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第一話:鋼の悪魔と天使の刃(前編) - (2007/09/13 (木) 22:04:43) の1つ前との変更点
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*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第一話:鋼の悪魔と斬撃天使
ガトリングガンで弾幕を張るヴァッフェバニーに、パワーアームを盾代わりに接近する。
洒落にならない威力を持つガトリングガンだが、ストラーフ型のパワーアームはパワーと装甲だけなら他の神姫の追従を許さない性能を誇る。
左腕が半壊する頃にはバッフェバニーは既に手の届く距離にいた。
「────っ!!」
慌ててバーニアを展開するがもう遅い。振りかぶったパワーアームで二倍近い体重差をそのまま叩きつけて黙らせると、頭の中で撃墜数にプラス1を計上する。
「マスター、残敵は?」
『残り3。いや、2になった。他にも物凄い勢いで狩りをしている奴が居るみたいだね。多分次でぶつかるよ。気をつけて、アイゼン』
「了解」
交信を終え戦場へと意識を戻すストラーフ型の神姫、アイゼン。
彼女は近隣の神姫の中でもトップクラスの実力をもっているバトルロイヤルの常連だった。
(戦闘開始からまだ3分。参加している12名のうち私が4機倒して残りは7。残敵2だから5人倒れている。もし、その5人を残っている中の一人が倒したのだとしたら……)
元々が野球スタジアムだったというこの神姫センターの最大の売りが、広大なフィールドを使用した12名参加型のバトルロイヤルである。
その広いフィールドでこれだけ早く敵を狩る事ができる装備と言えば、アイゼンに思いつくのは3種類だけだ。
(長大な射程と威力を持った大砲、あるは遠距離から急所を打ち抜けるスナイパーライフル)
しかし、月ごとにフィールドの地形が変わるこのバトルロイヤルフィールド。今月の地形は台形の山と谷が入り混じった複雑なものだ、その2種では射線の確保もままならない。
「……と言う事は……」
呟いたアイゼンに答えるように純白の翼が上空を横切った。
「やっぱり!! ────アーンヴァルタイプ!!」
天使を模した有翼の神姫が弧を描いて旋回してくる。こちらを発見したようだ。
あらゆるパーツの中でも最速の移動速度を誇るアーンヴァルタイプのウイングユニットは、その凄まじい速度ゆえに扱う神姫にも高い反応速度を要求する。
その要求を最も満たしているのが他ならぬアーンヴァル系の神姫なのだが、このタイプは直接的な戦闘力で他の神姫にやや劣る面があり、一対一の対戦はともかく対多数を要求されるバトルロイヤルでは人気の低い神姫だった。
「……来る!!」
通常のアーンヴァルならば上空で距離をとって銃火器で“爆撃”してくるのが常である。
その際の火力の低さ。即ち装弾数と威力を両立できないのがバトルロイヤルにおけるアーンヴァルの弱点だった。
対戦では装弾数を犠牲にして威力を重視し、射撃の際に必中を期せばいいだけの問題だが、敵の数も多いバトルロイヤルではその戦法は通用しない。
故に廃れていったアーンヴァルだが、この敵はそうでは無いらしい。射撃の為に距離を置くような真似をせず、その速度を活かして一直線に突っ込んでくる。
「アーンヴァルが接近戦!?」
神姫の中では最も非力な部類に属するアーンヴァルが、強力なパワーアームを有するストラーフ型の自分に突っ込んでくる。その意図が分からず一瞬困惑するアイゼンだったが、その一瞬。ただの一瞬が致命傷になった。
「────!?」
