突然現れた筋肉男・
キューピッドに、早速銃口を向けるセイ。
しかしそれを情が制止した。
「セイ、こんな時だが、ひとつ話がある。」
「な、なんだよ急に。」
「オレは……お前のことが好きだ!」
「へ?」
本来なら嬉しい状況ではあるのだが、こんな場面で言われても困る。
セイが動揺している間にもうひとつの声が上がった。
「待ってください!」
今度は衛だった。
「僕も、セイさんを愛しています。」
セイにはもう訳が分からなかった。
なぜふたりは敵を目の前に自分に告白しているのだろう。
「ふん、お前なんて出会ってから何日だ? よくそんなことが軽々しく言えるな。」
「愛の深さは時間じゃないと思います。」
「それはお前の価値観だろ。セイがどう思ってるのか分からねえ。
だが、少なくとも短ければ短いほうがいいなんて奴は見ねえがな。」
「……でも僕は、あなたが知らないセイさんの秘密を知っている。」
バン! バン!
突然銃声がふたつ鳴り響いた。
「ふたりとも、勝手に僕のこと好きだとかなんだとか言ってるけど、僕の心は
キング様のものなんだからね。」
キューピッドとセイは、倒れた衛と情を残して、館の奥に行ってしまった。
「見事にやられたな。」
目覚めた情は真っ先にそうつぶやいた。
「セイさんが手加減してくれたのが幸いでしたね。」
先に起きていた衛が返した。
「ところで、お前が言ってた秘密って……。」
「あ、いや、それは……。」
「『星夏』のことだろ。」
「えっ?」
突然出てきたセイの本名に衛はうろたえる。
「気付いてたんですか。」
「何年幼馴染みやってると思ってるんだよ。」
情はふっと柔らかく笑う。
「なあ、あのマッチョマンはオレに任せてくれ。」
言い終わるより早く情は走り出してしまった。
エントランスにひとり残された衛。
情を追いかけようとしたが少し考えてやめた。
自分にはこの城でやらなければならないことがある。
行方不明の街の人たちを探さなければならない。
それはそうと、さっきのようにいつ不意打ちを食らうか分からない。
能力は常に発動しておこう。
そして衛も、城の奥へ足を踏み込んでゆく。
「てめえ、セイをどこへやった!」
一方の情はキューピッドを見つけ出した。
しかし隣にセイの姿は無い。
「生きていたか。
仲間割れで全滅を防ぐためにひとりだけキング様に献上したが、
さらに我々の兵力を増強しに来てくれるとはな。」
「ごちゃごちゃうるせえぞ!」
「貴様もキング様の虜になれ!」
キューピッドの叫びとともに、情の中に、入口で一度見ただけのキングに対する恋心が芽生え始めた。
暗く湿った空間。そこかしこに苔が生えている。
衛は地下を進んでいた。
「あれは……!」
目を凝らして見つめた先には牢屋があった。
急いで駆け寄ってみる。
「セイさん!」
そこにはセイが閉じ込められていた。だがセイは虚ろな目をして衛に気付かない。
次の牢、さらに次の牢。街の人たちだ。
その中に弟を見つけた衛は叫んでみる。
「おいっ! 大丈夫か!」
しかし結果はセイのときと同じだ。
「なんだ、騒がしいな。侵入者は片付いたはずだが。」
突然、暗闇から浮浪者のような身なりの男が現れた。
「なんと、まだ動ける奴がいたのか!」
衛は身構える。
「そんな怖い顔をしないでくれ。私はカギを掛けることができるだけの『設備部長』。戦う力は無い。」
不意に牢のひとつがギィと音を立ててひとりでに開く。
中からはひとりの女が出てきた。
「何でしょうか、
キーマスター様。」
「私のために奴を洗脳してくれ。」
「分かりました。あとでごほうびをくださいね。」
「分かっておるよ。」
あの人もキューピッドの能力で恋に落ちているのか。そう考えるとぞっとした。
さらに、会話に出てきた洗脳というフレーズ。
先ほどのセイや弟の態度はそれが原因だったんだ、などと悠長に考えている暇は無い。
夜は完全に無敵なので大丈夫なのだが、昼の衛では精神的な攻撃はどうしても受けてしまう。
しかし、時刻を考えるともう少しで能力が切り替わるはず。
いったん逃げて態勢を立て直そう。
そう考えたそのとき、女が突然口を開いた。
「あれ? 私は……。」
キューピッドは、突然のパンチに受け身を取るのが間に合わなかった。
「くっ、なぜ解けたのか知らんがもう一度だ!」
情はまた恋に落ちる。
しかし、情は靴の中に仕掛けを施していた。
一歩歩くたび土踏まずに触れる小石から思いが伝わってくる。
――オレはキングには屈しない。
これは自分の能力によるもの。自分の意思。
そこで情は我に返る。
そして再びキューピッドにパンチを浴びせる。
「ちぃ!」
能力が効かないとようやく分かったキューピッドは構えを取った。
しかし、彼は趣味で体を鍛えてはいるものの、ケンカの経験など全く無い。
ひたすら情にサンドバッグにされ、キューピッドはとうとう意識を失った。
「あれ? 私は……。」
キューピッドの気絶によって、牢の女に掛かっていた恋心が解けたのだった。
「何をしている! 早く……く……。」
「キーマスターを洗脳しました。これからカギを開けさせます。
ここのカギはこいつにしか開けられないので。」
「あ、は、はい。」
突然の形勢逆転に、衛はしどろもどろな返事しかできなかった。
「あなたはこれからどうするんですか?」
「端の牢と、あと別の部屋に、このクレ……じゃなかった、魔窟で出会った仲間がいるんです。
その人たちとキングをぶっ倒して、一緒にここから出ましょう。」
「ありがとうございます。でも私たちはここの部下たちにも手が出なかった。一緒には戦えません。」
「分かってます。正直、僕も足手まといにしかなっていないかもしれない。
だけど、自分のできることをやればいいんだと思います。」
「強いんですね。」
「いえ、そんな……。」
会話が途切れたところで、牢が一斉に開いた。
「兄ちゃん!」
衛のもとに、弟が駆け寄ってきた。
「ああ、もうすぐここから出られるからな。」
そして振り返ると、共に戦った仲間が。
「じゃあ、さっさと終わらせちゃおうよ!」
衛とセイは、最後の戦いへと向かう。
つづく
登場キャラクター
最終更新:2010年06月23日 02:12