・・・・俺は佐々木と寝た。誤解するなよ、本当に一緒に寝ただけだからな。
しかしながら女と一緒にひとつの布団に入るのは妹以外、初めての事だったから随分俺も緊張した。
佐々木はすぐに眠り姫とかしてすぅすぅと気持ちよさそうな寝息を立てているが、その寝息が俺の微香をほのかにくすぐり、佐々木が
女の子である事を実感させた。女の香と言えば実にフランス書房チックだが、そう、うちの母親とは違うが母親の匂いがした。
すっかり冷えてしまった佐々木を少しでも温めようと手を伸ばし肩を抱いてみた。
その時、意図せずに佐々木の胸に触ってしまう事になったのだが、二の腕にコツコツと響く佐々木の鼓動を感じると、佐々木の扱いに
今まで何と冷淡だったのだろうかと反省の気持ちで胸が一杯になった。
・・・・このまま、俺も寝よう。
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「いつまで僕の胸を触っているんだい?」
皮肉混じりに佐々木に起こされ慌てて俺は手を引っ込めた俺なのだが、いつの間に鷲掴みにしてたんだ!?これではマジ変態だ。
「昨日は冷凍車でゴロゴロ転がされた上に君に忘れられるという、散々な屈辱を味あわされた訳だが、
今日はその埋め合わせをしてくれるのだよね。
温泉に連れて行ってもらえるという話だが、さてどこに連れて行ってくれるのかい?」
正直言って俺に手持ち資金などほとんど無い。だからこそのスパワ○ルドなのだが、その事を言うと本気で怒られそうな気がしたので
「あぐっ」と、言葉にも書けない呻きをを発すると、今度は佐々木の方から言ってきた。
「君の事だ。僕の特等席のために所持金を使い果たしているというのが本当のところじゃないかい。
だったら僕はスパワ○ルドにでも一緒に行くさ。君が埋め合わせをするというなら、僕はどこでも構わないから」
佐々木は毒々しい言葉で俺を責める事がしばしばだが、しばしば仏のような事を言ってくれて俺を和ませてくれる。
こいつには二面性があるのではないかとふと考える時がある。
「行く前に僕の家に寄ってくれないか」と佐々木に頼まれて家まで送ったのだが、必要な物はレンタル出来るのに何が必要なのだ?と
問い合わせたが「行ってからのお楽しみに是非必要な物だ」と、佐々木は軽やかな足取りで家まで帰ると、やがてブランド物ではない
小さくお洒落な手提げを抱えて帰ってきた。
何が入っているか鞄の口を指で開こうとすると、さすがに怒られて軽くデコピンをされた。
ウチの妹も出掛ける時はなぜか鞄を持ってきて、兄である俺にも中を見せてくれない時があるがそれと似たような物か?
中身がわかる人がいたら是非とも連絡を頂きたい。運転に差し支えるかも知れないからな。
到着して窓口で料金を支払ってふたり分かれて更衣室へと脚を運んだのだが、その時俺はレンタルの道を選んだ事に激しく後悔した。
どうにもこうにもオヤジ臭い着衣だったのだ。全身鏡で確認をしてみたのだが、そのオヤジ臭さと俺の姿が妙に似合っていて、更に俺
の気分を害したのだが、時間指定で待ち合わせをしているものだから交換する訳にも行かず、そのまま待合い場所へと出向いた。
そこで目にしたのは目の遣り場に困りそうな清楚な感じがする佐々木の水着姿であった。
派手な部分など何も無い。ただ純白に光る・・・・いや、少しパールが入った白いワンピースの水着を着用していた。
「どうだい、僕に似合うかな?」
頭を少しばかり傾げ、頬を朱に染めた上目遣いの佐々木が俺をのぞき込んで聞いてきた。これは反則技だ!レフリーこっち来い!!
