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闘技場篇 > 5

作者:◆VECeno..Ww
魔王編】【1】【2】【3】【4】【6

「そうそう、クリスちゃんだったな。何かあげようか?」
陽太はやや大人ぶって返事しながら、クリスにあげる食べ物を考えた。
陽太の夜の能力は『食材を創る能力』だ。新鮮な果物などが……

「ちきん……ふらいどちきん!」
クリスが叫んだ。可愛い声に似合わず彼女は肉食系らしい。
「ああ、ゴメンな。それは昼の能力なんだ」
生憎とジャンクフードの生成は昼の能力だ。今は食材の生成に限られる。
「ちきんさらだ?」
クリスは注文を変えた。
「だから完成品じゃなくて食材……あ、待てよ、」
陽太は閃いた。

フライドチキンが完成品だとは限らないよな? 

陽太はフライドチキンが入ったサラダを食べた記憶があった。
「ちょっとやってみるぞ……こうだ!」

フライドチキンサラダをイメージしてその中からフライドチキンをサラダの食材として取り出す……
お見事! 陽太の手の上にフライドチキンが生成されていた。
「やったー!」
それを見たクリスは歓声を上げた。


「それで、何のご用かしら? 豹の毛皮被りし地獄の案内人さん」
陽太がクリスにフライドチキンをあげている間に、遥はクリスと一緒に来ていた別の職員に尋ねた。
「そうネ。キミ達の最初の試合が決まったヨ」
ジャガー模様のバンダナを頭に巻き、サングラスで目元を隠した男、“オセ”。闘技場運営局の一人である。
「お?」
キミたち、という事は陽太も遥の二人の試合が決まったという事だろう。
「時刻は明日の夜間帯ネ。こっちの兄貴はDh2:00、こっちの姉貴はDh4:00ヨ」

読者の為に説明しておくと、パンデモニウムでは地球との時差が独特なため、独自の時間基準を使っている。
DhはDark Hourの略で、その後の数字は夜になってからの経過時間を表す。例えばDh2:00なら日没から2時間後という意味である。
ちなみに日中はLight Hourの略でLhと呼び、その後の数字が表すものは夜が明けてからの経過時間だ。
パンデモニウムの1日は昼が13時間、夜が13時間の合計26時間で構成される。季節による昼夜の時間変化は存在しない。
といっても地球と時間の流れが違うわけではなく、あくまでも昼と夜が切り替わる(使用可能な能力が切り替わる)タイミングがズレていくだけである。
人体の概日リズムにも影響するため、闘技場から地球に戻れば時間帯が合わない場合、時差ボケも生じる。

「対戦相手は誰かしら?」
「今回は相手の能力は秘密ヨ。でもリングネームは教えられるネ。
兄貴の相手は“サドーヴニク”。姉貴の相手は“マルディニ”。
試合前の敵情視察はしてもいいけど、危害を加えて出場不能にするのは観客が面白くないから御法度ネ」


サドーヴニク……?」
「ロシア語で『庭師』、という意味ヨ」
「なんか植物とか操りそう」
「フフ……それは試合の時のお楽しみね」

そう、能力者全員が通称どおりの能力を持っているとは限らない。もっと言えば通称それ自体がひっかけというパターンもありうる。
先の試合の例でも、シュヴァルツシルト(ブラックホールの理論を打ち立てた博士の名前と同じ)はともかく、ヘルカイトの方の能力は名前からは想像しづらいだろう。

マルディニは?」
「インドの言葉で『殺害者』ネ」
「危なそう……本当に大丈夫?」
「相手が誰でも、こちらは堂々と戦うだけよ。こんな所で手こずっていては“魔王”に敵うはずがない。そう、私達は、魔王を倒すのだから」
心配する晶を余所に遥は平然と答える。

殺害者と呼ばれるからにはプロの殺し屋か? それとも直球に即死系の能力者か?
だが、いずれにせよそうした危険な相手に対しての実戦を、闘技場では安全に行える。今が絶好の機会には間違いない。

「フムフム……お二人とも闘志は充分のようネ。ところでキミたちはクスリ吸う?」
「ファッ!?」「クスリ?」「吸わないです」
唐突な質問に陽太たちは思わず聞き返してしまった。パンデモニウムの共通言語「バベル語」による会話なので意味は分かるのだが、陽太達にはあまりにも唐突な概念だった。

「あーそうネ。キミ達の国では違法だったネ。
でもココでは覚醒剤も合法ネ。試合前の景気付けに吸う人もいるヨ」

オセはさも日常風景のような手つきでポケットから怪しげな切手を取り出して、指でくるくると弄びながら答えた。切手の中に薬物を染み込ませているタイプの商品だ。
いわゆるカルチャーギャップというやつだろう。

少し補足しておくと、麻薬類の扱いは国によって異なる。
たとえば南アメリカにはコカの葉を使ったハーブティーが合法的に飲まれている国もある。もちろん日本に持ち帰れば即逮捕である。
パンデモニウムの場合はもっとアグレッシブだった。自己責任で済むならどんな愚行もここでは許される。流石はパンデモニウム(悪魔の巣窟)といった所か。


