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番長たちの挽歌(上)

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番長たちの挽歌(上)◆Yue55yrOlY



『番長』の咆哮に、大気が震える。
その絶叫は既に人のものではなかった。
聞く者の精神を掻き毟るような、ソプラノの金切り声がコンクリートのジャングルに木霊する。


『番長』の足踏みが、大地を揺るがす。
瓦礫を踏み砕き、粉塵を巻き起こす。
潜在能力の全てを引き出された剛腕が、立ち塞がる全てを粉砕する。


剛力番長――白雪宮拳が変貌した魔物が、白煙の中からその姿を現す。
漆黒の甲冑に身を包まれたその姿は、もはや人とも思えぬ魔性の殺意を放っていた。



それに立ち向かう男の名はガッツ
人の身で数知れぬ使徒を打ち倒し、人外の存在より畏怖の念を込めて黒き剣士と呼ばれる超戦士。

秋山優。板橋区を統括する番長。
卑怯番長の二つ名が示す通り、ありとあらゆる卑怯な手段を「正々堂々と」駆使して戦う誇り高き戦士。

沖田総悟。真選組一番隊隊――


「あ、いや、俺の紹介はいいんで。いい加減タルくて敵わねえなァ。センセーもう帰ってもいいですかィ?」
「誰が先生だ」
「……君、ちょっとは空気読もうよ」

「でもさっき仲間の不始末は仲間が償うものさとか、カッコイイ事言ってなかったかィ?
 責任持って償って貰おうじゃねェか」
「責任なら、もう果たしたさ。さっき彼女を取り逃したのは、この場にいる全員に責任があると僕は思うケドね」

「あ、そぉー。つまり、手伝って欲しいってワケだな?
 そんならそれで、言葉の選び方ってもんがあるんじゃないかねェー。チミィー」
「てめえらっ! ふざけんのも大概にしやぁがれっ!! 来るっつってんだろうがっ!!」


ガッツの怒号を合図にしたかのように『番長』が駆ける。
コンクリートを踏み砕きながら疾走する『番長』に先鞭をつけたのは、文字通り卑怯番長の操る鞭だった。
足を絡め取ろうと這い寄る大蛇を跳躍でかわし、『番長』はビルの壁面に「着地」する。
そしてそのまま「壁面を走り」接近する『番長』に、無数の刃が襲い掛かった。
ガッツが振るった青雲剣から発せられた、虚空の刃である。
再度こちらに向けて跳躍しようとしていた『番長』はそれを受けて姿勢を崩し、大地へと降り立つ。
だが、それだけだった。
漆黒の鎧は傷付いた様子もなく、殺意がその場の音という音を圧し殺す。
背中の黒いマントのようなものが、ふわりと舞った。


「……ありゃもう、人だと思わねェほうがいい。
 化けもんだ。そのつもりで戦わねェと――死ぬぜ」
「……元に戻す事は、出来ないのかい? スタミナ切れを狙うとか」
「……無理だな。さっき言っただろ、もう手遅れなんだよ」

(魔女でもいりゃあ、話は別かも知れねえけどな……)

声には出さず、ガッツは思う。
そんな有りもしない救いをチラつかせるのは、残酷だ。
こうなっちまった以上、殺すしか止める方法はない。
いまだ己も踏み込んだ事のない、鎧の深奥。
だが、その深い闇に捕らわれた先に何が待っているのか。
髑髏の騎士の忠告を聞かずとも、なんとなくは判る。

「アゥアッ!! 
 アーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

気が触れたような、狂気に侵された少女の声が耳に痛い。
狂気の鎧に魂を捕らわれ、ドラゴンころしを振り回すその姿は、あるいは自分の末路か。
だからこそ、ガッツは同情などしない。
さきほどの少年を見て、なお鎧の力を欲したのは彼女自身なのだから。


青雲剣を握り締めると、敵との間合いを慎重に測る。
ガッツは、考える。
こんな細い剣で、奴の一撃をまともに受けきれるとは思わない。
奴の能力を、自分が狂戦士の甲冑を着た時と同等と仮定するなら、その攻撃力は使徒の肉体をも一撃の元に破壊するだろう。
ここは剣の特性を利用し、遠距離から攻めるのが良策だ。
そして、なんとか隙を見て先ほどのように炸裂弾で……


