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キズナのキセキ・ACT1-22:異邦人はあきらめない - (2012/03/07 (水) 23:04:46) のソース
&bold(){キズナのキセキ} ACT1-22「異邦人はあきらめない」 ◆ 答案用紙の枚数をチェックしていた教師が、 「今日はここまでにしましょう」 教卓の上で紙の束を揃えながら、補習授業の終わりを告げた。 当番を任された生徒が「起立、礼」と号令をかける。 すると、教室内が一気に開放感で溢れた。 期末テスト後、成績不振者が集められた補習授業は、今日の再テストで終了である。 園田有紀と蓼科涼子は早々に荷物をまとめると、 「よし、急ぐぞ」 「うん」 足早に教室を出る。 しかし、出てすぐに、二人は呼び止められた。 「有紀、涼子。補習終わった?」 優しげに話しかけてきたのは、彼女たちのリーダー格の八重樫美緒。 その隣には、美緒の彼氏でチームメイトの安藤智哉と、もう一人のメンバー・江崎梨々香もいた。 有紀と涼子はみるみる鬼のような形相になり、三人を怒鳴りつけた。 「てめーらっ! 先に行っとけって言っただろ!」 「なんでここにいるのよ!?」 「え……だ、だって二人とも今日で補習終わりだって言ってたから、一緒に行こうかと思って待ってたのに……」 戸惑いながら言う美緒に、さらに二人はヒートアップする。 「アホか! あたしたちの補習よりも、菜々子さんの特訓のが大事だろが!!」 「もう仕上げの段階だって、遠野さんも言ってたでしょう!? こんなとこで油売ってる暇ないのよ!」 「ああ、こんなことしてる場合じゃねー。さっさと行くぞ、涼子」 「そうね、急ぎましょう」 二人は美緒たちを置き去りにして、小走りに昇降口へと向かう。 美緒たち三人も、あわてて後を追った。 期末試験前の週末が明けてから、有紀と涼子は態度が一変していた。 いつのまにか久住菜々子と和解し、特訓に積極的に協力するようになっていた。 その週末に何かあったことは確実だが、それが何なのかは、安藤も知らない。 遠野に訊いても何も言わないし、大城に訊いても、 「まあ、また遠野がやってくれたのさ」 とだけ言って、うやむやにする。 美緒は訳が分からず不満なようだが、大城の一言こそがすべてを物語っているように安藤には思えた。 あの日、安藤と大城に協力を求めた遠野は言ったのだ。奇跡が起きるところを見せる、と。 有紀と涼子が、菜々子と仲直りすることも、安藤からしてみれば、奇跡的な出来事だった。美緒たちがいくら諭しても気持ちを変えなかった二人が、こんなに短期間に態度をがらりと変えるなんて、奇跡としか思えない。 だが、それさえも、はじめから遠野の想定のうちだったに違いない。 これからいくつの奇跡をあの人は見せてくれるのだろうか。 それを遠野に言ったら、きっと、 「そんなのは奇跡でも何でもない」 そう言うに違いない。 いつものような仏頂面で。 その表情が頭に思い浮かんでしまい、安藤は思わず苦笑した。 ◆ 遠野のその一言は、久住頼子にとってかなり意外なものだった。 遙か彼方に飛んでいた記憶をたぐり寄せる。頼子さえすっかり忘れてしまっていたことだった。 「初期の頃から武装神姫をやってる頼子さんなら、持ってるかと思ったんですが」 「ええ……たぶん、物置にあるはずよ」 「よかった。しばらく貸していただけませんか?」 「いいけど……随分使っていないから、動くかどうかわからないわよ?」 「いえ、大丈夫です。メンテナンスしますし、出力が上がるように改造する予定なので……あ、もちろん、元に戻してお返しします」 律儀な遠野の物言いに、頼子は苦笑する。 「いいわよ、どうせ使ってなかったんだし、好きに使って。……菜々子の対戦に必要なんでしょう?」 「はい」 「だったら、遠慮しなくていいわ。あんな骨董品でよければ、いくらでも使って」 「恐れ入ります」 「それで、何本必要なの?」 「とりあえず、三本もあれば……」 頼子は、遠野と海藤を物置に案内した。 久住家の物置は、ちょっとした蔵レベルである。その大きさに遠野と海藤はちょっと驚いていた。 物置の中はほこり臭く、いろいろなものが所狭しと並んでいる。 「見てごらんよ、あのコレクションは相当なビンテージだぜ?」 海藤の言う方を見てみると、古い戸棚の中に、びっしりと箱が納められている。 何やら大判の辞書ほどの大きさのパッケージが占拠している棚もある。