天国とは神のおわすことなり

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天国とは神のおわすことなり ◆JvezCBil8U




暗く、眩い星の海を、硝子の階段が一直線に割っている。

いや、硝子と見えたのは錯覚か。
蛍のような淡く白い光の粒子が、階段の形を描き出しているのだ。
その輪郭は薄らと滲み、虚空の闇へと溶け消えていく。

ここには天も地もない。
ただ黒一色の空間に、彩光の渦が配置されているのみだ。
もしかしたらそれらは星ですらないのかもしれない。
生き物のように細動を繰り返す煌めきは、重力から解き放たれた雪とも呼ぶべき幻想的な光景を見せつけてやまないのだから。


例外は一つ。
何処から続いているとも知れない儚い道、高みへと続く梯子だけ。

その行き着く先に――在り得べからざるモノが現出していた。
本来そこに鎮座しているべき宮殿、あるいは聖堂は、今は白い霧に包まれ姿を隠している。

その霧は、まるで意志を持つかのように感情を大いに表して、昂ぶっていた。


――しばしの沈黙と蠢き。

そして、不意に。
霧を構成する水滴の一つ一つが、何かを穿つかのように一点に凝集する。
豪風を生む。
天災が降誕する。
凄まじい勢いで、天の果てを貫く。

同時――世界を埋め尽くす雷の帯が、この空間を支配した。
地獄の猛犬の叫びすら赤子の声にも等しく感じられる咆哮が、耳に聞こえる全てとなる。

霧の白と、雷の白。
二つの意志によって生み出された、二つの白。
闇がしばし塗り替えられ、然る後に静寂を取り戻す。


――何一つ変わらない光景が、ただそこに存在していた。

彼らの試みは大いなる流れに呑み込まれ、塵一つとて残さない。




シンセサイザーと歌い声のハーモニー。
あるいは、遠目より響く唄への不協和な伴奏。

嵐を呼ぶ風と共に訪れた不意の客。
大きな大きな女性の像の、その作り出す異常な状況に傾注していた4人――いや、3人にとって、闖入してきた電子音は唐突に過ぎた。

ある者は悠然と笑い、
ある者は目を細め、
ある者は口を開け、
三者三様の反応は、目を細めた一人に収束される。

視線を受けてひとまずの治療を終えたゾルフ・J・キンブリーが懐に入れて取り出したるは、2つの携帯電話。
その片割れが、この場で最も避けるべき騒音を奏で続けている。

――キンブリーに支給された物品の一つこそ、これら一対の携帯電話である。

「う、うわ、うわわわぁ……っ! き、キンブリーさん!
 それっ、取れっ……じゃなくて、取って下さいっ!」

「はて、『取る』……と言いますと?」

慌てふためく森あいは、そこでようやくキンブリーが『携帯電話』の知識がないという事に思い当たる。
見ればキンブリーは形容しがたい種類の笑みを浮かべ、目の前の物体を矯めつ眇めつしているようだ。

……このまま放っておけば相手が諦めて電話を切ってしまうかもしれない。
となると、その人に迷惑がかかってしまう。こんな状況で電話をかけてくる程度には友好的な相手が、だ。
それは、この心細い状況で自ら蜘蛛の糸を振り払ってしまうように思えて――、

「ちょ、ちょっと貸して! ……下さいっ!」

仕方なく森は、キンブリーの弄ぶカラクリの小箱、その片方に手を伸ばす。

『なぜキンブリーが携帯電話を持っているのか』
『持ち主が使い方も知らない携帯電話に掛けてくる相手とはいったい誰なのか』
『どうして、この図ったようなタイミングで電話をかけてきたのか』

そんな事に思い至る暇もないまま、日常の習慣で森はぱかりと画面を開く。
そこに示された名前は、彼女の知らない外国人の名。

「じょん、ば……?」

何も知らない森は、ついついその名を読みあげようとして――、

「あっ……!」

更に横から、掻っ攫われた。
趙公明が胡散臭いほどに爽やかな笑みを浮かべ、ウィンクしつつ通話ボタンを押す。

と、ぽん、と小さな風とともに自分の肩に手が置かれた。
ようやく気付く、ウィンクをして見せた先は自分ではないのだ、と。

「ふむ……、分かりました。
 あいさん、どうやら私たちではなく彼が担当すべき事案のようです。
 邪魔をしてしまうのも悪いですし、少し離れたところでこちらの――彼女の処遇をどうするか決めるとしましょうか」

振り返れば、キンブリーが狐のように目を細めて微笑を浮かべている。
肩に置かれた手の存在感が、何故か気持ち悪い。
大した力は入っていないのに、まるで万力で締め付けられるかのように伸ばした手が動かない。
首元の手がまるで刃物のように感じられて、森は自分でも気付かないうちにキンブリーの言う通りに動いている。