と、思考に意識を傾け過ぎていた訳ではなかった。
訳ではなかったが、刹那の思考に隙が生じた。


『番長』が奔る。
十数間はあった間合いを一瞬で詰めると、ガッツに向けて真っ向唐竹割りを斬り放つ。
その苛烈さは、今までの比ではなかった。
空気をひしゃぎ、迫る鉄塊。
もはや避ける暇は存在せず、受ける事すら叶わない。

しかし、ガッツの危機を救ったのは、仲間の存在だった。
卑怯番長の振るった鞭が『番長』の腕に絡み付き、その剣の軌跡をわずかに逸らしたのだ。
そしてそこに迅雷の動きで沖田が飛び込み、突きを繰り出す。

ただの突きではなかった。
沖田の天才が成せる、三段突きである。
一拍の内に閃光のような三段突きを受けて、しかしなお『番長』はその動きを止めない。
腕に絡み付く鞭を振り払い、群がる敵を薙ぎ払おうと、その身の丈をも超える大剣を横薙ぎに構え――


瞬間、兜が爆ぜた。


この三人を前にして、その隙は致命的だった。
ただ、それだけの事であった。

兜の中に放り込まれた炸裂弾は、剛力番長の顔をぐちゃぐちゃに吹き飛ばし、ゆっくりとその身体は崩れ落ちる。
ここに二人目の鎧の犠牲者は、一人目と同じ運命を辿った。



―――かのように見えた。



ズサッ!!

大地に突き刺さった大剣が、杖のように『番長』の肉体を支える。

そのまま振るわれた拳が、三人の肉体を弾き飛ばした。


三人は知る由もなかったが、これこそ白雪宮拳に埋め込まれた賢者の石――
ホムンクルス「憤怒」が齎した超再生能力であった。
かつて、爆発のダメージから彼女を救ったその能力が、ミチミチと音を立てて兜の中の少女の顔を再生させる。
白濁に濁った水晶体が元の機能を取り戻し、炭化した肉がグシャリと崩れ落ちると、その下からゆっくりと、
ゆっくりと真新しいピンクの肉が盛り上がる。

同じようにこの戦いに参加していた「強欲」との性能の差は、あるいは参加者と支給品の枠の違いであろうか。
しかし、そんな考察が出来るものはこの場にはいないし、しても意味はなかった。

意味を持つ事実は、彼女が複数の命を持つ正真正銘のホムンクルスであるという事だけであり――


ここに難攻不落の最悪の化け物が誕生したという事だけであった。






ガッツは苛立っていた。
先の少年と同じように――炸裂弾でけりが付くと思っていた自分の甘さに。
化け物だと思えなどと言っておきながら、元の姿に騙されていたのは自分も一緒だった。


「おいおい、バランスブレイカーもいいところじゃねェーか。
 どんな無理ゲーだよコノヤロー」
「剛力番長……君は……」

立ちあがった三人は、剣にもたれて不気味に佇む『番長』の様子を窺う。
兜から一瞬吹き出した焔は、確かに彼女の顔面を吹き飛ばしたはずであり、その証拠として鎧の隙間からあふれ出る
鮮血は、常人ならば致命的な量であった。
それが立っていられるという謎に、解を出せる人間はこの場にはいない。
再生の様子は狂戦士の鎧に阻まれて、衆目に晒される事はなかったのだから。


だが、そんな謎など糞喰らえ。
例え相手が正真の不死の怪物であろうが、人を遥に超越した化け物であろうが――
立ちあがれる限り、いや、這いずる事が出来る限り足掻く者。
それがガッツという男である。
戦いはこれからだとばかりに燃え上がる戦意は留まるところを知らず――――
直後、水を差される。


「……これ、あげるよ」
「あ?」

卑怯番長が、ガッツに巻貝を投げ渡す。
手にぺったりとくっつくように細工されたそれは、受け取ったガッツの義手に張り付いた。
卑怯番長はそれが衝撃を吸収し、溜め込んだ衝撃を殻頂を押す事で放出する貝である事を説明すると

