禁じられたアソビ、壊れたヒトガタ > 7


――青い霧はいまだ続く。

そこには数人の男女が立っている。
一人の死んだ女性を眺め、思案している。

「詰まんないにゃ。意外と歯ごたえなかったにゃ」
「そりゃあ、あれだけ完全な不意打ち、人間ならどうしようもないだろう」

ルローはアヤメの心臓を握り潰しながらぼやく。
その言葉に苦笑するように答えるのは風魔=ホーロー。
アヤメの死体を複雑な表情をしながら見つめ、運ぶために近づいていく。

今回の指令は『運命レポート』を元に立てられた作戦だった。
狭霧アヤメバフ課の戦争が起き、アヤメはほぼ丸腰の状態で逃げだすことまで記述されていた。
その結果、アヤメに対し、一度は組織を引っかき回された復讐と、
また、その能力の有用さから、今回の殺害計画が行われていた。

そのカギとなるのは風魔=ホーローの能力、『能力を否定する能力』
この力が発動している限り、アヤメが能力を使用することができないはずだった。
一度殺した後、この能力を維持している限り、復活はない。
そして、昼の能力に変わるまで使用を続ければ、アヤメの死は確定する。

まさにドグマにとっては絶好の機会がそこにあった。

その結果は、ドグマの作戦通りに進んでいた。

「しかし、早くここから立ち去らないと、今度はバフ課が追ってくるかもしれないわね。
今はヨシユキの能力を使っているから移動は歩きなのが少し心配ね」

ホーローの隣に立つビン底メガネを掛けた女性は言う。
完全な不意打ち作戦の都合上、車や、バイクといった乗り物を持ちこむことはできなかった。
そしてホーローの能力を使用している以上、彼女――リンドウの能力『物を置き換える』能力も今は使用不能だった。

「ヨシユキの能力、強いけど不便だにゃ」
「しょーがないだろ。そういう能力なんだから」

ルローに口では反論しつつ、ホーローはアヤメの死体を肩に担ぐ。
リンドウの能力、薬を作る能力において能力を『抽出』ためには死体が必要な以上、持って帰る必要がある。

「しっかし、それにしても拍子抜けだにゃ」
「それは確かに……とはいえ、この作戦はこれが普通のはずだが……」

まだぶつぶつと愚痴るルローにホーローは適当に相槌を打つが、その言葉は自然と途切れる。
原因は新たに現れた二人。その二人の姿を発見した瞬間自然と戦闘態勢へと移行する。
ただし、若干嫌な汗を感じているが。
ルローも同様に戦闘態勢に入っている。、と言うよりも今すぐ跳びかかりそうな姿勢だった。
だが、一応ホーローは時間稼ぎも兼ねて言葉を掛ける。

「バフ課か……簡単っていったがとんでもないな。作戦がまさかばれてたのか?」
「若いの。久しぶりであるの。姿はかなり変わったようだが元気ではあるみたいだの。」

一人は、ホーローにとってある意味死神と言える存在。
ラツィームは人のいい柔和な笑顔を浮かべ、まるで近所の知り合いへ話すようにホーローに語りかける。

「ふむ、やはりあの時の直感は間違っていなかったの。バフ課にとって危険な存在になったの」
「ああ、そうかい。そうかもしれんが、俺としては二度とあんたに会いたくなかったな」

なぜよりによってこいつらが、との思いがホーローに奔る。
バフ課の5班隊長、ラツィーム、そして――

「なるほどな。ピーターパンの情報は的確だったって訳だ。
狭霧アヤメを使ってドグマ幹部を誘い出すとはまた恐ろしいことを考える」

2班隊長、シルスク。どちらも今の状態で会いたい敵ではなかった。

「それで、ピーターパンはどうしているのかの?」
「『諜報活動しか取り柄がない奴に戦闘までやらせるな。死ぬだろうが』だとさ。
きっとどこかで見てるだろうさ」

ピーターパンの不在に二人はさして気にしないように話している。
だが、二人の視線はドグマから離れず、ホーローは背中に嫌な汗を感じている。

およそ、最悪な組み合わせだった。クイアブレがいないことが救いではあるが、
彼らはホーローの、いや、ヨシユキの能力を知っている。
つまり、ホーローが能力を止めない限り、ルローは攻撃の能力は使えず、
リンドウも置換能力が使えないことを知っている。
仮にホーローが能力を止めた場合、狭霧アヤメが復活し、この作戦は失敗する。
どちらを選んでも余り良い状況とは言えなかった。

ホーローは視線だけでリンドウに確認する。
リンドウは頷き、一歩後ろに下がった。

その行動に、ラツィームとシルスクは一歩前に出る。

ルローとホーローはリンドウの前に立ち、彼女を守るかのように動く。

一触即発の状態。



――だが、その均衡は一台の黒塗りのベンツの甲高いエンジン音により破られる。

暴走直前の状態で走ってくるベンツが、ラツィームとシルスクに迫る。
二人は横っ跳びに回避しつつ、同時にタイヤに向けて発砲するが、あっさり弾かれる。
相当な防弾性能を持ったそれはドグマのメンバーに横付けに止まった。

