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ドキドキハウリン その6 - (2006/10/26 (木) 16:40:23) の最新版との変更点
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黒くて長い、綺麗な髪を風に遊ばせながら。
「じゃあねー」
呆然としたままの僕の目の前、無邪気な言葉と共に、アルミサッシがぴしゃりと閉まる。
「…………」
その姿を見送って、ボクはため息をひとつ。
どっと疲れた体を引きずるように、下の階へ。
「父さんが帰ってくる前で良かったな……」
階段に差し掛かったところで、踊り場の鏡に僕の姿が映り込んだ。
「…………」
そこに映るのは一人の女の子だった。
膝頭まで伸びた長い髪に、フリルのたっぷりと付いた甘いドレス。どこか幼さを残した顔は、物憂げに沈んでいる。
「…………はぁ」
もう一度、ため息。
沈んだ気持ちのまま、階段を下りる。
「喉……乾いたな」
とりあえずジュースでも飲もう。確か、買い置きが冷蔵庫の中に残ってたはず……。
玄関に面する階段を下りきったところで。
「ただいまー」
「……あ」
ボクは、三度目のため息をつくハメになった。
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その6
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ボク……鋼月十貴は女装姿のまま、居間のソファーに腰を下ろしていた。
荷物を片付ける事もなく。父さんはタバコをくわえ、僕の前に腰掛けて沈黙を守ったまま。
「……十貴」
二本目を吸いきったところで、ようやくボクの名前を呼んだ。
「はい」
「父さん、お前の趣味をどうこう言うつもりはないが……」
言いながら、三本目のタバコに火を点ける。
「い、いやだから誤解なんだって……」
いきなり押しかけてきた静姉が無理矢理……。
「その似合いようは何というか、別の意味で犯罪なんじゃないか?」
…………。
「その考え方が犯罪だよ……」
ああ、うちの親ってそういう考えする人だったよなぁ。蛍光灯の光を弾くカップボードをぼんやりと眺めながら、ボクは……
「そうか……十貴にそんな趣味がなぁ……」
ってちょっと。
「父さん、人の話を聞かないってよく言われるでしょ」
しかも遠い目でそんな事言われても。
「まあ、丁度良かった」
「意味分かんないよ!」
ボクの言うことを完璧に無視して、父さんは傍らに置いてあった荷物をガサガサと漁り始める。
「そんなに女の子っぽいことが好きなら、これを十貴に貸してやろう。しっかり遊びなさい」
テーブルに置かれたのは、ちょっとした大きさの箱だった。秋葉原のオタク博物館で見た、黎明期のパソコンソフトのパッケージや、DVD-BOXくらいの大きさがある。
パッケージは真っ白で、何の表記もない。『武装神姫ストラーフ(仮)』ってマジックで書き殴られてるから、これが正式なパッケージってワケじゃないみたい……まさか。
「これ、記事にするから借りてきたとかそういうオチじゃないの?」
「さすが我が息子。察しが早い」
ボクの父さんは、玩具関連のライターをしている。発売前の評価記事を書くために、メーカーや出版社から発売前の商品を借りてくることも多い。
問題なのは、その細かい評価を自分自身じゃなくてボクにさせることなわけで。
「まあいいから、開けてみろ」
恐る恐るフタを開けてみれば……。
「ボク、さすがにこの歳で人形遊びする気はないよ?」
中にあったのは、十五センチほどの人形だった。ボクが開けたフタは中身を確認するためのものらしく、ここを開けても人形本体を取り出すことは出来ないようになっている。
随分と厳重な作りだな。
「うーん。その年で人形遊びする息子がいたら、いくらお父さんに理解があっても困っちゃう気がしないでもない」
あんまり違わないでしょ、父さんも。
「というわけで、たっぷり遊んで、しっかり感想を聞かせてくれたまえ」
「いやだから感想というか、それをするのが父さんの役割じゃないの……?」
