愛など要らぬ - (2012/04/26 (木) 15:02:57) の編集履歴(バックアップ)
「ある少女が森で花を見つけた。その花はとても綺麗だったものだから少女は花の種を持ち返って家の庭で育ててみようと思った。」
「でも少女が家の庭で一生懸命に育てた花は山中で登山家に感動を与えた花を咲かせる事は無く枯れ果ててしまった。」
「即ち花に限らずありとあらゆる生物は環境の奴隷で山中で綺麗な花を咲かせる花も環境が変われば花を咲かす事は無く枯れてしまうという事。」
「僕はこれは人間の恋愛にも当て嵌まると思っている。例えとして同じ大学に通う相思相愛の男女がいるとしよう。」
「男はいつもしっかり者の女が好きで女はいざという時に頼りになる男が好き。二人はデートから始まりプロポーズを経て×××をする。」
「で、二人は何事も無く大学を卒業して職に就けたとする。それから数年経った後も二人の相思相愛は続くのか? 答えはノーだと僕は思う。」
「先程も言ったけど生物は環境の奴隷だ。行く場所が大学から会社に変わり二人を囲む環境が変われば二人も変わってしまうんだ。」
「変わった後も相思相愛が続く可能性は限りなく低い。就職して直ぐに別れるなんて事は無いけど段々と二人の間に大きな溝が出来る筈だ。」
「この溝は精神的な変化に伴うものだから塞ぐ手段は無い。でも溝の大きさを零に近付ける手段はある。それは相手を知る事さ。」
「より具体的に言えば相手の家庭を知る、両親は何をしている人だとか普段は何を食べているのかとか住んでいる家の構造だとか知る事。」
「そんなのはストーカーだと言う人もいるだろうけど僕はそうは思わない。」
「家庭は人格を形成する重大な要素の一つだ。花と土の関係と言っても過言ではない。家庭を知る事はその人の性格を知る事と同義なんだ。」
「ギャルゲーなんかで幼馴染が魅力的なのもこの辺りが原因だね。何せ幼馴染だから互いの家庭を知り知られているわけだし。」
「それに結婚や出産を視野に入れるのであればいずれ自分と婚約者の二人で一つの家庭を作らなければならない。」
「その時に婚約者の家庭も知らずにただ自分はこう育ったからと自分の家庭を婚約者や自分の子供に押し付けるのは身勝手極まりない。」
「断言しよう。相手の家庭を碌に知らない奴が嘯く告白なんて所詮は綺麗だからと花を摘む少女と同じ上っ面から出た感情だ。」
「付き合いを認めて欲しいから相手の両親に会いに行く? 逆だろ馬鹿。相手の親の顔も知らず付き合いが出来ると思っているのか。」
「そういうわけで『付き合い始めたらそれを認めてくれない向こうの両親が壁として立ちはだかる』展開は僕は大嫌いです。」
「別に僕は人と付き合うのには許可が必要だと言いたいんじゃない。自分達が付き合う事で両親が敵になる事を予想しない連中を告発する。」
「無知は罪だ。何も知らない癖に何も知ろうともしない癖に愛しているなんて分かった風な口を叩いてんじゃねー!」
「そうか成程。だから君は恋人は居ないどころかボッチなんだ。」
「ボ、ボッチちゃうわ!」
等とテンプレ的な会話をしつつ、いいとも増刊号を見ながらも昼食を食べ終えた黒野白太と休息をしていたイシュタルはだらだらしていた。休日になると普段の彼等は神姫センターに向かい神姫バトルに没頭しているのだが今日は何故か黒野白太が「今日はだらだらしたい。」と言ってイシュタルが折れた。
と言いつつも神姫バトル一筋だった黒野白太は家庭用ゲーム機すら持っていないのでする事が無く結果的に「だらだらと」勉強時間を増やしただけだが。友達の居る奴はこんな時スマブラでもやっているのかなぁと益体の無い妄想をしつつ箸を動かしていると滅多に鳴る事の無い携帯電話から着信音が鳴り始めた。
聞き慣れていない突然の着信音に初めは「うぉぉっ。」と驚きつつも画面を見てみると見覚えの無い電話番号が表示されている。間違い電話かと勘繰ったが人の間違いは指摘してあげなければ可哀想だという純然な善意に動かされて通話開始ボタンを押し携帯電話を耳に当てる。
「はいもしもし、こちら間違い電話ですが。」
『相変わらず何を考えて生きているのか分かりませんわね、まだ精神病院への入院手続きは済ませていないの?』
「ん、この人格を否定する容赦無い罵倒は、お前、バアル(黒野白太数少ない友人が持つイーダ型神姫。イシュタルをライバル視している)か。」
『貴方が平然としているという事はイシュタルは無事らしいわね。残念ですわ、大義名分を持って戦えると思ったのに。』
「イシュタルは無事?………神姫絡みで何か事件があったの?」
『そう言う事です。一時間前に各地の神姫センターに新型の神姫専用ウイルスがばら撒かれました。』
「わお。今時そんな事する奴が居るんだ。」
『楽しそうに笑ってますけど、洒落になっていませんのよ。このウイルスは神姫に人間を攻撃させる効果を持っているのですから。』
「そりゃ不味いね。でも安心してよ、イシュタルは無事だから。じゃーねー。」
『待ちなさい、無事だと言うのなら本題に入りますわ。警察からの協力要請として貴方達にこの地区の神姫達の鎮圧を頼みたいのです。』
「やだよ。何で一般ピィ(→)ポォ(↑)である僕達がそんな面倒臭そうな事をしなくちゃいけないの。」
『今はまだ実害は出ていませんが、もし事件の鎮圧が長引いて実害が出ればまた神姫の是非が新聞で叩かれるますのよ。 貴方はそれでいいの?』
「いいよ別に。僕はただ勝ちたいだけの武装紳士だからさ。イメージアップはそこらへんの奴がやるだろうし暴徒の鎮圧なんて勝って当然の戦いは僕のキャラに合ってない。」
『この…!…あら、何かしらバッカス。え、代われ? ちょっと待ちなさい、この馬鹿には言いたい事が…ちょっと、無理矢理取らない『ぃよう、白太。』
「バッカス(バアルの相方のアーク型神姫)か。言っておくが僕は袖の下を貰っても参加する気は無いぞ。面倒は嫌だなんだの言いながら首を突っ込む主人公と一緒にするな。」
『分かってるよ、あんたがどんなキャラかくらいは。だからあんたに相応しい理由で動いてもらう。…バイツァ・ダスト。』
黒野白太の表情が遠くから見ても分かり易いほどに明確に歪んだ。
『あんたが竹姫葉月との戦いで使った技…あれはギリギリアウトなプログラムを使っている。それがバラされたら…分かるよね?』
「う…、や、止めてくれ。あれはほんの出来心だったんだ。なんか異名持ちは皆必殺技持ってるから、つい。」
『ついで済ませる事が出来たら警察はいらね―よな。でもまぁあんたにはマスターの友達だし、それなりの誠意を見せてくれればバイツァ・ダスト(笑)なんて焼却してやろうじゃないか。』
「…はい、精一杯努めさせていただきます。」
『よっし、じゃあイシュタルを連れて神姫センターに向かいな。あたし達もそっちに行くから、センターの一階で合流しよう。』
「時間が宜しければ個人的な好奇心を満たす為の質問をさせていただいても宜しいでしょうか。」
『いきなり気持ち悪い口調になったな。なんだよ。』
「…何で警察からの要請を神姫がやってるの?顔見知りだって事を差し引いても可笑しいよね?」
『あたしとバッカスのコンビはもう警察官としてそれなりの実績を出してるからだよ。給料だって貰ってるぞ。』