動かされている。




「……やあ! 数時間……いや、既に半日ぶりだね」

橋の方に向かったキンブリー達が十分に離れたのを確認し、ようやく趙公明は第一声を放つ。

「“彼”の部下としての役職名と、君自身の持つ能力と――、
 二重の意味で“ウォッチャー”である君がわざわざどうしたんだい?」

電話の相手が、何がしかを囁いた。
轟、と、吹きつける風の音に掻き消され、声の主の台詞は趙公明以外の誰にも聞き咎められることはない。

「……御挨拶だね。あそこにあるだろう映像宝貝は僕が千年もかけて作った舞台装置だよ?
 所有物を取り戻しに行って、何が悪いのかな」

巻く風は朝方に比べ次第に、着実に強くなってきている。
見れば、空の彼方に黒雲の帯が手繰り寄せられつつあるのが確認出来た。

雨か、雪か、はたまた嵐か吹雪か。

遠からず、この島は天の気まぐれに付き合わされることになるのだろう。

「あそこで起こるであろう舞踏会への招待状を握り潰すなんて!
 普段の僕ならば聞き入る耳を持たないが、“彼”のお達し……という訳ならば話は別か。
 トレビアーンな美的センスの同志の言葉とあらば、確かに僕も無視はできないからね!」

――そう。
天候を統べることこそ、“神”にとっては古来より最も普遍的に弄ぶ力の一端だ。
遥か悠久の昔から、人は天の神に祈る。

雨をもたらし、豊かな恵みを下賜したまえと。
岩戸を開けて、陽光を眼下に与えたまえと。

「だが――、華やかなるステージを見て僕に動くな、というのはあまりに残酷!
 無碍に断るのも好ましくないから、様子を見る段階は確かに踏まえよう。
 だが、最終的に僕がどう動くかは僕が決めさせてもらう!
 僕はあくまで利害の一致に基づく協力者、という事を忘れた物言いは感心しないな」

神を覆う薄靄のヴェールは、今まさに着々と剥がれ続けている。

「……まあ、“彼”の事だ。
 こう告げる事で結果的に僕がどう動くのかすら、最初から織り込み済みなのだろう?
 要するに、僕がどれだけ好き勝手にやろうと予定に狂いはあり得ない。そして、僕もそれで構わないよ。
 何故なら“彼”は“ユーゼス”や“ゴルゴム”、そういう次元に佇む存在なのだからね!」

趙公明が言葉を切る。
すると電話相手はそれを待っていたのか、別の話題を新たに振った。
彼の妄言はその殆どが聞き流されていたのだろう。
あからさまに疲れたような溜息が、確かに受話器の向こうから届く。

天に太陽は輝いているのに、張り付くように辺りの気温は一向に上がらない。
心なしか、吐く息が白く色づいてきてさえいるかもしれない。

「……成程ね。“ネット”も思惑通りに軌道に乗り始めているのか。
 となると、その掲示板とやらに麗しき僕の動画をリンクとして張り、皆に知らしめるのも面白いかもしれない!
 いや、blogとやらを拓いてみせるのも面白いかもしれな――、ん?」

電脳の海を使ったロクでもない催しを脳内に展開する趙公明の耳に、少しばかり予想外の話が届く。

「……ふむ。いいだろう、代わってみたまえ。
 一体僕にどういう用事かな?」

聞けば、電話を代わって自分と話したい御仁がいるらしい。
見知った相手の名前を聞かされ、趙公明は鷹揚と頷いた。

そして耳に入るは、まさしく最強の道士と謳われる傍観者のその声が。


『何時如何なる時でもあなたは全く自分というものがブレませんね、趙公明。
 それは確かに、あなたの強さではありますが』

「申公豹! 君がわざわざ僕に連絡を取るとはどういう風向きだい?」

旧友と出会った時のように声に喜色を滲ませて、気取ったポーズを虚空に見せる。
様にはなっているものの、いちいちその所作は演技臭く、くどいと言わざるを得ない。

『……いえ。いくつか不測の事態が発生しましてね。
 あくまで我々にとっては、ですが。
 王天君などは不満を隠すどころか苛立ちを露骨に表に出していますが……、おそらく分かっているからこそでしょう。
 口では予定が狂った、などと言いつつも、その実掌の上で駒を踊らせているだけの“彼”の性格を』