「んじゃ、後はよろしく」

そう言い残し、すたこらさっさと逃げ出した。


「て、てめえっ!?」

目を剥くガッツであったが、『番長』から目を切るわけにもいかない。
気が付くと、沖田の姿もなくなっていた。

彼らはガッツを囮として、この戦いから逃亡したのである。
ギシッと歯を噛む。

「卑怯だぞっ! てめえらーーっ!」

先の戦いでガッツ自身に向けられた言葉を――なんの因果か、自身が叫ぶ事になろうとは。
虚しく響く怒声に反応を返すのは、『番長』のみ。
再び襲い掛かる『番長』に対し――ガッツは独力での対処を已む無くされていた。




 「先程ノ戦闘ニオイテDBニ障害ノ可能性ヲ確認。念ノタメ代用品ニバックアップヲ残ス」

逃亡……ではなく。
戦略的一時撤退を選んだ卑怯番長は、彼女が打ち捨てた荷物をチェックしていた。
何かヒントでも残されていないかと。
そして見つけたのが、このボイスレコーダーである。

ボイスレコーダーから流れてくる機械的な男性の声を、彼は知っていた。
マシン番長……一度は金剛番長を殺し、しかし最後には彼と共に戦って……そして散った漢。

 「前方ニ人影ヲ確認。照合ノ為接近スル……データ照合……完了。 
  該当件数1件。元港区……剛力番長―――確認」

どうやら、このレコーダーはマシン番長のデータベースのバックアップのようだった。
それは剛力番長と出会った所から始まっていた。
これを聞けば、彼女の変貌の理由が判るかもしれないと卑怯番長は思った。

 「剛力番長―――確認。生態レベルデノ誤差、25%―――剛力番長ノデータト能力ニ齟齬ヲ確認―――
  コn能力ハデータニナイ―――誤差ハアルガ、間違イナク剛力番長。タダシ、能力及ビ言動ニ不可解ナ点ガ見ラレル」

そんなマシン番長の事務的な報告の合間に、僅かに遠く聞こえる剛力番長の声。
卑怯番長はボリュームを上げて、彼女の言葉を拾い上げる。


 「…なんだか夢を見た後のような気分です。私の記憶はしっかりと残ってるのに、それがまるで…… 
  そう、ずっと昔の、忘れた事の書かれた日記を見たような…そんな、不安がありましたの」 

 「でも、あなたは私を剛力番長と呼びました!生憎私はあなたのことを存じませんけど… 
  でもそれは私以外から見ても、私は私ということで……えっと……なんだかややこしくなってきましたわ」

 「私は剛力番長!正義の名の許に戦い、キンブリーさんを優勝させて、全てを蘇らせるのが使命ですわ!」 

 「例え悪までも蘇らせてしまうとしても、その悪は私が責任を持って叩きのめします! 
  あのテロリストを従わせた女性のように!」


……頭が痛くなるような、支離滅裂さだった。
この時点で既に彼女はおかしくなっていたようだが、今の話にはいくつか聞き逃せないキーワードがあった。

『キンブリーさんを優勝させて、全てを蘇らせる』
『その悪は私が責任を持って叩きのめします! あのテロリストを従わせた女性のように!』

常の彼女であれば絶対に取らないような異常な行動目的と、その指標となった人物についてだ。
このキーワードからは、彼女を変えてしまった三人の存在が浮かび上がる。
すなわち、『キンブリーさん』と、『あのテロリスト』、そして『あのテロリストを従わせた女性』である。
卑怯番長は、それらのキーワードを留意事項とする。


戦闘の様子を録音した音声は続いていた。
マシン番長は、剛力番長に敗れたようだ。
二人を知る卑怯番長には、俄かには信じがたい事だったが……今はそれを飲み込んだ。


マシン番長を破り、このレコーダーを我が物とした剛力番長は、それを日記として、この島で起きた出来事を吹きこんでいた。
マシン番長と出会う前に、彼女に何があったのか。
ひとつひとつ、思いだすように。
自分が自分である事を、確認するかのように。

