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ドキハウBirth その7 前編 - (2007/07/15 (日) 03:32:40) の編集履歴(バックアップ)
「あ、はいっ!」
与えられた名を呼ばれ、少女は声の方に振り返った。
けれど、声はすれども、そこに主の姿はない。
バイザーの向こうに見えるのは、一面の黒……闇だけだ。表示モードを赤外線か電探に切り替えようかと思ったその時、再び背後から名を呼ばれる。
「はい?」
再び振り向けば、そこにあるのは闇だけではなかった。
闇の一角を切り取ったように浮かぶのは、黒塗りの鞘に納められた、ひと振りの大太刀。
「あの……わたし……」
彼女のシステムに剣撃のモーションデータは組み込まれていない。軍用ナイフのデータならあるにはあるが、流用することは出来そうになかった。
けれど、主が与えてくれた武器だ。
そっと手に取り、引き抜いて。
「……ひゃっ!」
慣れぬ動きで構え、ひと振りしてみた所でバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまう。
小さな嘆息と共に手の中から消える、黒塗りの大太刀。
「今度は……これ、ですか?」
次に現われたのは、身ほどもある大斧だった。
「……はい。やってみます」
よたよたと抱え上げ、大きく振りかぶってはみるものの……自重を超えるその重みに後ろへ引きずられてしまい、そのまま取り落としてしまう。
ため息と共に、大斧も闇の中へ。
「……はい!」
次に現われたブーメランは、投げてはみたが戻ってこなかった。
ため息と共に、次の武器が現われて……。
与えられた名を呼ばれ、少女は声の方に振り返った。
けれど、声はすれども、そこに主の姿はない。
バイザーの向こうに見えるのは、一面の黒……闇だけだ。表示モードを赤外線か電探に切り替えようかと思ったその時、再び背後から名を呼ばれる。
「はい?」
再び振り向けば、そこにあるのは闇だけではなかった。
闇の一角を切り取ったように浮かぶのは、黒塗りの鞘に納められた、ひと振りの大太刀。
「あの……わたし……」
彼女のシステムに剣撃のモーションデータは組み込まれていない。軍用ナイフのデータならあるにはあるが、流用することは出来そうになかった。
けれど、主が与えてくれた武器だ。
そっと手に取り、引き抜いて。
「……ひゃっ!」
慣れぬ動きで構え、ひと振りしてみた所でバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまう。
小さな嘆息と共に手の中から消える、黒塗りの大太刀。
「今度は……これ、ですか?」
次に現われたのは、身ほどもある大斧だった。
「……はい。やってみます」
よたよたと抱え上げ、大きく振りかぶってはみるものの……自重を超えるその重みに後ろへ引きずられてしまい、そのまま取り落としてしまう。
ため息と共に、大斧も闇の中へ。
「……はい!」
次に現われたブーメランは、投げてはみたが戻ってこなかった。
ため息と共に、次の武器が現われて……。
「は、はいっ! 次ですね!」
そのやり取りが、どれだけ繰り返されただろうか。
現れた武器は、知っている物も少しはあったが、使い方はおろか持ち方さえ分からない物のほうが圧倒的に多かった。少女はそれでも、分からないなりにひとつひとつを構え、操ろうとしてみせる。
けれど、下される評価は、どれもひとつのため息ばかり。
「つ、次は……?」
円盾に大きな角が互い違いに付いた武器……少女は構え方はおろか、名前すら知らなかった……が闇に消え。
振り向いても、次の武器は現れなかった。
少女の聴覚センサーに届くのは、冷たいため息がひとつと。
「……もう、いいよ」
がたり、と椅子から立ち上がる音がして。
「……きゃっ!」
闇の中から現われた巨大な手が、少女を乱暴に掴み上げた。
ずしずしと大股で歩を進めるたび。十五センチの小さな体には限界以上の衝撃がのしかかり、過剰負荷を示すアラートが少女の頭の中に響き渡る。