衝撃を感じたと思った次の瞬間、アイゼンは自分が敗北した事を知った。
勝敗を定めるコンピュータが彼女の負けを宣告し、彼女の意識は闇へと落ちていく。
クレイドルの上で眠りに落ちる瞬間にも似た浮遊感。
久々に味わう敗北の感覚が脳裏に浮かび、その意識が、途絶えた。
そのバトルは、アイゼンが敗れた15秒後に、残りの一体を撃破したアーンヴァルの勝利となった。
「マスター、ごめん負けちゃった」
「ま、しょうがないよ」
そう言って苦笑するのは小柄な少年。島田祐一(しまだゆういち)。
近所の高校に通う高校生がアイゼンのオーナーだった。
「あんな戦法、思いついても実行に移す奴そうはいないって」
「……マスター……?」
「……ん?」
「……私、何で負けたの?」
「………………そっか、一瞬だったから分かんないか」
そう言ってノートパソコンを広げる祐一を見て、アイゼンも“お出かけ袋”の中からUSBケーブルを取り出す。
既に5年にもなる付きあいだ。この辺の呼吸は言われずとも分かっている。
祐一は手なれた様子でアイゼンのメモリーバンクにアクセスし、敗北の一瞬を映し出す。
「うわ、視界だとホントに一瞬だな。何も分からないや……」
「……申し訳ない……」
本日三度目になる謝罪を口にし、アイゼンは項垂れる。
「……ん~と。スローで見れば分かるかな? ほら、ここ」
「これ、……刀?」
アーンヴァル自身の身体の陰になってアイゼンからはよく見えなかったが、彼女は腰溜めに構えた刀を持っており、すれ違いざまに抜刀し切りつけていたようだ。
見ればなるほど、アイゼンのパワーアームも画像同様、見事に身体を庇った両腕が半ばから切断されている。
もしパワーアームで庇っていなければ頭部や胴体と言った中枢部はともかく、彼女自身の両腕くらいは同じ運命を辿っていただろう。
「ま、こんなリスクの高い戦法を使う奴なんて普通はいない。これだけの腕があれば、銃を使ってもっと安全に戦えるだろうに。何を考えてるのかね、こいつのオーナーは……」
「余計なお世話よ!」
不意に背後からした声に、祐一とアイゼンは同時に振り向く。
「誰?」
立っていたのは一人の少女。着ている制服は近所にある女子高のもの。
そして、首をかしげる祐一を半ば無視する形で、その少女は手にしていたバスケットを開いてみせる。
「あ!」
それが彼女の素性を何より弁明に物語っていた。
「あんた、この神姫の……」
「そうよ、伊籐美空(いとうみそら)。この子、フェータのオーナーよ」
「は、始めまして……」
バスケットからちょこんと顔を出す神姫は、先ほどアイゼンを切り捨てたアーンヴァルであった。
「……で、話ってなに?」
自販機で買ったジュースをチャプチャプ揺らしながら祐一は美空に問いかける。
すぐ傍には無言で見詰め合うアイゼンとフェータ。
話があるとドリンクコーナーまで引っ張ってきた美空自身は、しかし何も口にしてはいない。
そして、祐一の問いに彼女から返ってきた答えは実に単純明快。
「簡単よ。あたしのフェータと一対一で対戦なさい」
踏ん反り返って胸を張る美空。
あんまり胸は大きくないなー、などと思いながら祐一は言い返す。
「勝負ならさっき着いたろ。おかげさまでこっちはしばらく戦闘不能だよ」
祐一が親指で指した背後には、半壊したストラーフのパワーアームがある。
「ふん、そうね……」
それを見て、眉を寄せて考え込む美空。
くるくる変わる表情が見ていて飽きない。
「おっけー、明日まで待つわ。明日の3時にここで会いましょう」
「一晩で直るか!!」
無茶苦茶言い出した美空に思わず声を上げる祐一。
「直しなさい」
しかし美空はそう言いきって背を向ける。
「来なかったら、承知しないから……」
妙にドスの利いた台詞を残し、去ってゆくその後ろ姿を、祐一とアイゼンは呆然と見送った。