「俺、超合金モノ専門だもん。1/12自律駆動スコープドッグのレビューなら嬉々としてやってたよ」
あー。
そういえば、ボクのアドレスに予約受付のメールが来てたっけ……一人一個制限って書いてあったハズだけど、だったら一体何個買ったんだ? この親は……。
「ならこんな仕事取ってこないでよ……」
「お世話になってる編集さんの紹介だったんだから仕方ないだろ。ほら、楽しく遊ばないと来月の小遣いやらねえぞ」
「うわきたなっ!」
遊ばないと小遣い抜きっていう親も日本でそう何人もいないと思うけど、この場合仕事が掛かってるからな。
「へへーん。汚くて上等だもんねー」
「……分かったよ、もぅ」
まあ、家計のためだ。
ボクが四度目のため息をついたのは、言うまでもない。
「武装神姫、ねぇ」
部屋に戻って件の白い箱を開けると、中に入っていたのは随分と厳重な構造のプラスチックケースだった。
「……ブリスターじゃないのか」
オープンスイッチらしいボタンを押すと自動でケースのふたが開く。
中にあるのは、武装神姫とかいうフィギュアと、ちょっとした厚さのある取扱説明書。
フィギュアを確かめるのは後にして、とりあえず取説を手にしてみる。
「へぇ。AIが載ってるんだ……」
概要を斜め読みすると、どうやら武装神姫ってのは、AIで自律駆動する画期的なフィギュアらしい。
「……その辺のPCより良いプロセッサ使ってるんだ。それがこの値段……ねぇ」
まあ、スペックだけで言えばゲーム機あたりも似たようなもんだしな。戦闘も出来るみたいだし、その辺りの付属品で利益を上げるシステムなんだろう。
「やっぱりカスタムありか……」
くいくい。
何となく袖が引っ張られた気がするけど、気のせいだよなって……。
「え?」
くいくい。
袖の方を見てみれば、ボクの袖を引っ張っているのはケースの中で横になっていたはずの神姫だった。
「あれ、起動してたんだ?」
箱を開けると自動起動するようになってるのか……。
取説をぱらぱらと繰っていくと、中頃にようやくそれらしき事が書いてあった。
「……あのさぁ」
あ、喋った。
結構流暢に喋るんだな。さすがいいAIを積んでるだけはある。
「何?」
「せっかくあたしが起動したってのに、いきなりスルーはないだろ普通」
「……そんなもんなの?」
「当たり前だろっ!」
なんか怒られたよ?
「こう、なんていうかだね! 初めましてとか、うわぁすごい人形が動いたとか、もうちょっとドラマチックなイベントとかそれっぽいのがあるだろ普通っ!」
十五センチの女の子は、両サイドのおさげを逆立てて力説する。
「ふーむ」
まあ、取説読んでる途中だったしねぇ。
というか、自動起動するなら自動起動するって警告がないと、分かんないよなこれ。
「……じゃあ、やり直す?」
「一度初期設定が終わったらやり直しは流石に無理だわ。メモリリセットしなくちゃなんねぇし」
「んー。そっかー」
初期設定も自動で終わっちゃうのね。
まだ評価機段階だし、製品版だと仕様も変わるのかなぁ。
「とりあえず、マスターがこんな可愛い女の子で良かったよ。ちったぁ、生まれてきた甲斐があったってもんだ」
「……ん?」
神姫の言葉に、ボクは神姫の瞳をじっと覗き込んだ。
「どうかしたのか?」
レンズの瞳に映るのは、長い髪を持つ女の子。
「ああ」
そうか、着たままだったんだっけ。
ようやくその事を思いだしたボクはウィッグを取り、黒い神姫に微笑みかけた。
「ボクは鋼月十貴。れっきとした、男の子だよ」
「なにぃぃっ!?」
その瞬間、ボクの頭に衝撃が走った。
「ふえっ!?」
神姫がテーブルを蹴り、こちらにパンチを叩き込んできたのが分かったのは、彼女がボクの髪の毛に掴まって態勢を整えようとしていたからだ。
「ちょ、ちょっと、ロボット三原則はっ!?」
「そんなの知るかっ! ガンダムファイト国際条約なら入ってるけど!」
それなら、頭部攻撃は禁止なんじゃ……。
「そんなことよりテメェっ! 男なら、もうちょっと男らしい格好しろってんだっ!」
ボクの胸元を器用に踏みしめ、胸ぐらを掴み上げて神姫は叫ぶ。
「い、いや、これには深いわけが……」
「問答無用っ! いいからそこに直れっ!」
「は、はひっ!」
反射的に正座。
し、神姫ってこういうモンなの……?