「痛い! 痛いです! マスター!」
少女は警告にクラクラする頭で必死に叫ぶものの、大きな手が力を緩める気配はない。
やがて、全身の痛みと警告で意識が朦朧とし始めた頃。
ふい……と力が弱められ。
小さな体は、ガラスのショーケースの上に乱雑に放り投げられた。どうやら、ジョイントのいくつかが壊れてしまったらしい。おかしな方向にねじ曲がった肢体は、力を入れようとしても反応が返ってこない。
「あ……ます……た……」
警告のアイコンに彩られたバイザーの内側。涙と痛みに歪む視界に、不機嫌そうな少年の顔が映っている。
への字に歪んだ口が、苛立ちの籠もった言葉を吐き出して。
「これ、返品します」
そのやり取りが、どれだけ繰り返されただろうか。
現れた武器は、知っている物も少しはあったが、使い方はおろか持ち方さえ分からない物のほうが圧倒的に多かった。少女はそれでも、分からないなりにひとつひとつを構え、操ろうとしてみせる。
けれど、下される評価は、どれもひとつのため息ばかり。
「つ、次は……?」
円盾に大きな角が互い違いに付いた武器……少女は構え方はおろか、名前すら知らなかった……が闇に消え。
振り向いても、次の武器は現れなかった。
少女の聴覚センサーに届くのは、冷たいため息がひとつと。
「……もう、いいよ」
がたり、と椅子から立ち上がる音がして。
「……きゃっ!」
闇の中から現われた巨大な手が、少女を乱暴に掴み上げた。
ずしずしと大股で歩を進めるたび。十五センチの小さな体には限界以上の衝撃がのしかかり、過剰負荷を示すアラートが少女の頭の中に響き渡る。
「痛い! 痛いです! マスター!」
少女は警告にクラクラする頭で必死に叫ぶものの、大きな手が力を緩める気配はない。
やがて、全身の痛みと警告で意識が朦朧とし始めた頃。
ふい……と力が弱められ。
小さな体は、ガラスのショーケースの上に乱雑に放り投げられた。どうやら、ジョイントのいくつかが壊れてしまったらしい。おかしな方向にねじ曲がった肢体は、力を入れようとしても反応が返ってこない。
「あ……ます……た……」
警告のアイコンに彩られたバイザーの内側。涙と痛みに歪む視界に、不機嫌そうな少年の顔が映っている。
への字に歪んだ口が、苛立ちの籠もった言葉を吐き出して。
「これ、返品します」
少女の意識は、闇の中へと転がり堕ちていった。
魔女っ子神姫ドキドキハウリン[Birth]
その7 前編
ピンクチラシがベタベタと貼られた自販機にもたれつつ、俺は手の中のノリをぼんやりと眺めていた。
ノリは電車の中で酔った時みたいに、バイザーを下げたまま、ときどき小さく身をよじったりなんかしてる。あの時と違うのは、うめき声を上げずに大人しく寝てる事くらいか。
せめて、良い夢を見ててくれればいいんだけど……。そんな事を思いながら、小さな頭をそっと撫でてやる。
「ん……ぁ……」
あ、起こしちゃったかな。
ノリはゆっくりと身を起こし、俺の手のひらにぺたんとお尻を付いたまま。バイザーを上げて、眠そうな目をくしくしとこすってる。
「峡次……さん? わたし……あふ……」
ようやく俺の方に気が付いたらしい。小さなあくびをひとつしながら、ノリは澄んだ青い瞳でこっちを見上げてる。
やれやれ。
「びっくりしたぜ? 戻ってきたら、気絶しちゃってるんだもん。大丈夫?」
後始末があるという鳥小さん達に言われて、先に一人で自販機の所に戻ってきたまでは良かったんだけど……。そこで待っていたのは、ベルと何故か気を失ったノリだった。
鳥小さん達を手伝いに行くというベルからノリを受け取って、彼女が目覚めたのはそれからすぐのこと。
「え、あの……その……」
「ベルは、初めての外出で慣れてないだけだろうって言ってたけど……どこも、異常ない?」
ベルは良くあることって笑ってたけど、帰ったらシステムのチェックは外せないな。異常がないといいんだけど。
俺の言葉にノリはしばらくぼぅっとしてたけど、やがてバイザーがすっと目元を隠す。
「だ……大丈夫です。全然、問題ありません」
なんか、頬が紅い気がするのは気のせいだろうか?