ちなみに、オセは相手を選んでいるつもりだった。あくまでもオセの主観ではあるが、遥のゴスロリの服装からは反社会的な雰囲気が感じられた。このため脈ありと判断して話を持ちかけたのだった。
しかし、
「要らないわ。物を売るには相手を選びなさい。オセロトルの戦士さん。薬の力に頼るのは自分の力を信じられない弱者よ。それとも私達がそう見えるのかしら?」
しかし遥は自信たっぷりげに断った。ダークなファッションを好む彼女だが意外とこういう所は陽太から見てもまともな判断はする。
「そうネ。弱者はクスリに溺れて自分を見失う。でも強者ならクスリをやってても己をコントロールできる。クスリを使いこなせるのもまた強さ。そうじゃない?」
「うーむ……一理あるかもしれないけどやっぱりリスクが高いな……」
と陽太。
「ココにいれば最悪、中毒してもフェニックスが巻き戻してくれるネ。後悔無用ヨ」
オセの理屈は、道徳的観点を無視すれば理に適っており、魅力的な誘いだった。もっとも売るための詭弁と言われればそれまでであるが、
闘士の安全が絶対的に保証される闘技場にいる今が、何事もノーリスクで試せる滅多にないチャンスとはいえた。
それでも、
「やめとこう。使い慣れてない物を使ったせいで初戦から負けるのは嫌だからな」
と陽太はなんとか誘惑を振り切った。
「それもまた1つの選択ネ。気が向いたらいつでもワタシに声かけてヨ」
オセはあっさり退いた。今売れなくともいつか売れればいい、という考えのようだった。



「おかわり!」
突然クリスが大声を出した。フライドチキンを食べ終わったのだ。
「こらこら、あまりワガママは駄目ネ。タダで飯を喰えるのが当たり前と思ったら大きな間違いヨ」
オセが嗜める。
「もう一個くらいなら構わないぞ」
と陽太はフォローする。
「ごはん食べられなくなるヨ。じゃ、ワタシ達はこれで失礼するネ。試合頑張ってネ」
「よ~たがんばれ~!」

「ああ、頑張るぜ。
それと、陽太じゃない。闘士として俺を呼ぶならこう呼んでくれ。
“月下の騎士(ムーンリッター)”と。」


……陽太の中二病は2年の時を経て悪化していた。


「それで、なぜ貴方が此処にいるのかしら? “エージェント・ジョッシュ”。貴方は悪魔達の宴に似合わないというのに」
陽太達が宿泊施設のあるフロアに戻ると、そこで待っていたのはERDO(異能力研究開発団体)の研究員だった。
ERDOは、その名の通り異能力の研究を目的とする団体である。経緯は割愛するが昨年に比留間慎也博士をメンバーに迎えたばかりだった。

「何故って業務命令だから仕方ないでしょ。こんな無法地帯に子供だけで1ヶ月も過ごさせるわけにはいかないって」
エージェント・ジョッシュと呼ばれた男、片桐真悟は不満そうに言った。
「帰りなさい。エージェント・ジョッシュ。この任務には別の者が相応しいわ。そう、貴方の能力は……」
「それがね。能力の方も押し付けられたんだよ。《旅行者(トラベラー)》でね」
遥の台詞を遮って片桐は説明した。
「トラベラー?」
今度は陽太が訊ねた。トラベラーの話は陽太には初耳だった。
「それは企業秘密だ。ここではあまり話せない。誰が聞いてるか分からないからな。とにかく僕は新しい能力を手に入れたって事だ」
片桐の返事は素っ気なかった。
読者の為に補足しておくと《旅行者(トラベラー)》とは『合意の元に他者の能力と交換できる能力』の名称である。能力の性質上、元の持ち主は既に分からなくなっていたが、
ERDOのメンバーの1人が昨年にこの能力を手に入れ、以後ERDOの能力研究に文字通り使い回されて活用されていた。
「護衛は任せろって事か。まあ俺一人でも夜討ちに遅れを取るつもりはないけどな」
陽太の頭に先のオセの言葉がよぎった。試合前に危害を加えるのは御法度、という事だったが、わざわざ釘を刺すからには、そういう事を考える輩がよくいるって事だ。
しかも異能力の蔓延するこの御時世。『犯罪の証拠を遺さない能力』のような運営側の目を掻い潜る能力が存在していても不思議ではない。
陽太はそう考えた。

「私達の身の安全を考えて下さっているんですね。ありがとうございます」
三人の中で最も常識を弁えた性格の晶は片桐にお礼を言った。同時に、業務命令でここまでやらせられるなんて大人の社会って大変だな、と思った。
「どういたしまして。仕事である事を差し置いても僕も君達の事が気がかりなんだ。そういう事で明日もよろしく。
さあ今日はもう遅い。君達もそろそろ寝た方がいいだろう」
と片桐が話を畳みに入る。
「ああ、明日の夜には試合も控えてるからな」
「お休みなさい。エージェント・ジョッシュ。地獄の底で心地良い夢を」



かくして陽太達はそれぞれ自分の部屋へと解散した。
ちなみに陽太は1人部屋、晶と遥は相部屋、片桐は同じフロアの別の部屋に宿を取っていた。
闘技場での成績が良ければ専用部屋を貸与されるらしいが、まだ陽太達は最初の試合すらしていないため、一般人と同じフロアの部屋である。
明日からはいよいよ陽太達の試合が始まる。果たして彼らにどんな相手が待ち受けているのか……乞うご期待。



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最終更新:2019年05月03日 15:57
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