「随分とお似合いだな。次からもそれで頼む」
愛車のリミッターカットはしたが、心のリミッター解除はまだしていないはずだ。
心にもなく・・・・と言えば佐々木には失礼だが、思わず本音が俺の口から出たのは仕方がない。
しばらく時間が止まったかのように感じられたが、常連客らしき人物から「兄ちゃん達アツイねぇ」と声を掛けてくるまで二人の時間
が止まってしまった。
真っ赤になっている佐々木の手を引いて、俺は8階まで佐々木を連れて行った。
ここは遊園地もビックリのウォータースライダーやバーデゾーンがある場所で男女混浴なのが売りだ!
とは言っても水着着用がルールになっているがな。
他の階に行けば男女別で世界各地を模したスパが用意されているのだが、せっかく二人で来ているのだからとここを選んだのだ。
別に女の水着姿を見たいとは思ってないぞ。
「くっくっくっ、さすがに君の選択だ」
どうやら、ここをお気に召してくれた様子だ。
佐々木は「こっちに行かないかと」露天風呂へと進んで行ったが、その後ろ姿を見ていると時の流れを、中学で一緒にプールに入って
いた時とはまるで違う、成長した大人の佐々木の体躯に見とれてしまった。
俺も行こう、佐々木とは色々と話したいのだ。
あいつも俺も話をするのが好きなんだ。
いざ二人で湯舟に入ると話す事が無いのに気が付く。
昨日はスマンと言えばあいつの事だ、僕は水に流したからいいよと言ってくるのは間違いなく、学校の事をこんな所であれこれ話すの
も俺自身ご免被りたい話であるし、水着の話などしてしまったら変態の烙印を押される事になりかねない。
自然に俺は中学の頃の話をし始めた。
初めて塾で出会った時や名前を当てられた時の話。校内外の模試の話や勉強会。修学旅行に運動会や文化祭などなど。
たった一年間だけいつも一緒だったのに話のネタは尽きる事がなかった。
「キョンは昔の話が好きなんだね。
僕はこれからの思い出話を作り上げて行きたいと考えているよ」
・・・・俺は、過去に囚われている自分を知り愕然とした。
佐々木とは中学以降、お互い別の進路をとってからも何かと会う機会があった。
それが神様騒動であったり俺の大学受験の事であったりと色々と語ろうと思えば語れる話があるのに、なぜかこいつと話をする時には
中学の頃の話ばかりしている。俺の高校時代は楽しくなかったのか?佐々木の高校生活を否定するのか?いや、違うな・・・・。
俺が本能的に何かを忌避しているのだろう。それは一体・・・・。
佐々木は自分の言葉で俺が黙った事に何かを感じたのか、佐々木は普段とは違う元気一杯の様子で俺の手を引いて例の遊園地ゾーンや
違うお風呂に挑戦したり、温泉プールで競泳をたしなんでみたりと俺の気を紛らわそうとするかの如く、それはまるで俺の妹も顔負け
に遊んで遊んで遊び尽くした。
スパワ○ルドを出る頃には、すっかり今の季節らしい早い夕暮が二人を包んでいた。
佐々木よ、今の所で俺はカンバンだ。甲斐性無しでスマン。
「そんな事だろうと思ったよ。
ここから先は僕が行きたい所へ連れて行ってくれないかい?」
姫君はお風呂だけでは物足りないらしい。
「そろそろ君もお腹が空いた頃合いだと思うが、折角ここまで来たのだから食い倒れを体験しないか。
無論、僕の奢りだ・・・・。付け払いでもいいけど佐々木ファイナンスの金利はちょっと高いよ」
・・・・女に奢られるのは性分じゃないが、サラ金はガキの頃から手を出すなと親に言われてるのでね。
「じゃ、決まりだね。好きな店に行きたまえ!」
妙に気前がいい所が気になるが俺は愛車に乗り込み、エッフェル塔が由来らしいタワーがある街へ向かった。
別に大した意味は無い。佐々木の携帯アドレスが「94Love」だったから、串物に興味があると俺は睨んでいたのだ。
着いてみるとこれが想像以上に騒々しい街である事を実感したし、串物の店と言ってもやたらと件数が多いのでどこを攻めるか悩んで
いると、佐々木は一枚の看板に目を奪われた様子でじっと見詰めていらっしゃる。
「キョ、キョン!この店は凄いよ。清酒一本飲むとサービスでもう一本もらえるらしい。
なんて気前がいい店なんだ。僕はここに決めたよ」
俺から言わせれば只の半額サービスとしか思えないのだが、こいつが行きたがってる以上は俺も腹を決めて行かねばならなそうだ。
残念ながら運転をしている身なので俺は飲めない。その事を佐々木に伝えるとひどく残念がってしまったので、おれが佐々木のお酌を
取る事で我慢してもらった。
味の方はさすが本場と言うべきか、油物にもかかわらずあっさりとした歯ごたえのいい食感でこれならば10本はいけるなと感じた。
ついでに獅子唐焼きを頼んで、どっちが大当たりを引くか引かないかで遊んで、辛い獅子唐を引いた佐々木は辛い辛いと言いながら、
さり気なく店の主に酒のおかわりのオーダーを通していた。
佐々木、止めろ!サービスが付くのは最初の1回だけなんだよ!!