バイザーに隠れて、よく見えないんだけど。
「ま、ならいいけど……」
何せノリは起動したばっかりだ。見るものみんな珍しいんだろうし、はしゃぎすぎて疲れるくらいがちょうど良いくらいだと思う。
「そうだ。ジュース、飲む? 落ち着くよ」
「あ、はい……」
ノリは電車の中で酔った時みたいに、バイザーを下げたまま、ときどき小さく身をよじったりなんかしてる。あの時と違うのは、うめき声を上げずに大人しく寝てる事くらいか。
せめて、良い夢を見ててくれればいいんだけど……。そんな事を思いながら、小さな頭をそっと撫でてやる。
「ん……ぁ……」
あ、起こしちゃったかな。
ノリはゆっくりと身を起こし、俺の手のひらにぺたんとお尻を付いたまま。バイザーを上げて、眠そうな目をくしくしとこすってる。
「峡次……さん? わたし……あふ……」
ようやく俺の方に気が付いたらしい。小さなあくびをひとつしながら、ノリは澄んだ青い瞳でこっちを見上げてる。
やれやれ。
「びっくりしたぜ? 戻ってきたら、気絶しちゃってるんだもん。大丈夫?」
後始末があるという鳥小さん達に言われて、先に一人で自販機の所に戻ってきたまでは良かったんだけど……。そこで待っていたのは、ベルと何故か気を失ったノリだった。
鳥小さん達を手伝いに行くというベルからノリを受け取って、彼女が目覚めたのはそれからすぐのこと。
「え、あの……その……」
「ベルは、初めての外出で慣れてないだけだろうって言ってたけど……どこも、異常ない?」
ベルは良くあることって笑ってたけど、帰ったらシステムのチェックは外せないな。異常がないといいんだけど。
俺の言葉にノリはしばらくぼぅっとしてたけど、やがてバイザーがすっと目元を隠す。
「だ……大丈夫です。全然、問題ありません」
なんか、頬が紅い気がするのは気のせいだろうか?
バイザーに隠れて、よく見えないんだけど。
「ま、ならいいけど……」
何せノリは起動したばっかりだ。見るものみんな珍しいんだろうし、はしゃぎすぎて疲れるくらいがちょうど良いくらいだと思う。
「そうだ。ジュース、飲む? 落ち着くよ」
「あ、はい……」
「お待たせー」
後ろの自販機でペットボトルを一本買って、ノリと二人で飲んでいると、鳥小さん達が戻ってきた。
あれ?
「……その服、どこに持ってたんですか?」
千喜も鳥小さんも、さっきまでの格好じゃなくて、Tシャツにスカートっていうラフな格好に着替えていた。この奥は行き止まりみたいだったし、お店なんか無いように見えたんだけど……そもそも、あの格好で入れてくれるお店なんかないだろうけどさ。
それに、二人とも着替えだけじゃなくて、シャワーか何か浴びてきたような感じだった。愛液や精液でドロドロになっていたプシュケも、今はさっぱりした格好で千喜の頭の上に腰掛けている。
今の三人を見て、さっきまであんな事をしていたなんて想像できる奴は……いないと思う。
「女の子にはね、色々と秘密があるのよ。ねー?」
「ねー」
そう言って顔を見合わせ、笑い合う二人。鳥小さんが肩から提げてる黒いトートバッグが謎の荷物の正体なんだろうか。
この路地に入るまでは、あんな荷物なかったよな?
ホント、秘密だらけだ……。
「それじゃ、行きましょっか?」
「あ、はい」
後ろの自販機でペットボトルを一本買って、ノリと二人で飲んでいると、鳥小さん達が戻ってきた。
あれ?