一時間ほどの説教の後。
「……で、神姫ってそういうモノなんだ」
男らしさから神姫が何たるモノかまでしっかり叩き込まれたボクは、本日何度目になるか分からないため息をついた。
とりあえず、後で部屋に『中立地帯』って張り紙しとこう……その張り紙があれば戦闘禁止らしいし……。
「テメェ知らねえで買ってきたのか! っていうか、よく考えたらまだあたしの発売日前じゃねえか! かわいー顔してくるクセに裏ルートでフラゲヒャッホイかこら! 良い根性してるじゃねえか!」
再び胸ぐらを掴み上げられる。
「ち、ちがっ!」
十五センチのオモチャとは思えない力に、さすがのボクも悲鳴を上げてしまう。
その時、ボクの部屋の扉がぎぃと開いた。
「ああ、早速起動したみたいだね」
父さん……なんてものを押し付けてくれたんだよ。
「お。アンタがコイツの親父さんか?」
「そうだよ。発売前だけど、発売前のレビュー書くんでメーカーから貸してもらったんだ」
父さんの言葉に、神姫の腕から力が緩む。
「…………あ、そうなんだ」
「だから言ってるじゃん……」
けほけほと咳き込むボクの胸元からひょいと飛び降り、フローリングの床に音もなく着地。
「そうとは知らず、大変失礼いたしました」
深々と、頭を下げる。
父さんに向かって。
「今頃そんな事言っても遅いよ……」
え? 謝るのはボクの方じゃないの……?
居間のカップボードの上で、黒い神姫は思わず叫び声を上げていた。
「おおーっ! こいつぁすげえ!」
ボードの上をとてとてと歩き、並べられているモノに一つ一つ大げさに反応していく。
「ほぅ。分かるかね」
父さんもまんざらじゃ無さそうだ。
そりゃそうだろう。
「あったり前じゃないですか! あたしのデータベースに、最初からプリセットされてますし!」
居間のカップボードに並べられているのは、皿や賞状なんかじゃなくて、フィギュアやロボットの群れだった。
父さんの玩具ライターは、趣味が昂じての仕事。趣味と実益を兼ねたコレクションが居間に並んでても、別段不思議じゃあないけれど……。
知らずに来たお客さんや家庭訪問に来た先生が軒並みドン引きするのだけは、勘弁して欲しい。
「あたし達のコンセプトは、この大先輩がたから生まれたんですから!」
モヒカン黒目の格闘家らしいフィギュア(ヒドラなんとかって台座に書いてあったけど、そのキャラをボクは知らない)から額宛てを引っぺがしながら、神姫は誇らしげに胸を張る。
どうでもいいけど、その暴挙は先輩に対する態度じゃないような気がするよ。
「その辺りは残念ながら、再販分だけどね」
「それでも二十年以上前のレアものでしょ? それに、これは本放送時には発売されなかったような……」
「おおーっ、分かるかね!」
父さんの影響でロボットやアニメは嫌いじゃないけど、この手の深い話にはついていけない。
「いいねぇ超合金。あたしもプラスチックの塊じゃなくて、どうせならこんなのに生まれたかったなぁ」
今度はドリルとショベルが両手に付いたロボットを見上げながら、惚れ惚れと呟いている。
傍らには専用武器らしい金ピカの剣が立て掛けてあるけど、両手がドリルとバケットでどう使うんだろう……。
「まあ、俺は仕事があるから、ゆっくり見ていって…………」
父さんは機嫌良くそこまで言いかけて……
「どうしたんです?」
「そうだ十貴。この子の名前、何てぇの?」
「あ。忘れてた」
そういえば初期設定で名前決めろってあったっけ。ネット登録が絡んでたから、すっかり忘れてた。
「そんな大事なこと忘れんなこの野郎っ!」
ボクの頭に神姫の蹴りが飛んだのは、言うまでもなかった。
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/120.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/122.html]]
「ココ……」
閉ざされた意識の中に、声が響き渡る。
「ココ……」
涼やかな、優しい声だ。
「……誰?」
闇の中、私の声が小さく響く。
答えるように浮き上がったのは、白い細身の体と、それとは対照的な大きな翼。
アーンヴァルに似ていると、何となく思った。
「私はプリンセス・ブルーム。魔法世界ドキドキ☆ワールドを治める者です……」
大きな翼が揺れるたび、小さな白い羽根がひらひらと闇を舞う。
「……何でそんな人が」
輝く白い羽根に照らされて、花の姫君を名乗った神姫は物憂げな顔を見せる。
「時間がないのです。貴女に、この力を託したい……」
「力?」
思わず言葉を反芻すれば。
腕の中に生まれたのは、細く長い輝き。
「これは……」
腕先ほどの長さのある、短めの杖だ。
そっと掴めば、驚くほどに軽い。
「このドキドキ☆ロッドで、貴女は魔法を使える姿に変身することが出来るようになります……」
「え、あ、ちょっと!」
何この展開。っていうかまさか!
