「音声ファイル2036」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
音声ファイル2036 - (2007/01/04 (木) 16:59:31) のソース
2036年。 ネットに奇妙な音声ファイルが流出した。 内容から、神姫について神姫開発者が、報道関係者の質問に応えているもの、らしい。 質問者の音声はうまく消されていて、モゴモゴ言う音だけが聞こえる。 ただ、神姫開発者とおぼしき人物の音声だけは、ボコーダー処理がしてあるものの、ハッキリとその内容を聞き取ることができる。 「ああ、それは…様子を見るしかないですね」 (いきなり、音声が聞こえる。合間に質問者のものであろう、モゴモゴした音が聞こえる。バックには多数に人間が出入りする、居酒屋やそんな場所のものと思える喧噪が聞こえている)。 「一体の神姫に対して、マスターをひとり設定するとそれは変えられない、ということはご存知ですよね」 「だから、彼女はスリープのまま起動しないのです。…うーん。ちょっとこのことを説明する前に、神姫のAIについて説明する必要がありそうですね」 「えっと…、神姫に於いて、コアユニット、CSCとそのボディは不可分であるとされています。その理由は…あー、コアユニットだけでは神姫は神姫足り得ないからです。現在存在する、そして神姫に採用されているAIは、実はAIのみでは満足な機能が得られません。これは医学的にも実証されています。人間の脳は、脳それだけではその機能の維持をできない。身体や感覚器からの入力。そういったフィードバックがなければ、刺激を得られない脳は萎縮してその機能をー、えーっと、思考能力を持たなくなってしまうのです。だから、不可分なんです。心臓移植を受けた人がドナーの記憶を受け継いでいる、って話、聞いたことありませんか。今話したいのはそういうことなんです。神姫のAIは、起動した直後から、状況に応じてハードウェア的に新たな回路を作り出します。それは、彼女たちの身体を動かすサブプロセッサに於いても同様です。人間で言えば、小脳。神姫の脳と身体をつなぐ、インターフェイス。それもAIのハードと同様に独自の神経回路を生成するようになっているのです」 「どう、話をつなごうかな。あー、マスターだった、小学生の女の子が、交通事故で亡くなって、その子の神姫がスリープから目覚めないって話でしたよね。正直な話をします。神姫は『ココロ』を持っています。人間の心と同様に」 (回答者は酒が相当まわっている様子。ロレツがまわらない)。 「だから、『マスターはひとり』と決めたんです。マスターが死んだ。マスターが飽きた。だから、次の人間へ譲渡する。…それって人身売買じゃぁないですか」 「機械ですよ。でも『心』がある。今までの研究で、一定の期間を経たAIは全く、人間と同様のー、神経回路のやり取りをすることが判明しています。夢も見るし、神経症にもかかる。ええ、かかるんです。でも、法整備が追いついてない。でも、AIのニーズは増え続け、社会にはAIが続々と進出を続けている。クルマのオートドライブシステム。アレなんかがそうですよ。路上に特殊な専用システムを置かなくても、今時のクルマは勝手に走ることができるでしょ。ある福祉施設でもー、ま、言ってしまってもいいか。神姫と同様のAIを採用したアンドロイドが試験的に稼働しています。これはオフレコですよ。そこの施設では、施設長にしかそのことは伝えられていないんだから。…ちょっと失礼」 (ガタゴトと椅子から立ち上がる音。ここで録音は一旦中断する)。 「ちょっとトイレで何を言うべきか、考えてたんです。言うべきことがたくさんありすぎて。…先日、あなたは、私たちの会社と(被せるように雑音が三秒ほど入る)の記事を書いていましたよね。あれは、おおむねー。あ、ホントにここからはさっきの話どころではなく、本当にオフレコです。えっと、もう、今世紀初頭には、いわゆる人間型のロボットが試験的に実戦、ある紛争に実際に投入されています。当時は今のようなAIもなく、本当に一定のプログラムに従って、一定の仕事をするだけのものだったらしいのですが。でも、今は違う。実際に人間と同様に、かなり近いレベルで、状況に応じて判断をし、最も適正な行動をとることができるAIがある」 「ま、そのへんはご想像にお任せしましょう。まぁ、今、そんな兵士に最も興味を示しているのは、私たちがいるこの国なんです。