「……その服、どこに持ってたんですか?」
千喜も鳥小さんも、さっきまでの格好じゃなくて、Tシャツにスカートっていうラフな格好に着替えていた。この奥は行き止まりみたいだったし、お店なんか無いように見えたんだけど……そもそも、あの格好で入れてくれるお店なんかないだろうけどさ。
それに、二人とも着替えだけじゃなくて、シャワーか何か浴びてきたような感じだった。愛液や精液でドロドロになっていたプシュケも、今はさっぱりした格好で千喜の頭の上に腰掛けている。
今の三人を見て、さっきまであんな事をしていたなんて想像できる奴は……いないと思う。
「女の子にはね、色々と秘密があるのよ。ねー?」
「ねー」
そう言って顔を見合わせ、笑い合う二人。鳥小さんが肩から提げてる黒いトートバッグが謎の荷物の正体なんだろうか。
この路地に入るまでは、あんな荷物なかったよな?
ホント、秘密だらけだ……。
「それじゃ、行きましょっか?」
「あ、はい」
○
元気になった千喜を連れ、みんなで歩くこと五分ほど。
辿り着いた小さな店の看板には『真直堂』とある。
喫茶店のようにも見えたけど、看板の上に小さく『ドール全般取り扱い』と書いてある辺り、確かにそっち方面の店なんだろう。
「ここが……」
けど、その先の言葉が続かない。
何て読むんだ、これ。しんちょくどう?
「ますぐどう、ですわ」
詰まった俺の様子で察してくれたらしい。千喜の頭の上のプシュケが、そうフォローしてくれた。
ますぐどう、ね。
「ええ。私のバイト先」
で、鳥小さんのデザインした服を売ってるお店、と。
「コトリユトリコとか、StraightCouLgarL……でしたっけ?」
「へぇ。知ってるんだ?」
「俺だってそのくらいはな」
混ぜっ返す千喜に胸を張る俺だけど、ホントは静香さんから名前を聞いただけ。コトリユトリコがどんなブランドなのかと聞かれたら、一発アウトだ。
これを知ってるのはノリとベルの二人だけだけど……ノリは状況が分かってないのかバイザーを下ろしたままだし、ベルは鳥小さんの肩の上で笑いをかみ殺してる。ここで黙ってくれてる辺り、俺の薄っぺらな知識にツッコミを入れる気はないらしい。
さすがベル。千喜あたりとは人間の出来が違うね。神姫だけど。
「StraightCouLgarLはオーナー。コトリユトリコは、わたしのブランドね」
そのベルの様子を知ってか知らずか。多分知ってるんだろうけど、鳥小さんも俺に突っ込む事無く、軽く流してくれている。
「……すごいですね」
「ふふ。まだ駆け出しだけどね」
照れてはいるけど、鳥小さんはどこか誇らしげだ。
慣れた様子で木製のドアを開ければ、ドアに吊されたベルがカランと鳴る。これだけだと、ホントに喫茶店だな。
「いらっしゃーい」
慣れた様子で入ってみれば、迎えてくれたのはおっとりした女の子の声だった。
店内にそれらしい影はない。
いるのは……。
「あれ? 新しいお客さんだねぇ」
「……神姫?」
カウンターに置かれた小さな揺り椅子に腰掛けた、ツガルタイプの神姫が一人。ふんわりとしたドレスに埋もれるようにして、こちらを見てにこにこと笑ってる。
「ようこそ、真直堂へ。ここの店員の、タツキです」
……神姫が店員? さすが都会というか、何というか。地方とはやることが一味も二味も違うぜ。
俺の表情がよっぽど変だったのか、タツキと名乗ったツガルは楽しそうな笑顔を崩さない。
「タツキさん。オーナーは?」
「んー? その辺にいると思ったけどー?」
タツキは揺り椅子に腰掛けたまま、何度かオーナーと連呼する。ツガルなんだから飛んで呼びに行けばとも思ったけど、タツキは服を着てるだけでツガル装備は付けていなかった。
そもそも、あのドレス着て揺り椅子に納まったら、自力じゃ立ち上がれないのかもしれないけど。
「オーナーってばぁ。いないのー?」
五度目の呼び出しで、棚の向こうから大きな影が姿を見せた。
「あれ? タカさん、今日は夕方からって言ってなかった?」
!