「え、何それ。」
『ふふん、この十五センチの身体じゃないと解決出来ない事件と言うのもあるんだ。じゃ、遅れずに来いよ。』
「了解。…あのー、イシュタル?…どこにっぐぁ
通話終了ボタンを押した黒野白太は事を伝えようと思ったがイシュタルは先程まで直ぐに近くで新聞を読んでいたのに新聞以外は見当たらない。かと思えば一瞬の後に後頭部に鈍い痛みが伝わりそのまま衝撃に乗せらされテーブルクロスに猛烈なキスをさせられた。テーブルクロスから顔を離した黒野白太は眼を「× ×」にして頭上で星を回しながらも元の位置に戻っていたイシュタルを目にする。
イシュタルは基本クールな性格のストラーフ型にしては珍しく慈母のような微笑みを見せて子をあやす母親のように優しく穏やかに語り掛ける。
「私は怒ってないぞ。」
「はぁ…。」
「マスターの違法行為を止められなかった私の責任でもある。だからこれについてとやかく言う権利は私には無い。」
「なら何で殴ったの。」
「だが仮にも武装紳士を名乗りながら神姫をどうでもいい等と発言するのは駄目なんじゃないか? いや、恥ずかしくはないのか? どうなんだ、うん?」
「でも僕は悪くな…いや、やめて、ごめんなさい、目玉は抉らないで、僕は現実を虚構にするなんて出来ないから。」
「他の武装紳士を乏しめた罪は労働で償おうじゃないか、マスター。早く準備をしてセンターに行くぞ。」
「…神姫に脅されたり神姫に殴られたりするマスターって世界中を探しても僕一人なんじゃ…「何か言ったかマスター?」イエス、何でもありません、マム!」
「何故、軍隊式なんだ…。」
軍人のようにきびきびとした動作で外出の準備を終えた黒野白太は外出用の鞄にイシュタルが潜り込んだことを確認し神姫センターに向かった。
…。
…。
…。
「やぁ、待ってたよ。白太君。」
馬車馬の如く自転車を駆り神姫センターに入った黒野白太とイシュタルが目にしたのは散乱した商品と両手に額に包帯を巻いて自称店長こと小泉一郎の姿だった。神姫センターの惨状は予想していたが普段へらへらとして厄介事を避ける事を得意とする店長の傷付いた姿に黒野白太は驚かざる得ない。その理由を問い質そうとすると同時に自動ドアを開け潜ったバアルとバッカスの到着に質問は中断させられ代わりにバアルが口を開いた。
「全く、酷い有様です事。あら、店長、どうしたんですか、貴方がそんな傷を負うなんて。」
「パニックになった客に突き飛ばされたんだ。幸い軽い傷だから気にしなくていい。それよりも君達には早く事件を解決して欲しいよ。これじゃ僕の店を開けない。」
「ここが店長さんの店かは置いて置いて、もうワクチンが出来ていると言うのは本当なのか?」
「うん、この対策ソフトを君達にインストールすればプログラムの影響は受けない。」
「一度掛った神姫からそのウイルスはもう取り除けないのですか?」
「取り除くこと自体は簡単だし取り除いても後遺症は無いから安心して。でも、このプログラムはとんでもないよ。」
「とんでもない?…違法な改造をすれば神姫に人間を攻撃させる事くらい容易でしょう?」
「指針が偶々人間への攻撃ってだけさ。このプログラムの本質はそこじゃない。本当の効果は神姫の無意識に干渉する…詩的な言い方をすれば神姫に夢を見せるプログラムだ。」
「夢を見せる? ピーターパンでも現れるのか?」
「このプログラムが全世界の神姫に組み込まれたら人間と神姫で戦争が起きるかもね。」
「ブファ!」「キャァ!」「うわ、汚っ!」「…どういう事だ?」
「通常の神姫には『人間に悪意を持ってはいけない』とか『人間を傷つけちゃいけない』とか『犯罪をしちゃいけない』とか人間にとって都合の良い禁則事項が無意識下に組み込まれている。」
「これがAIの上位に存在するから神姫は例えマスターに命じられたとしても人間を攻撃したり犯罪を犯したりする事が出来ない。改造して取り除けば別だけどね。」
「でもこのプログラムは改造を必要としない。このプログラムはAIにとって都合の良い様に禁則事項の解釈させる事で禁則事項を遵守しつつも人間に対し反逆する事を可能にさせる。」
「言うだけなら簡単だけどやるとなると、とんでもないよ。要するにこのプログラムを埋め込まれた神姫の精神は限りなく自由になり造物主である人間に近づくのだから。」
「…元に戻せるんですか?」「戻せるよ。人間に近づいてしまった神姫達の捕縛が先だけどね。説明もそこまでにして、対策プログラムを組み込むからそこのクレイドルに座りなさい。」
店長が指示した先にはパソコンと繋がれたクレイドルが三つありイシュタル、バアル、バッカスの三体は各々のクレイドルを選んで腰を下ろし一度休眠(スリープモード)にした。完全に物言わぬ人形と化した三体を見届けた店長はパソコンのキーボードに叩いて作業を終わらせた後、罅の入った瓶底眼鏡を外して黒野白太と向き合った。
「どのくらいの時間が掛るんですか?」
「二、三分ほど。AIのセキュリティを強化するだけだから、そんなに時間は掛らない。」
「そうですか。…あの、もしかして僕達が相手にする神姫は「わざわざ全部言わなくていいよ。君の想像通りだから。」
黒野白太の想像したものとは、今回の騒動の引き金となったプログラムはあくまであくまでキッカケに過ぎないのではないのかと言うもの。自分達が今から捕縛する神姫は人間に悪意を抱きつつも禁則事項によって悪意を抱く事が許されず自分の心を殺されていた者達ではないか。元々から邪悪だったのか、マスターが劣悪だったのか、環境が醜悪だったのか、それは分からないが、分かる事は一つだけある。この戦いは勝っても誰も喜ばない、捕えられた神姫達は運が悪くて処分され運が良くても再び自分の心を殺されて元の場所に戻されるだけなのだから。
黒野白太は眼を伏せると、ふぅ、と、やれやれ、とも言いたげな溜息を吐いて、肩の力を抜いて店長を見つめ返した。
「何だ、つまりこれは暴徒鎮圧なんかじゃなくてゴミ掃除って訳ですか。」
「その二つに大差は無いと思うけど?」
「全然違いますよ、モチベーションって奴が。あー、帰りたい。もう僕帰っていいですか? イシュタルは置いておきますんで。」
「まぁイシュタルがいれば楽勝だろうけどいいの? そもそも君はバッカスに脅されてきたんじゃないの?」
「な、何でそれが分かったんですか。」
「君が警察の仕事を手伝う理由なんてそれくらいしか思いつかないし。」
「ぐぬぬぬぬ…カマに掛けられたというわけですか…。」
「それにもうインストールは終わるから逃げられないよ。はい、これ。護身用の神姫専用の麻酔銃。」
一目では玩具の銃かと思ってしまう程に小さな拳銃が店長の手から黒野白太の手に渡った瞬間、タンと単調な音の後に麻酔銃が弾き飛ばされる。何事かと二人が目を張り音が聞こえてきた方へと向くと何時の間にかセンターに入っていた八体の神姫が徒党を組んで銃口を突き付けていた。
「動くな。私達の目的はセキュリティソフトと『刃毀れ(ソードブレイカー)』のイシュタルだ。」
人間から見れば人差し指程の大きさの銃火器も先程見ての通り人間を痛めつけるには十分な威力を秘めているのは分かり切っている。
