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引きこもりと神姫:10-1 - (2012/07/14 (土) 14:35:15) のソース
***一番好きなのはⅧの斬鉄剣(著者の好みであって本編とは一切関係ありません) 「…………」 「おう、奇遇だな」 翌日、復帰した華凛とともにゲームセンターへと訪れた私を待っていたのは、あの宮下さんだった。確かに昨日、いい勝負が出来るかもと思ってはみたが、まさか本当に宮下さんがくるとは。 この間と変わらぬ黒いコートに鋭い視線。ここに立つだけで私は逃げ出してしまいたくなる。当然そんなことはしたくない。 私は一度だけ華凛の方を見た。私の視線に気付いた華凛は、無言で一回頷いた。 私はそこに“自信を持って頑張りなさい”と言う意味を見い出した。 私は覚悟を決めて筺体の前に座った。 「やるんだな?」 だがしかし、私の決意はその低い声だけであっけなく崩れかけた。 「やります」 一言、私ではなくシリアがそう宣言した。真っ直ぐ宮下さんに向き合い、手を握り込んでいる。心なしか肩が震えている。シリアだって怖いはずだ。手も足も出せず倒されてしまった相手だ。また負けるかもしれないという圧倒的恐怖。シリアはそれに耐えて自ら立ち向かっている。 これが私の見習うべき姿なのかもしれない。 「……やる」 私も再び覚悟を固め、そう宣言した。 宮下さんも一回頷くと無言でコートのポケットを叩いた。すぐに静が飛び出し、筺体の上に着地する。そしてすぐに筺体の中に入り込んだ。シリアもそれに続くように筺体に入る。 私もヘッドギアをつけて、ボタンを押した。宮下さんも同様に。 『神姫ライドシステムを起動します。マスターは椅子に深く腰掛けてください』 いつもの無機質なアナウンス。それなのに、どことなく違うように感じる。 『カウントダウンを開始します。10、9、8、7…』 カウントダウンも、まるで私の緊張に呼応しているように思えてくる。そして…… 『…3、2、1、0、RideOn―――』 バトルが始まった。今回のバトルは強制負けイベントなんかじゃない。正々堂々の本気のバトルだ。 大画面の中で静が刀を握る。その刀は、いつもの光学兵器殺しだった。まぁ、始めはそれだろう。樹羽のボレアスの警戒だ。 (宮下さんは、アレ使うのかしら……?) 2本ある内のもう一本。宮下さんがアレを使うことは滅多にない。使う時は、本気の時だけだ。 (使っちゃったら、バトルにならないか……) 静の武装が純正装備なのは、コストの大半をそれに持っていかれているからだ。使いどころの中々ない、このままでは本当にお荷物になってしまう刀。それを、今日は抜くのだろうか? (抜かれたら抜かれた時、か。あれ……?) 急に視界がぼやけていく。唐突に立ちくらみがして、あたしは思わず壁に背を預けた。頭がひどく痛む。肺が酸素を求めている。ゆっくりと息を吸い、落ち着いて吐き出す。うん、ちょっと楽になった。 (ったく、病気かってのあたしは……) 別に病気な訳ではない。原因はだいたい予想つく。だからこそ、どうしようもない。どうすることも出来ない。 (何であたし、ここまでしてんのかしらね……) 頭に腕を当てながら、今更そんな事を考える。本当に今更過ぎて、なんだか笑えてくる。 でもこれが、今あたしが生きている意味だから。 壁にもたれかかりながら、天井から下がった画面を見つめる。もう勝負は始まっていた。今まさに両者が激突するところだ。 (頑張んなさいよ、樹羽。負けたら承知しないんだから……) あたしはそのまま画面を見続けた。 あたしには見ることしか出来ないから。今も、そして、これからも。 (あれ、やっぱり……変だな……) ふらふらと平行感覚がなくなっていく。両肩を抱いたが、足から力が抜けた。体を支えきれず視界が傾く。頭と肩から床にぶつかったのにも関わらず、何故か痛みはなかった。瞼が重い。あたしの意思に関係なく勝手に閉じようとする。 (樹羽の勝負……見たいのに……) 必死に目を開けようとする。なのに、意識はどんどん深く落ちていく。 その時、誰かがあたしの側まで駆け寄ってきた。 (誰か……呼んでるの?) 誰かがあたしのことを必死になって呼んでいる。樹羽かな? さっき勝負始まったばっかりなのに、もう終わっちゃったの? (ごめんね……やっぱり無理……) あたしは起きようとしたが、そのまま意識は闇の中へと消え去った。 「マスター、早くいこうよ!」 「わーってるよ! 珍しいよな、お前がネタ探し以外でゲーセン行くなんて」 「もちろんそれもあるよ。だけど、あたしもたまには普通にバトルしてみたいんだ。神姫の性ってやつ?」 「神姫の性、ねぇ……」 俺は今、シンリーを連れてゲーセンに向かっている。夏休みに入って特にやることもなかった俺を、シンリーが誘ったのだ。こいつが自分から進んでバトルをしようと言うのは中々に珍しい。神姫であるにも関わらずバトルよりも作曲に興味があるなんて、何度も思うがもしかしてこいつ壊れてるんじゃないだろうか? まぁ、そういうところがいいんだがな。 「? どうしたのマスター?」 「いや、なんでもない」 「……そう?」 