8-374「転入生」

――今日、転入生が来る。
二日前に機関の上から聞かされた話だ。転入生が来る事自体は完全にどうでもいい事で、
それだけならば僕が気を病む事など無かっただろう。
連休明け直後でもない、一学期の中間試験も終わっていない、この五月半ばと言う中途半端
な時期に転入してくると、ただそれだけのちょっと変わった転入生であるだけだ。もっとも
僕自身がその変わった転入生であったので、他人の事を言えた立場ではないだろうが――
まあ、そんな事は何の問題でもない。もっと別のところに問題はあった。
始業のチャイムが鳴り、思索が中断される。それと同時に担任の教師がドアを開けて教室へ
と入ってきた。一人の女生徒を伴って。

来てしまったか――

「――から転入してきた佐々木さんです。仲良くしてあげて下さい――」

――そう、問題は彼女がただの転入生などでは無いと言う事だ。

「席は……古泉君の後ろが空いていますね。古泉君?」
「はい」
「よろしくお願いしましょう。休み時間にでも校内を案内してあげて下さい」
「判りました」
――やれやれ、これは何の因果だ? 涼宮ハルヒの面倒を見ているだけでも手一杯なのに、
まさかもう一人似たような厄介なのを見ていなければならなくなるとは――
「よろしく、古泉君」
いつの間にか僕の後ろの席まで来ていた彼女からそう声が掛かる。僕はそんなに長い時間を
呆けていたのだろうか――
「――そんな怖い目で見ないで欲しいな、知らない仲と言う訳でもないのだから」
彼女のそんな言葉にはっとして、僕は表情を検めた。いけないいけない、学校内では営業
スマイルを絶やさず続けなければ。例え相手が彼女であっても、だ。
「――失礼しました。改めまして、古泉一樹です。どうぞよろしく。お久し振りですね」
「あれ、古泉君って佐々木さんと知り合いなんだ?」
隣席の女子から、そんな問い掛け。
「ええ、春先にお会いしましてね。涼宮さん絡みで」
「ふーん、涼宮さんの知り合いなんだ――あ、よろしくね、佐々木さん。私は――」
彼女らが始める自己紹介。別段、興味など無い。
――やはり、彼らには面通ししておかねばならないのだろうな。次の休み時間にでもお邪魔
する事としようか。

「古泉君も去年のこの時期に転入してきたのだってね?」
休み時間、五組教室への移動中に掛けられた、彼女からのそんな問い。
「ええ、そうです――家の事情がありましてね。中途半端な時期での転入だったので色々と
苦労しましたよ。特に中間試験の対策には悩まされましたね、どこまで何をやっているのか、
全然判らなかったものですから」
「なるほど。申し訳ないけれど、後で試験範囲を教えて貰えないかな? 授業の進捗に
ついてはあまり心配していないのだけれど、範囲を正確に把握しておく事は試験対策の
基本だからね」
「了解しました。どうぞお構いなく――着きましたよ、ここです」
五組の教室の入口で、彼の友人へと、彼を呼んでくれるように頼む。
「やあ、国木田じゃないか。久方振りだね」
「あれ、佐々木さん? 久し振り――そっか、九組の転入生って君の事だったんだ」
「キミも相変わらず飄々としているようだね、マイペースと言うべきか」
「そうかな? ああゴメン、キョン達に用なんだよね。ちょっと待ってて」
「キョン聞いた? 九組に転入生が来たって」
ああ、何か周りが噂してるのは耳に挟んだが、それがどうした? と言うか九組はこの時期
に転入生を迎えるのが趣味なのだろうか? 去年にしたって古泉のヤツが確か今頃転入して
きたものだと思ったが――って何だハルヒ、またお前転入生をSOS団に?
「面白いヤツならそうしたいけどね。見てみないと判らないじゃない?」
ははあ、なるほど? 今から見に行ってみようかと、そういう訳か。
まったくこいつの物好きさ加減にも呆れるを通り越して感心を覚えないでもないね。
「キョン、お客さんだよ」
そう話し掛けてきた国木田の示した先を見れば、噂をすれば影と言うべきか、古泉がいつも
の営業スマイルを浮かべて立っている。あいつはお客さんって感じはしないがな。
「何だ、向こうから来たみたいだぜ」
「あらホント、古泉君じゃない。丁度良いわ、聞いてみましょうよキョン」
「わ、こら――」
言い切らない内にハルヒは俺の手首を掴み、ぐいぐいと引っ張りながら教室出口へと歩き
出す。ったくこいつは本当に他人の都合などおかまいなしだな。
「おはよう古泉君、九組って転入生来たんでしょ? どんな人なの? 男? 女? 人類?
宇宙人? それとも異世界人?」
「落ち着けハルヒ、そんなけったいな連中が転入してくるわけ無いだろう」
――まあ古泉は超能力者だった訳だが、それはこの際棚に上げておこう。
と言うか何だ古泉、近くでよく見たらお前の営業スマイル、今日はイマイチ冴えないな。
「――ええ、その転入生の事でここまで来た次第でして――」
どこと無く困ったような様子で古泉は廊下を振り返った。誰かを促す。
「やあ、お久し振り。キミ達はいつもそうやって一緒なのかい?」
くっくっと喉の奥で笑う声がした。
げ。まさか――
「佐々木さん?!」
俺より先に声を上げたのはハルヒの方だった。ありゃま珍しい、あのハルヒが鳩が豆鉄砲を
喰らったような顔をしてやがる。いや今はそれどころじゃない。殊と次第によっちゃ宇宙人
や未来人や超能力者や異世界人よりもよっぽど厄介なヤツが来ちまいやがった。
「何で、お前がここに?」
「何でって、僕がその転入生だからだよ。つれないね、キョン」
いやそうじゃない、質問を変えよう。
「何でお前が北高へ転入なんてして来なけりゃならんのか、それが判らない」
俺がそう聞くと、ふわりと花の様な笑みを浮かべた佐々木は、俺にこんな風に返してきた。
「――自分の気持ちに嘘はつけないのだと、そう気付いたからさ。今後ともよろしく、キョン」
佐々木、古泉、それにハルヒの視線が一箇所に集中した。

――え、俺?


やれやれ、何と言う事だろう――これで僕の生活はあの頃のスクランブル体制に逆戻りか。
涼宮ハルヒと佐々木、それに彼が上手くやってくれればいいのだが――
まったく、困ったものだ。

ーーー

 

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最終更新:2009年11月17日 06:37
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