「キョンはいっつも一々細かいんだよなぁ~」
どうやらこいつは絡み酒らしい。
熱燗を徳利ごと飲み干した佐々木を強引に店から連れ出した。
「だらしないなぁ、こんなんで食い倒れと言えるのかい?
もっと僕を満足させる店に連れて行くべきだ。この甲斐性無し」
すっかり毒々しくなった佐々木を連れて、某野球チームが優勝すると入水希望者が多数現れる橋がある未知のゾーンへ向かった。
この界隈も大概騒々しかった。
俺としてはここから少し歩いた路地にある落ち着いた店がある通りへ行きたかったのだが、さすがに佐々木の奢りとあってはそんな所
へ連れて行く訳にも行かず、佐々木の手を繋いで店を探す事にした。別に手を繋いだのには他意は無いぞ。手を離せば目に付いた店に
飛び込みかねないのは先ほどの醜態を見ての通りで、おれはそれを未然に防ごうとしたのだ。
取り敢えずと言う事で地元放送でCMも流している日本料理や寿司が売りの店に飛び込んだ。
「おじさ~ん、生大ふたぁつ。泡は少なめでたっぷり注いでくれたまえ」
だから俺は飲めないんだって。
「本当にキョンは甲斐性無しの根性無しだね。僕がふたぁつとも飲むから湿気た事は言わないでおくれ」
ああっ、本当に恥ずかしい。せめて俺が付いてなければどうなるかわかったもんじゃないぞ。
俺は小柄でかわいい、そして毒気が多い鯨を眺めながら握り寿司を一通り頼んだ。
「つぎつぎぃ~!」
すっかり出来上がってしまった佐々木はもう手が付けられなかった。
連れて帰ろうとすると真っ赤な顔で眉を吊り上げて「こんな時だからこそ君に言いたい事があるんだ!だから次!!」とおっしゃる。
はて、佐々木は俺に何を言いたいのかさっぱり見当が付かなかったが、取り敢えずは雑誌にも掲載されている個人経営の寿司屋に歩を
進めた訳だが、ここでも佐々木の怪気炎は収まる所を見せなかった。
俺は握り寿司を一通り頼んだ。
いい加減にしろ!と俺は佐々木を叱ってみたが、「君は女を力づくで何とかしようとするのかい?所詮は君もそこまでの男か・・・・」と
周りの人が驚くような大声を出した。勘弁してくれよ。
本当に恥ずかしかったので俺は佐々木を連れて適当にのれん目掛けて突っ込んだ。
「よっ、おニイさん。頼りになるねぇ」
適当に入った店はまたもや寿司屋だったが、小料理も自慢な様子で色んなメニューが店主の手書きで壁に掛かっている。そんな庶民風
な間口の狭い店だった。
今度の佐々木はひと味違った。ボトルで焼酎を頼んだのだ。それも"千年の孤独"だ。
店主がグラスを二つ持ってくるが俺は車だからと辞退して、後は佐々木の好きなままに飲ませるようにした。
そのうちに逆流を起こす事になるだろうし、それを機会に禁酒の心掛けになるかも知れないという諦観じみた考えからだ。
そして俺は握り寿司を一通り頼んだ。
黙って寿司を食う男と手酌で焼酎を次々と飲み干す女。周りから見れば異様なカップルに見られているのは間違いない。
俺は佐々木の肩に手を回して「そろそろ行こうか」と諭した。
「ば~か、こんな事で女を落とせると思ったら大間違いだよ。
これで落とせると思っている君はバカだし、こんなので落ちる女はよほどのバカだけだよ」
・・・・じゃぁ、お前は何なのだ?
