深夜、何もない廃ビル群。チェンジリングデイ以降普通の人が住まなくなった一角。
およそ浮浪者やならず者しか集まらない場所。
それでも普通なら寝静まっているはずの時間。
――しかし、今は轟音と悲鳴が交わった戦場と化していた。
「腕が! 俺の腕がッ!!」
「逃げろ! 逃げるんだ――」
「おい! しっかりしろっ!! 傷は浅いぞ!!」
その悲鳴は千差万別。だが、それを引き起こしているのはたった一人の人間。
逃げ惑うは訓練されたはずの戦士たち。
その全体図を俯瞰するはこの戦士達を束ねる者。
男は無線機に対し、大声をはり上げ続けている。
「チャーリー! チャーリー!! 応答しろ! ちっ! 駄目か!?」
「
ラレンツア隊長。4班B隊全滅です!」
背後で伝令に向かった一人の隊員が報告する。
その報告を聞き、ラレンツアと呼ばれた男は決断する。
「これでB隊、C隊は全滅か。ここは我々の負けだ。撤退命令を出せ。我々A隊は殿を務める。
一人でも多くの隊員を生還させる」
「はい! 撤退命令発令! 総員速やかに離脱しろ!!」
響き渡る轟音と怒号の中、平穏なはずの都市の近くである場所で、この大規模な戦闘、いや、殺戮が起きていた。
本来なら簡単な任務――特に特殊訓練を受けている
バフ課なら易しいはずの任務。
たった一人の人間を捕まえる事
その任務が今の地獄絵図を引き起こしていた。
すでにその目標を捕まえることを目的とせず、ある意味天災として排除――より具体的には目標の殺害――の段階に来ていたが、
それでもバフ課への被害は広がり、撤退を選択せざる得ない所まで来ていた。
隊長の命令に従い速やかに撤退を開始する。
しかし、ラレンツアの目には一人の人間の姿が見えた。
考えること数秒。その思考結果を言葉にする。
「……いや、お前たちもだ。どうやら目的の相手は近くにいるらしい」
「隊長?」
「何、適当にかく乱したら我も離脱する。行け!!」
選択するは隊長自身がかく乱することによる、他の隊員の撤退援護。
ビル群の谷間に陣取っていたバフ課4班の隊長であるラレンツアは、苦々しい表情で立ちあがると部下を一喝し、離脱命令を出す。
いかにも屈強な戦士といった身長が2mを優に超える強靭な肉体を持った指揮官。
その姿を斥候を務めた隊員はじっと見つめ、敬礼を一つすると後ろに向かい走り出す。
そのラレンツア本人は振り向きもせず本来の目標に視線を固定し、ゆっくりと歩を進めた。
彼我の距離は20mほどだろうか。そこでラレンツアは歩みを止め、目標に声を掛ける。
「狭霧、貴様がそこまでやるとはな……これは我の失策だ」
対して、狭霧と呼ばれた目標は口の端を釣り上げる。言いかえるとそれは微笑み。
その目標はその表情のまま口を開く。
「あらあら。それはバフ課の情報収集能力も大したことがないと言うことかしらね」
「……認めなければならんかもしれん。貴様の能力とその異常性を過小評価していたと」
苦虫を噛み潰したような表情のままラレンツアは答える。
目の前の目標――見た目の年はまだ20代前半に見える美女。
ブロンドの腰までかかる髪をポニーテールに結わえ、たれ目がちの大きな瞳はラレンツアを見ている。
物腰の柔らかさは本来場を和ませるような雰囲気を湛えていただろう。――ここが戦場でなければ。
その女性はゆったりとした動作で頬に手をやると、首をかしげる。
「そうなると、あなた様も実はたいしたことがないのかしらね」
その言葉にラレンツアはさらに眉間の皺を濃くし、
「ふむ、そう思われても仕方あるまい」
「あらら、そうですか」
「――だが、我をなめるな」
瞬間、雷が狭霧に奔った。
黄色で埋め尽くされた光の奔流がラレンツアから射撃される。
それは狭霧へと正確に向かい――
――着弾
光が弾け、視界を覆う。
だがラレンツアは視線を外さない。
濛々と立ち込める煙が晴れた先には、狭霧が雷撃を避け、横に転がった態勢でそこにいた。
その位置を確認するとラレンツアは無言で二撃目を撃つ。
――再び爆音と衝撃
だが、再び視界が晴れたとき、また違う位置に今度は佇んでいる狭霧の姿があった。
顰め面を続けるラレンツアに対し、狭霧はその姿勢のまま動かず口を開く。
まるでショッピングをしているような気楽さで。
「あらあら、中々お強いのですね。でも、これ位なら能力を使う必要もありませんわね」
「減らず口を……ならこれならどうだ――【神の裁き】」
