次の日、
ザイヤと陸の二人はとある道を歩いている。
時間は16時頃。通りには帰り道を急ぐ男子学生や談笑しながらゆっくり歩く女子高生の群れなど
通学路として使われている道路だった。
二人にとって
狭霧アヤメの捕獲も重要な任務だが、
バフ課全体として見れば、当然それだけをやっていればいいわけでもない。
今は通常任務を周りに任せ、二人だけで行動していた。
「それで、どうして私をここに連れてきたのですか?」
ザイヤは目の前を歩く、今は10歳程度の少年に体が変化している陸に話しかける。
今回、この二人だけで行動しているのは陸からの提案だった。
理由をザイヤは知らず、といあえず陸について行っている状態だった。
一方ザイヤを連れ出した、陸は楽しそうにスポーツ刈りにした髪を掻きながら、
視線はザイヤへと向けずに答える。
「んー、ま、すぐにわかるさ。ちょっと人に会ってもらおうと思ってね」
そう言って陸は歩く。結局はっきりとした答えを言わずに歩く陸に、ザイヤはため息を吐き視線を周りへと向ける。
楽しげな喧騒。若者らしい活力に溢れた光景を見る。
「こうして見ると、あの日が起きたのが信じられません」
「こうやって笑っている奴らの内、何人が親をあの日に失っているかな?」
思わず呟いたザイヤの言葉に、陸はやはり視線を向けずに言葉を向ける。
ザイヤはその言葉に一瞬言葉を失い、そのまま沈黙した。
あの日、それはチェンジリングデイと呼ばれた日。
その日からまだ10年程度しかたっていない。
まだ、人々の記憶からはその日の凄惨な光景が消えてはいない。
チェンジリングデイを境に実際無法地帯と化した地域すらある。
だがしかし、それでも人間はすべてを用い、一気に復興した。
今、ザイヤがみている日常は人間の貪欲なまでの生への執着の結果だともいえる。
「おいおい、気にするなよ。ザイヤ、お前は少し真面目すぎるようだな。
いいだろう。少しお前に男の楽しみって物を教えてやろう」
そう言って陸は二、三歩歩いた後、突然走りだした。
一瞬の事にザイヤは理解できず、その場で立ち止まる。
陸が向かうのはベリーショートの少女。背は170cm程度。女性にしては高い方だろう。
中学校の制服であろうスカートを履いてなければ、少年と間違えたかもしれない。
そんな少女に向かい、陸は気配を消し、その背後に素早く近づいていく。
その少女はまだ陸に気付かない。
ザイヤも陸を目では追っているが、陸が何をしようとしているか理解できず、ただみているだけだった。
そして、その少女後一歩の位置。何かに気付いたのか少女が後ろを振り向こうとする。
――だが、遅かった。
「だらっしゃぁぁああああ!!!」
陸の派手は掛け声と共に、本来スカートの中の隠れてなければならない水色の何かが公衆の面前に公開されていた。
少女は固まった。一歩も動けない。何が起きたが理解した途端顔をトマトのように真っ赤にしている。
陸はその隙に大きくガッツポーズをとると一目散に逃げ出した。
少女の隣にいた少年も動けない。顔が赤くなっている所を見るとバッチし見ていたようだ。
そこまでザイヤは目の前で起こったことを冷静に分析すると、顔に右手を当て天を仰いだ。
「あの人は何をやっているんだ……」
その呟きは誰にも聞こえていない。
ザイヤの目の前ではスカートをしっかり握りしめるように抑えるベリーショートの少女と、
その隣にいた少年の言い合いが発生していた。
「ちょっと、陽太! 今見たね!?」
「いや、俺は見てない。天地天明に誓ってみてないと言おう」
「嘘、みたでしょ!」
「誰がお前の水色の物見たいと思うか!?……はっ」
「……よし、こら待て陽太!!」
一瞬の判断、少年はダッシュで逃げだすと、少女はそれを追いかけるようにして走り去って行った。
その一部始終を見ていたザイヤは、もう一度ため息を吐くように視線を下に向ける。
「元凶のことをすっかり忘れてそうだなあ、あの少年たち」
「……とまぁ、外見10歳なら大抵のいたずらは見逃されるというわけだ」
「いつからそこにいたんですか」
いつの間にか陸は戻ってきていた。いつの間にか手にはポッキーを持ちぽりぽりと食べている。
今の騒ぎを起こした元凶が、今の姿相応の雰囲気で寛いでいるという状況に、ザイヤは思わず苦笑する。
「何やってるんですか、あなたは」
「真面目な堅物に少しはめをはずさせてやろうと思ってな。……それで、どうだ?」
陸の抽象的な問いに、ザイヤは何を言ってるのか分からず問い返す。
「どうだ……と言われても」
単純に戸惑いの声。
その答えに陸は衝撃を受けたのか、一歩後ろによろめき、大げさに片膝を着く。
「なん……だと……普段ボーイッシュな女子中学生の下着を見て喜ばないとは……」
「……いや、相手は子供でしょうが。それをどうと言われても」
そんな、ザイヤの極真面目な感想に、陸はモンクの叫びのような表情を作った。
「バカな! 少年っぽい少女の翻るロマン! それを見られて思わずらしからぬ乙女心全開に恥じらう姿!