「変な女ですよ~っと。
僕のレンアイ話に付き合ってくれると言うのかい?くっくっくっ」
だめだこいつ。後で散々文句を言われるのは火を見るより明らかだが、後で橘京子を呼び出すしかないな。
佐々木は座った目をして俺の手元を眺めている。欲しいのか、軍艦巻き。
「ねぇ、キョン。
さっきから寿司屋ばかりなのは君の貧弱なセンスの結末として僕も諦める所なのだけど、なぜ店を変えても同じのを頼むんだい?」
意外な事を言い出した。何の他意は無いぞ。メニューの握り寿司を順番に頼んでいる訳だが、そんな事が気になるのか?
「店を変えても君は順番にメニューを眺めて注文を繰り返していたのか」
だから何度も言わせるなよ。没個性が何とかとか言い出すんじゃないぞ。酔っぱらいとの議論は終わりがないからな。
「キョンはこの偶然を不思議に思わないのか」
佐々木は相変わらずの真っ赤な顔をしていたが、さっきに比べて赤みが引いたように思えるし、変わりに青色が加わったも様子も無い。
さて、そろそろ店をかえるか。
先ほどの怪気炎はどこへやら、佐々木は大人しく御愛想を済ませると店を出て行った。
酔った女に手を出すのは俺の流儀に反するし、それに相手は佐々木だ。
それにさっき佐々木は俺に何かを促そうとしていた、立ち話では済まなそうな感じがしたので24時間営業の珈琲店に向かった。
ふたり分のブラック珈琲を頼んだ俺は佐々木を待たしている席へと向かった。
・・・・さっきの話だが、お前は何を言いたかったのだ。
「僕はね、固定観念と消費の関係について考えてしまったんだよ。
おかげで酔いが醒めてしまった」
・・・・その割にはまだ顔が赤い様子だが、本当に大丈夫なのか?
「忘れる前に言った方がいいかな。
君がオーダーしたした寿司はどれも同じで、君自身はそれをメニューで順で選んだという。
それはそれで構わないのだが、これは消費者として選択の自由が保障されていると言えるのだろうか。
もっと色んな種類の魚を食べさして貰う事は出来ないんだろうかと」
確かにお前の言う通りだな。ほとんどの店では一般的に有名で高価な魚を出してはいる。これは消費者や生産者の都合などが合わさっ
た最大公約数的な物であって、地方に行けば他にも色んな魚を食べさせてくれる店はあるぞ。
俺は田舎の食卓でよく出る"メヒカリ"という地魚の事を話した。佐々木はその魚を知らなかった様子で俺の話に聞き入って、終いには
メモを取り出してどんな魚か描いてくれと頼んできた。
幼少の頃から慣れ親しんだ魚とは云え、絵を描くとなれば全く別の次元の話で特徴的なポイントだけを押さえて描いた。
「今度、僕にも食べさせて貰えないか」
おお、いいぞいいぞ。俺の田舎にはもっと色んな地魚があるしな、サバだって刺身で食うのがデフォルトなんだぞ。
何せ鮮度が違うからな。
「そこだ、キョン。最大のボトルネックは流通構造なんだよ!」
最終更新:2012年02月14日 13:39