両手を上げて無抵抗の意を示したと分かった神姫達は、二体が二人の挙動を見張り、五体が未だ休眠のイシュタルとバアルとバッカスを囲む。先程要求を突き付けたジルリバーズ型神姫が店長が操作していたコンピュータの前に立つとキーボードに飛び乗り器用にも踊るような足踏みでコンピュータに指示を出している。ジルリバーズの大胆に胸元が開いたバイクスーツから見える谷間に全神経を注いで注目しつつも黒野白太は彼女達の行為に対する疑問を口に出してみた。
「でもさ、例えイシュタルが禁則事項を守らなくなっても、僕を攻撃するとは限らな「黙れ。」
黒野白太の素朴な疑問は言い切られる事も答えられる事も無く見張っていた神姫が放った命令と小指に突き立てられたナイフで返された。
どうやら彼女達はイシュタルを、ついでにバアルとバッカスも、拉致するつもりらしい、神姫達はセンターの備品であるガムテープで三体の両手足を縛っている。そして黒野白太と店長は人質と言う事で三体と同様の処置をされており、人質と言う物には好き勝手にお喋りをする権利は無いと言いたいのだろう。異名持ちにまでなった神姫とそのマスターを捕え、マスターを人質にする事で神姫には自分達の味方になってもらう、常套手段である。
どうやってこの場から逃げ出そうかと二人は思索しているとふいに正確無比な稼働音と共に天井から弾丸の雨嵐が降り注いだ。奇襲に気付いた五体かの神姫は雨の当たらない場所にまで逃げ切るが、気付けなかった残り三体は装甲諸共腕や脚を穿たれて倒れ伏す。先に天井から五体の神姫が降り立って各々が手に持った刃物で黒野白太、店長、イシュタル、バアル、バッカスを拘束しているガムテープを切断する。
それを阻止せんと何体かの神姫が襲いかかるがまだ天井には神姫が隠れているらしくその神姫達からの援護射撃で退かざるえなかった。幸いにもインストールは襲撃の時点で完了していたらしくコンピュータの画面を見てそれに気付いた黒野白太はイシュタルに手を伸ばし休眠を解除する。状況は一転した、正体不明だが味方らしい神姫達と、襲撃を仕掛けた神姫達と、イシュタルの三つの勢力が睨み合い牽制し合っている。
緊張が場を支配する中で店長は自分達を助けた側の神姫の一体であるアーンヴァル型神姫に話し掛けた。
「えーっと、助けてくれてありがとう。それで、君達は?」
「私達はそのプログラムを受けても尚、マスターと人間達を守ろうと誓った神姫達です。店長さんとイシュタルさんの危機を知って駆けつけました。」
「要するに善玉か。でも君達も人間に害を与える可能性がある以上は僕達の捕縛対象だよ?」
「構いません。これは私達も話し合って決めた事です。」
「それに相手は君達と同じ無改造の神姫だ。…人間への悪意を押し殺していただけの、ね。」
「それでも私達はマスターと、その周りの人達が大好きなんです。失いたくないんです。だから皆を守る為に戦います。」
「…ふん、黙って聞いていれば随分と身勝手なんだね。自分達の平和の為に私達を生贄に捧げるってわけか。」
襲撃を仕掛けてきた神姫達の中から先程のジルリバーズ型神姫が前に出て口を挟んできた。
「あんた等は人間の本質って奴を何も分かってない。あいつらは負けたら私達のせいにして何度も何度もリセットをする。私達の気持なんて、知らずにさ。」
「否定はしません。そういうマスターがいるのは私達も知っています、見たことだってあります。」
「それでもあんた等は引き金を引く事に躊躇わないのか。」
「知っていても、分かっていても、見ていても、私達には守りたい絆があるんです!」
「ふん、開き直ったか! 所詮はお前達も人間達と一緒だよ! 困った時は私達の所為にして平気で切り捨てる!」
「それは分かっています…いつかは私達も貴方達と同じ目に遭うのかもしれない…それでも私達は戦います! 大好きなマスターの為に!」
「いつか終わる幸せの為に戦うのか…救いようの無い馬鹿だよ、あんた等は!」
アーンヴァルとジルリバーズの舌戦が加熱している、それに従い互いに突き刺さり合う敵意が益々鋭さを増し引き金に触れる指先にに力が篭る。僅か十五センチほどの乙女達が抱く戦意は歴史に並ぶ英雄達が抱くそれに勝るとも劣らない、これもまたプログラムの影響だろうか。
溺れてしまいそうな戦意の中、黒野白太は非常に分かり易く、わざとらしく、明確で大きな声で「こほんこほん。」と咳込んだ振りをした。何事かと二つの勢力の神姫達の視線が一斉に黒野白太に集まりそれに答えるように凛とした顔を保ったまま口を開いた。
「えー、神姫が人間に近付くプログラムに始まり人間が善いとか悪いとかシリアスな話になっていますね。作者も『どうしてこうなった』と頭を抱えています。」
「しかし今ではもう乗り掛かった船です。このままシリアス路線で突っ走りましょう。というわけで人間代表として僕は意思表示をしたいと思っています。」
「双方とも悲愴の覚悟で戦いに臨んでいます。この戦い、善悪という二元論で語っていいものではないのでしょう。でも僕の意思は先程からずっと変わっていません。」
「全て等しくどうでもいい。」
「それが僕の意思です。全ての神姫はマスターの勝利の為に存在するのです。それ以外に神姫に存在理由なんてものは無いと言っていいでしょう。」
「そこのジルリバーズは人間達は神姫の心が分からないと言いました。当たり前です、勝てない神姫なんてゴミと同然です。ゴミの心をどうやって分かれと言うのでしょうか?」
「そこのアーンヴァルも、絆とか言ってますけど、「神姫はマスターに勝利を捧げる」それ以外に何も無いのに無い物をどうやって守ると言うのですか。というか何で上から見線なんですか?」
「君達、もしかして木偶(人形)から猿(人間)に近付いた所為で調子に乗っていませんか。人間が善いだの悪いだの語るのはファンタジー物の最終戦辺りでやってくれませんか。」
「ここは武装神姫のSSサイトです。君達神姫は何も言わず何も思わず何も考えず何も感じずマスターに勝利を貢いでいればいいんですよ。」
神如く傲慢に満ちた上から目線の言葉にその場の敵意が一斉に黒野白太に向けられた。人間を守ると誓った筈の神姫達の中にも黒野白太への敵意を包み隠さず銃口や剣先を向けている神姫がありアーンヴァル型神姫が必死に宥めている。それでもどの神姫も黒野白太を攻撃しなかったのは彼を攻撃してしまえばその隙に敵勢力が一斉に攻めてくる事を予期しているからだ。
油と水が同時に注がれた所為で余計に強く燃え盛る戦意の炎は、天井からの降り注ぐ弾丸の雨嵐で掻き消された。だが先程とは違い、弾丸は先ずアーンヴァル型神姫達の四肢を貫き、遅れて突然の出来事に動揺したジルリバーズ型神姫達の四肢を貫く。無情なまでに正確な雨嵐が止んだ後にはその場に立つ事が出来る神姫は誰も残ってはいなかった。
何故、どうしてと動揺を隠せないアーンヴァル型神姫と、ジルリバーズ型神姫を眺めつつも、黒野白太は得意顔で天井を見上げると手の甲を高く掲げ上げた。手の甲にストラーフ型神姫、黒野白太の神姫であるイシュタルが降り立った、その姿を見た神姫達は今の銃撃は彼女の仕業である事を理解した。だが納得が出来ないと言った風な表情をするアーンヴァル型神姫は弾丸に貫かれた声帯機能を精一杯駆使して声を絞り出す。