背表紙の文字は何かのタイトルのようだ。 「キング・オブ・ファイターズ」とか「餓狼伝説」、「ファイターズヒストリー・ダイナマイト」といったタイトルが読みとれる。 どうやら、大昔のゲームソフトのコレクションらしい、と遠野は見当をつけた。 遠野はあまりゲームに詳しくない。それらのタイトルから、ゲームの内容を類推することができなかった。 頼子は、物置の奥に足を踏み入れると、遠野の望みのものを引っ張り出した。 埃だらけではあるが、保管状況は悪くない。 「よし、早速作業に取りかかろう」 遠野の言葉に海藤は頷き、すぐに物置を出ていく。 二人が借り出したのは、頼子が武装神姫を始めてまもなく使っていたものだ。今はもう使っているマスターもほとんどいないだろう。最近武装神姫を始めたマスターは存在すら知らないかもしれない。 あんなものを何に使うのかしら? 頼子は首を傾げながら、物置の扉を閉めた。 ◆ すでに日が落ち、街灯が照らす暗い夜道を、尊と真那、梨々香が歩いている。 久住邸からの帰り道。 尊たちが久住邸に足を運んだのは二回目だが、今日も充実した対戦が楽しめた。多くの神姫マスターが通ってくるのも頷ける。 特に、日々追い続けている、神姫の違法パーツ……イリーガルマインドのことを全く考えずに対戦できるのが、尊にはありがたい。 「今日の対戦も楽しかった。収穫もあったしな、蒼貴」 「はい。今日対戦した、ティアのノールックショット……練習すれば、わたしにもできそうです」 肩に掛けたカバンから顔を出した尊の神姫・蒼貴が応えた。 隣にいるイーダ型の紫貴は少し不満そうに頬を膨らませている。対戦の時のことを思い出しているのだろう。 「わたしは散々だったわよ。まともな対戦にすらなっていなかったし」 「すまん、それは俺のせいだな」 尊は神姫たちに笑顔を見せながら、先ほどのバトルを反芻する。 あの男とのバトルは、双姫主としてのプライドを揺るがせるほどのものだった。 蒼貴と紫貴の二人をバトルに出したが、紫貴への指示をろくに出せないままバトルは終わってしまった。 だが、尊の胸には不思議なすがすがしさがある。紫貴には悪いが、自分の全力を出しきったと言い切れるバトルだった。あの男とあの神 姫とは、また存分に戦ってみたいものだ。 そんなことを考えていると、不意に真那が口を開いた。 「でもさあ、あんな風に神姫マスター集めて、対戦してるだけって……何か意味あるのかしら? ただ遊んでるだけにしか見えないんだけど」 「なんだ、お前何も分かってなかったのかよ」 「なによ。ミコちゃんは何か分かったって言うの?」 「遠野貴樹……あいつは絆を武器にする。その方法を知っているんだ」 「はあ? 絆を武器に、って……みんなが信じてくれたから、力が漲る~……とかそんな感じ?」 「そんなんじゃねぇよ。根性論で強くなれるなら、苦労はしない」 尊は遠野の考えを見抜いていた。 ミスティの特訓は、マグダレーナ戦に特化したものだ。だから、特訓内容を逆に考えていけば、マグダレーナがどんな神姫かわかる。 ミスティの特訓はかなりまわりくどい方法だと、尊は思う。マグダレーナが彼の想像するとおりの神姫ならば、他にもっと手っ取り早い方法 があるはずだ。 あの男……遠野貴樹もそれは分かっているのだろう。それでも今の方法を貫いているのは、マグダレーナに勝つ以上の意味が含まれて いるに違いない。 「あんな大がかりなことまでしなくちゃいけないなんて、『狂乱の聖女』ってどういう神姫なのよ?」 「それは、俺の口からは言えないな」 「なによケチ」 「ケチじゃねぇ。俺の考えは推測にすぎないから、おぼろげにしか分からない。それに俺が話して『エトランゼ』の特訓が台無しになったら困 るだろ」 「まあ、そうだけど……」 あの頑ななまでの秘密主義にも意味がある。 そうしなくてはマグダレーナに立ち向かうことができない、ということだ。 つまり、マグダレーナの能力は……。 尊はそこまで考えたが、首を振って思考を中断した。 どちらにしても、尊はこれ以上深入りする気はない。 これは『エトランゼ』と仲間たちの戦いなのだ。 だが、どんな戦いになるのかは、非常に気になる。 「梨々香、『エトランゼ』と『狂乱の聖女』の対決がどうなったか、しっかり報告してくれよ」 「はい」 梨々香は笑顔で尊の指示に頷いた。 尊は立ち止まり、少しだけ後ろを振り向く。 暗い道の向こう、久住邸の中では、まだ特訓が続けられているはずだ。 