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ポニーお子様劇場・その4 - (2011/11/01 (火) 19:10:52) の編集履歴(バックアップ)
SHINKI/NEAR TO YOU
良い子のポニーお子様劇場・その4
『セントウノヒ』
『セントウノヒ』
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そこはまるで廃墟のようだった。
乾いた土がむき出しになった街道の両脇を、木造りの古びた家々が並んでいる。アメリカ西部開拓時代をテーマにした映画にでも登場しそうな古ぼけた宿場町。
乾いた土がむき出しになった街道の両脇を、木造りの古びた家々が並んでいる。アメリカ西部開拓時代をテーマにした映画にでも登場しそうな古ぼけた宿場町。
打ち捨てられまさにゴーストタウンと化した街並みの間を、これまた映画のワンシーンよろしくダンブルウィード(西部劇によく出てくる、あのコロコロ転がるヤツだ)が風に吹かれ勢いよく転がっていった。
突如街に轟音が響く。
それと同時に、銃弾の雨に降られ穴だらけとなった廃屋から白い影が飛び出した。
蒼いポニーテールをなびかせ、白い装甲を身にまとった少女――武装神姫のゼリスだ。
蒼いポニーテールをなびかせ、白い装甲を身にまとった少女――武装神姫のゼリスだ。
「ゼリスッ、大丈夫かっ!?」
銃弾に吹き飛ぶ廃屋の木片をかいくぐり辛くも窮地から脱出する相棒を案じて、シュンは思わず叫ぶ。
「問題ありません。この程度の銃弾ならそよ風のようなものです」
軽口を返す相棒に安堵を抱きつつ、シュンは倒壊する建物の向うに立つ対戦相手の神姫を睨んだ。
砲台型MMSフォートブラッグタイプ。砲台の名が記す通り、火力に優れ射撃戦に特化したスペックを持つ武装神姫だ。
フォートブラッグタイプは手にしたガトリング砲アイゼンイーゲルを構え直し、廃屋の合間を駆けるゼリスに向け再び銃弾の嵐を見舞う。
フォートブラッグタイプは手にしたガトリング砲アイゼンイーゲルを構え直し、廃屋の合間を駆けるゼリスに向け再び銃弾の嵐を見舞う。
「そらそらそらぁっ! 逃げてばかりじゃ勝てないよ?」
フォートブラッグは挑発的な笑みを浮かべながら、ガトリング砲を掃射する。口惜しいが相手の言うとおり、こちらは戦闘開始から防戦一方だ。まず火力が違いすぎる。
「シュン、焦ってはいけません。冷静さを欠いてしまっては打開できるものもできなくなります」
一旦距離をとり物陰に身を隠したゼリスが、手にした自動拳銃のマガジンを確かめながらシュンをたしなめる。
「分かってるよ!」
ゼリスに諭されて、シュンは大きく深呼吸した。相手は立て続けの攻勢に気を良くしたのか、すぐに追ってこない。侮られているのかもしれないが、仕切り直すには都合がいい。
状況を整理する。
相手とこちらの武装の差。このフィールドの特性。――何か利用できるものはないか?
相手とこちらの武装の差。このフィールドの特性。――何か利用できるものはないか?
しばし逡巡したあと、シュンはゼリスに指示を出す。コクリと頷いたゼリスは、それまで隠れていた廃屋の影からタウンの中央を走る街路へと身を躍らせた。
隠れる先を注意深く探っていたフォートブラッグは、訝しげに突如大胆に姿を現した獲物に銃口を向ける。
「どうしたの? こそこそ隠れるのは諦めたのかしら?」
「さあ、どうでしょう?」
両者は街路の真ん中に立ち、しばし睨みあう。互いに攻撃に移るための機をうかがう様は、まさに西部劇のワンシーン。
次の瞬間、ゼリスは大きく横に飛びながら自動拳銃を抜ぬく。と、同時にフォートブラッグのガトリング砲が吠える。
降り注ぐ銃弾が大地を舐める。砂埃が舞い上がる中、ふたつの影が疾駆する。
街路を、宙を、廃墟の壁を、縦横に駆けながらゼリスは相手に向かって構えると同時の即準速射。発砲と共に大きく跳躍し、離脱。それを追いかけるようにフォートブラッグの掃射が、街路の土を抉り廃墟の壁を吹き飛ばす。
街路を、宙を、廃墟の壁を、縦横に駆けながらゼリスは相手に向かって構えると同時の即準速射。発砲と共に大きく跳躍し、離脱。それを追いかけるようにフォートブラッグの掃射が、街路の土を抉り廃墟の壁を吹き飛ばす。
「あははははっ、カクレンボの次は鬼ごっこ!?」
ジグザグに街を駆けながら、ゼリスは暴風のようなガトリング砲の火力に押され後退を余儀なくされる。それを追いかけながら、更なる火力でもって押し潰そうとするフォートブラッグ。
「!?」
火線がやむ。巻き起こる埃が風に流された場所は、ゴーストタウンの中心に位置する広場だった。視界の開けた土地は街を東西に貫くT字路の交差点となっている。広場の北側は教会を模しているのだろうか。屋根に大きな十字架を抱いた他よりも一回り大きな建物が鎮座していた。
さて、標的が逃げたのは三叉路のいずれか?