「イシュタルさん…何で…私達まで…攻撃を…。」
「今回任された仕事はウイルスに感染した神姫を狩る事。つまり君達は全員、初めから私の標的だったというわけだ。」
「でも…私達は…人間の味方をして…。」
「仕事を抜きにしても私のマスターに銃口を向けた時点で君達は私の敵だよ。」
人間と異なり神姫は四肢を穿たれても動けなくなるだけで気絶する事は無いしそのまま放置されて失血死なんてものもするわけがない。イシュタルは倒れた神姫達一体一体の胸に掌底を叩き込み強制的に神姫を起動停止(ダウン)させる。
その間に店長はジルリバーズ神姫に弄られたパソコンと向き合ってデータをチェックし、黒野白太はバアルとバッカスの休眠を解除した。今まで休眠だった為に事情を知らない二人の目に飛び込んで来たのはさながら戦場の跡の様に野晒にされた神姫の死屍累々。
「ううん…さて、じゃあ早速…ってうわぁ、何これ!?」
「まさか休眠の間に襲われたのですか!?」
「襲われたけど大丈夫だよ。全部イシュタルが仕留めたから。」
「この数を?…うわぁ、流石イシュタル、異名持ちはやっぱり格が違うなぁ。」
「店長、白太さん、どうして私を目覚めさせてくれなかったのですか!」
「どうしてって…そりゃイシュタルは一人の方が強いし。」
「俺としては乱戦になって店を荒らされたく無かったから。」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…。」
唇を噛み締めながらもあらん限りの敵意を露わにするバアル、それを向けられても動じず黙々と神姫を起動停止させるイシュタル。イシュタルの作業が終わり戻ってきた彼女を見計らって状況はようやく落ち着きを取り戻し二人と三体は今後の事を話し合う。
「それで、バッカスは暴徒の鎮圧って言っているけど、具体的にはどうするの?」
「とりあえず先ずは数を捕まえる事だな。私達は動物と違ってAIがあるから全部捕まえるのは難しいし。」
「一般市民の神姫には外出をしないよう指示を出してありますから外で見かけた神姫は全て敵と見て宜しいですわ。」
「神姫ネットにも大々的に注意が出てるね。それにセキュリティソフトもインストール出来るようになってる。」
「じゃあ後は外に出て狩るだけですね。イシュタル、あれを使うよ。…この台詞、一生に一度でもいいから言ってみたかったんだ。」
無駄口を叩きつつ黒野白太が鞄から取り出したのは黒い光沢を放つクルーザータイプのバイク、細部は異なるもののジルリバーズ型神姫のそれに酷似している。二輪と三輪という違いはあるもののバイクへの変形機能を有したイーダ型神姫であるバアルとアーク型神姫であるバッカスは目を光らせた。
「ジルリバーズ型のアメリカンタイプのバイクだよね。どうしたの、これ。」
「今年のイシュタルの誕生日…僕の家に来た日に買ってあげたんだよ。」
「神姫に誕生日プレゼントなんて…白太さんはイシュタルにはとことん甘いですわね。」
「もしかしてもなくて、イシュタルは操縦出来るの?」
「当然だ。操縦出来なければただのバイクの模型だろう。」
構造が気になるのかバイクの周りをぐるぐると回ってじろじろと眺めているバッカスは車体に黄色で「Astaroth」と書かれている文字に気付く。
「Astaroth…アスタロト?」
「バイクの名前だ。私が付けた。」
「アスタロトとは確か悪魔の名前でしたわね…成程、悪魔型神姫の貴方らしいですわ。」
「星が入っていたから、というのもあるがな。」
「へ?…あぁ、成程…ってイシュタル、それに乗ってどこに行くつもりなのさ!」
「狩りに行く。数にもよるが…二時間ほどで終わるだろう。それまでは店長の手伝いでもしていてくれ。」
「一人で行くつもり!? 無茶もいいところだわ! 白太さん、止めてあげなさい!」
「いや…さっきも言ったけどイシュタルは一人の方が、それこそ僕(マスター)が居ない方が、強い。これは卑屈でも何でもない、真実だ。」
「僕も白太君と同意見だよ。イシュタルは一人の方が強い。君達は足手纏いにしかならない。」
「そんな…。」
「イシュタルはこの数を神姫を相手にして僕達を一切傷付ける事無く勝った。…君達二体が居たら、そうならなかっただろうね。」
「…。」「…。」
ダウンした数多くの神姫が物語り黒野白太が付け足した事実にバアルとバッカスは何も返す事が出来ず沈黙する。だがその表情には口に出す事が出来ない悔しさが滲み出て、かと言って矛先を向けるべき物は無く、恨めしげな顔で八つ当たり同然にイシュタルを見る。
それを了承の返事だと受け取ったイシュタルは背中で視線を受け止めつつもバイクを発進させセンターの外へと走り出した。イシュタルを見届けた黒野白太は携帯電話を取り出し幾つかのボタンを押すと画面に公道を走っているイシュタルの姿が映った。
「ほら、これでイシュタルの様子が見れるよ。一緒にだらだら傍観してようぜ。」
「…白太は。」
「うん?」
「白太は悔しく無いのか? 足手纏いで。マスターのあんたが居ない方がイシュタルは強いって知っていて。」
「んー…あんまり気にしていない、と言うか、どうでもいいかな。」
「どうでもいいって…何であんたはへらへら笑えるんだよ!」
「だから、どうでもいいからだよ。僕は神姫バトルに勝ちたいだけの武装紳士だから。僕が足手纏いとかイシュタルが強いとかは、どうでもいい。」
携帯電話の画面の中でイシュタルがヴァッフェバニー型神姫をアスタロトで撥ね飛ばしていた。それでも尚も抗うヴァッフェバニー型神姫にイシュタルは擦れ違い際に掌底を叩き込み前の神姫達と同様にダウンさせる。
「逆に聞きたいんだけどさ。じゃあ僕は勝っちゃいけないの?」
「足手纏いは勝っちゃいけないの? 他人に迷惑を掛けて生きている人間は勝っちゃいけないの? 才能が無い人間は勝っちゃいけないの?」
「友達が少ない人間は勝っちゃいけないの? 運が無い人間は勝っちゃいけないの? 努力しない人間は勝っちゃいけないの?」
「絆が大事だと思わない人間は勝っちゃいけないの? 大切なものを守りたいと思わない人間は勝っちゃいけないの? 勝利より大事なものがあると思わない人間は勝っちゃいけないの?」
「性格が悪い人間は勝っちゃいけないの? 他人の事なんてどうでもいい人間は勝っちゃいけないの? 他人を煽る事が大好きな人間は勝っちゃいけないの?」
「神姫が強い人間は勝っちゃいけないの? マスターとしては最悪の人間は勝っちゃいけないの? 誰とも出会わない人間は勝っちゃいけないの?」
「それでも僕は勝ちたいんだ。例え僕の人生にとっては無意味で無価値で無関係であっても、勝負に勝っても負けても引き分けでもね。」
「…白太さんは本当に何を考えて生きているのか分かりませんわね、」
「僕が考えているのは勝利だけさ。」
…。
…。
…。
それから一時間半後にイシュタルは神姫センターに戻ってきた。
警察に依頼された通り神姫暴走事件は一応鎮火され神姫センターを襲撃、守護しようと神姫達を含めて計五十二体の神姫が捕獲された。
その神姫達がどうなったのか、黒野白太は知らないし、知ろうともしないし、神姫達の存在すら明日まで覚えているつもりも無い。それよりも今回の事件の所為で『街を駆る武装ライダー』なる存在としてイシュタルが新聞記事に映っており折角の機会をどう活かすべきかに悩んでいた。
