
それでも彼は変わらず僕に助言を求めてくれた。古泉くんほど的確な解説ができなくても、朝比奈さんほど安心感を与えら
れなくても、長門さんほど頼りにならなくても。
そして何より涼宮さんほどエンターテイメント症候群のシンクロニシティを感じるということができなくてもだ。
いつしか代償行為をやめ、本当に欲しいモノをまっすぐ求めたくなった。やっぱり僕はキョンの隣を歩いていたい、と。
 そうして保留していた返事をようやくハッキリ言うことができたのだ。

「長い間保留していてごめんなさい。僕には忘れぬことのできない親友、いや好きな人がいるんだ」


 そこから僕の真の戦いが始まったといってもよかった。自分がどれだけノロマだったことか。正直勝ち目は薄いことはわ
かっていた。かわいいだけの女を出し抜く手段はいくらでもあるんだ、と自分を奮起させないとやっていけない。しかし僕
達は学生だった。SOS団と不思議体験をするのは気晴らしにはちょうどいいと考えるようになれたけれども、学生の本分を
おろそかにするのはもっての他だ。本当は優秀な頭脳を持つ彼を放っておいて、進路を違えるのはもうごめんだったし、共
に堕落していくという選択肢もNoだった。彼の学力を上げ、進路を共にする有効な手段を実行しなければならない。かつて
涼宮さんに告げた一言が自らの足かせになっていたのが問題だったのだが、それも考慮しなければならなかった。
 かくしてSOS団の活動拠点に予備校を加えるという企ては成功した。それは涼宮さんを納得させるための譲歩でもあった。
そして僕達は同じ進路を志望することになった。それはSOS団のあり方が変わっても僕達3人の争いや協定はまだ続くという
ことを意味していた。
 その後僕達はなんとか無事大学生活を送ることができた。大学生活についてなんだが、気持ちの整理がまだつかないので
細かい話は差し控えさせてくれたまえ。ある日僕達はとうとう暗黙のうちに決着をつけようということになった。そしてつ
いに彼は待ち続けてきた言葉を掛けてくれた。
 その言葉は僕がずっと望んでいた願いがここに叶ったことを知るのだった。そうして今日、この日に至るのだ。


 今日をもって僕は再び名前が変わる。名前が変わるのはこれっきりがいい。
指に光るアメジストの輝きがそれを信じさせてくれる。ふとそれを抜いて裏の文字を見る。僕も彼もここに刻まれている名
前でお互いを呼ぶまでにずいぶんかかったものだ。
 おっとそろそろ出かけると私を呼ぶ声が聞こえる。もう佐々木ではなくなる僕の名前を。くっくっく、自然と昔からの笑
い方になってしまう。
だから僕は返事をするのだ。キョンの本当の名前も一緒に呼んで。

「わかったよ。――」

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最終更新:2013年04月29日 15:11
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