なんでも紅水陣を用いての雑用に赴かされたのだとか。
封神計画の裏の遂行者であった頃からの苦労人ぶりに、ぶわっと趙公明は目の幅の涙を流す。

「――なるほど、確かに“彼”ならば僕たちにさえ全てを告げないのはむしろ当然だろう。
 おそらくあのムルムルであっても全貌は知らされていないだろうね。
 それどころか、僕たちがそれぞれに知らされた断片情報を持ち寄ってさえ、その意図にたどり着けないかもしれない!
 全く、実に素晴らしい脚本家だよ、“彼”は!」

まあ、そんな気遣わしげな所作が長続きするはずもなく、趙公明はコロコロ表情を切り替える。
既にその眼の中にはキラキラと輝く星が散りばめられていた。
“彼”とやらによほど近しいものを感じているのだろう、美的センスの相性もあって親愛すら抱いているらしい。

そんな奇矯者に対する反応も手慣れたもので、申公豹は相手の言葉を遮って話を切り出した。

『まあそれは置いておいて、本題に入るとしましょうか。
 ……私は現時点を以って主催者を辞め、傍観者に戻ります』

――沈黙。

珍しく、趙公明が顔の表情全てを消す。
僅かに言葉を口の中で転がして、平坦な口調で紡ぎ出した。

「…………。
 太公望くんが斃れたからかい? それとも、他に理由があるのかな。
 このバトルロワイヤルに僕や王天君を誘った当人が、最大の目的が消えてしまったから手を引くというのは――、
 いささか、身勝手に過ぎないかな?」

また――一迅。
強く、鋭く、寒風が吹き付け走り去った。

貴族衣装が音とともにはためいて、ふわりと棚引いては落ち着いていく。

『無論、太公望の肉体の喪失が理由の大きな部分を占めているのは確かです。
 始まりの人に戻る前の太公望と戦える――、それがまたも難しくなった以上はね。
 ですが理由は、それだけではない』

一拍の静寂を置いて、申公豹は語る。

『……見届けてみたくなったのですよ、あなた達全員の行く末を。
 その為には当事者よりも傍観者――“観測者”と言い換えてもいいですが――が望ましい。
 その意味では、私は今しばらくこの祭事に関わり続けます。
 場合によっては、また積極的に関わらせて頂くことになるかもしれませんね。立場は変わるかもしれませんが。
 その時はあなたたちと敵対する可能性すらあるかもしれません』

台詞の最後の一文に、趙公明は僅かに表情を取り戻す。
そこに現れたのは紛れもない、羨望だった。

「“彼”に牙を剥いたのかい? 申公豹」

敵対の可能性の示唆。即ち『戦い』がそこに生まれ出るという事は。
因果の因となる何らかを、申公豹は試みたのだという事。
そして戦いを至上とする趙公明にとって、それは胸を焦がすほどに手を伸ばしたい代物なのだ。

『そこまでのものではありません。ただ、“彼”という存在を試してみたくなったのですよ。
 なにせ、『太公望が早期に退場する』という事を分かった上で敢えて私に協力を要請したとあらば、
 “彼”は最初から利用するためだけに私に近づいたという事なのですからね』

「そしてそれは、ほぼ確実なことである――、と」

口端だけを、歪めて答える。
申公豹の機嫌を損ね、しかしこの催しに何ら障害が出ていないという事は。
申公豹が、淡々と事実だけを連ねているという事は。

『……ええ。
 なので私と、タイミング良く彼に意見を申し立てようとするもう一人とで“彼”と相対することになったのですが。
 やはりといいますか、私では――私たちでは、“彼”に傷を与える事にすら手が届かないようです』

「ほう?」

まさしく、思った通り。

『雷公鞭を放ったところで、雷の全てが“彼”の横を通りすがって行くのですよ。
 まるで、十戒の導き手が海を割るように。
 その中で“彼”は悠然とただ立っていました。指一つ動かさずにね』

素晴らしい、と、その一言しか思い浮かばない。
“彼”との接点を作ってくれたこと。
それはまさしく申公豹に感謝すべき事で、だからこそ身勝手さと相殺して進ぜよう。
極上の笑みを浮かべながら、趙公明は一人頷いた。

