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闘技場篇 > 6

作者:◆VECeno..Ww
魔王編】【1】【2】【3】【4】【5


「ん~今日もお日様が気持ちいいわ~♪」
日の光を全身に浴びながら、ディアナ・ランズベルギーテはプールサイドのサマーベッドの上で背伸びをした。
蔦草を編んだような露出度の高い水着に、色とりどりの花で飾られた新緑の髪、日焼けのない白い肌、暢気な瞼の奥に居座る月色の瞳。
彼女はパンデモニウム闘技場の付属施設「クロケル温泉プール」に来ていたのだが、プールで泳ぎに来たのでも温泉に浸かりに来たのでもなかった。
むしろ彼女は泳ぐのは苦手だった。ここでの彼女の目的は日光浴にあった。

闘技場のあるこの異空間にも、地球の太陽に相当する天体がある。
異界の太陽ヘイレルは地平線に沈むのではなく一定周期でその明るさを変化させることで地上に昼と夜の区別をもたらす。
今はLh6:00。明るくなってから6時間が経過した頃。地球上で言えばもうすぐ正午といった感覚の時間帯だ。

「……あら?」
ディアナは執事が誰かと言い争っている声に気付いた。
声の方向を聞くと、数人の東洋人がディアナの執事とメイド達に阻まれていた。
「駄目ですな。お嬢様を見知らぬ人間に事前連絡も無しに会わせるわけにはいきませぬ」

「どうしたの~?」
ディアナはベッドから立ち上がると執事に声をかけた。
お付きの兎耳や狼耳のメイド達が上着代わりのラッシュガードをディアナに着せた。
「おお、お嬢様。今夜の対戦相手と申す者たちがお見えに……」
声をかけられた執事が少し驚いたように振り向いて事情を説明した。

「今夜の対戦相手……えーと。“ムーンリッター”だったかしら?」
ディアナは来訪者達を眺めた。自分と同じくらいの年齢の男女3人に大人1人。
半ズボンに半袖シャツの短髪青年、ゴス風の袖なしドレスを着こなす長い髪の少女。
ジーンズとデニムジャンパー姿のボーイッシュな長身の女性。
そして三人を見守るのはジャパニメーションのキャラクターがプリントされたTシャツを着る若い男性。

「そうだ。俺が“月下の騎士(ムーンリッター)”だ。お前が“庭師(サドーヴニク)”か?」
短髪青年、岬陽太がディアナの問いに答えた。

「そうよ~。ロシア語圏では“サドーヴニク”って呼ばれてるわ。英語圏では“ガーデナー”ってとこかしら。
ムーンリッターとそのお仲間さんたち、わざわざ挨拶に来てくださったのね。お会いできて嬉しいわ~」

お嬢様が望んでいるのなら、話させても良いだろう、と執事の“ソダス”は一歩後ろに下がった。
万が一に備えて仕込み杖はいつでも引き抜けるように然り気無く構えている。

ディアナは昼の間、能力の反動で頭がお花畑(二重の意味で)になってしまう。
彼女の身の安全を守るため御目付け役は欠かせない。このパンデモニウムという無法地帯においては特にそうだ。

メイド兼護衛係の“野兎(キシュキス)”“狼娘(ヴィルクメルゲー)”
“紅娘(ボルジェー)”“栗鼠(ヴォヴェレー)”の四名も執事長に倣った。



「彼との試合を楽しみにしているわ、庭師さん。貴方は如何なる異形の力を携えてこの絢爛なる悪魔たちの闘技に参列するのかしら?」
言い回しが異様な質問をしたのは、ゴス風のドレスの少女、朝宮遥。
「そうね~。メ……」
「おっとそれは今夜のお楽しみにしておきましょう。お嬢様」
流石にソダスが口を出して会話を阻んだ。このようにお嬢様はやや無警戒すぎる。
「それもそうね~。試合をお楽しみに~」
「昼の方の能力なら教えてやっても良いでしょう」
「それなら教えてあげるわ~」
執事が彼女を扱うのが上手いのかそもそも彼女が誰にでもそうなのか。
ディアナは言われるままに執事の会話誘導にどんどん流されてゆく。
「私の昼間の能力は光合成の能力よ~。お天道様の光を浴びるほど元気が出るのよ~。
だから本当はこの上着も脱いだ方がいいの~」
と言いながらメイド達がせっかく着せたラッシュガードをぽいっと脱ぎ捨てるディアナ。

