今日はそりゃあもうとんでもない台風が来ていて、更に質の悪いことに、
塾の行きの時には雨風は止んでいたが、帰りには凄まじいほどの雨風が俺と佐々木の二人を
非情に打ち付けていた。
「・・・こんなんじゃあ自転車使えないよな?」
「やめておいたほうが良いね」
佐々木はやや憮然とした面持ちで即答。
「僕はこのような非常事態を見越して、折りたたみ傘を持ってきたのだが」
と佐々木は紺色の折りたたみ傘を出す。用意の良い奴だ。
「キョン、君は甘いのさ。いくら一時的に雨風が止んだからといってそれは台風が過ぎたという証拠にはならないのだよ」
薄々感付いてはいたがな。
生憎折りたたみ傘は我が愚妹がミヨキチの家に行くといって持っているのだ。
ノーマル傘ならあったのだが、自転車に乗ることを考えて面倒になり、結局は手ぶらで出てきたのである。
「さてどうする?傘が一つだけあるから、自転車はひとまずここに置いといてバス停まで向かうという策が最善だと
僕は思うんだが」
幸い、自転車は塾専用の屋内駐輪場に置いてあるために撤去されたり錆びたりというような心配も無い。
帰りに本屋に寄ろうと思って千円ほど持っているしな。
「いや、君は良いのかい?」
何の話だ。
「傘が一つしかないのだが」
あぁ、バス停くらいまでの距離なら別に濡れても平気だぜ。
走ればなんとかなる。
「・・・いや、あまり雨を浴び続けるのは健康面から見て良くないだろう」
何が言いたいんだ佐々木よ。まぁよくわからないのはいつもの事なんだがな。
「・・・この場合は二人で傘に入るのが最も得策かと思うんだが・・・」
と、そこまで小声で言って佐々木はうつむいた。
「嫌なら構わない」
いや、別にいいけどよ。
幸いというべきかこの塾に来ている同学年の連中は佐々木のみだ。
お調子者の男子に見られて翌日妙な噂が立つこともないだろう。
「良いんだね?」
はやし立てるような口調の佐々木。珍しいな。
「あぁ、別に良いぜ。というか折りたたみ式に俺たち二人が入れるほどのキャパシティがあるのかどうかが心配だ」
「大丈夫だよ」
と佐々木は言い、紺の折りたたみを広げ始めた。
なんかずいぶん複雑な手順を踏んでいるな?
「さぁ、行こうか」
折りたたみとは思えないほど巨大な傘が完成した。
よく考えてあるな佐々木。さすがと言うべきか。
「失礼」
俺は佐々木の隣に立ち、傘に入る。
傘を握っているのは佐々木で、くっついた肩の体温がやけに生々しい。
「・・・」
佐々木がやや赤面している。どうした?寒さで逆に熱でも出たのか?
「いや、何でもないよ」
傘をリズミカルに叩く雨粒の音は、俺たちを包み込むかのように傘の下だけに響いていた。
しばらくそうして歩いたか。バス停が見えてきた。
「やっと着いたな」
傘を差していても横風が凄まじいので服が濡れるのなんの。
佐々木の服も、素肌にピッタリとまとわりついていて・・・なんというか。
情熱を持て余した、とだけ言っておこう。
「バスはまだ来ていないようだね」
バス停は屋根に覆われているとはいえ、横風と共に雨が入ってくる。
しつこい野郎だ。どっか行け。
「次のバスは―」
佐々木がそう行って時刻表を見に行った時だった。
「きゃっ!?」
突然の暴風に、佐々木のスカートが捲り上げられ、白い素肌と・・・
・・・まぁ、あれだ。あっちの方も白だった、と言っておこう。
「・・・見たな」
見ませんでした、とは言ったが本心が顔ともう一箇所に出ちゃっていたようで。
佐々木は赤面しつつ俺の顔と脚の付け根に一瞥をくれると、腕を組んで目を逸らした。
「ま、まったく。只の布じゃあないか、下らない」
バスが来るまで、佐々木はずっとそんな調子で俺に説教をくれていた。
雨粒を弾きながらバスがやってきた時は、何故か俺は台風に感謝していた。
最終更新:2007年09月13日 21:45