『“彼”の前に力は無意味です。
 手を届かせることが出来るとすれば、それは力ではなく――』

そして、受話器を手にしたまま、ゆっくりと首をを動かしていく。
視線の先に在るものをしっかと捉えながら、呟くように話を打ち切った。

「……失礼。どうやらエルロック・ショルメくんが来訪してしまったようだ」

言葉だけ見れば、唐突な闖入者に対応する字面。
されどその態度は穏やかに過ぎて、分かっていて敢えて聞かせたのかとさえ勘繰る事が出来てしまう。

一連の、会話を。

「さて、招かれざるマドモアゼルこと、ガンスリンガーガールあいくん。
 キンブリーくんにこの事を告げたらどうなるか……、分かっているね?」

優雅な一礼を披露しながら、趙公明は携帯電話の電源を落とす。
そのまま念を押すかのように告げた言葉には、一切の温かみが存在していなかった。

酷薄な笑みとともに、金の髪持つ男は少女を見下ろして動かない。

――何処から聞いていたのだろう。何時からそこにいたのだろう。
森あいも、ガクガクと体を震わせたまま動かない。

彼女は、知らないのだ。
キンブリーが、趙公明が“神”の陣営に座する事を知った上で、敢えて手を組んでいた事を。

「彼は持っている異能も頭脳の聡さも特別だからね。
 こうして僕のようなものが近くにいるのも――、全く以って不思議ではない、と思わないかい?」

だから、こんなにも簡単な口車で勘違いをしてしまう。
『善良かつ蘇生の力を持つキンブリーを監視するために、趙公明が彼を騙して側にいたのだ』と。
趙公明は、嘘を吐いてはいない。
だからこそ、その言葉の響きが確からしさを伴って森に突き刺さった。

幾重もの雑多な考えが、森の脳内を乱舞する。
それは取り留めもなく拡散し、これからどうすべきかというのも纏まらない。

「……ぁ、」

ただただ、目の前の男が自分たちをここに放り込んだ連中の一味だと、それを知ってしまった恐怖が膨れ上がり、渦巻いている。

ごく、という唾を呑む音がやけに生々しく響いた。
キンブリーに頼りたい、という選択肢が真っ先に浮かび、しかしそれは趙公明の第一声が否定し尽くしている。


  キンブリーくんにこの事を告げたらどうなるか……、分かっているね?


何度も何度もその一声がリフレイン。

もう、彼女にキンブリーを疑う余地はなくなっており――、だからこそ、彼の下に戻る事はできなくなった。
趙公明を出し抜かねば未来はないと、彼女の脳は勝手に決断を下してしまう。
植木を蘇らせるという小さな願いを叶えるために、キンブリーをこの男の魔の手から助けねばならないのだ、と。

押し潰されそうな重圧の中、一人ぼっちの彼女は息を荒くする。
不意に、じり、と音がした。
気がつけば静かに、趙公明はこちらににじり寄ってきていた。

「……う、ぁ、やだぁ……っ、ひゃ」

ずい、と押し出された手が禍々しく、トマトを握り潰すように脳天を掴もうとしている。

そこが、限界だった。
訳の分からない衝動が風船を割るかのように弾け飛ぶ。

「ひ、ぁ、わぁぁぁああぁぁあぁああぁぁあぁぁぁああぁああああぁぁぁああああぁぁぁ……っ!」


何処へ向かうとも知れず――、森あいは、駆けだした。

キンブリーを趙公明から救い、優勝させ、皆を蘇らせることだけをよすがとして。
そんな儚い砂の城だけが、今の彼女を彼女たらしめる唯一の頼り。

その幻想がぶち殺された時、彼女は果たしてどこへ落ちていくのだろうか。
知るとするならば、それはきっと“神”だけだろう。



【H-08/三叉路付近/1日目/午前】

【森あい@うえきの法則】
【状態】:疲労(中) 精神的疲労(中)、混乱
【装備】:眼鏡(頭に乗っています) キンブリーが練成した腕輪
【道具】:支給品一式、M16A2(30/30)、予備弾装×3
【思考】:
基本:「みんなの為に」キンブリーに協力
0:……植木……ごめんね……
1:キンブリーを優勝させる。
2:鈴子ちゃん……
3:能力を使わない(というより使えない)。
4:なんで戦い終わってるんだろ……?
5:趙公明からキンブリーを助け出したい。
6:趙公明に恐怖。何処でもいいから急いで逃走。
7:安藤潤也に不信感。
【備考】
※第15巻、バロウチームに勝利した直後からの参戦です。その為、他の植木チームのみんなも一緒に来ていると思っています。
※この殺し合い=自分達の戦いと考えています。
※デウス=自分達の世界にいた神様の名前と思っています。
※植木から聞いた話を、事情はわかりませんが真実だと判断しました。
※キンブリーの話を大方信用しました。
※趙公明の電話を何処まで聞いていたかは不明ですが、彼がジョーカーである事は悟っています。
※どの方角へ向かったかは次の書き手さんにお任せします。



小さくなる彼女の背を一瞥し、趙公明はやれやれと嘆息する。
淑女たるものもっと優雅に振舞うべきだというのに。
少し脅し過ぎたとはいえ、せめてその銃で自分を打倒しようという気概くらいは見せて欲しかった。