「あれ?」
聞きなれない声に目を向ければ、そこにはフェータと呼ばれたアーンヴァルが……。
「……って、ちょっと待て!! 神姫!! 神姫忘れてる!!」
「マスターぁ~。置いてかないでくださぃ~!!」
くるりと180度回頭。つかつかと戻ってきて、やっぱり忘れていたらしいバスケットにフェータを入れる美空。
「顔真っ赤」
「うるさいっ!!」
祐一の突っ込みに怒鳴って返すと、そのまま再び踵を返し早足で逃げるように立ち去る。
と、ドリンクコーナーの出口で一度振り向き祐一を見た。
「いいわね。明日の3時よ!! 絶ぇっ対に来るのよ!!」
「お、おう……」
祐一の返事を聞き届け、美空は今度こそ本当に立ち去った。
「………………」
「……ね、マスター?」
「……なに?」
「……これ、どうするの?」
アイゼンの視線の先は破壊されたパワーアーム。
もちろん一晩で直るような壊れ方ではない。
「……どうしよっか?」
修理の目処も立たないのに、迫力に負けて返事をした祐一の負けだった。
「とにかく近付いたら拙いんだよな」
自宅のパソコンで今日の戦闘データを解析しながら祐一が呟く。
傍らにはUSBケーブルで接続されたアイゼン。
彼女と一緒にその日の戦闘を解析するのは祐一の日課とも言える作業だったが、今日のそれはいつもより念入りに行っている。
もちろんフェータと言うアーヴァルタイプへの対処法を模索する為だが、その成果はどうにも芳しくない。
「んとね、あれと近接戦で戦うぐらいなら、サイフォス半ダースのほうが勝ち目ありそ」
アイゼンが口にしたのは近接最強を誇る騎士型の神姫。
ストラーフも比較的近接戦向きの神姫だが、サイフォスのそれには及ばない。
無論、アイゼンであれば並のサイフォスならば近接戦でも充分対処できる。そのアイゼンを一刀の元に切り捨てたという事は、フェータと呼ばれるあのアーンヴァルは並みのサイフォスタイプより遥かに強いと結論付けられるだろう。
「……近付くのは拙い。かと言って距離の選択権は速度が上の向こうにある訳だし……」
祐一はそこまで言って背もたれに寄りかかって天井を眺める。
「……だいたい、あのアーンヴァル素体もノーマルだよね?」
「ん」
う~ん。と考え込む祐一に首を傾げるアイゼン。
「マスター、何気にしてる?」
この辺の空気の読み方も付き合いの長さゆえ、だ。
「ほら、アーンヴァルがどんなに頑張って刀振り回した所で、ストラーフのパワーアームを切断できるわけ無いじゃん」
「あ!」
目を丸くするアイゼン。
確かにストラーフのパワーアームは頑丈さにも定評がある。
故にストラーフタイプと対戦するときには、いかにそのアームの下の神姫本体へ攻撃を通すか、という戦いになるものだが、今日の戦闘はその定石を根底から崩している。
それが、よりにもよって非力なアーンヴァルが、というのが腑に落ちない。
「当然、速度を質量に換算するとしてもあんな威力になるものかね……?」
ならない。
それが祐一の下した結論だった。
もちろんアイゼンも即座にシミュレートして同様の結果を得ている。
速度、重量、パワー。
全ての計算材料が揃っている筈なのに結果が合わない歯がゆさ。
何を見落としているのか分からない焦燥感が祐一を襲う。
と、そこへ。
「はろろ~ん。お姉ちゃん登場!」
酔っ払いが現れた。
「姉さん。ノックぐらいしてっていつも言ってるでしょ?」
「いつも言っても聞かないんだから、今日聞くわけ無いじゃん?」
「はぁ……」
人差し指をチッチッチッと振りながらそんな事をのたまう姉に、祐一は溜息をつくしかない。
「お帰り、雅」
「あ~ん、アイちゃん今日も超ぷりち~。お姉さんと一緒にお風呂入ろ~?」
アイゼンを抱き上げて頬擦りする酔っ払い、島田雅。