「でも少女が家の庭で一生懸命に育てた花は山中で登山家に感動を与えた花を咲かせる事は無く枯れ果ててしまった。」
「即ち花に限らずありとあらゆる生物は環境の奴隷で山中で綺麗な花を咲かせる花も環境が変われば花を咲かす事は無く枯れてしまうという事。」
「僕はこれは人間の恋愛にも当て嵌まると思っている。例えとして同じ大学に通う相思相愛の男女がいるとしよう。」
「男はいつもしっかり者の女が好きで女はいざという時に頼りになる男が好き。二人はデートから始まりプロポーズを経て×××をする。」
「で、二人は何事も無く大学を卒業して職に就けたとする。それから数年経った後も二人の相思相愛は続くのか? 答えはノーだと僕は思う。」
「先程も言ったけど生物は環境の奴隷だ。行く場所が大学から会社に変わり二人を囲む環境が変われば二人も変わってしまうんだ。」
「変わった後も相思相愛が続く可能性は限りなく低い。就職して直ぐに別れるなんて事は無いけど段々と二人の間に大きな溝が出来る筈だ。」
「この溝は精神的な変化に伴うものだから塞ぐ手段は無い。でも溝の大きさを零に近付ける手段はある。それは相手を知る事さ。」
「より具体的に言えば相手の家庭を知る、両親は何をしている人だとか普段は何を食べているのかとか住んでいる家の構造だとか知る事。」
「そんなのはストーカーだと言う人もいるだろうけど僕はそうは思わない。」
「家庭は人格を形成する重大な要素の一つだ。花と土の関係と言っても過言ではない。家庭を知る事はその人の性格を知る事と同義なんだ。」
「ギャルゲーなんかで幼馴染が魅力的なのもこの辺りが原因だね。何せ幼馴染だから互いの家庭を知り知られているわけだし。」
「それに結婚や出産を視野に入れるのであればいずれ自分と婚約者の二人で一つの家庭を作らなければならない。」
「その時に婚約者の家庭も知らずにただ自分はこう育ったからと自分の家庭を婚約者や自分の子供に押し付けるのは身勝手極まりない。」
「断言しよう。相手の家庭を碌に知らない奴が嘯く告白なんて所詮は綺麗だからと花を摘む少女と同じ上っ面から出た感情だ。」
「付き合いを認めて欲しいから相手の両親に会いに行く? 逆だろ馬鹿。相手の親の顔も知らず付き合いが出来ると思っているのか。」
「そういうわけで『付き合い始めたらそれを認めてくれない向こうの両親が壁として立ちはだかる』展開は僕は大嫌いです。」
「別に僕は人と付き合うのには許可が必要だと言いたいんじゃない。自分達が付き合う事で両親が敵になる事を予想しない連中を告発する。」
「無知は罪だ。何も知らない癖に何も知ろうともしない癖に愛しているなんて分かった風な口を叩いてんじゃねー!」
「そうか成程。だから君は恋人は居ないどころかボッチなんだ。」
「ボ、ボッチちゃうわ!」
等とテンプレ的な会話をしつつ、いいとも増刊号を見ながらも昼食を食べ終えた黒野白太と休息をしていたイシュタルはだらだらしていた。休日になると普段の彼等は神姫センターに向かい神姫バトルに没頭しているのだが今日は何故か黒野白太が「今日はだらだらしたい。」と言ってイシュタルが折れた。
と言いつつも神姫バトル一筋だった黒野白太は家庭用ゲーム機すら持っていないのでする事が無く結果的に「だらだらと」勉強時間を増やしただけだが。友達の居る奴はこんな時スマブラでもやっているのかなぁと益体の無い妄想をしつつ箸を動かしていると滅多に鳴る事の無い携帯電話から着信音が鳴り始めた。
聞き慣れていない突然の着信音に初めは「うぉぉっ。」と驚きつつも画面を見てみると見覚えの無い電話番号が表示されている。間違い電話かと勘繰ったが人の間違いは指摘してあげなければ可哀想だという純然な善意に動かされて通話開始ボタンを押し携帯電話を耳に当てる。
「はいもしもし、こちら間違い電話ですが。」
『相変わらず何を考えて生きているのか分かりませんわね、まだ精神病院への入院手続きは済ませていないの?』
「ん、この人格を否定する容赦無い罵倒は、お前、バアル(黒野白太数少ない友人が持つイーダ型神姫。イシュタルをライバル視している)か。」
『貴方が平然としているという事はイシュタルは無事らしいわね。残念ですわ、大義名分を持って戦えると思ったのに。』
「イシュタルは無事?………神姫絡みで何か事件があったの?」
『そう言う事です。一時間前に各地の神姫センターに新型の神姫専用ウイルスがばら撒かれました。』
「わお。今時そんな事する奴が居るんだ。」
『楽しそうに笑ってますけど、洒落になっていませんのよ。このウイルスは神姫に人間を攻撃させる効果を持っているのですから。』
「そりゃ不味いね。でも安心してよ、イシュタルは無事だから。じゃーねー。」
『待ちなさい、無事だと言うのなら本題に入りますわ。警察からの協力要請として貴方達にこの地区の神姫達の鎮圧を頼みたいのです。』
「やだよ。何で一般ピィ(→)ポォ(↑)である僕達がそんな面倒臭そうな事をしなくちゃいけないの。」
『今はまだ実害は出ていませんが、もし事件の鎮圧が長引いて実害が出ればまた神姫の是非が新聞で叩かれるますのよ。 貴方はそれでいいの?』
「いいよ別に。僕はただ勝ちたいだけの武装紳士だからさ。イメージアップはそこらへんの奴がやるだろうし暴徒の鎮圧なんて勝って当然の戦いは僕のキャラに合ってない。」
『この…!…あら、何かしらバッカス。え、代われ? ちょっと待ちなさい、この馬鹿には言いたい事が…ちょっと、無理矢理取らない『ぃよう、白太。』
「バッカス(バアルの相方のアーク型神姫)か。言っておくが僕は袖の下を貰っても参加する気は無いぞ。面倒は嫌だなんだの言いながら首を突っ込む主人公と一緒にするな。」
『分かってるよ、あんたがどんなキャラかくらいは。だからあんたに相応しい理由で動いてもらう。…バイツァ・ダスト。』
黒野白太の表情が遠くから見ても分かり易いほどに明確に歪んだ。
『あんたが竹姫葉月との戦いで使った技…あれはギリギリアウトなプログラムを使っている。それがバラされたら…分かるよね?』
「う…、や、止めてくれ。あれはほんの出来心だったんだ。なんか異名持ちは皆必殺技持ってるから、つい。」
『ついで済ませる事が出来たら警察はいらね―よな。でもまぁあんたにはマスターの友達だし、それなりの誠意を見せてくれればバイツァ・ダスト(笑)なんて焼却してやろうじゃないか。』
「…はい、精一杯努めさせていただきます。」
『よっし、じゃあイシュタルを連れて神姫センターに向かいな。あたし達もそっちに行くから、センターの一階で合流しよう。』
「時間が宜しければ個人的な好奇心を満たす為の質問をさせていただいても宜しいでしょうか。」
『いきなり気持ち悪い口調になったな。なんだよ。』
「…何で警察からの要請を神姫がやってるの?顔見知りだって事を差し引いても可笑しいよね?」
『あたしとバッカスのコンビはもう警察官としてそれなりの実績を出してるからだよ。給料だって貰ってるぞ。』
「え、何それ。」
『ふふん、この十五センチの身体じゃないと解決出来ない事件と言うのもあるんだ。じゃ、遅れずに来いよ。』