聞かれてしまったのは少し注意不足だったかもしれない。
だが、フォローのおかげでこれはこれで面白い事態になったと言えるだろう。

戦闘快楽主義たる趙公明は、だから再度電話を手にすることにした。
掛ける先はWatcherでも最強の道士でもなく――、




見よう見まねで電話を取ったキンブリーが趙公明と待ち合わせたのは、橋の手前。
――灰色づき始めた空を見渡せる、拓けた空間に二人の男が集い合う。

「……やれやれ。
 だから勝手な事はするなと言ったのに」

あらぬ方向を見ながら独りごちるキンブリーの言葉は、無論森あいという少女に向けたものだった。

「おや、反応が薄いね。
 少しばかり残念がるか、あるいは僕に憤ってくれた方が面白いのに!」

道化じみた態度を崩さない趙公明への対応も最早手慣れたもの。
眉を下げたうすら笑いを返しつつ、両手を開いて肩を竦める。

「その状況ではあなたの対応は及第点ですよ。
 要は私に信を預けたという状態がクリアされてれば良い訳ですからね。
 しかし――、これはあなたに同行することがやや難しくなったという事でもある。
 今しばらくは平気でも、場合によっては後々別行動を考えなくてはいけないでしょう」

つまり、これからどうするか。問題はそこに集約される。
ひとまず趙公明は、向こうに見える巨大な女性の立体映像に関しては静観するよう釘を刺されたらしい。
が、この男の事だから、首を突っ込むのも時間の問題だろう。果たしてどこまで言いつけを守るやら。

他にも聞かされた話のいくつかでは、ネット、とやらにも興味が惹かれる。
この携帯電話という道具でも接続できるらしく、後で試してみようと心中呟く。

そして、それ以上にいろいろ楽しめそうな玩具が一つ。

「それにこちらとしても面白い素材を見つけましてね。
 まあ、これ以上あの少女に構っても時間対効果は低いですし、丁度いい頃合いですよ」

目を向けた先には、倒れ伏した血塗れの少年が転がっていた。
肉体的にも精神的にも疲れ切ったのか今はぐったりとしており、しばらく目を覚ます事はないだろう。

正直な話、森あいにはこの少年との遭遇当初の険悪な雰囲気をもう少し耐えて欲しかったところだ。
血塗れで言動も支離滅裂なこの少年に恐怖を感じたのも仕方ないとはいえ、自分が彼と相対したほんの少しの隙に勝手に趙公明に助けを求めたとは。
その試みも何の意味もなかった上に、仕込みの仕上げを完了させることも出来なかった。

けれど、過去を振り返っていても得るものは何もない。
さしあたって今は目の前の少年――安藤潤也でどう面白おかしく遊ぶかを焦点にしよう。

邂逅のその瞬間を思い出す。
錯乱さえ感じさせる言動とともに覚束ない足取りでこちらの方へと駆けてきたこの少年は、
妲己や兄貴、金剛などと気になる単語をいくつも吐いていた。

どうやら何処の誰かは知らないが、下拵えを完璧に整えてくれていたらしい。
キンブリーでさえ舌を巻くその手腕は実に大したものだ。

また、この少年はキンブリー自身の事をどこかで聞きつけていたらしく、
自己紹介の折に『蘇生が出来るのは本当か』などと凄い剣幕で詰め寄ってきた。
無論、と鷹揚に頷いてやったら、その場で力尽きたらしくがくりとへたり込んでそのまま沈むように眠ってしまったのだ。
恐らくは先に仕込みを終えた白雪宮拳経由の情報だろう、種が育ってまた新たな種を育む様は見ていてとても嬉しいものである。

まさしく文字通り、糸を切ったように唐突に眠り込んでしまった少年。
まだまだ詳しい話は全く聞いていないが、それは目覚めてからのお楽しみにしておこう。

もう一つの問題として、さて、この治療を施した少女をどう扱うか、というものがある。
こちらもまた目覚める様子はなく、予定通り打ち捨てておくのが賢明か。
なにせ森あいがいなくなったとあれば、まさしく不要な代物でしかないのだから。

どうせはぐれるのなら、せめて無駄に力を使う前にしてほしかったですね、と内心愚痴をこぼすキンブリー。
まあ、一見ガラクタにしか見えないものにも使い道が残っている時もあるのも確かだ。
ひとまずこちらは保留とすべきか。

「――話を戻しましょう。
 やっと合点がいきましたよ、私にこんなものが支給された理由がね。
 あのカタログにあった“交換日記”――それがこの、ケイタイデンワ、とやらの機能だったとは」