フォートドラッグは三方に視界を巡らせながら、教会を背にガトリング砲を構え直す。
フォートドラッグは三方に視界を巡らせながら、教会を背にガトリング砲を構え直す。
「往生際が悪いわよ。さっさと出てきなさ――」
ふっ――と。急に視界が陰る。きょとんとしたフォートブラッグは何事かと空を仰いだ。
「――――っ!?」
天から十字の影が降ってきた。教会の上に祭られていた十字架だと認識するころには、それは無防備に仰ぎ見るフォートブラッグを直撃していた。
――――ごつんっ!
ふぎゃっ! と十字架に押し潰されたフォートブラッグの傍らに、教会の屋上からゼリスが繰る繰ると宙返りしながら舞い降りる。
ゼリスに突きつけられた銃口に、十字架の下でジタバタともがいていたフォートブラッグはタラリと汗を流しながら「サプレンダー(参った)」を宣言したのだった。
「三叉路に逃げ込んだと見せかけて、死角になる頭上から強襲! なかなかいい作戦だっただろ?」
シュンは下りエスカレータをウキウキと降りながら、パートナーに同意を求める。
彼の頭の上にちょこんと座りこんでいるゼリスは、「ふむ」と小首を傾げた。
彼の頭の上にちょこんと座りこんでいるゼリスは、「ふむ」と小首を傾げた。
「敵の火力に主導権を握られてしまったことを逆手にとって、追いつめられるふりをしながら相手を誘導し地の利を生かして隙をつく――発想そのものは悪くありませんが、リスクの高い戦術でした」
「……うっ」
「あのフォートブラッグの射撃はただの乱射のようで、こちらの動きを絶えず的確に捕捉していましたからね。運が悪ければ誘導する途中で被弾し、そのまま押し切られていたかもしれません。今回はうまくいきましたが、毎回このような策が成功することはないでしょう」
……手厳しい評価だ。身内だからって容赦なさすぎじゃありませんか、ゼリスさん? とは思うものの、バトルの興奮から頭を冷やして振り返ってみればその指摘はいちいちもっともだ。
ゼリスと出会ってからすでに2ヵ月。神姫センターのバトルや指示にも随分慣れてきたと思うが、優秀なパートナーに追いつくにはまだまだらしい。
ゼリスと出会ってからすでに2ヵ月。神姫センターのバトルや指示にも随分慣れてきたと思うが、優秀なパートナーに追いつくにはまだまだらしい。
ウキウキステップから肩を落としたションボリ歩きに変わったシュンを、すかさずゼリスがデコピンで叱咤する。
「しっかりして下さい。過程はどうあれ勝ったものが俯いているべきではありません。敗者に対し敬意をもって応えるためにも、勝者は胸を張るべきです」
額を押さえるシュンの瞳に、自分を覗き込むエメラルドの瞳が映った。
「それに今回の作戦――こう着状態をくつがえすという点では悪くありませんでした。相手の火力に攻めあぐねていたのは事実ですし……あの場でとっさに考えたにしては、ベストとは言えませんが及第点といったところでしょうね」
あくまで淡々と、ゼリスは語る。
「……ひょっとして、誉めてくれてるのか?」
「……? 私はただ良い点は良い、悪い点は悪いと率直な感想を述べているだけですよ」
そう言い終えるとゼリスは再び彼女的定位置であるシュンの頭の頂上へと戻る。元よりゼリスは機の利いた世辞や慰めをするようなヤツじゃない。シュンのパートナーである武装神姫は――呆れるぐらい正直で真っすぐなヤツなのだ。
シュンはエスカレータの最後の段を勢いよく蹴ると、胸を張って神姫センターを後にした。
今日の失敗は今日の失敗。省みて明日の糧にすればいい。歩みは遅くとも、一歩ずつ確実に前に進んでいけばいいのだ。
今日の失敗は今日の失敗。省みて明日の糧にすればいい。歩みは遅くとも、一歩ずつ確実に前に進んでいけばいいのだ。
