21-777「お見舞い」

俺を無意識の淵から引き上げたのはシャリシャリという小気味良い音だった。
ボーっとする頭を酷使して音の主を確認する。
「やあキョン。気分はどうだい?」
剥きかけのリンゴと小振りな果物ナイフを手にした佐々木がそこにいた。
…何やってんだ?
「見ての通りリンゴを剥いているのさ。それとも今はあまり所望ではないかな?」
「いやそうじゃなくて、何でお前がここにいるんだ」
「お見舞いに決まっているじゃないか。特に面会謝絶の札も無かったしね」

そりゃそうだ。ここは俺の部屋で、患っているのはただの風邪だからな。ちと高熱だが。
しかし、見舞いねぇ。どういう風の吹き回しだ?
「欠席も2日目になれば心配もするさ。友人としてはね」
そう言いながら器用に皮を一つにつなげて剥いたリンゴを一口大に切り分け皿に盛る。
「それとこれだ」
空いた手で自分の鞄を探り、取り出されたのはプリントの束。おお、悪いな。
「何故か僕が持っていくことになってね。まあ僕としても否はなかったが。
それで見舞いも兼ねて伺わせてもらったってわけさ」
家の方向がまるで違うこいつにプリントを持たせるのは理解に苦しむな。何を考えてんだウチのクラスは。
「迷惑だったかい?」
そんなことはない。ありがたいよ。

そう言ってやると佐々木は満面の笑みを浮かべ、2個目のリンゴを手に取る。
俺はそれを制して、
「それよりあまり長居するとうつるぞ。いや俺にとってはその方が良いのか。風邪は他人にうつすと治るって言うしな」
「くっくっ。それは心配無用だな。流行っているときくらい予防を怠らないのは当然のことだろう?
その辺の油断は無いのだよ。キミと違ってね」
へーへー、左様でございますか。
「それとね、キョン。うつすと治るなんて迷信を未だに信じているのはどうかと思うな。
あれは風邪のウイルスの潜伏期間によるものなのさ。
潜伏期間中にうつし主の風邪が治り、ちょうど入れ違いにうつされた人が発祥するっていう、ただの錯覚だよ」
実も蓋もない言に俺は小さな溜息をつきつつ上を向いて佐々木から視線を外した。やさしくないねぇ。

「まあ早く治したいのならしっかり栄養を採ってよく眠るんだね。今ほど僕が剥いたリンゴも気が向いたら食べてくれ」
喉を鳴らして笑う声にもう一つ溜息をついてやる。
ひと言皮肉でも言ってやろうかと再び横を向くと、いつのまにか佐々木の顔がすぐ傍まで接近していた。おい…。
「それとも…」
佐々木がゆっくりと眼を閉じつつさらに接近してくる。ちょっとまて…。
「迷信、試してみる…?」
俺も半ばパニック状態になりながらも反射的に眼を閉じる。これは…。

・・・・・・・・・。
・・・・・・。
・・・。

しかしいくら待っても来るべき感触が来ない。
恐る恐る眼を開けると、元の位置に戻った佐々木がこちらをにやにやしながら見ていた。
は、謀ったな!
「くくく、冗談だよ。それに別の病も患いそうだしね」
人を病原体の塊みたいに言いやがる。
真っ赤になっているであろう俺の怒りを感じ取ったのか、
「じゃあ僕はそろそろ失礼するよ。学校でまた会おう」
おもむろに立ち上がり、
「お大事に」
片目を閉じつつそう言い残して帰っていった。

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最終更新:2007年09月24日 21:08
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