この鬼札と彼自身の遭遇さえ予定されたこと。
そのサポートの道具まで目の前にある事に嘆息するも、悪い気はしない。
つまりはそれだけ、自分は“神”の陣営に近しいと見込まれているということなのだから。
頬肉をわずかに吊り上げ、く、と快を漏らす。

「まさしくお誂え向きに僕たちのために用意されたものだろうね!
 たとえ別行動をしたとしても互いに連絡し合い、フォローをしあうことが出来るアイテムだ!」

未来日記所有者7th――戦場マルコと美神愛。
本来は彼らが持っていた未来日記こそが、今、キンブリーと趙公明がそれぞれ手に持つ“交換日記”だ。
その機能は簡潔に説明すると、お互いの未来を予知し合うというものである。
片方だけ用いるならば“雪輝日記”とさほど性能に差はないが、二つ組み合わせることで所有者たちの“完全予知”を行う事が可能となる。
総合的な情報量が多いが雪輝中心の未来のみを予知する“無差別日記”+“雪輝日記”と違い、
情報量そのものは少ないものの使用者たち双方の未来をカバーすることが出来る性質を持つ。

逆に言えば。
所有者自身の未来を予知する事は出来ず、有効活用するためには相方との連携が必須とされる未来日記でもある。

「……加えて、使用にはリスクが伴う。
 使用者の首輪から半径2m以内でこの“プロフィール欄”を編集し、本人の名前を入力することにより機能を解放することが出来ますが――、」

本来ならばマルコと愛専用の未来日記をこの殺し合いで用いることが出来るようにする措置なのか、
手順を踏むことで予知対象を変更することが可能だと説明書きには記されている。
“マルコ”の携帯電話からは“愛”の携帯電話の使用者の、“愛”の携帯電話からは“マルコ”の携帯電話の使用者の予知が可能となるようだ。

一見便利にもほどがあるアイテムだが、しかしキンブリーは使用に躊躇する。
そうは問屋が卸さないとばかりに説明書きの続きには無視など到底できない記述が存在していたのだ。

はあ、と心底渋い顔で長い長い息を吐く。

「……止めておきましょうか。現状そこまでの危難も存在しませんし、使う必要はないでしょう」

研究対象としても非常に興味深いし、未来予知によるリターンは非常に魅力的だが、致し方あるまい。

何より、この未来日記を使用するには相方への絶対の信頼が必要不可欠だ。
自分の未来を予知されては、いざ敵に回った時に確実に詰む。

……特に。
現在の自分の相方のような、絶対に油断のならない存在に対しては、尚更。
向こうの行動を予知できるのはこちらも同じだが、地力の差が圧倒的だ。
策を弄してもその策まで知られてしまうようではお話にならないのだから。

確かに感性の近さなどから親近感のようなものは無きにしも非ずだが、流石に自分の未来を預けられるほどではない。
そもそもが唐突な出会いだったのだ、何時この協働関係が崩れてもおかしくない以上、身を委ねるには不安が過ぎる。

内心の不信を押し隠しながら、ちらり、と横目で趙公明を見る。


「……な、」

絶句。
さしものキンブリーであろうと、ただ、絶句するしかない事態がそこにはあった。

珍しく口をあんぐりと開け固まったキンブリーの耳に、ゲーム版封神演義のカラオケで披露された麗しき子安ボイスが入り込む。

「この電話が破壊された時、プロフィール欄に記された名前の持ち主もまた、死亡する……?
 構わないじゃないか、戦いにはリスクが付き物だ!
 自身が敗れる可能性もないまま力を振るうのは断じて僕の望む闘争などではない――、ただの子供の癇癪さ」


趙公明は目の前で、己自身の名前をプロフィール欄に入力して見せていた。
そして――、にこやかにそれを自分に放り投げてよこすのだ。

動けない。
目の前の奇行に理解が及ばず、時が完全に凍りついている。

だってそれは、心臓を手に握らせるのと同じこと。
キンブリーが今、受け取った携帯電話をちょいと割り折っただけで、たったそれだけでこの男は死ぬことになるのだ。

だと言うのに、趙公明は静水の如く全く揺らがない。
態度の意味が、分からない。

絞り出した声は途切れ途切れで、キンブリーの脳内は白に塗り潰されそうなのが目に見える。

「……一体、何を……考えている、のですか?
 仮に今ここで私がこの携帯電話を破壊したら、あなたはあっさり死ぬことになるのですよ?
 正面からあなたを倒すのは難しいでしょうが、握った電話の破壊だけならやってやれない事はない。
 折しも今、あなた自身の言った通りに」