「変身したときの名は……」
ブルームの朱の唇は、思ったとおりの名を紡ぎ……。
「いやあああああっ!」
そこで、私は目が醒めた。
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**魔女っ子神姫ドキドキハウリン
**その6
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「何だったんだ、今の……」
夢……だったらしい。
「嫌な夢……」
私達も夢くらい見る。休眠時にコアが不要な情報を処理する残滓が、私達にありえない光景を見せるのだ。
もっとも普段は、日常生活の取り留めもない絵がぼんやりと浮かぶだけなのだけれど。
「静香ぁ」
こういう変な夢を見たときは……。
クレードルを兼ねたベッドを見れば、案の定データ転送用のケーブルが伸びている。
「ああ、ごめんなさい。起こしちゃった?」
ケーブルの先にあるのは、パソコンに向かう静香の姿。
「それはいいんですが……私が寝てる間に勝手にプログラムインストールするの、やめてくれません?」
「また夢の話?」
「はい。なんだかとんでもない夢を……」
「へぇ。どんな夢だったの?」
まずい。静香の目がキラキラと輝いている。
「……言いたくありません」
「聞きたいなぁ」
「ダメですってば」
「……くすん。いじわる」
「泣いてもダメですよ」
「ちぇー」
ほら、やっぱり嘘泣きなんだから。
「で、何のプログラムなんです?」
「ふふっ。今回のはちょっと自信作よ」
こっちを向いて、静香はにこにこと笑っている。
「自信作……ねぇ」
貴女がそこまで楽しそうな時って、決まってロクなことがないんですが……。
「ココ……」
静香から差し出されたのは、黒光りする細長い物体だった。
「また、ですか? 私、これ嫌いなんですけど……。クレードルに寝たままでいいじゃないですか」
大きくて、固くて、太い。
その上、苦かったりするし。
「だって、こっちの方が可愛いんだもん。ね?」
「はい……」
何だかんだで、静香には逆らえない。
私は言われるがままそれを受け取り、先端にちろりと舌を触れさせた。
「ぺちょ……」
……ほら。お世辞にも、美味しくなんかない。
「よく舐めないと、痛いわよ?」
「分かってますよ……ちゅぱ、ちゅぷ……」
両の手のひらで包み込み、ゆっくりと舐めねぶりながら、先端から少しずつ根本へと移動していく。上側だけでなく、裏側や先端に開いた穴にもちろちろと舌を擦り付ける。
「んふっ!」
押さえすぎたか、両手の中でそれが跳ねた。暴れるそれは私の唾液の飛沫を散らし、私の顔をしたたかに打ち付ける。
痛くはないけど、私の頬に自身の唾液がべったりとこびりつく。
「ほらほら、慌てちゃダメよ?」
大人しくなったそれを苦々しく思いながら、再び舌を触れ合わせる。
「はひ……はむ、ちゅぷ、くちゃ……」
やがて私は、固いそれを口の中へと導き入れていた。
どうやら向こうは準備万端らしい。触れた舌先には、時折チリチリとした甘い痺れが伝わってくる。
「ふふっ。そんなに頬ばって……ホントは、大好きなんじゃないの?」
「んむぅ……そん、な……ぺちょ、ことぉ……」
一心に舌を這わせる私の頬を、静香の指がそっと撫でてくれた。それが何だか嬉しくて……
「ちゅぷ、静香ぁ……そんな、広げちゃ…んちゅ……」
って、それって私の唾液を塗り広げてるだけじゃないですか。
「だって、エッチなココがすごく可愛いんだもの」
「エッチじゃ…あむ…ないれすぅ……」
「でもそれ咥えてるときのココ、とっても嬉しそうよ?」
「んぁ……っ!」
静香の言葉に、慌てて口から吐き出した。
私の唇と先端の間を、とろりと銀色の橋が繋いでいる。
「ほら。そんなに糸引くまで舐めちゃって」
「だって……私の口には…大きすぎますし……あ……」
紡がれた言葉と共にぷちりと銀糸が途切れ、滴る雫が私のおとがいを汚していく。
「だって、それしかないのだもの」
「…………エルゴに売っているはずですが」
私の言葉にも、静香はうーんと唸ったっきり、応じる気配がない。
「確か、千円もしなかったはずです」
「ココも気持ちよさそうだし、私も見てて楽しいし、別にいらないかなぁ……ね?」
「ね、じゃありませんよ……」
「さしあたり、今日は諦めて頂戴。それだけ濡れてれば大丈夫でしょ?」
「……はぁ」
こんな時間にお店を開けてもらうわけにもいかないし、まあ、仕方ないのは確かだ。