*
「……これは失策でしたね」
「……面目ない」
嘆息するゼリスを肩に、シュンは恨めしそうに道路を見つめた。
雨だった。
それも大雨だ。
それも大雨だ。
神姫センターを出るあたりから、空模様が怪しくなり出し――そこからポツポツ降り始めた滴が大粒の雨となるのはあっという間だった。
「駅に着く前にこんなに強くなるとなあ……」
急遽逃げ込んだ店先の軒下でシュンがしみじみ呟けば、ゼリスが「私は忠告しましたよ」と不満げに返す。
確かに神姫センターを出るときに、ゼリスから今日は一部で夕立の予報があったこと、雨具の用意がないことなどを指摘されて「しばし様子をみてはどうでしょう」とか言われてたけどさ。だからってこんなにいきなり土砂降りになるとは思わないだろう?
確かに神姫センターを出るときに、ゼリスから今日は一部で夕立の予報があったこと、雨具の用意がないことなどを指摘されて「しばし様子をみてはどうでしょう」とか言われてたけどさ。だからってこんなにいきなり土砂降りになるとは思わないだろう?
「その結果が駅にも辿り着けず立ち往生では、しかたありません」
…………おっしゃる通りです。
さて、どうしよう。もうすぐ6月も終わりだってのにずぶ濡れで帰るのも嫌だしなあ。ともかく駅まで行けば、あとは妹のユウにでもPDA(ケータイ)で連絡を取って傘を持ってきてもらえばいいんだけれど。それともこれだけ雨の降りが強ければ、少し待てば止みそうにも思えるし――
軒下にポツンと立ちつくしながら、あれこれ思案していると視界の端を黒い影がよぎった。どうやらシュンと同じように傘を忘れた人間が雨宿りに駆けこんできたらしい。
厳つい体に裾の長い学生服――いわゆる長ランをまとった大男だ。
ん? 厳つい長ランの大男? 最近、そんな人物にどこかで会ったような……
ん? 厳つい長ランの大男? 最近、そんな人物にどこかで会ったような……
「うーむ。急に降ってくるとは困ったのう」
「イエス・サー。この状況ではしばらく静観するしかないであります」
忌々しげに空を見つめる長ラン男に、そのポケットから顔を出した神姫が応じる。
「ああっ!?」
「何っ?」
「むうっ?」
思わず奇声を発して驚いたシュンに、向うのふたりもこちらに気付く。
「これはこれは……奇妙な縁ですね」
ただ一人平然としているゼリスが、呑気に呟いた。しかし他の三人はあっけに取られてまだ固まったままだ。
番長治(バン・チョウジ)とその武装神姫ベガ――シュンとゼリスが初めて神姫センターで戦った相手だ。ひょんなことからベガと武装神姫バトルをすることになったゼリスは、危ういながらも初勝利を上げることができたのだが……その相手とまさかこんなところで再開するとは思いもしなかった。
……気まずい、どうしよう。
出会いが出会いだけに気軽に世間話をするような相手でもないし(そもそも番長治とベガのふたりとは一度バトルしただけ。よく知った相手でもない)、かといって雨の降りは強いままで立ち去ることもできない。しばらくは狭い軒下で肩を並べるしかない。
「…………」
「…………」
向うも同じなのか、番長治は低く唸ったきり黙りこんでいる。最初に会ったときのようにケンカを吹っかけてくることは無いようでホッとするものの、居心地の悪さは変わらない。
ベガもこちらを睨みはするものの、マスター同様黙ったままだ。
ベガもこちらを睨みはするものの、マスター同様黙ったままだ。
「お久しぶりですね、そちらは……むぎゅっ」
三者沈黙。そのなかでごく自然に話しかけようとするゼリスの口を、シュンはとっさにふさぐ。
(お前、少しは空気読めよ!)