照れ隠しに近くの少年に矛先を向けるのも実にいい! お前はそこに萌えると思わんのか!?」
力説する陸に対し、ザイヤは理解不能の視線を向ける。
「良くわかりませんが……」
陸はそんなザイヤにさらに自説を力説する。その様子は悪鬼修羅のごとき必死の形相だった。
「この気持ちを理解できないとは、人生の8割を損しているぞ!! 全く持って嘆かわしい!
……ならば今度貴様には24時間耐久で美少女が多い女子高、中学校の体育祭の隠し撮りDVDの観賞をさせてやる!
その少女特有の健康的な姿の中に女性としての柔らかさを持ち始めた、その青い果実の素晴らしさを徹底的に教え込んでやる!
全く、その美、その萌えが分らないとは実に嘆かわし――」
陸の演説は最後まで続かなかった。
正確には背後から来た人間によるローキックで強制的に膝を着かされた直後、
追撃のかかと落としがテンプルに正確に直撃し、撃沈したのであった。
全くの不意の事態、その人間の存在に全く気付かず、ザイヤは戦慄する。
戦闘態勢に取ろうとし、しかし、その人物をはっきり視認し、躊躇った。
一本の三つ編みを翻しながら、腰に手を当て、陸を見下ろすその女子高生の表情は一言で言うなら怒りだった。
ただ、それが敵がする仕草としては余りにちぐはぐな雰囲気を纏っている。
むしろ友人に対するような仕草に、違和感を覚える。
そんなザイヤの躊躇いを余所に、新しく現れた少女は倒れた陸に対して冷たい視線を向けた。
「りーくー。あんたはどうして公衆の面前で堂々と変態演説をやってるのかしら?」
「か、香織……か? いや、俺はただ男として当然の感情をこの男に教えようとしてただけで――」
陸の言葉は再び途切れる。今度は陸が後頭部を香織によって踏みつけられたからだ。
「あのねぇ。それが当然の感情だったらまずいと思わない? あんた自分が変態だって自覚ある?」
「イエスロリコンノータッチという言葉がある。それが紳士のたしなみである以上俺は紳士であり変態ではない。
例え変態であっても、それは変態という名の紳士なん――」
「陸、あんた一度死んでみる?」
香織の追撃の踵ぐりぐりにより陸は再び沈黙する。
ザイヤは二人のやり取りから知り合いということを理解し、体から力を抜いた。
目の前ではさらに陸が何か言葉を発し、追撃の連続蹴りが始まったので、とりあえず止めることにする。
このままでは何もせずに日が暮れてしまう。
「まあまあ、折檻はそこまででいいのでは?」
「……はっ……私は何を……。駄目よ、最近確実に陸のペースに染められている気がするわ。
ああ、ごめんなさい。非常に恥ずかしい所を見せてしまいました」
香織は顔を真っ赤にしながらもそそくさと陸の上からどく。
陸もあっさりむくっと起き出し、体のほこりをパンパンとはたいていく。
どうやら見た目もほど力を入れてはなかったようだとザイヤは判断する。
「いやぁ、これは変な所を見せちまったな」
「まぁ、いいです。それで会わせたい人間とは彼女のことですか?」
ザイヤは陸のことを、少なくとも陸の能力を知っているだろう少女の事を聞く。
しかし、陸は首を横に振る。
「いや、違う。これは偶然だ。まだザイヤには紹介するつもりはなかったんだがな……。
香織はどうしてここに? 帰り道は反対側だろう?」
「え、ああ、ちょっと病院に、美柑がいま入院しているから」
「入院……ですか?」
入院という言葉にザイヤは怪訝な表情を作る。
その疑問の声が聞こえたのか、香織がザイヤの方に向き直る。
「ほら、こないだ起こったビルの猛犬事故。あれに美柑って名前の私の親友が巻き込まれちゃって。
怪我自体はなかったけど、精神的ショックのせいでしばらく安静が必要なの。そのお見舞い」
そう言って左手に持ったフルーツセットを掲げる。