ラレンツアの言葉に狭霧は表情に疑問符を持ち、一瞬後空を見上げた
瞬間、狭霧を中心とし、直径200mの範囲に無数の雷撃が荒れ狂う。
ビル群が砕け、大きな石の塊となり、それすらも雷が容赦なく砕き、辺り一帯が廃墟と化した。
余りの光量、その轟音は一時的にラレンツア自身の視力と聴覚を奪った。
だが、ラレンツア自身はその事を気にせずぼそりと言葉を紡ぐ。
「さて、味方がいないからそこできる技ではあるが、これで仕留められたか……」
言葉でこそ期待を呟くが、ラレンツアは油断しない。
手には散弾銃を持ち、視界と聴覚の回復を待つ。
――その中央に立っている狭霧が見えた。
服こそ多少焦げ付いているが、狭霧自体には傷一つない。
それをラレンツアは確かめると、一つ言葉を吐く。
「やはり駄目だったか。この雷撃を全て避けきるとは」
「あらあら、分かっていましたの。油断していればこれでさっくりいきましたのに」
狭霧は軍事用ナイフを両手に持ち、困ったように笑う。
「そういうことだ――。ま、我が隊は撤収完了したのでな。
これ以上ここに留まる意味がないので我も撤収するとしよう」
ラレンツアの言葉に狭霧は笑う。
「見事な陽動ですわね。普段なら見逃す所ですが……」
狭霧は一旦言葉を置く。
「あなたの強さに惚れてしまいました。あなたの命を私の物にしてしまいましょうか」
瞬間、狭霧が走る。
ラレンツアは雷を数度ぶつけつつ、後ろへと引く動作を見せる。
狭霧はその雷撃を全て避け、しかし速度を上げ、逃げる敵を追いかけようとし――
狭霧の周囲が突然歪む。
狭霧は突然の周囲の変化を受け、ぐらりと揺れる。
一瞬の隙
瞬きにも満たない隙であったが、それでもラレンツアは見逃さない。
冷静に手にしたショットガンを向け――
――発砲
その弾丸は音速を遥かに超えた。
狭霧を捉えた特殊な電磁場。それが、弾丸を加速させる場として展開されていた。
それはラレンツアの夜の能力【電子の奏者】によるもの。
雷を使うのは彼の能力の一側面に過ぎない。
本当の能力は、付近一帯の電気的エネルギーを操作する物。
その能力によりは通常よりはるかに加速した散弾が飛び散り――着弾した。
弾丸全てが狭霧に接触、その常軌を逸した衝撃に狭霧の体は四散する。
その全てをラレンツアは視認し、ようやく一息を吐く。
「これで終わりか。やれやれ、なんとかなったな。――全く厄介なものだ。化物と闘うのは」
チェンジリングデイによって得た能力。
多くの犠牲を出した後に得た特殊な能力。
それは生活を便利にする反面、様々な副作用があることも知られ始めている。
その中でも危険とされる症例――それが厨二病と呼ばれる症例だった。
ある種の全能感。それは軽度なら大したことではない。
だが、重度を超えた所まで症例が進んでしまった場合、多くが狂人、もしくは化物と呼ばれる状態までになる。
倫理観の消滅、自己崇拝、破滅願望――
人間社会を維持するために必要な物を失い、多くは危害を与えるだけの化物と化す。
バフ課4班は特にそこまで進んでしまった人間の捕獲、もしくは殺害を主任務として与えられた部隊だった。
「これで任務完了か。我も撤収するとしよう」
ラレンツアは一人呟き、これまですでに肉片と化した目標から視線を外し、撤収しようと振り向く。
――体に感じるは灼熱の痛み
突然の痛みにラレンツアは自身の状態を確認する。
背後から正確に心臓へと突き抜けられた刃。
明らかな致命傷と化物の存在を知覚したとき。
ラレンツアの周囲はプラズマに包まれた。
* * *
「ひーふーみー、今回は5回、いえ、さっきので6回死んだわねぇ」
その場には半径200mのクレーターが忽然と出現した。
クレーターの表面はガラス状になり、強烈な熱を吐き出し続けている。
ラレンツアが命と引き換えに起こした破壊の後。
しかし、その縁には一人の女性が立っている。
その女性の名はアヤメ。
狭霧アヤメと言う名を持つ女性はただそこに立っている。
「流石バフ課ねぇ。こんなに殺されたのはドグマに喧嘩売った時くらいかしらねぇ」
彼女は期待の色を隠さず呟く。
「ああ、これなら、バフ課なら私を殺しつくしてくれるかしら」
まるで歌うように、浮かれたように話す女性。
――それが彼女、狭霧アヤメが起こした事件の発端だった。
登場キャラクター
最終更新:2010年08月09日 19:15