「健闘を祈るぜ、『エトランゼ』、そして遠野」 口の中だけでそう言って、尊は踵を返した。 ◆ 三月も終わりの頃。 春の足音は例年よりも早く聞こえてきた。桜前線は急ぎ足で北上しているという。 日差しはもう春の暖かさを纏っている。 真冬の二月から続いた特訓は、早二ヶ月が過ぎようとしている。 菜々子とミスティの特訓は、最終段階を迎えていた。 ミスティは、トライク形態から一挙動で武装形態に変化すると、速度を落とさずに、ティアとランティスに襲いかかる。 左右の副腕を交互に振るう。 ティアはかわし、ランティスは両腕を胸の前で閉じてブロックする。 ミスティの爪をやり過ごし、ランティスは反撃に出た。 得意の踏み込みが地を震わす。 一撃必殺の正拳を繰り出した。 しかし。 「な……にっ……?」 それよりも早く、身を翻したミスティの副腕から、バックナックルが襲う。 ランティスの脇腹にヒットし、そのまま身体を吹っ飛ばして、正拳突きを防いだ。 飛んでいくランティスと入れ替わりに、ティアが迫る。 目前でスピン。 ムチのようにしなったティアの蹴りが、ミスティを襲う。 ミスティは止まらない、防がない。 ティアも容赦はない。 ミスティの頭部を狙って、超速の蹴りが放たれる。 瞬間、ミスティが加速した。 ティアの蹴りは、予測通りの軌道をたどったが、ミスティの副腕の付け根にヒットする。 「おおおっ!」 ミスティがさらに加速する。 姿勢を崩したままのティアに向かって、手にした刀・エアロヴァジュラを袈裟懸けに振るった。 「きゃああぁっ!」 かわす間もない。 ティアはその一撃でポリゴンの欠片となって、退場した。 ミスティの突進は止まらない。 目指すのは、二人の後ろに立っていた白い神姫。 その進路上に飛ばされていたランティスが起きあがろうとしている。 しかし、ミスティは速度も緩めず、一直線に迅る。 「がっ……!」 ランティスは防御をする暇もなく、ミスティの副腕から放たれた、地を這うようなアッパーをまともに食らい、宙を舞う。 ミスティが過ぎ去った後、地に落ち、そのままポリゴンの欠片と化した。 「……あと一人!」 ミスティは猛進する。 目指す白い神姫は雪華だった。手にした長柄の武器……自らの武装を組み替えたダブルブレードを身構える 今回の雪華はいつもと武装が違っている。アーンヴァル・トランシェ2をベースにしたカスタム武装の代わりに、同じフロントライン社製の神 姫・オールベルンの装備を纏っている。 それでもミスティは油断しない。 なにしろ、この三対一の戦闘は何度も行われており、そのたびに軽装備の雪華にずっと歯が立たなかったのだ。 しかし今回、ミスティは調子がいい。 ここまでに前衛の二人を瞬殺している。無傷で雪華と向かい合えるのだ。 雪華が前に出た。 彼女は悠長に待つことなどしない。自ら攻め、そして勝つことを信条としている。それがどんな装備であろうと変わらない。 攻撃は、リーチに勝るミスティが先だった。 左の爪を下からすくい上げるように振るい、続いて右副腕の爪を揃えて突く。 雪華は斜めに振るわれた爪をかわし、追撃してくる右爪をいなす。ミスティの懐に飛び込む。 ミスティのエアロヴァジュラと、雪華のダブルブレードが同時に閃いた。 交差する剣閃が火花を散らす。 二人の影が跳び違う。 二人は同時に振り向き出す。 だが、先手を取ったのはミスティだ。 ミスティの必殺技、リバーサル・スクラッチ。反転攻撃の速さがその必殺技を支えている。 ミスティは身体を捻りながら、跳ねるようにして背後を向いた。 雪華はまだ振り向いている途中。 脚に装着されたホイールの回転を上げ、ミスティはさらに加速する。 身体の捻りを上半身の回転に変え、ミスティは再び雪華に襲いかかる。 「くっ……!」 セカンドリーグ・チャンピオンの雪華であっても、ミスティの攻撃……リバーサル・スクラッチ三連撃を捌ききるのは至難であった。 振り向き様に振るったダブルブレードを駆使して、なんとか両副腕の攻撃はいなした。 しかし、エアロヴァジュラの一撃は、軽装の雪華をしたたかに削った。 雪華の動きが止まる。 さらにミスティは動く。 竜巻のように身体を回転させ、容赦のない連続攻撃を繰り出す。 もはや雪華に、ミスティの攻撃を凌ぐ術はなかった。 副腕の爪にアーマーが削がれ、エアロヴァジュラの袈裟懸けの一刀がボディに決まる。 「……見事」 その一言を残して、雪華もまたポリゴンの欠片となって、ステージから消えた。 