――主催に反乱の意思を示し、醜い生き物の姿に変えられてしまった少女を、知らなかったとはいえ殺してしまった罪を。

――それを生き返らせてくれる――人殺しの罪をなかった事にしてくれる男、キンブリーの話を。

――次に出会った少年によって為された、生き返らせた中に悪人がいたらどうするのかという問題提起。

――そして絶対悪――テロリストとの戦い。卑劣な爆弾攻撃によって半死半生の傷を負った事。

――しかし、その絶対悪をも従えてしまう偉大なる正義を持つ女性の施しによって自分が回復した事を。

それからも剛力番長の正義日記は続く。
障害にぶつかる度に、彼女はレコ-ダーに自分の正義の正しさを吹きこんでいた。
敵対する存在を詰り、自分の歪んだ正義に縋る。
それは時に『キンブリーさん』のためであり――
彼女が信奉する『とある女性』――恐らく沖田の話していた妲己だろう――のためであった。


そうして、全てを聞き終わり卑怯番長は彼女に何が起こったのかを知った。
一つの過ちが、彼女を歪ませた。
その歪みを誰も修正出来ぬままに――周囲の悪意に大きく育てられた「正義」があの化け物を生みだしたのか。




だが――自分たちと共にいた、あの剛力番長が、こんな考えを持つなんて。
全てを聞き終えてもなお、卑怯番長にはそれが信じられない。

己の過ちを認められないが故の毒。
全てを殺せば全てを救えるなどと、愚かで甘い夢に浸るような弱さを、彼は知らない。
本当に生き返るかどうかなど関係ない。
そんなスジの通らない望みを持ってしまった事が、まったくもって彼女らしくないのだ。
金剛番長の元に性格も思想も違う四番長が集ったのは……彼のスジの通った生き方に、強く憧れたからだと言うのに。

マシン番長、金剛番長、そして自分を知らないと言う剛力番長の言動。
沖田の話と、そしてこのレコーダーで知った彼女の行状から卑怯番長は一つの結論を導いた。

すなわち、あの剛力番長は自分たちの知る彼女ではないのではないかと。
金剛番長と出会う以前……彼に感化される以前の彼女なのではないだろうか。

あまりに突飛で飛躍した考えかもしれない。
だが、そうでも考えなければあり得ないのだ。
……このような状況は。


「だとするなら、僕らの絆に最初の楔を入れたのは神という訳か」

卑怯番長は、神のやり口に強い不快感を覚える。
そして純真な彼女にでたらめを吹きこみ、都合のいい道具として扱った外道どもに怒りを感じた。
息苦しいほど胸糞が悪い。
大切にしていた大事なものを、好き勝手に弄ばれた悔しさを思い切り吐き出したかった。
きっと、この島で失ったものに匹敵するような何かを、自分は二度と手にする事はないだろう。



だから決意する。
ここで終わってしまった友の願いを、自分が代わりに叶える事を。
そして、友をここまで虚仮にしてくれたキンブリーと妲己に、自分以上の苦しみを与え
全ての元凶である神を細切れにして血の海に沈めてやろうと。
それもこれ以上ないほどに、卑怯な手口で――だ。


ありがとう、マシン番長。君の残してくれたデータのおかげで、僕の決意も固まった。
見ていてくれ、金剛番長。僕らを馬鹿にした神へのスジは、君に代わって通しておこう。


  ――私は、これから決死の覚悟で正義の実行に参ります。
  もしかすると、これが最後の日記になるかもしれません。

  ですから――もしこれを聞く方がいましたら、お願いがあります。
  正義のために、どうか私の遺志を継いで下さい。

  そうすれば、たとえ私の身が滅んだとしても、正義は――、


わかったよ、剛力番長。君の遺志は――僕が受け継ぐ。
それが例え――君自身を滅ぼす事になろうとも。


この地に残る最後の番長として。

卑怯番長はどこまでも卑怯に戦う覚悟を、ここに決めた。








書き込み中……


1:【生きている人】尋ね人・待ち合わせ総合スレ【いますか】(Res:9)
 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE
 スレタイ通り、人探しや待ち合わせの呼びかけをするためのスレです。
 どこで敵の目が光っているか分からないので、利用する際にはくれぐれも気をつけて!

