「んー。たーのしかったわねぇ」
伸びをしながらしみじみ呟く一人の女性。
狭霧アヤメは、ゆっくりとした動作で辺りを見回す。
ここは大通りからは少し離れた所にある、雑多なビル群の合間にある細い路地。
その近くにある空き地、雑草が生い茂った場所に彼女は立っていた。
「さて、と。これからどうしようかしらねぇ。
当面の目的だった
バフ課に遊びに行くの、達成しちゃったし」
まるで友達の家に遊びに行ったかのような感覚で呟く。
「今度はどうしようかしら。比留間さんの所に遊びに行くのもいいわねぇ。
あそこの荒事処理の関係もしっかりしてるだろうし、いい感じかも?
……うーん。でも、まだ“能力鎮静剤”も実用化されてないみたいだし、
もっと時間が経ってから行った方が面白そうなのよねぇ」
そう言って彼女は楽しそうに笑う。
おそらく彼女を少しでも知る物なら驚きを持つだろう一つの事実がある。
彼女、狭霧アヤメは研究者という者の存在を非常に好ましく思っている。
そのためか相手から手をだしてこない限りにおいて、研究者には一切手を出さない。
「ERDOは、少しは研究進んでるかしらねぇ。暇ができたら今度"読んで"見ようかしら?」
なぜならば、狭霧アヤメにとって研究者とは、その個人の善悪に関係なく世界を破滅に走らせる存在と認識している。
破滅願望を持つ彼女にとって、その生きざまは非常に好ましい物だと感じている。
――もっともその事実を知る者は、今の所誰もいないのではあるが。
「ま、これから先の事はまた後で考えようかしらね。しばらくはまた、色んなところに遊び場を探さないとねぇ」
「おい。まてこら!!」
そう呟きながら歩き始めたアヤメにどなり声を掛ける男がいた。
そう、その空き地には20名ほどの、いかにも不良です的ないでたちの男たちがたむろしていた。
アヤメはそれこと自体は認識していたが、だからと言って気にすることはなかった。
それが気に入らなかったのだろう。
その男たちは手に得物を持ち、時に能力をひけらかしながら、アヤメを囲む。
「貴様、我々のグループ"イービルクロス"に何の用だ!!」
「さてはブラッディベルの刺客か!! テレポートで来るとは小癪な!」
「なんだと!? ブラッディベルか!?。くそう、なんでブラッディベルばかりかわい子ちゃんが多いんだ!!」
「う、羨ましくなんてないんだからね!!」
「いや、俺は羨ましい……」
「だが一人はツイテル、らしい」
「俺は、それでも一向に構わん!!」
「ちょっとは構えよ!!」
「ええい。今度こそ倒してやる!! 打倒! ラッディベル!!」
口々に騒ぎ出すイービルクロスと名乗る不良の面々。
しかし、アヤメはそんな周りのことなど気にすることなく歩き出す。
周囲を囲まれているにも関わらず、それが存在しないように歩いている。
そして……
「まてやこら!! てめぇ喧嘩売ってるのか!?」
イービルクロスのリーダーがアヤメの肩を掴んで止める――
+ + +
+ + +
シルスクはあの後すぐに医務室に連れて行かれ、治療を受けていた。
治療不可能なほどの怪我がなかったことは幸いだったが、やはり背中の傷が常に鋭い痛みを訴えていた。
そしてそれよりもさらに酷いのが肩の傷。これは縫う必要があるほどの深い傷だった。
とはいえ治らないほどの傷はどこにもない。一週間もすれば完全に治る予定である。。
全ての治療が終わり、背中の傷のため横になることもできず、座っていた。
『次のニュースです。アメリカ合衆国の大統領の暗殺未遂が起きました。
大統領は無事。暗殺犯は大統領の能力により死亡したと発表されています』
医務室に響くテレビの音声。シルスクは黙ってテレビ音声を聞いている。
――そこへ医務室へ入ってくるなりシルスクへと言葉を掛けてくる男、
ザイヤがやってきた。
「ザイヤ、遅いな。狭霧アヤメは逃げて行ったぞ」
正確には少しニュアンスが違うことは分かっているが、あえてシルスクはその言葉を選ぶ。
実際は彼女の感覚として遊び終わって帰って行った。そんな所だろうと推測している。
ただそれを言葉で認めるにはシルスクのプライドが邪魔をしていた。
「そうですか……」
一方でザイヤは考え込むように頷く。