困惑を通り越し、狼狽とさえ呼べる反応を返すキンブリー。
趙公明はそれを見て満足したのか破顔し――、

「ハァーッハハハハッ! 愛さ、愛だよキンブリーくん!」

場違いな単語で、疑問の全てに答えて見せた。

「愛……?」

「そうとも。僕は君がそんな事をしないであろうという事を確信している。
 親愛、信愛、友愛、人愛、敬愛、恩愛……。
 僅かな時間の付き合いながら、君の嗜好は僕がそれらの感情を抱くのに十分だった。
 僕は君のその美学に敬意を払い、同時に親近感を抱いているのさ。
 数多ある感情の全てに共通する一字があるのなら、それこそが真実。
 これを愛と呼ばずに何と呼ぶのだろう!」

ブワリと趙公明の周りに何処からともなく黄金の花弁が舞い散った。
じぃ、と星を抱いて自分を見つめる真摯な瞳。

意識せずに、キンブリーの頬が思わず朱に染まる。
顔が熱を持つのを、自覚してしまう。

「愛――それは一なる元素。
 僕はその愛を、これからも君と深めていきたいと思う!」

飛び込んで来いとばかりに鷹揚と両手を広げる趙公明。
何処までもまっすぐな視線は、確かにキンブリーへの十全の信頼を証明していた。

「……やれやれ。そうまで言いきられてしまっては、ね。
 此方としても断ったら立つ瀬がなくなってしまうではありませんか」

キンブリーは、その強さに耐えられない。
目線を逸らす――、きっとそれは陥落を意味していたのだろう。
キンブリーは照れを隠すように頬を掌で隠し、自分自身の携帯電話を取り出した。

慣れない手つきで一字一字、慈しむように自分の名前を打ち込んでいく。

「……この催しを更に楽しむために最適な手段だと思ったからこそ、こうするだけですよ。
 決して、あなたの為にした訳ではありませんからね」

相変わらず目線を合わさないキンブリーに、趙公明は静かに頷いた。

「無論、今はそれでいいとも。今は……ね」

「――ッ……!」

不意の言葉に息を呑み込む。
ようやく名前を打ち込むと、そこには確かに、手を取り合った自分たちの未来が示されていた。

「……ご自愛を。
 流石に自分自身の命くらいは、己の手に収めておくべきですよ」

ゆっくりと歩み寄り、パートナーに電話を返す。

手と手で受け渡されるそれは、まるで指輪の交換のようだった。


観測者はここに、薔薇の花を幻視する。
いつしか真っ赤な花が、確かに咲き乱れていた。


【H-08/橋の手前/1日目/午前】

【趙公明@封神演技】
【状態】:健康
【服装】:貴族風の服
【装備】:オームの剣@ワンピース、交換日記“マルコ”(現所有者名:趙公明)@未来日記
【道具】:支給品一式、ティーセット、盤古幡@封神演技 橘文の単行本 小説と漫画多数
【思考】:
基本:闘いを楽しむ、ジョーカーとしての役割を果たす。
1:闘う相手を捜す。
2:映像宝貝を手に入れに南に向かいたいが、お達し通り様子見。
  しかし、楽しそうなら乱入する。
3:カノンと再戦する。
4:ヴァッシュに非常に強い興味。
5:特殊な力のない人間には宝貝を使わない。
6:宝貝持ちの仙人や、特殊な能力を持った存在には全力で相手をする。
7:映像宝貝を手に入れたら人を集めて楽しく闘争する。
8:競技場を目指したいが……。(ルートはどうでもいい)
9:キンブリーが決闘を申し込んできたら、喜んで応じる。
10:ネットを通じて遊べないか考える。
【備考】」
※今ロワにはジョーカーとして参戦しています。主催について口を開くつもりはしばらくはありません。
※参加者などについてある程度の事前知識を持っているようです。


【ゾルフ・J・キンブリー@鋼の錬金術師】
【状態】:健康
【服装】:白いスーツ
【装備】:交換日記“愛”(現所有者名:キンブリー)@未来日記
【道具】:支給品一式*2、ヒロの首輪、不明支給品×1、小説数冊、錬金術関連の本
   学術書多数 悪魔の実百科、宝貝辞典、未来日記カタログ、職能力図鑑、その他辞典多数
【思考】
基本:優勝する。
1:趙公明に協力。
2:首輪を調べたい。
3:剛力番長を利用して参加者を減らす。
4:森あいが火種として働いてくれる事に期待。
5:参加者に「火種」を仕込みたい。
6:入手した本から「知識」を仕入れる。
7:ゆのは現状放置の方向性で考える。
8:潤也が目覚めたら楽しく仕込む。
9:携帯電話から“ネット”を利用して火種を撒く。
【備考】
※剛力番長に伝えた蘇生の情報はすべてデマカセです。
※剛力番長に伝えた人がバケモノに変えられる情報もデマカセです。
※制限により錬金術の性能が落ちています。
※趙公明から電話の内容を聞いてはいますが、どの程度まで知らされたのかは不明です。