私は舌の汎用コネクタに、潤滑剤を兼ねた接点復活剤を擦り付けたUSBケーブルを接続する。miniBのコネクタといえど、小さな私の口には余るほどに大きく、太い。
神姫専用のUSBコネクタなら、ここまで苦労することはないのだけれど……。
「接続チェック、OKれす」
もごもごと答えると。
「じゃ、行くわよ」
私の舌先に、痺れるような電子情報の波が押し寄せてくる……。
「……音楽ファイルですか? これ」
メモリの中に落ち込んでいくデータをざっと確かめながら、私は静香にそう問うた。
「ええ」
「この手の情報の処理が苦手なの、静香は知ってるでしょう?」
神姫の頭脳ともいえるコアユニットは、同じコンピュータでもパソコンのCPUとは構造が根本的に異なる。人間の思考を真似ることに特化しているぶん、パソコンのように大量の単純情報を扱う作業には向いていないのだ。
だから神姫やロボットが実用化されたこの時代でも、ノート代わりのコンピュータは存在するし、神姫同士の対戦には昔ながらのコンピュータのサポートが必要になる。
私達は高速移動する相手神姫を識別し、ライフルを撃ち込むのは得意だが……表示されているポリゴンにテクスチャーを貼るのは苦手なのだ。
「分かってるけど、これくらいなら出来るでしょ?」
「そりゃまあ、コンピュータですから」
まあ、苦手なだけで、全く出来ないわけではないけれど……。
「じゃ、さっき入れたソフト、試してみて」
「はぁ」
ヒュゥン……。
先程インストールされたソフトを起動させれば。
「あ……」
右足に接続されていた小型スピーカーから聞こえてきたのは、緩やかなメロディ。
「歌ってみて、ココ」
「……え?」
だって、こんな歌知らな……
「Amazing Grace How sweet the sound……」
そう思った私の口から流れ出たのは、喋れないはずの英語の歌詞だった。
伸びやかに、時には優しく囁くように。歌っている自身が驚くほど、私は『私の知らない歌』を歌いこなしている。
どうやらこのソフト、ちょっとした音楽解析ソフトのようだった。歌詞と歌唱パターンを抜き出して、私が歌えるようにしてくれるらしい。
確かに、この手の曖昧な判断はパソコンよりも我々の得意分野だ。
「Than when we'd first begun……」
「成功ね」
歌い終わって一礼した私を迎えてくれたのは、静香の満面の笑みだった。
でも……。
「静香……私にカラオケでもやらせるつもりですか?」
面白いソフトだが、そのくらいしか用途が思い浮かばない。
けれど、カラオケがしたいならカラオケボックスに行けばいいし、静香の部屋にも音楽の再生できるパソコンやコンポがちゃんとある。
そもそもこんな大仰なソフトに頼らなくても、神姫だって歌くらい歌えるのだけれど。
「ん? 気分転換したいとき、ココの歌を聴かせて欲しかったからさ。ちょっと作ってみたの」
「……静香」
「でも、何十曲も覚えるの、大変でしょ?」
言ってくれれば、そのくらいいくらでも練習しますよ……。
「というわけで、プレイリストの二番、リクエストしたいなぁ」
まあ、静香が喜ぶのを見るのは、悪い気分じゃない。
それに、プロ並みの歌が歌えるのも、正直ちょっとだけ楽しかったりする。
「はいはい」
一緒に転送されていたリストから、二番目に書いてあった曲を呼び出し、即座に再生。
鳴り響いたのは、先程とはうって変わって軽快なテンポ。ロックンロールだ。
フォローソフトが私の思考よりも早く歌を解析し、リズムに合わせて私に歌詞を教えてくれる。なるほど、これはカラオケボックスよりも便利かも……
「私はメイド☆ あなたのメイド☆ 掃除 洗濯 お料理 セッk……ってこのアブノーマルな歌なんですか静香っ!」
「えー。なんでそこでやめちゃうのよぅ。そこからが聞きたいのにー」
結局、私にそういうこと言わせたかっただけじゃないですかっ!
……静香のバカ!
[[戻る>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/125.html]]/[[トップ>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/118.html]]/[[続く>http://www19.atwiki.jp/shinkiss_matome/pages/227.html]]
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