「最近、物騒だとは思わないかね?」
「ああ。夏祭りの後の殺害など、笑うに笑えん。」
「なので、護身術を習ったんだ。」
佐々木は、そう言うとニヤリと笑う。
「橘か?組織とやらなら、護身のひとつやふたつ……」
佐々木は心外極まる、といった表情でキョンを見た。
「…キミは、古泉くんから護身を習いたいかい?」
流石に古泉に習い、寝技などになっては絶対に嫌だ。顔を近付けられ、息を吹き掛けられ…まさかのンギモッヂイイ!と……
「……すまん。」
幾許かの沈黙が、キョンの心理的なダメージであった。佐々木は首を振ると
「理解して頂いたようで嬉しいよ親友。僕も橘さんには似たイメージを抱いていてね。」
と言い、下を向いた。…どうやらお互い苦労は同じようだ。
「それに、だ。僕のキレた運動神経ではとても護身など覚束なくてね。周防さんに頼んでオートメーションの動きをダウンロードしたんだ。
因みに成果は未来人で実証済みだ。」
……藤原も苦労しているのだな、とキョンが下を向く……
「肩の脱臼に、股関節の脱臼だ!大体が、何故僕で試す!これは既定事項にない!」
病院にも行けず、周防の部屋でミイラにされた藤原が叫んでいたのは、また別の話だ。
「ーーーー」
序でに、その姿に興味を示した周防に、それこそ散々な目に遭わされるのだが…そこは悲喜こもごも。
「試しに背後からおそってみたまえ。」
「……手加減しろよ?」
佐々木の誘いに応じ、キョンが佐々木を後ろから抱く。
「…………」
「…………あの、佐々木さん。」
「ハイ、ナンデショウカシンユウ。」
「……あすなろ抱きにしかなっていないんだが……」
「……お、おかしいね?何故……」
一度離れ、今度は正面からやってみた。
「…………」
「…………」
恍惚の表情を浮かべ、キョンの胸に抱かれる佐々木……
「……護身はどうした?」
「……おかしいな。何故オートメーションな動きにならないのか……」
佐々木が赤い頬で首を捻る。
「これは困った……。一度きりだったのだろうか?これでは護身にならない…」
「楽しようとするからだ、バカめ。」
結局、この日は物別れに終わった。
次の日。通学路で橘が佐々木に襲いかかった。…本人は至って正常なコミュニケーションのつもりだったのであろうが……
目撃していた岡本は後にキョンに語った。あんなに流麗に決まった脇固めは初めて見た、と…
「いたたたたたたたた!」
「あら、橘さん?」
「ギブギブギブ!佐々木さん!愛の鞭とはいえ行き過ぎなのです!」
誰と誰がいつ愛し合った。そう言いたい佐々木であったが、何とか堪え…橘を見る。
ガッチリ決まった脇固め。まるで藤原組長のようだ。ズブの素人である自分に、このようにポイントを抑えた脇固めが出来るはずがない。橘とて荒事に備え、格闘技を習っている人間なのだ。その人間を容易に抑え込むなど、自分の力量ではとても無理だ。
「(効果は生きている…。でも、何故?)」
頭を捻る佐々木。
「(まぁ、害意がない人間には向かわないようになっている、という所かな?)」
とりあえず、無為に暴力を振るう事はなさそうである。佐々木は納得すると橘を解放し、学校へと向かう。
周防の家には、見ているほうが痛々しくなる藤原が、愉快な近未来系オブジェのような格好で周防に遊ばれていた。痛覚は無いらしく、藤原はされるがままだ。
「…周防。貴様、佐々木にどのようなダウンロードをした?」
「ーー」
「なん……だと?」
好意を持つ相手以外は、全排除。つまり。半径1センチ内に寄れば、無条件にオートメーションが発動するのだという。相手への嫌悪によって排除のレベルがあるらしく……
橘は、脇固めで済んだ。組長ばりに一瞬で決めたので、痛みは少ないだろう。
だが。藤原は。
近未来オブジェになるまで痛めつけられ、腱を切られなかっただけ良心的という扱いだ。
「も、もう未来に帰る…。」
「ーー」
知らぬは本人達ばかりなり。
合掌。
END
最終更新:2013年12月08日 01:32