(失敬な、私はごく普通に挨拶をしようとしただけではありませんか。弾圧です、言論統制です。自由は死なせずですよ)
自由の前に僕がこの場の空気に耐えられなくて死んじゃうよ!
ゼリスのマイペースぶりに辟易しつつ、隣をうかがう。
番長治が何かをしゃべろうと口を開いた、その時――横なぐりの水飛沫にいきなり視界を遮られた。
番長治が何かをしゃべろうと口を開いた、その時――横なぐりの水飛沫にいきなり視界を遮られた。
「あっ!?」
そう叫んだのは誰の声だったか。通り過ぎる自動車のエンジン音に、シュンは一瞬遅れて何が起ったのか理解した。排水溝が詰まっているのか、もともと路盤の施工が悪いのか。道路沿いに大きく溜まった雨水を自動車のタイヤが盛大に跳ね上げたのだ。
気がつけばシュンもゼリスも、さらに番長治とベガまでびしょ濡れになっていた。
「くっくっく……」
ベガが低く笑う。
「サーと私に泥水を被せるとは……民間人と言えど、ただではすまさんぞ! 軍法会議にかけてやる!」
いや、軍法会議ってどこの?
激昂するベガに、ゼリスが静かに応じる。
「車種及びボディーカラー、ナンバープレートとも全て把握しました。目標の追跡は可能です」
ゼリスの目がキラリと光る。
「でかしたぞ、小娘! まずはこちらでヤツを確保し、軍隊のルールを骨の髄まで叩きこんでくれる!」
「ええ。その際は不埒者に猛省を促すため、私自らの手でデコピン百回の刑に処して差し上げましょう」
妖しいアイコンタクトを交えて、ゼリスとベガが不敵に笑う。
妖しいアイコンタクトを交えて、ゼリスとベガが不敵に笑う。
「……って、待て待て待てっ! お前ら何するつもりだっ」
「何をと申されましても。シュン、泥はね運転は立派な道路交通法違反であり、処罰の対象ですよ。罪を犯した者が然るべき罰則を受けるのは当然ではありませんか?」
そうなんだ、知らなかったな。見れば番長治とベガも「なるほど」といった顔をしている。いや、じゃあベガはさっきまで知らないで過激なこと言ってたのか。
「ただし……道路交通法違反は現行犯での処罰が原則ですから、この場合状況証拠だけでは犯人は無罪放免ともなりかねません。ここはやはり……」
「我々の手で私刑にするということだな!」
互いにマスターの懐から飛び出したゼリスとベガがガッチーンッと腕を組み合った。おいこら、変な形で意気投合するな!
「ふむ……シュンはこのまま泣き寝入りをしてもよいのですか?」
「敵を前にして逃亡するなど、軍の恥さらしだぞ小僧!」
だって僕は軍人じゃないし……。あ~、もう! ふたりして迫るな。番長治も何か言ってくれよ。
「しかしのう、ベガよ。今から追いかけても車には追い付かりゃせんぞ。この雨もあるしのう」
意外に冷静なその言葉に、一同は空を見上げた。
空を覆う曇天には切れ目も見えず、雨脚は弱まる気配がない。シンと静まると同時に、それまで忘れていた寒気を急に思いだした。
空を覆う曇天には切れ目も見えず、雨脚は弱まる気配がない。シンと静まると同時に、それまで忘れていた寒気を急に思いだした。
――ハックションッ
盛大なくしゃみと共にシュンは体をブルッと震わせた。ゼリスが心配そうな顔で覗き込んでくる。
そういえばずぶ濡れなんだった。これは不味いな。ベガや番長治たちとコントしてる場合じゃない。このままだと風邪を引くのは確実だ。
そういえばずぶ濡れなんだった。これは不味いな。ベガや番長治たちとコントしてる場合じゃない。このままだと風邪を引くのは確実だ。
ふと。同じくずぶ濡れの番長治が「フンッ」と大きく鼻を鳴らすと、くるりとシュンに向き直った。
「お前、ちっくとワシにつき合わんか?」
思わず身構えたシュンは、耳にした意外な言葉にぽかんとした。
『セントウノヒ』(前篇)良い子のポニーお子様劇場・その4//fin