その瞬間。
俺は反射的に走り出し。
そいつに向けて、全力の蹴りを叩き込んでいた。
辿り着いた小さな店の看板には『真直堂』とある。
喫茶店のようにも見えたけど、看板の上に小さく『ドール全般取り扱い』と書いてある辺り、確かにそっち方面の店なんだろう。
「ここが……」
けど、その先の言葉が続かない。
何て読むんだ、これ。しんちょくどう?
「ますぐどう、ですわ」
詰まった俺の様子で察してくれたらしい。千喜の頭の上のプシュケが、そうフォローしてくれた。
ますぐどう、ね。
「ええ。私のバイト先」
で、鳥小さんのデザインした服を売ってるお店、と。
「コトリユトリコとか、StraightCouLgarL……でしたっけ?」
「へぇ。知ってるんだ?」
「俺だってそのくらいはな」
混ぜっ返す千喜に胸を張る俺だけど、ホントは静香さんから名前を聞いただけ。コトリユトリコがどんなブランドなのかと聞かれたら、一発アウトだ。
これを知ってるのはノリとベルの二人だけだけど……ノリは状況が分かってないのかバイザーを下ろしたままだし、ベルは鳥小さんの肩の上で笑いをかみ殺してる。ここで黙ってくれてる辺り、俺の薄っぺらな知識にツッコミを入れる気はないらしい。
さすがベル。千喜あたりとは人間の出来が違うね。神姫だけど。
「StraightCouLgarLはオーナー。コトリユトリコは、わたしのブランドね」
そのベルの様子を知ってか知らずか。多分知ってるんだろうけど、鳥小さんも俺に突っ込む事無く、軽く流してくれている。
「……すごいですね」
「ふふ。まだ駆け出しだけどね」
照れてはいるけど、鳥小さんはどこか誇らしげだ。
慣れた様子で木製のドアを開ければ、ドアに吊されたベルがカランと鳴る。これだけだと、ホントに喫茶店だな。
「いらっしゃーい」
慣れた様子で入ってみれば、迎えてくれたのはおっとりした女の子の声だった。
店内にそれらしい影はない。
いるのは……。
「あれ? 新しいお客さんだねぇ」
「……神姫?」
カウンターに置かれた小さな揺り椅子に腰掛けた、ツガルタイプの神姫が一人。ふんわりとしたドレスに埋もれるようにして、こちらを見てにこにこと笑ってる。
「ようこそ、真直堂へ。ここの店員の、タツキです」
……神姫が店員? さすが都会というか、何というか。地方とはやることが一味も二味も違うぜ。
俺の表情がよっぽど変だったのか、タツキと名乗ったツガルは楽しそうな笑顔を崩さない。
「タツキさん。オーナーは?」
「んー? その辺にいると思ったけどー?」
タツキは揺り椅子に腰掛けたまま、何度かオーナーと連呼する。ツガルなんだから飛んで呼びに行けばとも思ったけど、タツキは服を着てるだけでツガル装備は付けていなかった。
そもそも、あのドレス着て揺り椅子に納まったら、自力じゃ立ち上がれないのかもしれないけど。
「オーナーってばぁ。いないのー?」
五度目の呼び出しで、棚の向こうから大きな影が姿を見せた。
「あれ? タカさん、今日は夕方からって言ってなかった?」
!
その瞬間。
俺は反射的に走り出し。
そいつに向けて、全力の蹴りを叩き込んでいた。
その状況に私の思考が追い付くまでにかかった時間は、きっかり一秒と半。
「……何ですの?」
峡次さんが真直堂のオーナーに問答無用のドロップキックを叩き込んで。
そのままゴロゴロと転がった二人は、出口を過ぎて店の外へと。峡次さんの肩に乗っていたノリが峡次さんのダッシュで吹き飛んで、ドアのベルがガラガラと鳴っているけれど、それを気にしているのは心に余裕のある私くらいのもの。
「いや、プシュケ余裕ありすぎっ!」
言ったときにはもう千喜は駆け出している。宙を舞うノリに手を伸ばし……。
伸ばし……。
……あら?
