「おやおや、お二人さん。こんなところで逢うとは奇遇ですね。」
百円ショップで愛想を振りまく店員の笑顔で古泉が声をかけてきた。なぜお前がここにいるんだ。
俺はべつにやましいことなど何一つしていないぞ。偶然に佐々木と会って、立ち話をしているだけだ。
だがなんだ。その何か裏のあるような距離のとり方は。
「いえいえ、お気になさらずに。それよりなんですか、あなたの頭についている旗のようなオブジェは。」
お前にも見えるのか。むしろ見えて欲しくなかったが。すまんが佐々木、こいつに説明してやってくれ。
古泉は、これが何なのかを最初から解っていたというような微笑を浮かべて佐々木の話を聞き、
そして俺のほうを向き直した。
「フラグですか、興味深いですね。」
お前なんぞに興味を持たれても嬉しくもなんともない。いや、誰に持たれても嬉しくはならないな。
「このフラグはなかなか折れないということを伺わせていただきました。僕も協力して差し上げましょう。」
余計なお世話だ。モルモットを観察するような目でじろじろと見るんじゃない。佐々木、お前もだ。
「失礼ですが、そのフラグにはどうやら涼宮さんの力が大きく影響しているようです。」
またハルヒか。まったく、あいつは俺に何をやらせたいんだ。
「実はここのところ睡眠不足が続いていましてね。明け方近くまで穏やかな眠りにつくことができないんですよ。」
ああ、そのセリフは聞き飽きた。「閉鎖空間と《神人》」だろ。ハルヒが不機嫌な理由など、俺には知ったこっちゃない。
ハルヒとは昨日も会話をしたが、取りあげて不機嫌な様子には見えなかったぞ。
「彼女とはどんなやり取りをしたのですか。その中にヒントが隠されているかもしれません。」
どんなと言われてもなあ。他愛もない日常会話さ。――そういえば、駅前にできたケーキ屋のシュトレンが食べたいと
言ってたな。「明日は用事がある」といって断ったのがまずかったのかな。
あまりにしつこかったんで、俺が「買ってきておいてやるよ」といっても、「ケーキは自分で選ぶのがいいんじゃない」と
変な理屈をこねていたな。一人で買いに行けばいいものを。
「フラグを具現化したいという願望が働いたのでしょうね。」
強引に頬を釣り上げてスマイルを演じているようなその表情はなんだ。「用事がある」で納得してくれないのは
重々承知の上での発言だったのだが、その後も俺とは普通に会話をしていたぞ。
「どのような用事なのかは訊かれなかったのですか。」
俺の回答を想定していたように、古泉は尋ねてきた。ああ、訊かれたさ。用事ってのは方便だが、
一応もっともらしい言い訳はしておいたぞ。
「どのような言い訳を?」
――ああ、そのときなぜかふと佐々木のことが頭に浮かんでな。すまんが佐々木の名前を言い訳に使わせてもらった。
「佐々木と会う約束を前々からしていたから、明日は無理だ」と。
「へえ。それじゃあ僕とキョンがここで会ったのは、偶然というわけではないんだね。」
いや、偶然のはずだが。佐々木は口角を上げた笑顔でこちらを見ている。
頭頂部には、何故か分からないが旗がピシリと立っている。
古泉はオーバーに両手を広げて「やれやれ」を体で表現している。俺は何か悪いことをしたのか。
とはいえ今日は久しぶりの休日なんだ。一人でいさせてくれ。佐々木はともかく、古泉と顔を突き合わせるのは高校の部室だけで十分だ。
まあいい、ここはひとつ古泉を使わせてもらおう。
「すまんが佐々木。これから古泉とやらなければならない用事を思い出した。」
古泉は驚き顔で俺のほうを向くが、俺は気にせず古泉の右手首をがしりとつかんでその場を立ち去ろうとした。
去り際の会釈をするため「じゃあ」と言いながら左手をかざしつつ振り向くと、そこには見事なまでに
ポッキリと折れた旗を頭に載せた佐々木の姿があった。どす黒いオーラのようなものを背後にまとって。
最終更新:2007年11月08日 11:33