それを見て、そうか、それでそんな露出度の高い水着を……と水野晶は納得した。
日焼けしていないのも能力が太陽光を吸収するためだろう。
一見趣味に見えても案外と合理的な理由があったりするものだ。(仮に完全な趣味だとしてもそれについて他人が文句を言う権利はないのだが)。

ふと片桐さんの方を見ると彼は目の遣りどころに困ったのか視線を微妙に逸らしている。
何しろさっきから出会うのは頭がお花畑な水着美少女に獣耳メイドたちにクールダンディーな執事である。
おおかた自分はいつの間に深夜アニメ時空に迷い込んだのだろうと訝っているに違いない。

それにしてもサドーヴニクは陽光を燦々と浴びていても常人程度の元気さのように見えた。
むしろ平気よりちょっとのんびり屋なくらいか。曇りの日とか大丈夫なのだろうかと晶は少し心配になった。
「もしかして今の時期は故郷にいた方が元気が出るとか?」
「リトアニアの夏は日は長いけど、日差しは弱いのよ~。ここの日当たりは気に入ってるわ」
初めて聞いた情報だが彼女はリトアニア人らしい。ここは浴場だが、さしずめ彼女にとっては日光浴場といった所か。

「ところで~貴方の能力はな~に、かしら?」
サドーヴニクはにこにこと陽太の方を向いた。悪意とか駆け引きとは無縁な顔。
「俺か? 昼の能力でいいか?」
こちらから訊いた(正確には訊いたのは遥だったが)からには、こちらも明かさないわけにはいくまい。
なまじ悪意が無さそうなだけに余計に断りづらい。
という事で、御披露目である。

「《万物創造(リイマジネーション)》!」

たちまちのうちに陽太の手の上に点心の盛りつけられた蒸籠が出現していた。



「これはこれは、中国の御仁でしたか」
とソダスは感心したように目を細めた。ソダスの知識の範囲内ではこれは中国の料理で間違いない。
「いえ……私達は日本人で、でも中華料理も外食で好まれますよ」「ふむふむ。中国と日本とは隣国同士でしたな」
陽太達の付き添いで来ていた片桐が誤解をとこうとしていた。

「凄いわぁ~!『食べ物を作る能力』なのね! まるで全てに恵みを与えてくれるお天道様みたい!」
ディアナもあまり目にしない屋台食に目を輝かせている。
そんなディアナの反応を見て晶はひとつ気になった事があった。

「リトアニアにもお天道様っているんですか?」
闘技場共通言語であるバベル語は、話者の思想信条まで変えてしまうわけではない。
ディアナがお天道様(に相当するバベル語)と口にしたからには、そういう言い回しに相当する概念が彼女の念頭にある、という事だ。
「然様。キリスト教が入って来る前からの古い信仰でしてな。太陽の神様は儂らの国では“サウレ”と呼ばれておる。
日本では何と呼ばれておりますかな?」
感激して何も聞いていないディアナの代わりにソダスが会話を続ける。
「えーと、“アマテラス”です。日本語でアマは天、テラスは照らす、という意味です」
晶はどこかで聞き覚えのある日本神話の記憶を総動員して答えた。


「太陽じゃない、月下だ。全ての魔力の源、それが月だ!」
「でも月だって太陽の光を受けて輝くのよ~。太陽は全ての恵みの元なの~♪」
そうこうしているうちに横ではムーンリッター(陽太)とサドーヴニク(ディアナ)がよく分からない言い争いを始めていた。
本名を踏まえると非常に面白い会話だが、残念ながらこの場でそれを指摘する者はいない。

「あ、皆様ご自由にどうぞ。料理が冷めないうちに」
と片桐がプールサイドのテーブルに並べられた陽太の点心を見ながら促した。
狼耳のメイドが気になる様子で匂いを嗅いでいたのを見ていたたまれなくなったのだ。
「では、有り難く戴くとしましょう」
とソダスも護衛メイド達を気遣った。ヴィルクメルゲーが嗅ぎ分けた以上は毒物の心配は排除されている。
元よりソダスは相手からそのような敵対的な雰囲気は感じ取っていなかったが。