ドアが開き、中から声が聞こえる。

「リンドウ、乗れ!」

ベンツを運転する顔はフールだった。
ラツィームとシルスクはそれを阻もうと動くが、ベンツから機関銃がせり出し掃射を開始する。
二人は慌てて物陰に隠れ、事なきを得るが、それ以上車を妨害する事ができない。

ドグマの3人は素早く乗り込むと急発進し、突破される。

――あっという間もなく見えなくなるベンツ。

「参ったな。またやられたか……」
「ふむ、はたしてそうかの?」
「どういうことだ。ラツィーム隊長?」

悔しそうに呟くシルスクに対し、ラツィームは得心したように呟く。
その意味にシルスクは疑問の声を上げる。

「ふむ、今回は引き分けということかの。
もっとも、4班隊長が使える奴と判断できた以上、バフ課にとってはプラスかの」

ラツィームはいつもの柔和な笑みで答える。

「さて、我々も撤収するかの」
「ま、今日はそうするしかないな」

シルスクも肩を竦めつつ答える。
ラツィームの言う意味は分からないが、ここにいる意味もすでになかった。

シルスクもまた撤収を始めるべく踵を返す――




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「それで、あなたは誰なのかしら? フールはここには絶対来ないはずですけれど?」

リンドウは運転席に銃口を向けながら、慎重に言葉を紡ぐ。
その言葉にフールの姿をした運転手は肩を軽く竦めつつ、しかし無言で運転を続ける。

「ルロー。壊せる?」
「もちろんにゃ」
そう言って、鋭い爪を突き立てるように運転席に向ければ、運転手はようやくおどけた様に答えた。

「いやー、いくらクライアント様とはいえ、随分ひどい扱いじゃないですかね?」

ガラリと変えた声、その声に始めに反応したのルローだった。一瞬にして露骨に嫌そうな顔をする。

ゴーストかにゃ」
「そーゆーことです。今は小銭稼ぎに運び屋してますよっと。
フェイブ・オブ・グール様からのご依頼でやってきましたよ」

リンドウはその言葉に、ようやく銃口を下ろすと警戒だけは続けつつ、言葉を重ねる。

「なぜ、わざわざフールの格好を?」
「その方が分かりやすいでしょ? 僕は素顔を晒さない主義ですから。チンピラだからね」
「それ、どこにもチンピラ関係なくないか?」

ホーローの疑問にゴーストは肩を竦める。
「分かってないですねぇ。チンピラは大きなものには巻かれ、小さな者には居丈高。それ鉄則。
怖い怖い大きな者にわざわざ素顔さらす必要ないですしね。狙われても嫌だから。ほら、僕こう見えて臆病ですしね」
「……臆病ね」

それなら、わざわざこんな仕事をする必要ないだろうに、そうリンドウは思いつつ、無言になる。


そのまま、しばらく静かに車は進む。

ドグマのアジトまで後半刻程、そこで運転席のゴーストは言葉を発した。

「さて、ドグマの皆さま、とりあえず安全圏まで来れましたし、
そっちの仕事はおしまいということで降りてもらえませんかね?
こっちも次の仕事がありますし」

そう言って、手頃な路肩に車を止める。
その意味が分からず、リンドウは聞き返す。

「次の仕事?」
「ええ、そうですよ。次のお客さまも僕のお得意様でして、断りづらいのですよ。
折衷案として、今回このような形にしてもらいました。
僕の方はここで待ち合わせなのでこのままいるつもりです」

「まあ、いいけど。それじゃ、助かったわ」
「……にゃ」
「……フン」
「毎度あり。振り込みはいつもの口座に。また今度もよろしく」

リンドウは形だけの挨拶をし、二人は警戒を隠さない。
だが、アヤメの死体を持ち、歩き去る。

そして、一方のゴーストは手をヒラヒラと振り、3人が見えなくなるまで待つと、車のドアを閉めた。


しばらく待ち――そして声が掛けられる。


「あ、今日もよろしくねぇ」



機嫌良く掛けられる言葉にゴーストも軽く応じる。

「毎度、アヤメさん。今度はどこに行きますかね」
「とりあえずは隠し部屋3番に行こうかな。シャワー浴びたいしねぇ。
しばらくは普通に遊ぼうかしらね。ここ数週間、充実した毎日だったわねぇ」
「ほいほい。それはようございさんでした。ついでになくした武器類も買ってくかい? 今なら少し安くしとくよ」
「お願いね。ゴっちゃんの所は品質が良くって助かるわよ。あの爆弾もいい感じだったし」
「おやおや、それは僥倖。チンピラですから品質には手を抜きません」
「それ、どっちかって言うと商人であってチンピラじゃないわよねぇ」
「そうですかねぇ」

いつの間に車の後部座席に座っていた女性に驚いた風もなく答えるゴースト。

するすると車を発進させながら走り去って行った――

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最終更新:2010年10月13日 00:59
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