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第三十一話『ウツロナコエ』 - (2008/04/21 (月) 00:02:23) の1つ前との変更点
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「――――――――みっちゃん。頼みがあるんだ」
「はい? ・・・何かしら?」
北白蛇神社に隣接する湖のほとりで、アメティスタはこの神社の巫女である北白美里(きたしろ みさと)に話しかけていた。
美里は赤い袴をはためかせアメティスタの傍へと腰を下ろす。
「悪戯なら駄目よ?」
彼女は人差し指を立てアメティスタに注意する。
その仕草はなるほど、中々に魅力的で老人会の連中が夢中になるのも肯けよう。
「悪戯じゃないよ。・・・実はちょいと重要な話なんだ。・・・耳、貸して」
「・・・息吹きかけたりしたら駄目よ?」
「しないよ」
「耳はむはむも駄目ですからね?」
「・・・いや、結構真面目な話なんだけど。話すよ?」
アメティスタはそういうと美里に何かを伝える。
伝え終わると同時に美里は顔を青くした。
「まだ不確定だから・・・ただ今日一日はボクの傍にいて」
「・・・判ったわ」
*ホワイトファング・ハウリングソウル
*第三十一話
*『ウツロナコエ』
書斎で記四季は目を覚ました。
「・・・・・・・・・・」
どうも仕事中に寝てしまったらしい。机の上にはワープロソフトが起動したままのパソコンが置いてあった。
「・・・・・・・・・・あ、そうか。確か書き終わって・・・寝ちまったんだな」
そういいながら記四季はカレンダーを見る。
今日の日付に大きく赤丸がしてあるのを確認すると、記四季は机の一番上の引き出しを開ける。
そこには二つの箱があった。片方は薄くて小さな桐の箱、もう一方も桐の箱ながらこちらは少し大きい。記四季はその二つを手に取り、そのまま懐に入れるとファイルを保存しワープロソフトとパソコンの電源を落す。
「・・・迷惑かけたな。槇野、山仙」
そういうと、記四季は書斎を名残惜しそうに眺めて居間に向かう。
廊下を歩きながら記四季は考える。自分の体の調子はどうかと。
今までの事を考えると不思議なくらい調子がいい。この分だと今日一日はどうにか持ちそうな気がしないでもない。しかし・・・嵐の前の静けさと言うこともありえる。用心するにこしたことはないだろう。
記四季は懐に手を入れる。二つの箱の他に、筒状の何かが手に触れる。
それはアメティスタから貰った薬だった。危険なときに飲むように言われているが・・・効果の程は、はっきり言ってないよりはましな程度である。
「・・・今日の昼、彩女が狩りの偵察から帰って来てこいつをわたすまで・・・いけるか」
呟くと頷く。
そうして記四季は居間へと行こうとして・・・胸の激痛に膝をついた。
「―――――ガ ――――――――――――――は ―――――あ」
今までの痛みとは違う、死を意識するほどの激痛。
それはあまりにも突然で、鋼鉄の意思を持った記四季でさえも制御する暇も無かった。
記四季は飛びそうになる意識を無理やりに繋ぎとめ懐から薬ビンを取り出そうとするが、あまりの痛みにそのまま倒れこむ。
左手は胸を掻き毟り右手は薬ビンを探すが見つからない。
焦る心とは裏腹に意識は遠ざかっていく。もう繋ぎとめることすら出来そうにない。
懐を漁っていた記四季は最後に何かを掴み、渾身の力でそれを取り出す。すでに身体は言うことを聞かなくなりつつあった。
「――――――――――――――――――あ」
記四季が最後に掴んだものは、先程懐に入れた二つの木箱。
二つとも丁寧な造りをしたそれは、蓋に“彩女”と焼印が施されていた。
「――――――――――彩 ―――――――――女 ―――――――――」
薄れ行く意識の中、最後にはっきりと記四季は彩女の名を口にする。
それを最後に、木箱を掴んだ右手は力を失って落ちる。
その直前に、どこか遠くで獣が唸るような声が記四季の耳に届き、記四季の意識は闇に閉ざされた。
----
森の中、大きな木の上で彩女は地上を見下ろしていた。
その真下では二頭の猪が平然と歩いている。
「・・・・・・・親子、ですね」
彩女はそういいながら頭の中の地図に印を書き込む。彩女と記四季は、子供のいる固体は狩らないことにしていた。