少し、届きそうにありませんわね。
「そう思うなら何とかしてっ!」
……。
千喜。フォロー、頼みますわ。
「ん!」
私は千喜の頭を飛び出して、肩口を蹴り、伸ばした腕を駆け抜ける。ノリを指して届かない指先を踏み込んで、その先へ軽く跳躍。
「ノリ!」
優雅に放物線を描き、シャツとスカートをはためかせているノリを抱きしめて……。
共に墜ちると思った瞬間、自由落下の速度が急激に減衰する。
「プシュケ、ナイス」
フローラルリングを起動させた程度の速度で、私はノリを抱いたまま、千喜の手の上へゆっくりと着地。
ふぅ。
それはいいのだけれど。
「……そもそも、ノリを直接テレキネシスで捕まえれば良かったんじゃありませんの?」
「あー」
……まったく、この子は。
せっかく便利な力を持っているのに、使い方が全然なってませんわね。
「いきなりだったからさ……思いつかないって」
はいはい。
そういうことにしておきましょうね。
「それにしても、随分と乱暴な挨拶ですわね……」
峡次さんとオーナーは、いまだに店の外で殴り合っている。
出会った瞬間殴り合いなんて、野蛮なストラーフや本能だけで動くマオチャオだってしませんわよ?
「プシュケ。それ差別発言」
……マオチャオに関しては訂正してもいいですわよ、千喜。
「私怨っていうんだよ……それ。ストラーフだって、野蛮なのってジルだけじゃん」
ふん。私怨上等ですわ。
「で、あの二人、何言い合ってるの?」
近寄る気はないのか、千喜はそんな事を聞いてくる。
それは要するに、私に聞かせてそれを読み取ろうって魂胆ですの?
「当たり前じゃん。あんなのに近寄りたくないよ」
……まったくもぅ。そんな所だけ、悪知恵が回るんですのね。
「悪知恵言うな」
とはいえ、言い合っていても話は進まない。
私はノリを抱き上げたまま、聴覚センサーの指向とフィルタリングを調整して、野蛮な打撃音に混じる人の声だけを拾い上げる。
「っつーか、おじさんに聞かれたんなら、分かってただろ! 俺がバトル目的で神姫始めるって!」
「だからどうした!」
……?
「なら何でノリにフレッシュ素体なんか送りつけたんだよ! これじゃバトル出来ねえだろ! 察しろよバカ兄貴!」
ただのクレーム……じゃあ、ありませんわね。
クレームというか、これはもっと次元の低い……。
「服着て戦ってる神姫くらいたくさんいるだろ! ElectroLolitaとか、TODA-Designとか!」
前にドラマで見た、兄弟ゲンカ、というヤツですの?