もちろんアイゼンは今USBケーブルでパソコンに繋がっているわけで……。
「んぁ?」
引っ張られて物音を立てたパソコンのディスプレイを雅は覗き込む。
そこには今まさに切りかかるフェータの姿。
「これって居合い抜きじゃない。へ~、神姫ってこんな事までできるんだ……」
「え、今なんて言ったの?」
「居合い抜きよ、い・あ・い・ぬ・き。お姉ちゃんを疑うつもり?」
「いや、そうじゃないけど」
「雅、いあいぬきって、何?」
アイゼンの質問に雅が答える。
「んとね、刀を使った剣術の一種で、元は不意打ちを受けたときにどれだけ早く抜刀して戦闘準備を整えるかって技術だったんだけど、そのうちに抜刀時の速度、つまり鞘から刀を引き抜いたときの勢いが生み出す威力に着目した人たちが、それ単体で独立した一つの技に仕立て上げたものよ。達人の抜刀術は甲冑を着込んだ人間を軽々と真っ二つにしちゃうってよく言うわよね」
「それだ!!」
「ん!」
思わず顔を見合わせる祐一とアイゼン。
人差し指と手の平でハイタッチ。
「……って、向こうの手札が分かったからって対処法を考えなきゃどうしょもないよな」
「ん」
我に返り気まずそうに見詰め合う。
「まあ、手札が読めたって事は、それを崩せば良い訳だ」
「だね」
ん~、としばし考え込む二人。
「あれ、かわせそう?」
「無理」
「近付かれないって言うのは」
「それこそ無理」
「だよな……」
例えアイゼンにアーンヴァルのウイングユニットを装備しても、アーンヴァルタイプの神姫であるフェータ以上に使いこなすのは不可能だろう。
「それじゃあ、ランスか槍で迎撃するって言うのは?」
「武器ごと切られなければ、いける……?」
「技量が問題か……」
「槍の類は使ったこと無いし」
「付け焼刃が通用するような相手でもないよな……」
「手羽焼き? ネギマのほ~がいい……」
「「……」」
振り返れば、祐一のベッドに頬ずりしながらヨダレをたらす酔っ払いが一名、居た。
[[第二話:刃と砲弾]]につづく
*鋼の心 ~Eisen Herz~
**第一話:鋼の悪魔と天使の刃
ガトリングガンで弾幕を張るヴァッフェバニーに、パワーアームを盾代わりに接近する。
洒落にならない威力を持つガトリングガンだが、ストラーフ型のパワーアームはパワーと装甲だけなら他の神姫の追従を許さない性能を誇る。
左腕が半壊する頃にはヴァッフェバニーは既に手の届く距離にいた。
「────っ!!」
慌ててバーニアを展開するがもう遅い。振りかぶったパワーアームで二倍近い体重差をそのまま叩きつけて黙らせると、頭の中で撃墜数にプラス1を計上する。
「マスター、残敵は?」
『残り3。いや、2になった。他にも物凄い勢いで狩りをしている奴が居るみたいだね。多分次でぶつかるよ。気をつけて、アイゼン』
「了解」
交信を終え戦場へと意識を戻すストラーフ型の神姫、アイゼン。
彼女は近隣の神姫の中でもトップクラスの実力をもっているバトルロイヤルの常連だった。
(戦闘開始からまだ3分。参加している12名のうち私が4機倒して残りは7。残敵2だから5人倒れている。もし、その5人を残っている中の一人が倒したのだとしたら……)
元々が野球スタジアムだったというこの神姫センターの最大の売りが、広大なフィールドを使用した12名参加型のバトルロイヤルである。
その広いフィールドでこれだけ早く敵を狩る事ができる装備と言えば、アイゼンに思いつくのは3種類だけだ。
(長大な射程と威力を持った大砲、あるは遠距離から急所を打ち抜けるスナイパーライフル)
しかし、月ごとにフィールドの地形が変わるこのバトルロイヤルフィールド。今月の地形は台形の山と谷が入り混じった複雑なものだ、その2種では射線の確保もままならない。