適当に狩って全滅したのでは元も子もないし、なにより寝覚めが悪いかららしい。
「・・・西には猪、東には熊と魚、南には鳥、北には野菜と果物と鹿・・・と」
背伸びをしながら彩女は呟く。
「とりあえずはこんな所でしょうか」
彩女はそういうと木の枝から枝へと飛び移る。
その様は狼というより化生の類であるが、当の彩女はひたすら飛び移り北へと進む。
少し寄り道して記四季に何か果物を持っていくつもりらしい。彼女の体躯からして持ち運べるものには限度があるが、さくらんぼ等なら問題は無い。
そうして辿り着いた桜の木から、彩女は一番いい匂いのするさくらんぼを三つほど見繕いもぐ。
「・・・うん。おいしそうです」
彩女はそういうとさくらんぼを背負うともと来た枝へと跳躍する。
あとは一直線に屋敷へと帰るだけだった。
帰宅したときの記四季の顔を思い浮かべるだけで、彩女の白い頬に微笑が浮かぶ。
彼はなんだかんだいってそっけない態度をとることが多いが、その実世話焼きで心配性である。その証拠に帰宅するといつも安心した顔をする。本人は気づかれていないつもりらしい。
「・・・本当に、不器用な方」
いいたい事があるなら言えばいい。自分はいつだってそばにいて、貴方の言葉に耳を傾けるのに ―――彩女はそう思う。
と、そうこうしている内に屋敷へと辿り着いた。
「・・・?」
枝の上で彩女は首を傾げる。
いつもなら記四季の立てる物音が、本当に小さな音ながら聞こえてくるのに、今日に限って屋敷は沈黙に包まれていた。
「・・・寝ていらっしゃるのでしょうか?」
特に気に留めず地面に降り門をくぐる。
そのまま引き戸を少しだけ開け中に入ると足を拭き、玄関へと上がる。
真っ直ぐに居間へと向かうが・・・そこには誰もいなかった。
「・・・・・・主?」
彩女はさくらんぼを踏まれない位置におくと、記四季の寝室へと向かう。
しかしそこにも記四季はいない。
「・・・主?」
とってかえし厠、風呂場、囲炉裏のある部屋や空き部屋も探すが記四季の姿はどこにも見当たらない。
彩女は焦る。
どうして記四季がいないのかと。
そうして彼女は唯一探していなかった書斎へと足を踏み入れる。
「主?」
記四季の存在を問う彩女の声は・・・書斎の闇に空しく反響して消えた。
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「――――――――みっちゃん。頼みがあるんだ」
「はい? ・・・何かしら?」
北白蛇神社に隣接する湖のほとりで、アメティスタはこの神社の巫女である北白美里(きたしろ みさと)に話しかけていた。
美里は赤い袴をはためかせアメティスタの傍へと腰を下ろす。
「悪戯なら駄目よ?」
彼女は人差し指を立てアメティスタに注意する。
その仕草はなるほど、中々に魅力的で老人会の連中が夢中になるのも肯けよう。
「悪戯じゃないよ。・・・実はちょいと重要な話なんだ。・・・耳、貸して」
「・・・息吹きかけたりしたら駄目よ?」
「しないよ」
「耳はむはむも駄目ですからね?」
「・・・いや、結構真面目な話なんだけど。話すよ?」
アメティスタはそういうと美里に何かを伝える。
伝え終わると同時に美里は顔を青くした。
「まだ不確定だから・・・ただ今日一日はボクの傍にいて」
「・・・判ったわ」
*ホワイトファング・ハウリングソウル
*第三十一話
*『ウツロナコエ』
書斎で記四季は目を覚ました。
「・・・・・・・・・・」
どうも仕事中に寝てしまったらしい。机の上にはワープロソフトが起動したままのパソコンが置いてあった。
「・・・・・・・・・・あ、そうか。確か書き終わって・・・寝ちまったんだな」
そういいながら記四季はカレンダーを見る。
今日の日付に大きく赤丸がしてあるのを確認すると、記四季は机の一番上の引き出しを開ける。
そこには二つの箱があった。片方は薄くて小さな桐の箱、もう一方も桐の箱ながらこちらは少し大きい。記四季はその二つを手に取り、そのまま懐に入れるとファイルを保存しワープロソフトとパソコンの電源を落す。
「・・・迷惑かけたな。槇野、山仙」
そういうと、記四季は書斎を名残惜しそうに眺めて居間に向かう。
廊下を歩きながら記四季は考える。自分の体の調子はどうかと。
今までの事を考えると不思議なくらい調子がいい。この分だと今日一日はどうにか持ちそうな気がしないでもない。しかし・・・嵐の前の静けさと言うこともありえる。用心するにこしたことはないだろう。