しばらくしてなにかを言葉にしようと口を開きかけたとき、
ざわざわと、その医務室に新たに3人の男女が入ってきた。
一人は10歳程度の姿をした男。一人は髪をショートにした20歳代と思われる女性。
そしてもう一人は12歳位の少女だった。遠目に見ると保母さんが子供を二人連れてきたようにも見える。
そんな一瞬ほのぼのしてしまう雰囲気の3人だったが、開口一番に口を開いたのは少年姿の陸だった。
少年の姿のまま、はっきりとした成人男性の声で陸は話す。
「で、シルスク。アヤメの能力は分かったか?」
「……はっきりとはわからないな。起きたことだけ端的に言うぞ」
シルスクは男、陸の姿を一瞥し、一瞬訝しげな表情になるがすぐに頷くと口を開く。
「俺の感覚が確かなら、すでに2回殺してる。
一回目楽に殺したが、いつの間にか背後とられて攻撃されていた。今治療を受けた背中の傷がそれだ。
二回目は殺した後、死体ごと消えた。おそらく逃げられたな」
その言葉に陸は頷く。
「確かにそれだけだとわからないな。幻術系統の能力のようにも感じるが……」
「いや、手ごたえは確かだった」
陸の言葉をシルスクは否定する。幻術の系統ならシルスクは見破る自信がある。
いや、すでに何度も破ってきた。
そのことを知っている陸は、シルスクの言葉に頷くき考え込む。隣のザイヤが言葉を続ける。
「そうなると、超回復の類ですか、もしくは人形遠隔操作的な」
「それだと背後を取られた理由にならないな。人形の感触もない。
あれが人形だとしたら、それこそネクロマンサー的な何かだ」
そこまで話しあい、頭を捻る男三人。
そこに少女特有の高い声が響く。
「じゃあ簡単よね。死んで生き返る能力ってことじゃない?
生き返る場所が任意で選べるってだけで」
その言葉に陸が振り返る。今まで黙って聞いていた、12歳位の三つ編みお下げの少女を見る。
「姉さん。確かにそうではあるんだが、そうなると問題ありだ」
「……ですね。夜に戦っても意味がない。例え捕えたとしても自殺されたらそれで逃げられることになります」
「そうよね。そこが問題なのよね。戦闘力的にはあくまで人間の域を超えることはない。
でも、その問題をクリアーしないと捕まえる事すらままならないわね」
真剣に話し合っているザイヤ、陸、少女の三人。
その3人にシルスクは怪訝な表情を浮かべながら声を掛ける。
「……なあ、陸。その子はだれだ? タダものではないことは分かるが」
「ああ、シルスクには紹介してなかったな。
加藤時雨。俺と同じ偽名だがな、こう見えても俺の姉だ」
シルスクは、陸に肉親がいたことに内心驚きを覚えるが、それは表に現さない。
ただ、別の事を口にする。
「……姉? お前の姿は能力で変えられる事は知っているが、姉もとはな」
「能力自体は違うがな。姉のは昼の14時付近になると体が12才の誕生日にまで戻る。そういう能力だ」
そういったときの陸の表情は、いつも浮かべている軽薄な表情ではなく、微かに憂いを帯びていた。
だが、その表情も一瞬だけ。すぐにいつものうすら笑いに戻す。
一方、姉と呼ばれた少女、時雨がシルスクの方に顔を向けた。
わずかに右手を振りながら、ちょっと口の端を上げた微笑みで見る。
「やっほ。ほら会えたわよ?」
「ああ、なるほど、お前だったのか……納得した」
アヤメと戦う直前に掛ってきた電話の少女の正体に、ストンと腑に落ちた。
陸の関係者ならそれぐらいできるだろうと根拠なく納得する。
そのシルスクを置いて、陸は話を元に戻す。
「さて、どうするか……昼は戦えない。夜では殺せないし、捕縛も難しい。方法はあるか?」
「……一つ考えがあります」
そう答えたのはザイヤ。あまり気乗りはしない口調で答える。
「……? なにかあるのか?」
「いえ、とりあえずはここではどうにもできません。少し時間を下さい。
少し考えをまとめてみます」
「ああ。分かった」
特に内容については聞かずに二つ返事で答える陸。
ザイヤは頷くと、今度はシルスクへと顔を向ける。
「では失礼します。これから色々準備が必要なので」
「ああ、分かった。……ザイヤ、余り無理はするな。あれは危険だ」
「ええ、分かってます。必要になったら手を借りにきます。……きっと私一人では難しい問題でしょう」