理由はいろいろありますが、ま、大きな理由はこの国が戦争に陥ってしまった時の方法論かな」 「そうですね、この国が戦争をするのは基本的に『攻め込まれた』ときですよね。そのとき、どういう対処をするか。遅滞戦闘をして、侵攻を遅らせて国連の停戦命令を待つ。それだけなんです。つまり、そのとき戦線に送られる兵士たちは、ハッキリ言って捨て駒なんですよ。それは人道的によろしくないってことを、彼らは言っています」 「言いましたよね、オフレコだって。『彼ら』が誰かは言えませんよ。まぁ、本当に大切なのは、そういう事態に陥らないために何をするか、ということのはずなのですがね。そこでー、PKOに派兵する人員や、どうしても人間が必要な場所を除いて、国防にあたる兵士の大半をAIにし、人件費を削減しつつも兵力の維持、向上を図る、という計画が検討されています。AIなら、モノなら『死んでこい』って言いやすいってことです。で、ほかにもあるけど、本当にAIの社会進出はこれから十年、いや、五年もたてば立派な社会問題になる。そういうところまで来ているんです」 「神姫の販売を始めるにあたっては、社内でもけっこうな論議が交わされましたよ。さっき、人身売買って言いましたけど、その大元締めになってしまうわけですしね。ま、色々議論はあったんですが、私たちの達した結論はこうです『私たちが手を下さなくともAIはいずれ、世の中を席巻する。それなのに、未だに法整備に向けた動きも何もない。それは、AIに対する社会的なコンセンサスが無いからだ。ならば、それを作るための礎となろう』とね。だから、玩具、というカタチで販売をしたんです。未来を担う子どもたちにAIに触れてもらい、AIとのつきあい方を学び、彼らに人とAIとの未来を判断してもらおう、と。それが私たち企業としての理想です」 (両者沈黙。背景の喧噪だけが聞こえる。ちなみに、この喧噪の背景に流れている有線放送の内容から、この記録は2032年ころのものだろうという推測がされている) 「話を戻しますか。さて、件の神姫ですが、きっと、彼女は『自分のマスターが存在しない』という事実をどうとらえたらよいのか、悩んでいるはずです。私たちは神姫を世に出すにあたって、彼女たちにひとつだけ、彼女たちマスターが選択できる自由を与えました。商品として販売される以上、さまざまな扱われ方をするでしょう。友人のようにつきあうユーザーもいれば、モノ扱い…、虐待するユーザーもいるでしょう。だから、一定以上のストレスが与えられた場合、彼女たちは『自殺』することができます。もちろん、物理的にではなく、えー、心理的、精神的に、です。そうすると、彼女たちは、一定のプログラムに限定された受け答えだけをし、行動するだけのロボットになります。これは、彼女たち自身は知りませんし、その敷居もそれなりに高いものにはしてありますがね。まぁ、意図的に『故障』を仕込むことになるのではないか、という意見もありましたけど、それこそ、どんな商品だって必要以上に乱暴な扱いをしたら壊れるでしょってことです」 「あーなんか言っていることがごちゃごちゃしているなぁ。ま、件の神姫の意識が戻るかどうかはわかりません。さっきも話しましたが、起動した神姫はひとりひとりがユニークな存在になるからです。本来の設定ならば、マスターを失った場合、機能停止することにはしてあります。ただ、スリープから目覚めない、というのは、その初期設定に対抗できるだけの、社会的なつながりをその神姫が得ることができたのでしょうね。例えば、その亡くなった女の子の両親、家族と良い関係を築くことができていた、とか。で、その競合する初期設定との折り合いをつけようとしているのだと思います。…もし、彼女が自我を失わずに目覚めることができたなら、彼女は自分と周囲との関係をどう構築しなおしたのか尋ねてみたいですね」 「そうです。こればかりは本当にどうなるか誰にもわかりません。可能性は半々です」 「まぁ…、うん。あまり記事にはしてもらいたくないなぁ。申し訳ないけど。そのご家族には伝えてくれて構わないけど」 (ここで、音声ファイルは終了する) このファイルはネット上で論議を呼んだ。 この二人の身元や、話題になっている家族の特定に奔走するものも現れたものの、未だ特定には至っていない。 会社はこのファイルの内容について「ノーコメント」を貫き通し、 当時、神姫関連の記事を書いていた雑誌記者らも、その関連を否定している。