「了解。…あのー、イシュタル?…どこにっぐぁ
通話終了ボタンを押した黒野白太は事を伝えようと思ったがイシュタルは先程まで直ぐに近くで新聞を読んでいたのに新聞以外は見当たらない。かと思えば一瞬の後に後頭部に鈍い痛みが伝わりそのまま衝撃に乗せらされテーブルクロスに猛烈なキスをさせられた。テーブルクロスから顔を離した黒野白太は眼を「× ×」にして頭上で星を回しながらも元の位置に戻っていたイシュタルを目にする。
イシュタルは基本クールな性格のストラーフ型にしては珍しく慈母のような微笑みを見せて子をあやす母親のように優しく穏やかに語り掛ける。
「私は怒ってないぞ。」
「はぁ…。」
「マスターの違法行為を止められなかった私の責任でもある。だからこれについてとやかく言う権利は私には無い。」
「なら何で殴ったの。」
「だが仮にも武装紳士を名乗りながら神姫をどうでもいい等と発言するのは駄目なんじゃないか? いや、恥ずかしくはないのか? どうなんだ、うん?」
「でも僕は悪くな…いや、やめて、ごめんなさい、目玉は抉らないで、僕は現実を虚構にするなんて出来ないから。」
「他の武装紳士を乏しめた罪は労働で償おうじゃないか、マスター。早く準備をしてセンターに行くぞ。」
「…神姫に脅されたり神姫に殴られたりするマスターって世界中を探しても僕一人なんじゃ…「何か言ったかマスター?」イエス、何でもありません、マム!」
「何故、軍隊式なんだ…。」
軍人のようにきびきびとした動作で外出の準備を終えた黒野白太は外出用の鞄にイシュタルが潜り込んだことを確認し神姫センターに向かった。
…。
…。
…。
「やぁ、待ってたよ。白太君。」
馬車馬の如く自転車を駆り神姫センターに入った黒野白太とイシュタルが目にしたのは散乱した商品と両手に額に包帯を巻いて自称店長こと小泉一郎の姿だった。神姫センターの惨状は予想していたが普段へらへらとして厄介事を避ける事を得意とする店長の傷付いた姿に黒野白太は驚かざる得ない。その理由を問い質そうとすると同時に自動ドアを開け潜ったバアルとバッカスの到着に質問は中断させられ代わりにバアルが口を開いた。
「全く、酷い有様です事。あら、店長、どうしたんですか、貴方がそんな傷を負うなんて。」
「パニックになった客に突き飛ばされたんだ。幸い軽い傷だから気にしなくていい。それよりも君達には早く事件を解決して欲しいよ。これじゃ僕の店を開けない。」
「ここが店長さんの店かは置いて置いて、もうワクチンが出来ていると言うのは本当なのか?」
「うん、この対策ソフトを君達にインストールすればプログラムの影響は受けない。」
「一度掛った神姫からそのウイルスはもう取り除けないのですか?」
「取り除くこと自体は簡単だし取り除いても後遺症は無いから安心して。でも、このプログラムはとんでもないよ。」
「とんでもない?…違法な改造をすれば神姫に人間を攻撃させる事くらい容易でしょう?」
「指針が偶々人間への攻撃ってだけさ。このプログラムの本質はそこじゃない。本当の効果は神姫の無意識に干渉する…詩的な言い方をすれば神姫に夢を見せるプログラムだ。」
「夢を見せる? ピーターパンでも現れるのか?」
「このプログラムが全世界の神姫に組み込まれたら人間と神姫で戦争が起きるかもね。」
「ブファ!」「キャァ!」「うわ、汚っ!」「…どういう事だ?」
「通常の神姫には『人間に悪意を持ってはいけない』とか『人間を傷つけちゃいけない』とか『犯罪をしちゃいけない』とか人間にとって都合の良い禁則事項が無意識下に組み込まれている。」
「これがAIの上位に存在するから神姫は例えマスターに命じられたとしても人間を攻撃したり犯罪を犯したりする事が出来ない。改造して取り除けば別だけどね。」
「でもこのプログラムは改造を必要としない。このプログラムはAIにとって都合の良い様に禁則事項の解釈させる事で禁則事項を遵守しつつも人間に対し反逆する事を可能にさせる。」
「言うだけなら簡単だけどやるとなると、とんでもないよ。要するにこのプログラムを埋め込まれた神姫の精神は限りなく自由になり造物主である人間に近づくのだから。」
「…元に戻せるんですか?」「戻せるよ。人間に近づいてしまった神姫達の捕縛が先だけどね。説明もそこまでにして、対策プログラムを組み込むからそこのクレイドルに座りなさい。」
店長が指示した先にはパソコンと繋がれたクレイドルが三つありイシュタル、バアル、バッカスの三体は各々のクレイドルを選んで腰を下ろし一度休眠(スリープモード)にした。完全に物言わぬ人形と化した三体を見届けた店長はパソコンのキーボードに叩いて作業を終わらせた後、罅の入った瓶底眼鏡を外して黒野白太と向き合った。
「どのくらいの時間が掛るんですか?」
「二、三分ほど。AIのセキュリティを強化するだけだから、そんなに時間は掛らない。」
「そうですか。…あの、もしかして僕達が相手にする神姫は「わざわざ全部言わなくていいよ。君の想像通りだから。」
黒野白太の想像したものとは、今回の騒動の引き金となったプログラムはあくまであくまでキッカケに過ぎないのではないのかと言うもの。自分達が今から捕縛する神姫は人間に悪意を抱きつつも禁則事項によって悪意を抱く事が許されず自分の心を殺されていた者達ではないか。元々から邪悪だったのか、マスターが劣悪だったのか、環境が醜悪だったのか、それは分からないが、分かる事は一つだけある。この戦いは勝っても誰も喜ばない、捕えられた神姫達は運が悪くて処分され運が良くても再び自分の心を殺されて元の場所に戻されるだけなのだから。
黒野白太は眼を伏せると、ふぅ、と、やれやれ、とも言いたげな溜息を吐いて、肩の力を抜いて店長を見つめ返した。
「何だ、つまりこれは暴徒鎮圧なんかじゃなくてゴミ掃除って訳ですか。」
「その二つに大差は無いと思うけど?」
「全然違いますよ、モチベーションって奴が。あー、帰りたい。もう僕帰っていいですか? イシュタルは置いておきますんで。」
「まぁイシュタルがいれば楽勝だろうけどいいの? そもそも君はバッカスに脅されてきたんじゃないの?」
「な、何でそれが分かったんですか。」
「君が警察の仕事を手伝う理由なんてそれくらいしか思いつかないし。」
「ぐぬぬぬぬ…カマに掛けられたというわけですか…。」
「それにもうインストールは終わるから逃げられないよ。はい、これ。護身用の神姫専用の麻酔銃。」
一目では玩具の銃かと思ってしまう程に小さな拳銃が店長の手から黒野白太の手に渡った瞬間、タンと単調な音の後に麻酔銃が弾き飛ばされる。何事かと二人が目を張り音が聞こえてきた方へと向くと何時の間にかセンターに入っていた八体の神姫が徒党を組んで銃口を突き付けていた。
「動くな。私達の目的はセキュリティソフトと『刃毀れ(ソードブレイカー)』のイシュタルだ。」
人間から見れば人差し指程の大きさの銃火器も先程見ての通り人間を痛めつけるには十分な威力を秘めているのは分かり切っている。