そう考えつつ千喜を見上げると、千喜も呆れ顔で首を振るだけ。
「あたしに聞かれても知らないわよ。姉さんとケンカなんかしたこと無いし」
その割には、お兄様には一方的に攻撃してましたわね。
「あれはいいの。あんな格好してるお兄ちゃんが悪いんだから」
はいはい。
大まかな流れは分かったし、これ以上聞いていても得るものは無さそうだ。ベルの方を見れば、彼女も鳥小さんに頼まれて似たようなことをしているらしい。肩をすくめて首を振っている。
いい加減センサーを解除して、二人の事は放っておこうと思ったその時だ。
「白雪作った國崎だって、自社ブランドで服出してるだろうが!」
どうやら私に抱かれていたノリコも、私達と同じ事をしていたらしい。
「服着てバトルとか、あんなイロモノやれってか!?」
「……っ!」
拳と共に吐き捨てた峡次さんの言葉に、ビクリと身を震わせる小さな体。
「……プシュケ」
ええ。
私もノリを抱きしめたまま、軽く頷いてみせる。
「この、バカ兄貴っ!」
そう叫んで拳を振り上げる峡次さん目掛け、千喜は一歩目からの全力疾走。
「バカはあんた……」
店の玄関を踏み切り、飛び上がろうとして。
その傍らを風のように駆け抜ける、影がひとつ。
「……えっ?」
千喜が呟いた瞬間には、オーナーの巨体と峡次さんの体はくるりと宙を舞っている。
どぉん、とアスファルトを響かせる重い音。
その中央に立つのは……。
「鳥小……さん?」
男二人を腕一本で投げ飛ばした彼女は、何事もなかったかのように軽く手をはたいているだけだ。
無論、男二人も動けぬまま。
痛みと。
驚きと。
「王蟲の殻より削りだした刀……とまでは行きませんが、切れ味はご存じでしょう? 峡次様」
峡次さんはベルに、身ほどの大太刀『魔剣』を突き付けられ。
「なにやってんだバカオーナー。お預かりしてるお嬢様がたに、教育に悪いもん見せんじゃねえよ」
オーナーは、細身のスーツをまとったツガルに、剣状の鉄塊を押し付けられて。
ツガルはタツキがドレスを脱ぎ捨てた姿じゃない。それを証拠に、タツキは店の中でいつもの揺り椅子に身を沈めたまま。
「アキ……さん」
オーナーのもう一人の神姫。
タツキの姉の、アキさんだ。
「…………」
そして。
私は、無言で上を見上げてみた。
あー。なんか千喜ったら、バカ丸出しの顔してますわね。そんなにオイシイ所を鳥小さんに持って行かれたのが悔しかったんですの?
「…………」
私の思いを読み取ったのか、千喜はつかつかと峡次さんの所まで歩いていって。
「……この、バカ峡次っ!」
全力で、峡次さんに回し蹴りを叩き込んだ。
「……何ですの?」
峡次さんが真直堂のオーナーに問答無用のドロップキックを叩き込んで。
そのままゴロゴロと転がった二人は、出口を過ぎて店の外へと。峡次さんの肩に乗っていたノリが峡次さんのダッシュで吹き飛んで、ドアのベルがガラガラと鳴っているけれど、それを気にしているのは心に余裕のある私くらいのもの。
「いや、プシュケ余裕ありすぎっ!」
言ったときにはもう千喜は駆け出している。宙を舞うノリに手を伸ばし……。
伸ばし……。
……あら?
少し、届きそうにありませんわね。
「そう思うなら何とかしてっ!」
……。
千喜。フォロー、頼みますわ。
「ん!」
私は千喜の頭を飛び出して、肩口を蹴り、伸ばした腕を駆け抜ける。ノリを指して届かない指先を踏み込んで、その先へ軽く跳躍。
「ノリ!」
優雅に放物線を描き、シャツとスカートをはためかせているノリを抱きしめて……。
共に墜ちると思った瞬間、自由落下の速度が急激に減衰する。
「プシュケ、ナイス」
フローラルリングを起動させた程度の速度で、私はノリを抱いたまま、千喜の手の上へゆっくりと着地。
ふぅ。
それはいいのだけれど。
「……そもそも、ノリを直接テレキネシスで捕まえれば良かったんじゃありませんの?」
「あー」
……まったく、この子は。
せっかく便利な力を持っているのに、使い方が全然なってませんわね。
「いきなりだったからさ……思いつかないって」
はいはい。
そういうことにしておきましょうね。
「それにしても、随分と乱暴な挨拶ですわね……」
峡次さんとオーナーは、いまだに店の外で殴り合っている。
出会った瞬間殴り合いなんて、野蛮なストラーフや本能だけで動くマオチャオだってしませんわよ?
「プシュケ。それ差別発言」
……マオチャオに関しては訂正してもいいですわよ、千喜。
「私怨っていうんだよ……それ。ストラーフだって、野蛮なのってジルだけじゃん」
ふん。私怨上等ですわ。
「で、あの二人、何言い合ってるの?」
近寄る気はないのか、千喜はそんな事を聞いてくる。
それは要するに、私に聞かせてそれを読み取ろうって魂胆ですの?