【安藤潤也@魔王 JUVENILE REMIX】
【状態】:疲労(大)、精神的疲労(大)、情緒不安定、吐き気、
     右手首骨折、泥の様に深い眠り
【服装】:返り血で真っ赤、特に左手。吐瀉物まみれ。
【装備】:獣の槍、首輪@銀魂(鎖は途中で切れている)
【所持品】:空の注射器×1
【思考】
基本:兄貴に会いたい。
0:……。
1:旅館に行って兄貴と会う。
2:キンブリーから蘇生について話を聞く。
【備考】
※参戦時期は少なくとも7巻以降(蝉と対面以降)。
※能力そのものは制限されていませんが、副作用が課されている可能性があります。
※キンブリーを危険人物として認識していたはずが……?
※人殺しや裏切り、残虐行為に完全に抵抗感が無くなりました。
※獣の槍の回復効果で軽度の怪我は回復しました。


【ゆの@ひだまりスケッチ】
【状態】:貧血、後頭部に小さなたんこぶ、洗剤塗れ、気絶
【服装】:キンブリーの白いコート
【装備】:
【道具】:
【思考】
基本:???
1:ひだまり荘に帰りたい。
【備考】
※首輪探知機を携帯電話だと思ってます。
※PDAの機能、バッテリーの持ち時間などは後続の作者さんにお任せします。
※二人の男(ゴルゴ13と安藤(兄))を殺したと思っています。
※混元珠@封神演義、ゆののデイパックが三叉路付近の路地裏に放置されています。
※切断された右腕は繋がりましたが動くかどうかは後続の作者さんにお任せします。


【交換日記@未来日記】
未来日記所有者7th、戦場マルコ&美神愛の所有する未来日記。
我妻由乃の“雪輝日記”の様に、特定の一人だけを予知する機能を持つ二つで一つの未来日記である。
使用者自身の予知は出来ないが、互いに未来を予知し合う事で完全予知を実現する。
今ロワには7thが参加していないため、携帯電話のプロフィール機能を用いることで予知の対象を変えることが出来る措置がなされている。
具体的には、使用者の首輪から半径2m以内でプロフィールの名前欄に本人の名前を入力することで機能が解放される。
予知の対象はもう片方の交換日記のプロフィールに記された名前の相手となる。
ただし未来日記のルールに則り、名前を入力した時点から携帯電話の破壊=使用者の死亡となる。
“無差別日記”や“逃亡日記”などで予知の対象変更が可能かどうかは不明。




1:【生きている人】尋ね人・待ち合わせ総合スレ【いますか】(Res:6)
 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE
 スレタイ通り、人探しや待ち合わせの呼びかけをするためのスレです。
 どこで敵の目が光っているか分からないので、利用する際にはくれぐれも気をつけて!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 6 名前:ポテトマッシャーな名無しさん 投稿日:1日目・午前 ID:mIKami7Ai
 森あいさんと潤也さんのお兄様を探しています。
 ご本人か行き先を知っていらっしゃる方がいましたら、ご連絡ください。




光の飛沫が形作る独演会。

半透明なパイプオルガンから噴水のように吹き上げては降り注ぐ金粉の流れが、天上の舞台を描き出している。
同心円状に拡散する煌めく粒子は、円盤の端に辿り着くと滝に呑まれて眼下に降り注いでいった。

まるで古代人の描いた地球のような円盤状の大地。

全天を闇と彩雲に包まれたその場所で、二つの影が世界を睥睨する。

木枠と扉だけが無数に宙に漂っており、その開いた向こう側には数多の人の生き様が映し出されていた。

ひとつは、純白のスーツに身を包み、長髪を後頭部で括った青年。
ひとつは、異形の剣を異形の身に佩く髑髏の男。

「事象を一面から捉える事は叶わぬ。
 誰もが悪夢と罵る催事であろうと、兆しを待つ者には深淵へと渡された蜘蛛の糸として、千載一遇の好機となる折さえ在る。
 我等の様に」

馬上の騎士が呟いたその声に、青年は応えを返さない。
ただ、その手に摘まんだ一輪の花を鼻に近づけ――、

「この美しく整った盤面に、願わくば」

虚空へと、投じた。

「なるべくなら良き日々が多くありますよう――」


花は光の濁流に飲み込まれ、千切られ、翻弄され――見えなくなる。

そして、誰も見届けることのない流れの中で、闇の中へと融け消え入った。

花の名前は曼珠沙華。またの名を彼岸花。
意味する花言葉は――、


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