両手を上げて無抵抗の意を示したと分かった神姫達は、二体が二人の挙動を見張り、五体が未だ休眠のイシュタルとバアルとバッカスを囲む。先程要求を突き付けたジルリバーズ型神姫が店長が操作していたコンピュータの前に立つとキーボードに飛び乗り器用にも踊るような足踏みでコンピュータに指示を出している。ジルリバーズの大胆に胸元が開いたバイクスーツから見える谷間に全神経を注いで注目しつつも黒野白太は彼女達の行為に対する疑問を口に出してみた。
「でもさ、例えイシュタルが禁則事項を守らなくなっても、僕を攻撃するとは限らな「黙れ。」
黒野白太の素朴な疑問は言い切られる事も答えられる事も無く見張っていた神姫が放った命令と小指に突き立てられたナイフで返された。
どうやら彼女達はイシュタルを、ついでにバアルとバッカスも、拉致するつもりらしい、神姫達はセンターの備品であるガムテープで三体の両手足を縛っている。そして黒野白太と店長は人質と言う事で三体と同様の処置をされており、人質と言う物には好き勝手にお喋りをする権利は無いと言いたいのだろう。異名持ちにまでなった神姫とそのマスターを捕え、マスターを人質にする事で神姫には自分達の味方になってもらう、常套手段である。
どうやってこの場から逃げ出そうかと二人は思索しているとふいに正確無比な稼働音と共に天井から弾丸の雨嵐が降り注いだ。奇襲に気付いた五体かの神姫は雨の当たらない場所にまで逃げ切るが、気付けなかった残り三体は装甲諸共腕や脚を穿たれて倒れ伏す。先に天井から五体の神姫が降り立って各々が手に持った刃物で黒野白太、店長、イシュタル、バアル、バッカスを拘束しているガムテープを切断する。
それを阻止せんと何体かの神姫が襲いかかるがまだ天井には神姫が隠れているらしくその神姫達からの援護射撃で退かざるえなかった。幸いにもインストールは襲撃の時点で完了していたらしくコンピュータの画面を見てそれに気付いた黒野白太はイシュタルに手を伸ばし休眠を解除する。状況は一転した、正体不明だが味方らしい神姫達と、襲撃を仕掛けた神姫達と、イシュタルの三つの勢力が睨み合い牽制し合っている。
緊張が場を支配する中で店長は自分達を助けた側の神姫の一体であるアーンヴァル型神姫に話し掛けた。
「えーっと、助けてくれてありがとう。それで、君達は?」
「私達はそのプログラムを受けても尚、マスターと人間達を守ろうと誓った神姫達です。店長さんとイシュタルさんの危機を知って駆けつけました。」
「要するに善玉か。でも君達も人間に害を与える可能性がある以上は僕達の捕縛対象だよ?」
「構いません。これは私達も話し合って決めた事です。」
「それに相手は君達と同じ無改造の神姫だ。…人間への悪意を押し殺していただけの、ね。」
「それでも私達はマスターと、その周りの人達が大好きなんです。失いたくないんです。だから皆を守る為に戦います。」
「…ふん、黙って聞いていれば随分と身勝手なんだね。自分達の平和の為に私達を生贄に捧げるってわけか。」
襲撃を仕掛けてきた神姫達の中から先程のジルリバーズ型神姫が前に出て口を挟んできた。
「あんた等は人間の本質って奴を何も分かってない。あいつらは負けたら私達のせいにして何度も何度もリセットをする。私達の気持なんて、知らずにさ。」
「否定はしません。そういうマスターがいるのは私達も知っています、見たことだってあります。」
「それでもあんた等は引き金を引く事に躊躇わないのか。」
「知っていても、分かっていても、見ていても、私達には守りたい絆があるんです!」
「ふん、開き直ったか! 所詮はお前達も人間達と一緒だよ! 困った時は私達の所為にして平気で切り捨てる!」
「それは分かっています…いつかは私達も貴方達と同じ目に遭うのかもしれない…それでも私達は戦います! 大好きなマスターの為に!」
「いつか終わる幸せの為に戦うのか…救いようの無い馬鹿だよ、あんた等は!」
アーンヴァルとジルリバーズの舌戦が加熱している、それに従い互いに突き刺さり合う敵意が益々鋭さを増し引き金に触れる指先にに力が篭る。僅か十五センチほどの乙女達が抱く戦意は歴史に並ぶ英雄達が抱くそれに勝るとも劣らない、これもまたプログラムの影響だろうか。
溺れてしまいそうな戦意の中、黒野白太は非常に分かり易く、わざとらしく、明確で大きな声で「こほんこほん。」と咳込んだ振りをした。何事かと二つの勢力の神姫達の視線が一斉に黒野白太に集まりそれに答えるように凛とした顔を保ったまま口を開いた。
「えー、神姫が人間に近付くプログラムに始まり人間が善いとか悪いとかシリアスな話になっていますね。作者も『どうしてこうなった』と頭を抱えています。」
「しかし今ではもう乗り掛かった船です。このままシリアス路線で突っ走りましょう。というわけで人間代表として僕は意思表示をしたいと思っています。」
「双方とも悲愴の覚悟で戦いに臨んでいます。この戦い、善悪という二元論で語っていいものではないのでしょう。でも僕の意思は先程からずっと変わっていません。」
「全て等しくどうでもいい。」
「それが僕の意思です。全ての神姫はマスターの勝利の為に存在するのです。それ以外に神姫に存在理由なんてものは無いと言っていいでしょう。」
「そこのジルリバーズは人間達は神姫の心が分からないと言いました。当たり前です、勝てない神姫なんてゴミと同然です。ゴミの心をどうやって分かれと言うのでしょうか?」
「そこのアーンヴァルも、絆とか言ってますけど、「神姫はマスターに勝利を捧げる」それ以外に何も無いのに無い物をどうやって守ると言うのですか。というか何で上から見線なんですか?」
「君達、もしかして木偶(人形)から猿(人間)に近付いた所為で調子に乗っていませんか。人間が善いだの悪いだの語るのはファンタジー物の最終戦辺りでやってくれませんか。」
「ここは武装神姫のSSサイトです。君達神姫は何も言わず何も思わず何も考えず何も感じずマスターに勝利を貢いでいればいいんですよ。」
神如く傲慢に満ちた上から目線の言葉にその場の敵意が一斉に黒野白太に向けられた。人間を守ると誓った筈の神姫達の中にも黒野白太への敵意を包み隠さず銃口や剣先を向けている神姫がありアーンヴァル型神姫が必死に宥めている。それでもどの神姫も黒野白太を攻撃しなかったのは彼を攻撃してしまえばその隙に敵勢力が一斉に攻めてくる事を予期しているからだ。
油と水が同時に注がれた所為で余計に強く燃え盛る戦意の炎は、天井からの降り注ぐ弾丸の雨嵐で掻き消された。だが先程とは違い、弾丸は先ずアーンヴァル型神姫達の四肢を貫き、遅れて突然の出来事に動揺したジルリバーズ型神姫達の四肢を貫く。無情なまでに正確な雨嵐が止んだ後にはその場に立つ事が出来る神姫は誰も残ってはいなかった。
何故、どうしてと動揺を隠せないアーンヴァル型神姫と、ジルリバーズ型神姫を眺めつつも、黒野白太は得意顔で天井を見上げると手の甲を高く掲げ上げた。手の甲にストラーフ型神姫、黒野白太の神姫であるイシュタルが降り立った、その姿を見た神姫達は今の銃撃は彼女の仕業である事を理解した。だが納得が出来ないと言った風な表情をするアーンヴァル型神姫は弾丸に貫かれた声帯機能を精一杯駆使して声を絞り出す。
「イシュタルさん…何で…私達まで…攻撃を…。」
「今回任された仕事はウイルスに感染した神姫を狩る事。つまり君達は全員、初めから私の標的だったというわけだ。」