「当たり前じゃん。あんなのに近寄りたくないよ」
……まったくもぅ。そんな所だけ、悪知恵が回るんですのね。
「悪知恵言うな」
とはいえ、言い合っていても話は進まない。
私はノリを抱き上げたまま、聴覚センサーの指向とフィルタリングを調整して、野蛮な打撃音に混じる人の声だけを拾い上げる。
「っつーか、おじさんに聞かれたんなら、分かってただろ! 俺がバトル目的で神姫始めるって!」
「だからどうした!」
……?
「なら何でノリにフレッシュ素体なんか送りつけたんだよ! これじゃバトル出来ねえだろ! 察しろよバカ兄貴!」
ただのクレーム……じゃあ、ありませんわね。
クレームというか、これはもっと次元の低い……。
「服着て戦ってる神姫くらいたくさんいるだろ! ElectroLolitaとか、TODA-Designとか!」
前にドラマで見た、兄弟ゲンカ、というヤツですの?
そう考えつつ千喜を見上げると、千喜も呆れ顔で首を振るだけ。
「あたしに聞かれても知らないわよ。姉さんとケンカなんかしたこと無いし」
その割には、お兄様には一方的に攻撃してましたわね。
「あれはいいの。あんな格好してるお兄ちゃんが悪いんだから」
はいはい。
大まかな流れは分かったし、これ以上聞いていても得るものは無さそうだ。ベルの方を見れば、彼女も鳥小さんに頼まれて似たようなことをしているらしい。肩をすくめて首を振っている。
いい加減センサーを解除して、二人の事は放っておこうと思ったその時だ。
「白雪作った國崎だって、自社ブランドで服出してるだろうが!」
どうやら私に抱かれていたノリコも、私達と同じ事をしていたらしい。
「服着てバトルとか、あんなイロモノやれってか!?」
「……っ!」
拳と共に吐き捨てた峡次さんの言葉に、ビクリと身を震わせる小さな体。
「……プシュケ」
ええ。
私もノリを抱きしめたまま、軽く頷いてみせる。
「この、バカ兄貴っ!」
そう叫んで拳を振り上げる峡次さん目掛け、千喜は一歩目からの全力疾走。
「バカはあんた……」
店の玄関を踏み切り、飛び上がろうとして。
その傍らを風のように駆け抜ける、影がひとつ。
「……えっ?」
千喜が呟いた瞬間には、オーナーの巨体と峡次さんの体はくるりと宙を舞っている。
どぉん、とアスファルトを響かせる重い音。
その中央に立つのは……。
「鳥小……さん?」
男二人を腕一本で投げ飛ばした彼女は、何事もなかったかのように軽く手をはたいているだけだ。
無論、男二人も動けぬまま。
痛みと。
驚きと。
「王蟲の殻より削りだした刀……とまでは行きませんが、切れ味はご存じでしょう? 峡次様」
峡次さんはベルに、身ほどの大太刀『魔剣』を突き付けられ。
「なにやってんだバカオーナー。お預かりしてるお嬢様がたに、教育に悪いもん見せんじゃねえよ」
オーナーは、細身のスーツをまとったツガルに、剣状の鉄塊を押し付けられて。
ツガルはタツキがドレスを脱ぎ捨てた姿じゃない。それを証拠に、タツキは店の中でいつもの揺り椅子に身を沈めたまま。
「アキ……さん」
オーナーのもう一人の神姫。
タツキの姉の、アキさんだ。
「…………」
そして。
私は、無言で上を見上げてみた。
あー。なんか千喜ったら、バカ丸出しの顔してますわね。そんなにオイシイ所を鳥小さんに持って行かれたのが悔しかったんですの?
「…………」
私の思いを読み取ったのか、千喜はつかつかと峡次さんの所まで歩いていって。
「……この、バカ峡次っ!」
全力で、峡次さんに回し蹴りを叩き込んだ。