27-276「俺の初夢」

 初夢は1日から2日にかけてみる物が初夢だと教えられたのは佐々木からだった。
その時、中3時代の初夢は正直言って憶えていないし、その次の初夢は刺すか刺されるかの瀬戸際があった時だから、初夢じたい見た
いと思えなかったし実際に憶えてはいない。もしかすると見ていたのかも知れないが、見ていたとしてもきっとロクでもない夢だろう。
 夢その物、憶えている事が少ないからな。

 そんなこんだで今年の初夢は誰かさんが予定を発表していないから自由に見れる機会がある訳で、一度でいいから1富士2鷹3茄子的な
まともな目出度い夢を見たいと思う俺の心境を誰が文句言えようか。
その様な訳で元旦に就寝を迎えるにあたり、枕元にいわゆる縁起物をいくつか用意して目出度い夢を見たいと思ってみたのだ。
 元々寝付きはいい方の俺が、そのまま睡魔に身を委ねたのは言うまでも無かろう。


 気が付いた時、俺は草原の中で大の字になって寝ていた。
起きた俺は身を起こし周りを見てみたが草原が広がる大地で何も無かった。
何も無いと言えば嘘になるが、舗装もされていない小さな小道がそこにはあった。
道には僅かな勾配があって登りを行けば山間に向かい、下りを行けば街に通じるだろうと思った俺は、どうせ何も無いだろう山辺へ向
かう登りの道へと足を進める事になった。
 道を行けば色んな小動物に出くわした。小さな蝶がひらひらと舞って花を見付けては舞い下りていたし、名も判らぬ小鳥は木々の間
で小気味よいカルテットを奏でており、地面を這う小動物はトタトタと小走りに駆けながら時折2本立ちになりキョロキョロと周りを
見渡していた。そんな感じの場所だった。

 やがて小さな小屋が見付かり、ここまで誰も居らず少し寂しげな感じがしていた俺は小屋に着いていた鐘の紐を何度か引いた。
カランカランと牧歌的な鐘の音が鳴り響き、寸秒於いた後に「はぁい」と元気な声がして扉が奥から広げられた。
 そこにはカントリー風のワンピースを着た佐々木が居た。
「よう、佐々木」と呼びかけようとしたが、言うよりも先に「ようこそ、旅人さん」と声を掛けられていた。
彼女の言うがままに家に通された俺はリビングのテーブル席に座らされ、珈琲が彼女から差し出された。
少々酸っぱい感じの匂いがしたが、酸味が薄い珈琲を人類が発明するまで、あと200年は必要だなと思いつつ彼女に話し掛けていた。
 彼女達はどこから来て何処に行こうとしているのか。俺はどこから来て何処を目指しているのか。
そんな話をしたと思うが、具体的な地名や名詞とかはさっぱり憶えては居ない。これが夢らしいところだろう。
やがて時間が経つと「こんな物を客人に出すと親に怒られるのだが」と言いつつ、ケーキと紅茶を出してきた。
 「こんな生活をする様になって甘い物はマフィンやパンケーキばかりでウンザリして、昔の思い出を頼りにこんなのを作った」
そんな話をしながらフルーツケーキを出してきた。彼女曰く、バーボンを入れれば親も文句言わないと言う事らしい。

 彼女のケーキを美味しく頂いてから、俺はおもむろに彼女へ話し掛けた。
「お前はやっぱり佐々木なんだろ。昔みたいにもっと色んな事をお前と話したいぜ」
目をパチクリさせ、こいつ何を言っているんだという表情をするかと思ったら、意外な事を言い出した。
「僕は佐々木じゃないし君もキョンではない。この世界の役割分担に応じた事をして欲しいね」
ここは架空の世界であって俺は俺ではないらしいが、俺は違う自分を演じきれる程の役者では無いと思うと手を上げて指を鳴らせた。

 そこはある意味見慣れた景色だった。
俺自身は縁もないので行った事は無かったのだが、テレビの紀行番組でもよく出てくる鴨川の川床座敷の上だった。
佐々木とは面と向かった場所にいて、机の上には小鮎の塩焼きをはじめとする川床料理が並べられていた。
「どちらかと言えばお前にはこんな風景が似合っているぞ」
「キミがそう思っているのなら、きっとそうなんだろう」と佐々木は返して、伏見の冷酒を酌み交わしながら佐々木と昔話に興じる事
となった。どうやらここのアイツは佐々木で間違いあるまい。
 佐々木とは思い出せば色んな事があった。塾での初めての出会いの時、いかに怪しまれない様に俺が声を掛けた時の事とか、本名を
当てられた時の話とか、夏の事、秋の事、冬の事、そして別れの季節の事とか。
あいつはいつも俺の近くにいて、そのせいで色んな事を周りから言われ誤解されては居たが、悪い思いはしなかった。ただ、佐々木に
迷惑が掛からなければいいと思っていたのだが、その事を言うといつもの声を抑えた笑いをして、いかにもキミらしいと語った。
「しかしキミがこんな事を出来るとは思っていなかったな。今度は僕のターンだよ」
 佐々木は小さく首を傾げてウィンクをした。

 そこは見慣れた風景ではあったが、少々荒っぽい風景だった。
何も判らない俺は突然に人混みの渦に揉みクシャにされて、前後左右に分けも判らない状態になった。
足下から伝わるジャリジャリッとした感触が、ここはどこかの神社の境内だろうと感じさせてはいたが、どこかは判らない。
不意に佐々木の居場所はどこかと探したが、近くには居ないらしく俺は完全に見知らぬ群衆の中で押し流される事になった。
「キョン、キョ――――ン!何処にいるの!!」
遠くから微かな佐々木の声が聞こえた俺は、お詫びを繰り返しつつ声の方向へ人波を掻き分けつつ歩みを進めた。

 佐々木と出会うまでに少なからぬ時間を要した様に思える。考えるまでもなく、人の流れに直行する形で人波を掻き分けていった
から、実際の距離と人波を歩いた距離とは当然違いはあるだろう。
俺と出会った佐々木は涙を流して喜んではくれてたが、こんな所に来た以上は行う事は1つしかない訳で、佐々木の手を繋いで肩を
ギュッと抱いて決して離れない様に本殿に向かい賽銭を投じた。
 その後は社務所に行っておみくじを引いてみたが、俺は大凶だった。どうやら佐々木を見失った時点で俺の運は尽きてたらしい。

 俺としては屋台のジャンクフード巡りをしたかったのだが、佐々木はそんなのは好きそうには思えなかったので別の場所に誘いだ。
大きなテントの屋台に入ると、佐々木の抗議を無視して升酒を2人前注文していた。
升は杉で出来ており、手渡された升からは微かな木の香りが漂っており、升の一辺には雪を被った富士山の様に塩が盛られていた。
俺は升酒の飲み方を佐々木に教えると、抗議もそこそこに素直に升に口を付けていた。
 知らない間に夜空から粉雪が舞い降り、鮮やかな着物をまとった佐々木は次第に頬を紅潮させていった。
「僕はね、いや、私は君と・・・・・・」

 そこで俺の初夢は終わりを告げる事になる。
なぜならマイシスターがドリルクラッシュを俺にしてきたからだ。
「キョンく~ん、朝ご飯の時間だよ~」

 その後、佐々木と会いはしたが恥ずかしすぎて何も言えなかったのは言うまでもない。
 初夢なんて、人に言うものじゃないしな。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年01月05日 10:52
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。