花びらにも似たポリゴンの破片を吹き散らしながら、ミスティがブレーキをかけて身体の動きを止める。 すっくと立ち、後ろを振り向く。 彼女が突き進んできた進路上に、いまや立つ影は何もない。 『WINNER:ミスティ』 ファンファーレとともにミスティの勝利が告げられる。 それを耳にして、ミスティはほっと安堵の吐息をついた。 □ 「ありがとうございました」 菜々子さんが頭を下げると、向かいに座っていた俺たち三人も、 「ありがとうございました」 と声を重ねて礼をした。 気分は武道の試合の前後のようだ。勝っても負けても、相手を敬う気持ちがそこにある。 「それにしても……強くなりましたね、ミスティ」 「まったく、我が女王の言うとおり。我々三人の布陣を一人で相手にして打ち破るのだからな」 雪華とランティスの賞賛に、ミスティは肩をすくめて見せた。 「まあ……それも付き合ってくれたみんなのおかげだけど」 「それでも、今のあなたの実力は並ではありません。今度は一対一、わたしのフル装備状態で対戦しましょう」 「……タカキが許したらね」 話す間、雪華は終始優しい微笑みを浮かべていたが、目が全く笑っていなかった。 今のミスティは強い。セカンドリーグ・チャンピオンの神姫が本気で戦いたいと思わせるほどに。 ミスティ対雪華のバトルは、俺も見たいカードではあるが、今はやめておいた方が無難だろう。ミスティが負けて自信を失ったりでもしたら たまらない。 そう、ミスティの特訓はすでに最終段階。この三対一の対戦に勝利を収めたミスティの実力は、俺が計画した最後の段階に到達していた 。 さて、この先、どうするべきか……俺が思案していたところ、 「遠野くん、ちょっといい?」 「特訓場」の入り口から、頼子さんがそっと俺を呼んだ。 俺は静かに立ち上がると、そっと部屋から出た。頼子さんと二人、玄関前あたりで立ち止まる。 頼子さんが小声で言った。誰にも聞こえないように。 「遠野くん。今連絡が入ったわ。昨晩、C港の裏バトル会場が閉鎖になったそうよ」 「……本当ですか」 俺の小声の問いに、頼子さんは神妙に頷いた。 俺は思わず武者震いする。 この二ヶ月、C港の裏バトルについての情報を集めていた。 頼子さんは独自のコネクションを使って、調査してくれていた。 C港の裏バトル会場を閉鎖に追い込んだのは、『狂乱の聖女』に違いない。 俺は待っていた。 この知らせが来るのをずっと待っていたのだ。 そして、菜々子さんとミスティの実力が、俺の想定のレベルまで達した……つまり、ティア、雪華、ランティスの三人を相手に勝利すること ができるようになったその日に、知らせは来た。 俺に言わせれば、これ以上ないタイミングである。 もはや迷うこともない。ためらう必要もない。 ただ、覚悟を決める。 俺は頼子さんに頭を下げた。 「長らくお世話になりました。特訓は今日でおしまいです」 「……それじゃあ」 「はい。対決です、『狂乱の聖女』と」 頼子さんは真剣な表情で、もう一度頷いた。 俺は身を翻すと、歩き始める。 「特訓場」へ。 反撃の狼煙を上げるために。 □ その晩、アパートに戻った俺は、秘策を一つ実行に移した。 『狂乱の聖女』の居所はわからない。彼女たちの行動範囲に張り込む手もあるが、時間がかかりすぎる。 ならばどうするか。 向こうから来てもらうのが一番早い。 俺はPCに次のような文章を入力した。 ---------- 狂乱の聖女に告ぐ 異邦人はあきらめない 真剣勝負を所望する 明日、北斗十字の下で待つ 詳細はそのときに 黒兎 ---------- この文章を、考えつく限りすべての武装神姫関連のネット掲示板やコミュニティに書き込む。 これは誘いだ。 奴はこの誘いに乗ってくるのか? と問われれば、必ず乗ってくると確信している。 そうしなければならない理由が、彼女たちにはある。 誘いの結果は翌日の朝に出た。 ベッドから起きて、すぐにPCをチェックする。 昨日の夜書き込んだ文章は、すべてきれいに消されていた。 狙い通りの反応に、俺はほくそ笑む。 『狂乱の聖女』は来る。 この事件に関わってから三ヶ月ほど経過している。その間で、俺たちが初めて得た主導権だ。 このチャンスを必ずものにしなくてはならない。 そして、『エトランゼ』との決戦を必ず実現させる。 来るべき『狂乱の聖女』との会談に向け、着替えをしながらも、俺の思考はフル回転していた。 [[次へ>>]] [[Topに戻る>>キズナのキセキ]] ----