「……と言う事は……」
呟いたアイゼンに答えるように純白の翼が上空を横切った。
「やっぱり!! ────アーンヴァルタイプ!!」
天使を模した有翼の神姫が弧を描いて旋回してくる。こちらを発見したようだ。
あらゆるパーツの中でも最速の移動速度を誇るアーンヴァルタイプのウイングユニットは、その凄まじい速度ゆえに扱う神姫にも高い反応速度を要求する。
その要求を最も満たしているのが他ならぬアーンヴァル系の神姫なのだが、このタイプは直接的な戦闘力で他の神姫にやや劣る面があり、一対一の対戦はともかく対多数を要求されるバトルロイヤルでは人気の低い神姫だった。
「……来る!!」
通常のアーンヴァルならば上空で距離をとって銃火器で“爆撃”してくるのが常である。
その際の火力の低さ。即ち装弾数と威力を両立できないのがバトルロイヤルにおけるアーンヴァルの弱点だった。
対戦では装弾数を犠牲にして威力を重視し、射撃の際に必中を期せばいいだけの問題だが、敵の数も多いバトルロイヤルではその戦法は通用しない。
故に廃れていったアーンヴァルだが、この敵はそうでは無いらしい。射撃の為に距離を置くような真似をせず、その速度を活かして一直線に突っ込んでくる。
「アーンヴァルが接近戦!?」
神姫の中では最も非力な部類に属するアーンヴァルが、強力なパワーアームを有するストラーフ型の自分に突っ込んでくる。その意図が分からず一瞬困惑するアイゼンだったが、その一瞬。ただの一瞬が致命傷になった。
「────!?」
衝撃を感じたと思った次の瞬間、アイゼンは自分が敗北した事を知った。
勝敗を定めるコンピュータが彼女の負けを宣告し、彼女の意識は闇へと落ちていく。
クレイドルの上で眠りに落ちる瞬間にも似た浮遊感。
久々に味わう敗北の感覚が脳裏に浮かび、その意識が、途絶えた。
そのバトルは、アイゼンが敗れた15秒後に、残りの一体を撃破したアーンヴァルの勝利となった。
「マスター、ごめん負けちゃった」
「ま、しょうがないよ」
そう言って苦笑するのは小柄な少年。島田祐一(しまだゆういち)。
近所の高校に通う高校生がアイゼンのオーナーだった。
「あんな戦法、思いついても実行に移す奴そうはいないって」
「……マスター……?」
「……ん?」
「……私、何で負けたの?」
「………………そっか、一瞬だったから分かんないか」
そう言ってノートパソコンを広げる祐一を見て、アイゼンも“お出かけ袋”の中からUSBケーブルを取り出す。
既に5年にもなる付きあいだ。この辺の呼吸は言われずとも分かっている。
祐一は手なれた様子でアイゼンのメモリーバンクにアクセスし、敗北の一瞬を映し出す。
「うわ、視界だとホントに一瞬だな。何も分からないや……」
「……申し訳ない……」
本日三度目になる謝罪を口にし、アイゼンは項垂れる。
「……ん~と。スローで見れば分かるかな? ほら、ここ」
「これ、……刀?」
アーンヴァル自身の身体の陰になってアイゼンからはよく見えなかったが、彼女は腰溜めに構えた刀を持っており、すれ違いざまに抜刀し切りつけていたようだ。
見ればなるほど、アイゼンのパワーアームも画像同様、見事に身体を庇った両腕が半ばから切断されている。
もしパワーアームで庇っていなければ頭部や胴体と言った中枢部はともかく、彼女自身の両腕くらいは同じ運命を辿っていただろう。
「ま、こんなリスクの高い戦法を使う奴なんて普通はいない。これだけの腕があれば、銃を使ってもっと安全に戦えるだろうに。何を考えてるのかね、こいつのオーナーは……」
「余計なお世話よ!」
不意に背後からした声に、祐一とアイゼンは同時に振り向く。
「誰?」
立っていたのは一人の少女。着ている制服は近所にある女子高のもの。