「でも…私達は…人間の味方をして…。」
「仕事を抜きにしても私のマスターに銃口を向けた時点で君達は私の敵だよ。」
人間と異なり神姫は四肢を穿たれても動けなくなるだけで気絶する事は無いしそのまま放置されて失血死なんてものもするわけがない。イシュタルは倒れた神姫達一体一体の胸に掌底を叩き込み強制的に神姫を起動停止(ダウン)させる。
その間に店長はジルリバーズ神姫に弄られたパソコンと向き合ってデータをチェックし、黒野白太はバアルとバッカスの休眠を解除した。今まで休眠だった為に事情を知らない二人の目に飛び込んで来たのはさながら戦場の跡の様に野晒にされた神姫の死屍累々。
「ううん…さて、じゃあ早速…ってうわぁ、何これ!?」
「まさか休眠の間に襲われたのですか!?」
「襲われたけど大丈夫だよ。全部イシュタルが仕留めたから。」
「この数を?…うわぁ、流石イシュタル、異名持ちはやっぱり格が違うなぁ。」
「店長、白太さん、どうして私を目覚めさせてくれなかったのですか!」
「どうしてって…そりゃイシュタルは一人の方が強いし。」
「俺としては乱戦になって店を荒らされたく無かったから。」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…。」
唇を噛み締めながらもあらん限りの敵意を露わにするバアル、それを向けられても動じず黙々と神姫を起動停止させるイシュタル。イシュタルの作業が終わり戻ってきた彼女を見計らって状況はようやく落ち着きを取り戻し二人と三体は今後の事を話し合う。
「それで、バッカスは暴徒の鎮圧って言っているけど、具体的にはどうするの?」
「とりあえず先ずは数を捕まえる事だな。私達は動物と違ってAIがあるから全部捕まえるのは難しいし。」
「一般市民の神姫には外出をしないよう指示を出してありますから外で見かけた神姫は全て敵と見て宜しいですわ。」
「神姫ネットにも大々的に注意が出てるね。それにセキュリティソフトもインストール出来るようになってる。」
「じゃあ後は外に出て狩るだけですね。イシュタル、あれを使うよ。…この台詞、一生に一度でもいいから言ってみたかったんだ。」
無駄口を叩きつつ黒野白太が鞄から取り出したのは黒い光沢を放つクルーザータイプのバイク、細部は異なるもののジルリバーズ型神姫のそれに酷似している。二輪と三輪という違いはあるもののバイクへの変形機能を有したイーダ型神姫であるバアルとアーク型神姫であるバッカスは目を光らせた。
「ジルリバーズ型のアメリカンタイプのバイクだよね。どうしたの、これ。」
「今年のイシュタルの誕生日…僕の家に来た日に買ってあげたんだよ。」
「神姫に誕生日プレゼントなんて…白太さんはイシュタルにはとことん甘いですわね。」
「もしかしてもなくて、イシュタルは操縦出来るの?」
「当然だ。操縦出来なければただのバイクの模型だろう。」
構造が気になるのかバイクの周りをぐるぐると回ってじろじろと眺めているバッカスは車体に黄色で「Astaroth」と書かれている文字に気付く。
「Astaroth…アスタロト?」
「バイクの名前だ。私が付けた。」
「アスタロトとは確か悪魔の名前でしたわね…成程、悪魔型神姫の貴方らしいですわ。」
「星が入っていたから、というのもあるがな。」
「へ?…あぁ、成程…ってイシュタル、それに乗ってどこに行くつもりなのさ!」
「狩りに行く。数にもよるが…二時間ほどで終わるだろう。それまでは店長の手伝いでもしていてくれ。」
「一人で行くつもり!? 無茶もいいところだわ! 白太さん、止めてあげなさい!」
「いや…さっきも言ったけどイシュタルは一人の方が、それこそ僕(マスター)が居ない方が、強い。これは卑屈でも何でもない、真実だ。」
「僕も白太君と同意見だよ。イシュタルは一人の方が強い。君達は足手纏いにしかならない。」
「そんな…。」
「イシュタルはこの数を神姫を相手にして僕達を一切傷付ける事無く勝った。…君達二体が居たら、そうならなかっただろうね。」
「…。」「…。」
ダウンした数多くの神姫が物語り黒野白太が付け足した事実にバアルとバッカスは何も返す事が出来ず沈黙する。だがその表情には口に出す事が出来ない悔しさが滲み出て、かと言って矛先を向けるべき物は無く、恨めしげな顔で八つ当たり同然にイシュタルを見る。
それを了承の返事だと受け取ったイシュタルは背中で視線を受け止めつつもバイクを発進させセンターの外へと走り出した。イシュタルを見届けた黒野白太は携帯電話を取り出し幾つかのボタンを押すと画面に公道を走っているイシュタルの姿が映った。
「ほら、これでイシュタルの様子が見れるよ。一緒にだらだら傍観してようぜ。」
「…白太は。」
「うん?」
「白太は悔しく無いのか? 足手纏いで。マスターのあんたが居ない方がイシュタルは強いって知っていて。」
「んー…あんまり気にしていない、と言うか、どうでもいいかな。」
「どうでもいいって…何であんたはへらへら笑えるんだよ!」
「だから、どうでもいいからだよ。僕は神姫バトルに勝ちたいだけの武装紳士だから。僕が足手纏いとかイシュタルが強いとかは、どうでもいい。」
携帯電話の画面の中でイシュタルがヴァッフェバニー型神姫をアスタロトで撥ね飛ばしていた。それでも尚も抗うヴァッフェバニー型神姫にイシュタルは擦れ違い際に掌底を叩き込み前の神姫達と同様にダウンさせる。
「逆に聞きたいんだけどさ。じゃあ僕は勝っちゃいけないの?」
「足手纏いは勝っちゃいけないの? 他人に迷惑を掛けて生きている人間は勝っちゃいけないの? 才能が無い人間は勝っちゃいけないの?」
「友達が少ない人間は勝っちゃいけないの? 運が無い人間は勝っちゃいけないの? 努力しない人間は勝っちゃいけないの?」
「絆が大事だと思わない人間は勝っちゃいけないの? 大切なものを守りたいと思わない人間は勝っちゃいけないの? 勝利より大事なものがあると思わない人間は勝っちゃいけないの?」
「性格が悪い人間は勝っちゃいけないの? 他人の事なんてどうでもいい人間は勝っちゃいけないの? 他人を煽る事が大好きな人間は勝っちゃいけないの?」
「神姫が強い人間は勝っちゃいけないの? マスターとしては最悪の人間は勝っちゃいけないの? 誰とも出会わない人間は勝っちゃいけないの?」
「それでも僕は勝ちたいんだ。例え僕の人生にとっては無意味で無価値で無関係であっても、勝負に勝っても負けても引き分けでもね。」
「…白太さんは本当に何を考えて生きているのか分かりませんわね、」
「僕が考えているのは勝利だけさ。」
…。
…。
…。
それから一時間半後にイシュタルは神姫センターに戻ってきた。
警察に依頼された通り神姫暴走事件は一応鎮火され神姫センターを襲撃、守護しようと神姫達を含めて計五十二体の神姫が捕獲された。
その神姫達がどうなったのか、黒野白太は知らないし、知ろうともしないし、神姫達の存在すら明日まで覚えているつもりも無い。それよりも今回の事件の所為で『街を駆る武装ライダー』なる存在としてイシュタルが新聞記事に映っており折角の機会をどう活かすべきかに悩んでいた。