71-320『RAIN』

「雨は好きかい?」
喫茶店で親友に言われた一言。
「いや?好きな奴を見た事はないな。」
コーヒーを啜る。外は見事な雨模様。梅雨だけに致し方ないのだが。
「雨が降ると、皆頭を隠して走り出す。晴れると木陰に入る。結局、どちらも大差ないと思うよ。」
「それはそうだがな。雨は濡れるからなぁ。」
しとしとと、外には雨の音。空調の行き届いた室内には薄く流れるクラシカルな音楽。
「少々雨に打たれたからといって致死的な事態に陥るわけではあるまいし、ああして走る人間の心理は何だろうね。」
「冷たくて不快だからだろ。」
「マンホールや側溝に足を取られて転んだり、ぶつかる位なら、僕は歩くがね。二次災害になっては敵わない。」
そこの彼のようにね、と佐々木は窓の外を指差す。そこには小学生の男の子が倒れてベソをかいていた。
一緒に下校していたらしい女の子が、泥を払って慰めている光景があった。
「かわいそうに。」
「くっくっ。微笑ましい。」
佐々木は、少し中座するといい店を出る。女の子を呼び止め……手指洗浄のアルコールティッシュと絆創膏を渡している。
そして……コンビニの傘。小学生のカップルは佐々木に頭を下げると笑顔で帰路についた。

「待たせたね。」
佐々木はニヤリと笑う。
「……俺の傘を渡してんじゃねぇよ。」
「問題なかろう。僕の傘がある。橘さんから頂いた、高級ブランドの傘だよ。」
「あの小さい傘が?」
「女性向けなんてそんなものだよ。さぁ、帰るかね。」
降り頻る雨。雨の音の中、二人で帰る。
「佐々木、もっとそっちに行っていいか?」
「後随意に。」
「……流石に恥ずかしいんだが。」
女性向けの傘だけに、密着しなければ俺も入れない。佐々木は何が楽しいのか、くっくっ、と笑っている。

「僕は、割と雨は好きだよ。」
「そうかい。」

梅雨冷えの夕方。
なんでもない時間――――

END

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最終更新:2013年08月04日 16:43
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