記四季は懐に手を入れる。二つの箱の他に、筒状の何かが手に触れる。
それはアメティスタから貰った薬だった。危険なときに飲むように言われているが・・・効果の程は、はっきり言ってないよりはましな程度である。
「・・・今日の昼、彩女が狩りの偵察から帰って来てこいつをわたすまで・・・いけるか」
呟くと頷く。
そうして記四季は居間へと行こうとして・・・胸の激痛に膝をついた。
「―――――ガ ――――――――――――――は ―――――あ」
今までの痛みとは違う、死を意識するほどの激痛。
それはあまりにも突然で、鋼鉄の意思を持った記四季でさえも制御する暇も無かった。
記四季は飛びそうになる意識を無理やりに繋ぎとめ懐から薬ビンを取り出そうとするが、あまりの痛みにそのまま倒れこむ。
左手は胸を掻き毟り右手は薬ビンを探すが見つからない。
焦る心とは裏腹に意識は遠ざかっていく。もう繋ぎとめることすら出来そうにない。
懐を漁っていた記四季は最後に何かを掴み、渾身の力でそれを取り出す。すでに身体は言うことを聞かなくなりつつあった。
「――――――――――――――――――あ」
記四季が最後に掴んだものは、先程懐に入れた二つの木箱。
二つとも丁寧な造りをしたそれは、蓋に“彩女”と焼印が施されていた。
「――――――――――彩 ―――――――――女 ―――――――――」
薄れ行く意識の中、最後にはっきりと記四季は彩女の名を口にする。
それを最後に、木箱を掴んだ右手は力を失って落ちる。
その直前に、どこか遠くで獣が唸るような声が記四季の耳に届き、記四季の意識は闇に閉ざされた。
----
森の中、大きな木の上で彩女は地上を見下ろしていた。
その真下では二頭の猪が平然と歩いている。
「・・・・・・・親子、ですね」
彩女はそういいながら頭の中の地図に印を書き込む。彩女と記四季は、子供のいる固体は狩らないことにしていた。
適当に狩って全滅したのでは元も子もないし、なにより寝覚めが悪いかららしい。
「・・・西には猪、東には熊と魚、南には鳥、北には野菜と果物と鹿・・・と」
背伸びをしながら彩女は呟く。
「とりあえずはこんな所でしょうか」
彩女はそういうと木の枝から枝へと飛び移る。
その様は狼というより化生の類であるが、当の彩女はひたすら飛び移り北へと進む。
少し寄り道して記四季に何か果物を持っていくつもりらしい。彼女の体躯からして持ち運べるものには限度があるが、さくらんぼ等なら問題は無い。
そうして辿り着いた桜の木から、彩女は一番いい匂いのするさくらんぼを三つほど見繕いもぐ。
「・・・うん。おいしそうです」
彩女はそういうとさくらんぼを背負うともと来た枝へと跳躍する。
あとは一直線に屋敷へと帰るだけだった。
帰宅したときの記四季の顔を思い浮かべるだけで、彩女の白い頬に微笑が浮かぶ。
彼はなんだかんだいってそっけない態度をとることが多いが、その実世話焼きで心配性である。その証拠に帰宅するといつも安心した顔をする。本人は気づかれていないつもりらしい。
「・・・本当に、不器用な方」
いいたい事があるなら言えばいい。自分はいつだってそばにいて、貴方の言葉に耳を傾けるのに ―――彩女はそう思う。
と、そうこうしている内に屋敷へと辿り着いた。
「・・・?」
枝の上で彩女は首を傾げる。
いつもなら記四季の立てる物音が、本当に小さな音ながら聞こえてくるのに、今日に限って屋敷は沈黙に包まれていた。
「・・・寝ていらっしゃるのでしょうか?」
特に気に留めず地面に降り門をくぐる。
そのまま引き戸を少しだけ開け中に入ると足を拭き、玄関へと上がる。
真っ直ぐに居間へと向かうが・・・そこには誰もいなかった。
「・・・・・・主?」
彩女はさくらんぼを踏まれない位置におくと、記四季の寝室へと向かう。
しかしそこにも記四季はいない。
「・・・主?」
とってかえし厠、風呂場、囲炉裏のある部屋や空き部屋も探すが記四季の姿はどこにも見当たらない。
彩女は焦る。
どうして記四季がいないのかと。
そうして彼女は唯一探していなかった書斎へと足を踏み入れる。
「主?」
記四季の存在を問う彩女の声は・・・書斎の闇に空しく反響して消えた。
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