そして、首をかしげる祐一を半ば無視する形で、その少女は手にしていたバスケットを開いてみせる。
「あ!」
それが彼女の素性を何より弁明に物語っていた。
「あんた、この神姫の……」
「そうよ、伊籐美空(いとうみそら)。この子、フェータのオーナーよ」
「は、始めまして……」
バスケットからちょこんと顔を出す神姫は、先ほどアイゼンを切り捨てたアーンヴァルであった。
「……で、話ってなに?」
自販機で買ったジュースをチャプチャプ揺らしながら祐一は美空に問いかける。
すぐ傍には無言で見詰め合うアイゼンとフェータ。
話があるとドリンクコーナーまで引っ張ってきた美空自身は、しかし何も口にしてはいない。
そして、祐一の問いに彼女から返ってきた答えは実に単純明快。
「簡単よ。あたしのフェータと一対一で対戦なさい」
踏ん反り返って胸を張る美空。
あんまり胸は大きくないなー、などと思いながら祐一は言い返す。
「勝負ならさっき着いたろ。おかげさまでこっちはしばらく戦闘不能だよ」
祐一が親指で指した背後には、半壊したストラーフのパワーアームがある。
「ふん、そうね……」
それを見て、眉を寄せて考え込む美空。
くるくる変わる表情が見ていて飽きない。
「おっけー、明日まで待つわ。明日の3時にここで会いましょう」
「一晩で直るか!!」
無茶苦茶言い出した美空に思わず声を上げる祐一。
「直しなさい」
しかし美空はそう言いきって背を向ける。
「来なかったら、承知しないから……」
妙にドスの利いた台詞を残し、去ってゆくその後ろ姿を、祐一とアイゼンは呆然と見送った。
「あれ?」
聞きなれない声に目を向ければ、そこにはフェータと呼ばれたアーンヴァルが……。
「……って、ちょっと待て!! 神姫!! 神姫忘れてる!!」
「マスターぁ~。置いてかないでくださぃ~!!」
くるりと180度回頭。つかつかと戻ってきて、やっぱり忘れていたらしいバスケットにフェータを入れる美空。
「顔真っ赤」
「うるさいっ!!」
祐一の突っ込みに怒鳴って返すと、そのまま再び踵を返し早足で逃げるように立ち去る。
と、ドリンクコーナーの出口で一度振り向き祐一を見た。
「いいわね。明日の3時よ!! 絶ぇっ対に来るのよ!!」
「お、おう……」
祐一の返事を聞き届け、美空は今度こそ本当に立ち去った。
「………………」
「……ね、マスター?」
「……なに?」
「……これ、どうするの?」
アイゼンの視線の先は破壊されたパワーアーム。
もちろん一晩で直るような壊れ方ではない。
「……どうしよっか?」
修理の目処も立たないのに、迫力に負けて返事をした祐一の負けだった。
「とにかく近付いたら拙いんだよな」
自宅のパソコンで今日の戦闘データを解析しながら祐一が呟く。
傍らにはUSBケーブルで接続されたアイゼン。
彼女と一緒にその日の戦闘を解析するのは祐一の日課とも言える作業だったが、今日のそれはいつもより念入りに行っている。
もちろんフェータと言うアーヴァルタイプへの対処法を模索する為だが、その成果はどうにも芳しくない。
「んとね、あれと近接戦で戦うぐらいなら、サイフォス半ダースのほうが勝ち目ありそ」
アイゼンが口にしたのは近接最強を誇る騎士型の神姫。
ストラーフも比較的近接戦向きの神姫だが、サイフォスのそれには及ばない。
無論、アイゼンであれば並のサイフォスならば近接戦でも充分対処できる。そのアイゼンを一刀の元に切り捨てたという事は、フェータと呼ばれるあのアーンヴァルは並みのサイフォスタイプより遥かに強いと結論付けられるだろう。
「……近付くのは拙い。かと言って距離の選択権は速度が上の向こうにある訳だし……」
祐一はそこまで言って背もたれに寄りかかって天井を眺める。