ザイヤはシルスクの言葉に真剣に答えを返し、医務室を後にした。
『さて、次のニュースです。今日、○×動物園でラッコの赤ちゃんが生まれました。ほら、可愛いでしょう?』
再び静かになった医務室。そこにはテレビの音声だけが響き続ける。
ホールに出ると、思い出したように時雨は陸に問いかけた。
「あ、そういえば香織ちゃんは? たしか呼んでたわよね」
「ああ、忘れてた。とりあえず連絡しておくか」
陸はそういって携帯電話を手に取り、コールする。
コール音が静かなホールに響く感覚。5コール後、ようやく繋がった。
陸は香織にいつものように軽い調子で声を掛ける。
「もしもし?」
返ってくる声は間違いなく香織のもの。いつものように言葉を続ける。
「香織か?」
「それ以外の誰かに聞こえる?」
「聴こえないな」
「まったく……事務所に行っても誰もいないんだもの。どうしたのよ?」
「よう、すまんな。ちょっと用事があって出かけててな。今、どこにいる?」
その声に、香織はしばらく言葉を置いた後、ようやく声を伝えてきた。
「家に帰る途中にある空き地。……言ってみるとね。絶体絶命の大ピンチなの」
その声が震えていることに、陸ははっきり知覚する。
+ + +
そこは全てが赤で覆い尽くされていた。
本来なら草の碧と土の茶色に染められているべき土地は、一面赤の液体に覆われている。
地面は赤い液体を吸収しきれず、ところどころに血だまりができていた。
むせ返るような錆びた鉄の臭いを嗅ぎながら、香織は電話を続けている。
「困ったことに大量殺害現場に出くわしちゃったみたいなのよ」
意外に自分は冷静だな、と香織は自分に言い聞かせながら言葉を続ける。
その視線は一人の女性に注がれている。
両手にナイフを持った女性。この一面赤の空間において、一切その赤い液体が付着していない存在。
それが、余計に異様さを際立たせている。
余りにも常識放れした光景をしっかり見続け、香織はその事をあえて陸へと伝える。
「空き地が全体的に真っ赤になってる。
しかもまだ犯人が目の前にいたりするのよね。金髪の、多分20代の女性」
そう言って一呼吸置く。当然のごとく血の臭いを吸い込み軽くむせた。
電話の向こうの、陸の一瞬息を詰める音を香織は感じる。
だが、その音も一瞬、すぐに普段通りの口調に戻る。
『……ならその女性に聞いてみろ。あなたは狭霧アヤメですか、と』
香織には意味の分からない言葉。しかし、
「あなたの名前は狭霧アヤメですか?」
香織は素直に応じ、その目の前に立つ女性に問いかける。
陸はこういう状況下では適切な行動を指示することは分かっている。そこに疑問は挟まない。
はたしてその女性は微笑みを浮かべるとその問いに答えた。
「ええ、そうよ。良くわかったわねぇ」
「狭霧アヤメですって」
香織はすぐに電話に向かって肯定の意を返す。
すると、普段聞きなれない若い男性の声が返ってくる。
陸ではないことははっきり分かる。
『その電話を彼女に渡してくれないか?』
「? いいけど。アヤメさん。電話に出て欲しいって」
良くわからない男性の声だったが、ちょっと前に聞いた気もする。
香織はその言葉に素直に応じ、目の前の女性に再び問いかける。
「いいわよ。……ありがと」
電話を渡すとアヤメと名乗る女性は素直に受け取り知らない男性が話し始める。
特に何もするでもなく香織はその光景を眺めていると、やがて電話が切れた。
「はい、ありがと」
「どういたしまして」
アヤメに携帯を返された香織は、素直に受け取った。
そして女性はゆっくりと歩き出す。その歩みは楽しそうで、ついでに鼻歌まで歌っている。
彼女にはすでに香織の事を気にしていない。
「フンフフーン♪ 一週間後が楽しみねぇ。せっかくのお呼ばれだし、目一杯準備しないと失礼よねぇ」
そのまま、楽しそうに歩き去るアヤメ。
そして、彼女が消えた後も、まだ香織は動くことができず――
「もしもし。あ、陸。ゴメン。腰が抜けて動けない。ここまで来て――」
言葉だけは軽い調子で、しかし、顔は真っ青のまま陸を呼ぶ……
――ようやく長い一夜は終わる。
そこに残るのはただ破滅の香りだけだった。
登場キャラクター
最終更新:2010年10月03日 13:08