他方で遥はいつの間にかプールサイドの売店に並んで、
「悪魔の瞳のように黒き球体が夥しく沈む地獄の沼が蜜の甘美とほろ苦き薫香と白き慈愛を纏い呪われし天使を祝福しているかのような飲物」
と彼女が評するところのもの、すなわちブラックタピオカミルクティーを買ってきて黙々と飲んでいた。


陽太たちが和気藹々と会合を楽しんでいるのと同じ頃……


「探したぜ」
ロビーの噴水前で胡座をかき目を瞑る女性に、その男は声をかけた。
その筋骨隆々の体躯は格闘技に習熟している事を匂わせる。
一方で声をかけられた女性は静かに目を開いた。こちらも相当の武術の手練れに見えた。彼女は服とは別に、頭から全身を覆うように大きな薄絹をすっぽり被っていた。

「誰かと思えば昨晩の負け犬ではないか」
「テメェ……昨晩はよくも恥をかかせてくれたな」
男は前回の試合で彼女に屈辱的な敗北を喫していたようだ。
「不思議であるな。負ければ恥? そうだとしても何故負ければ恥になると覚悟した上で闘わなかったのか?」
女性の漆黒の眼差しが男を見つめる。
「つくづくムカつく奴め。というわけで昨晩の仕返しだ。お前こそ覚悟しな」

次の対戦相手への試合前の攻撃は禁止されている。しかし試合後の仕返しについては、特にそのようなルールは決められていない。
尤も、傷つけようが殺そうが次の試合前には運営が復活させるに決まっているのだが、雪辱という今回の目的には関係ない事だ。

「不思議であるな。そのような瞋りに何の意味があるというのか?」
「つべこべ言うなッ!」
男がついにぶち切れた。一瞬にして彼の姿が女性の視界から消えた。物理的な動きではありえない。

男のリングネームは“フェイタリティ”。
チェンジリング・デイの世界では人は昼と夜とで別々の異能力を持つ。しかし両方の能力が戦闘向けのものであるケースは少ない。
しかし彼はその例外。この闘技場においても昼の部と夜の部の両方に出場登録をしている。いわゆる“昼夜兼業”の闘士である。
その昼間の能力は《クロスアップ》─


─『相手の死角を見抜き、そこに瞬間移動する能力』。

女性の背後、空中に現れたフェイタリティは、そのまま相手の首に回し蹴りを浴びせた。

が、攻撃は通らなかった。女性の全身を覆う薄絹は、その形を先刻から寸分違わず保ったまま、金剛の像のように揺らぎもしなかった。

「不思議であるな。何故昼ならば勝てると思ったのか?」

フェイタリティが次の行動を起こす前に、そして自身が喋り終わる前に、
女性は既に相手の首を何処からか取り出したスカーフできつく締め上げていた。そのスカーフも金剛の強度と化した。

もうお分かりであろう。彼女も昼夜兼業の闘士である。
リングネーム“マルディニ”。
その昼の能力《マハードゥルグ》は、触れた物体の硬度、剛性、靭性を同時に強化する
『金剛不壊の能力』。
布の切れ端ですらも、彼女の手にかかれば鋭利な武器や強固な防具と化す。

死角からの攻撃を防ぐには、全身を守ればよい。捉え難き敵を捉えるには、敵の行動の瞬間を狙えばよい。

呼吸を封じられたフェイタリティは首のスカーフを取ろうともがいたが、摩訶不思議な剛体と化したそれはもはや人の力でどうにもなるものではなかった。

周囲をたまたま通りがかっていた人々は驚いたり、こうした物騒な事に慣れている者達は笑ったり写真を撮ったりしていた。

フェイタリティの息の根が止まると。マルディニは能力を解除してスカーフを回収し、歩き出した。

彼女が罪を問われる事はない。少なくともこの闘技場のルールでは。
それにどうせこの男も次の試合までに運営局が生き返らせるだろう事もわかっていた。
この闘技場では命など安いものだ。この万魔殿はそういう場所だ。
フェイタリティは彼の言う所の恥を重ねて生きる事になるだろうが、それはマルディニの問題ではない。

しかし……マルディニは歩きながら思案した。
瞑想を邪魔されるのは困る。
そろそろ稼いだ賞金で護衛を雇うべきかな、と。



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最終更新:2019年05月03日 16:26
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