「……だいたい、あのアーンヴァル素体もノーマルだよね?」
「ん」
う~ん。と考え込む祐一に首を傾げるアイゼン。
「マスター、何気にしてる?」
この辺の空気の読み方も付き合いの長さゆえ、だ。
「ほら、アーンヴァルがどんなに頑張って刀振り回した所で、ストラーフのパワーアームを切断できるわけ無いじゃん」
「あ!」
目を丸くするアイゼン。
確かにストラーフのパワーアームは頑丈さにも定評がある。
故にストラーフタイプと対戦するときには、いかにそのアームの下の神姫本体へ攻撃を通すか、という戦いになるものだが、今日の戦闘はその定石を根底から崩している。
それが、よりにもよって非力なアーンヴァルが、というのが腑に落ちない。
「当然、速度を質量に換算するとしてもあんな威力になるものかね……?」
ならない。
それが祐一の下した結論だった。
もちろんアイゼンも即座にシミュレートして同様の結果を得ている。
速度、重量、パワー。
全ての計算材料が揃っている筈なのに結果が合わない歯がゆさ。
何を見落としているのか分からない焦燥感が祐一を襲う。
と、そこへ。
「はろろ~ん。お姉ちゃん登場!」
酔っ払いが現れた。
「姉さん。ノックぐらいしてっていつも言ってるでしょ?」
「いつも言っても聞かないんだから、今日聞くわけ無いじゃん?」
「はぁ……」
人差し指をチッチッチッと振りながらそんな事をのたまう姉に、祐一は溜息をつくしかない。
「お帰り、雅」
「あ~ん、アイちゃん今日も超ぷりち~。お姉さんと一緒にお風呂入ろ~?」
アイゼンを抱き上げて頬擦りする酔っ払い、島田雅。
もちろんアイゼンは今USBケーブルでパソコンに繋がっているわけで……。
「んぁ?」
引っ張られて物音を立てたパソコンのディスプレイを雅は覗き込む。
そこには今まさに切りかかるフェータの姿。
「これって居合い抜きじゃない。へ~、神姫ってこんな事までできるんだ……」
「え、今なんて言ったの?」
「居合い抜きよ、い・あ・い・ぬ・き。お姉ちゃんを疑うつもり?」
「いや、そうじゃないけど」
「雅、いあいぬきって、何?」
アイゼンの質問に雅が答える。
「んとね、刀を使った剣術の一種で、元は不意打ちを受けたときにどれだけ早く抜刀して戦闘準備を整えるかって技術だったんだけど、そのうちに抜刀時の速度、つまり鞘から刀を引き抜いたときの勢いが生み出す威力に着目した人たちが、それ単体で独立した一つの技に仕立て上げたものよ。達人の抜刀術は甲冑を着込んだ人間を軽々と真っ二つにしちゃうってよく言うわよね」
「それだ!!」
「ん!」
思わず顔を見合わせる祐一とアイゼン。
人差し指と手の平でハイタッチ。
「……って、向こうの手札が分かったからって対処法を考えなきゃどうしょもないよな」
「ん」
我に返り気まずそうに見詰め合う。
「まあ、手札が読めたって事は、それを崩せば良い訳だ」
「だね」
ん~、としばし考え込む二人。
「あれ、かわせそう?」
「無理」
「近付かれないって言うのは」
「それこそ無理」
「だよな……」
例えアイゼンにアーンヴァルのウイングユニットを装備しても、アーンヴァルタイプの神姫であるフェータ以上に使いこなすのは不可能だろう。
「それじゃあ、ランスか槍で迎撃するって言うのは?」
「武器ごと切られなければ、いける……?」
「技量が問題か……」
「槍の類は使ったこと無いし」
「付け焼刃が通用するような相手でもないよな……」
「手羽焼き? ネギマのほ~がいい……」
「「……」」
振り返れば、祐一のベッドに頬ずりしながらヨダレをたらす酔っ払いが一名、居た。
[[第二話:刃と砲弾]]につづく
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