そんな話をしながら、俺は歩調を早めた。今日も暑い。早く室内に入って涼みたい気分だ。やがて見慣れた建物の前に辿り着く。 「ほら、着いたぞ」 「よし! バトルが私を待っている!」 「あんまりはしゃぎすぎるなよ」 言いながら、俺は急いで自動ドアをくぐった。途端、冷たい空気に包まれる。あぁ、暑い日はクーラーとかエアコンとかの有りがたみがよくわかる。 人やゲーム器を避けながら、俺たちは神姫バトルブースへとやってきた。今日もいろんな人がバトルしている。 「あれ? マスター、あれって華凛さんじゃない?」 シンリーが指さす先には、秋已がいた。壁に寄りかかって画面を見据えている。 「ん、本当だ。おーい秋已……秋已?」 「なんか、様子変だよ……」 俺たちが話す中、秋已は自分の肩を抱いたかと思うと、そのまま足から崩れた。 「倒れたっ!?」 「秋已っ!!」 駆け寄って呼び掛ける。こういう時、あんまり触らない方がいいんだっけ。 「おい、しっかりしろよ!」 「マスター、脈と呼吸!」 慌てて俺は秋已の口元に手を当てた。幸い息はしている。気を失っただけのようだ。とりあえず一安心。 しかし秋已をこのままにしておく訳にはいかない。また休憩室に運ぶかと思い、秋已の首と膝に腕を通そうとした。 「待ちな」 突然の声に、手が止まる。振り返るとそこには若い女性が立っていた。気の強そうな目尻にハチマキ。だいたい俺と同じか、少し年上ぐらいだ。さらに目を引くのはその服だった。数十年前に廃れ、今では絶対に見ることの出来ないとさえ言われている白の長ラン。そして、目の前のクラスメイトよりも鮮やかな紅い髪だ。 「その子をどうする気だい?」 「ど、どうって、突然気を失ったから休憩室に運ぼうとしたんだよ」 「…………」 あからさまに信用されていない。なんで俺は初対面の人に信用されないんだろう。この間も目の前の女の人が落とした物を届けたら、盗んだんだろっておもいっきり濡衣着せられたし。 「姉貴、前の姉貴に戻ってるよ」 そう言って女性をたしなめているのは、彼女のポケットから顔を除かせているアーク型だった。 「……悪い、紅葉。からまれてるのが知人だとわかっちまうと、どうにも収まりがな」 「いや、からんでねぇんだけど……」 女性は一回深呼吸をした。そしてもう一度こちらを見る。その瞳からは警戒色が薄れていた。 「あんたその子の友達?」 「友達っつうか、クラスメイトだ」 「そっか、悪いね。どうにも男って生き物は信用ならなくて」 「そ、そうか……」 どうやら俺の人柄云々ではないらしい。女性は秋已に近付くと、俺の代わりに彼女を抱き上げた。 「とにかく行こう。話はそれからだ」 「あ、あぁ……」 俺とその女性は、まるで雑木林のような人の波を抜けて休憩室に入った。中にはちょうどよく誰もいなかった。扉が閉まると同時に、ゲーム類の騒音は消え去る。 女性は秋已を備え付けのソファに寝かせると、こちらに振り返った。 「改めて、さっきは悪かったな。あたしは木嶺楓。こっちは紅葉」 「よろしくな!」 「俺は東雲榊。こっちはシンリーだ」 「…………」 てっきりすぐ後に続いてくれるかと思ったが、なぜかシンリーはバックの中で何かぶつぶつ呟いている。 「姉貴……廃れた番長……その内に秘められた想い……」 「……シンリー?」 駄目だ、完全に作曲の世界に入ってしまっている。こうなったこいつは、会話<作曲になるのだ。 「悪い、こうなったらこいつ周りが一切見えなくなるんだ」 「気にすんな。あたしも男に触れられたら周りが見えなくなるから」 「今の内に言っとくけど、不可抗力でも姉貴には触れるなよ。じゃないとあんた、ここの天井か壁に突き刺さる……いや、埋まるから」 訳がわからないが、どうやら触れてはいけないらしい。そう言えば、男性恐怖症の女性マスターがいると聞いた事がある。二年くらい前に聞いたが、なるほど、この人か。割りと目立つのに、二年間一切姿を見なかったな。 「あんた、榊だっけ? この子の連れの樹羽って子知ってるかい?」 「あぁ、一回戦った事がある」 結果はドローだったが、最初からクライマックスなら勝てる自信はある。全てはシンリーのやる気次第だがな。 「なら話が早い。あたしはこの子を看てるから、榊は樹羽ちゃんにこの事を知らせてきてくれ」 「わかった。秋已のこと頼むな」 俺は秋已を彼女に任せ、休憩室を出た。 シンリーは既に鞄の中で端末を使って曲を作り始めている。この間作ったばかりだと言うのに、何故こんなに曲が作れるのだろうか? やっぱりこいつはどこかおかしいのかもしれない。 (この間作ったのは……『夢追うままに努力して』だったかな?) いやにパチモン臭いが、これはこれで人気もあるのが事実なのだ。どこがどういいのか、俺にはわからん。 バトルブースまで戻ってくると、俺はバトルしていると思われる小柄な影を探した。それはあっさり見付かった。まだバトルしている。モニターを見たが、そろそろ終わりそうだ。 (さて、どう説明すっかな……) まぁ、普通に話せば問題ないはずだ。 俺はバトルが終わるのを一人で待った。 [[第十話の2へ>引きこもりと神姫:10-2]] [[トップへ戻る>引きこもりと神姫]]