Beyond the wall > 7


突然現れた筋肉男・キューピッドに、早速銃口を向けるセイ。
しかしそれを情が制止した。
「セイ、こんな時だが、ひとつ話がある。」
「な、なんだよ急に。」
「オレは……お前のことが好きだ!」
「へ?」
本来なら嬉しい状況ではあるのだが、こんな場面で言われても困る。
セイが動揺している間にもうひとつの声が上がった。
「待ってください!」
今度は衛だった。
「僕も、セイさんを愛しています。」
セイにはもう訳が分からなかった。
なぜふたりは敵を目の前に自分に告白しているのだろう。
「ふん、お前なんて出会ってから何日だ? よくそんなことが軽々しく言えるな。」
「愛の深さは時間じゃないと思います。」
「それはお前の価値観だろ。セイがどう思ってるのか分からねえ。
 だが、少なくとも短ければ短いほうがいいなんて奴は見ねえがな。」
「……でも僕は、あなたが知らないセイさんの秘密を知っている。」
バン! バン!
突然銃声がふたつ鳴り響いた。
「ふたりとも、勝手に僕のこと好きだとかなんだとか言ってるけど、僕の心はキング様のものなんだからね。」
キューピッドとセイは、倒れた衛と情を残して、館の奥に行ってしまった。

「見事にやられたな。」
目覚めた情は真っ先にそうつぶやいた。
「セイさんが手加減してくれたのが幸いでしたね。」
先に起きていた衛が返した。
「ところで、お前が言ってた秘密って……。」
「あ、いや、それは……。」
「『星夏』のことだろ。」
「えっ?」
突然出てきたセイの本名に衛はうろたえる。
「気付いてたんですか。」
「何年幼馴染みやってると思ってるんだよ。」
情はふっと柔らかく笑う。
「なあ、あのマッチョマンはオレに任せてくれ。」
言い終わるより早く情は走り出してしまった。

エントランスにひとり残された衛。
情を追いかけようとしたが少し考えてやめた。
自分にはこの城でやらなければならないことがある。
行方不明の街の人たちを探さなければならない。
それはそうと、さっきのようにいつ不意打ちを食らうか分からない。
能力は常に発動しておこう。
そして衛も、城の奥へ足を踏み込んでゆく。

「てめえ、セイをどこへやった!」
一方の情はキューピッドを見つけ出した。
しかし隣にセイの姿は無い。
「生きていたか。
 仲間割れで全滅を防ぐためにひとりだけキング様に献上したが、
 さらに我々の兵力を増強しに来てくれるとはな。」
「ごちゃごちゃうるせえぞ!」
「貴様もキング様の虜になれ!」
キューピッドの叫びとともに、情の中に、入口で一度見ただけのキングに対する恋心が芽生え始めた。

暗く湿った空間。そこかしこに苔が生えている。
衛は地下を進んでいた。
「あれは……!」
目を凝らして見つめた先には牢屋があった。
急いで駆け寄ってみる。
「セイさん!」
そこにはセイが閉じ込められていた。だがセイは虚ろな目をして衛に気付かない。
次の牢、さらに次の牢。街の人たちだ。
その中に弟を見つけた衛は叫んでみる。
「おいっ! 大丈夫か!」
しかし結果はセイのときと同じだ。
「なんだ、騒がしいな。侵入者は片付いたはずだが。」
突然、暗闇から浮浪者のような身なりの男が現れた。
「なんと、まだ動ける奴がいたのか!」
衛は身構える。
「そんな怖い顔をしないでくれ。私はカギを掛けることができるだけの『設備部長』。戦う力は無い。」
不意に牢のひとつがギィと音を立ててひとりでに開く。
中からはひとりの女が出てきた。
「何でしょうか、キーマスター様。」
「私のために奴を洗脳してくれ。」
「分かりました。あとでごほうびをくださいね。」
「分かっておるよ。」
あの人もキューピッドの能力で恋に落ちているのか。そう考えるとぞっとした。
さらに、会話に出てきた洗脳というフレーズ。
先ほどのセイや弟の態度はそれが原因だったんだ、などと悠長に考えている暇は無い。
夜は完全に無敵なので大丈夫なのだが、昼の衛では精神的な攻撃はどうしても受けてしまう。
しかし、時刻を考えるともう少しで能力が切り替わるはず。
いったん逃げて態勢を立て直そう。
そう考えたそのとき、女が突然口を開いた。
「あれ? 私は……。」

キューピッドは、突然のパンチに受け身を取るのが間に合わなかった。
「くっ、なぜ解けたのか知らんがもう一度だ!」
情はまた恋に落ちる。
しかし、情は靴の中に仕掛けを施していた。
一歩歩くたび土踏まずに触れる小石から思いが伝わってくる。
――オレはキングには屈しない。
これは自分の能力によるもの。自分の意思。
そこで情は我に返る。
そして再びキューピッドにパンチを浴びせる。
「ちぃ!」
能力が効かないとようやく分かったキューピッドは構えを取った。
しかし、彼は趣味で体を鍛えてはいるものの、ケンカの経験など全く無い。
ひたすら情にサンドバッグにされ、キューピッドはとうとう意識を失った。

「あれ? 私は……。」
キューピッドの気絶によって、牢の女に掛かっていた恋心が解けたのだった。
「何をしている! 早く……く……。」
「キーマスターを洗脳しました。これからカギを開けさせます。
 ここのカギはこいつにしか開けられないので。」
「あ、は、はい。」
突然の形勢逆転に、衛はしどろもどろな返事しかできなかった。
「あなたはこれからどうするんですか?」
「端の牢と、あと別の部屋に、このクレ……じゃなかった、魔窟で出会った仲間がいるんです。
 その人たちとキングをぶっ倒して、一緒にここから出ましょう。」
「ありがとうございます。でも私たちはここの部下たちにも手が出なかった。一緒には戦えません。」
「分かってます。正直、僕も足手まといにしかなっていないかもしれない。
 だけど、自分のできることをやればいいんだと思います。」
「強いんですね。」
「いえ、そんな……。」
会話が途切れたところで、牢が一斉に開いた。
「兄ちゃん!」
衛のもとに、弟が駆け寄ってきた。
「ああ、もうすぐここから出られるからな。」
そして振り返ると、共に戦った仲間が。
「じゃあ、さっさと終わらせちゃおうよ!」
衛とセイは、最後の戦いへと向かう。

つづく

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最終更新:2010年06月23日 02:12
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