その言葉に、ザイヤは思わず顔をしかめた。
香織から出た言葉の意味、それはバフ課が対処した事件の一つだった。
シルスクの班によって鎮圧はできたが主犯は捕まえられず、結局その場限りの対処しかできていない。
そんな、バフ課にとっては当たり前に起こる事件の一つだった。
それでも実際に被害が出てることは変わりなく、その事実に対し、ザイヤは罪悪感を憶えてしまう。
「はは、大丈夫ですよそんな顔しないでも。まぁ今度も立ち直ってくれると思いますから。
……はぁ、でももう少しバフ課が早く対応してくれれば良かったんですけどね」
そのザイヤの表情を見たのか、香織は務めて笑顔で言うが、途中声のトーンを落としてポツリと呟く。
「香織、そいつ、バフ課の関係者だ。目の前で堂々と非難するとは中々大物だな」
「……え? えっと、あ、ごめんなさい」
慌てて謝る香織にザイヤは軽く頭を振り、大丈夫ですとアピールする。
「いえ……でもバフ課は通常知られていない課ですよ。えーと、香織さんも陸さんの関係者ですか?」
「え、なんていうか……強制的に巻き込まれた?」
「巻き込んだ。だから香織がバフ課の事を知っていても問題なしだ」
「なるほど」
つまりバフ課を知ってもおかしくない立場にいることをザイヤは確認すると、完全に警戒を解いた。
そして、少しだけ沈黙が降りる。
次に動きを見せたのは陸からだった。
「さて、どうやら来たようだ」
その陸の言葉にザイヤは再び視線を移す。
そしてその姿を確認したとき、ザイヤは今度こそ完全に戦闘態勢に入り、
手に持った仕込み刀をいつでも抜ける姿勢になった。
――狭霧アヤメ
名前に似合わないブロンドの髪をポニーテールに結わえた女性がごく普通に歩いている。
スレンダーな体型の美女で、その姿は目を引くものの、それだけだ。
極普通の人間にしか見えない。
しかし、ザイヤは知り、理解している。
その女性の在り方が、すでに人間とは言えない。災害と言った方がいいだろう存在であることを。
――だが、ザイヤの行動はそこで終わる。
今、ここで殺し合いになったらどれだけ被害が出るかわからない。
その事実をまず頭に描き、体の緊張を準備段階に留めていた。
その女性、狭霧アヤメの姿が消えるまでザイヤはじっと動けずにいた。
「――合格だ。ちゃんと状況判断能力は持っているな」
陸はザイヤに告げるとザイヤの肩に手を掛ける。
ようやくザイヤは全身の緊張を解き、仕込み刀から手を離した。
「つまり、試した訳ですね。私がアヤメとあっても頭に血が上らないか、を」
「そういうことだ、そしてザイヤ、君は合格だ。君になら私たちも協力できるだろう」
「……え、えーと、つまりどういうこと?」
話が分らない香織の呟きに陸は反応する。
「ああ、彼は今回の仕事仲間になる。ザイヤだ。
さて、ザイヤ、まずは今回の標的、狭霧アヤメを捕える作戦を練ろうか。私の事務所でな。
またな、香織。夜に事務所の方に寄ってくれ」
「はあ、わかったわよ。バイト代奮発してよね」
「約束しよう」
そして陸は歩き出す。ザイヤはそれに続き、香織は病院へと向かっていった。
+ + +
「あの男の人はバフ課かな? それとも別の組織かな。やたらと緊張してたし私のことは知ってそうよね」
狭霧アヤメは呟きながら歩いている。
「あの男性もきっと強いのよねぇ。……でも、まずはあのデパートにいた男性かしらね。
中々かっこよかったわねぇ。あの人も。生身で空中戦してたみたいだし」
狭霧アヤメは誰も気にせず歩いていく。
「あの人と遊んだら、今度はどんな風に殺されるかしら。楽しみねぇ」
非常に楽しそうに、狭霧アヤメは、その夜に起こす遊びの事を思っていた。
登場キャラクター
最終更新:2010年08月09日 19:15