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 9 名前:バトロワ好きな名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:XO7all1TH
 荒唐無稽な話だが、君たちの探している知り合いは、君たちの知る彼らではない可能性がある。
 それぞれが違う時間から呼び寄せられている可能性を、考慮に入れておいてくれ。


 そしてゾルフ・J・キンブリーに妲己。
 友を虚仮にしてくれた君たちを、僕は絶対に許さない。
 いずれお礼に行くから、なるべくその時まで生きていてくれよ。



6:雑談スレだけど何か話題ある?(Res:3)
 1 名前:Madoka★ 投稿日:1日目・早朝 ID:vIpdeYArE
 わざわざスレ立てするまでの話じゃないけれど、該当するスレがどこにもない!
 そんな話題を扱うためのフリートークの場です。

 2 名前:元自転車便の名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:HeRmionEA
 大規模な戦闘の跡を見つけたらタレ込んでくれ。
 少々調べたい事がある。

 3 名前:お酒、絶対ダメな名無しさん 投稿日:1日目・昼 ID:XO7all1TH
 何を調べたいのか知らないケド、デパート付近は凄い事になっているよ。
 しばらくは近付かないほうがいい。



みんなのしたら場への書き込みを実行しました




「よぉ、準備は済んだのかィ?」

掲示板への書き込みを終えた覆面の怪人に掛けられる、軽薄そうな少年の声。
あの場から先に逃げ出した沖田総悟だ。
卑怯番長は、彼がいまだ立ち去っていなかった事に少し驚いた様子を見せる。

「ああ、覚悟は決まったよ……なに君? 暇でもしているのかい?
 それなら手伝って欲しいんだけどね」
「手伝えェー? ただでェー? そいつァちょっと虫のいい話じゃねェかィ?
 ありゃ、てめぇの連れだろう?
 連れの責任は仲間が取るべきだよナァー?」

元より沖田自身にも逃げる気などサラサラなく、既にあの『番長』に対抗するための準備も終えているのだが……
恩を着せられそうな相手がいるなら、無償で協力する法もない。
毟れそうな相手からはトコトン毟り取る。
それが沖田総悟の処世術だ。
沖田は、卑怯番長がつい漏らしてしまった言質をどこまでも利用して、暗に報酬を要求する。

「OK、取引成立だ」

溜息をもらし、卑怯番長は手に持ったデイパックを放り投げた。




敵の能力が自分を上回っている?
仲間が逃げ出し、孤立無援?
それがどうした。いつもの事だ。

走る。走る。ガッツは走る。
逃げるために、走っているわけではない。
活路を切り開くために、走っているのだ。

場所は炎上するデパート前の大通り。
住宅街を焼き払った炎は、時間と共にここまで燃え広がり周囲は灼熱の地獄と化していた。
木造の建物は当の昔に崩壊し、コンクリートのビルでさえ炎の舌に舐め回されている。


玉のような汗が噴きあがる。
薄い酸素を、犬のように喘いで摂取する。
既にガッツの肉体には胸の傷を初めとして、肉を抉り取るほどの傷がそこかしこに刻まれていた。
だが、流れる血の量はさほどでもない。
その全てが致命的な個所を外しているのは、一重にガッツの経験と技量、そして勘の為せる技であった。
そこまで傷付きながらもガッツが目指すのは、I-06に存在する禁止区域。
そこに『番長』を追い込み、その首輪を爆発させる。
対使徒用にと考えていた、その作戦を実行するためにガッツは動いていた。

「―――ッ!!」

背筋を悪寒が走る。
瞬間、勢いをそのままに転がって避けた。
轟音をあげ、空を薙ぐのは鋼の旋風。
触れただけで息の根が止まりそうな、その攻撃を転がる事でやり過ごし、
膝を立てて、起き上がる。
上空を通り過ぎて行ったその襲撃者に、一瞥をくれる事もなくガッツは再び駆けだした。
走りながらも青雲剣を薙ぎ払い、刃の檻で敵を封じる。
『番長』にとってその攻撃は、そよ風程度の威力であったが、足止めくらいにはなっていた。

「アゥッ!?」
「もう少しだ……ついて来やがれっ!」

吼える。
今朝、妲己たちと相見えたポイントは近い。
ガッツは外套の留め金を外すと、走りながらそれを火にくべる。
赤々と燃える炎が、黒い外套の裾に燃え移る。
ガッツは、それを闘牛士のように構えると、ついに『番長』と向き合った。
彼我の距離は十間に満たず。
狂戦士が攻撃を躊躇う要因など、どこにもない。


『番長』はその赤い炎に惹きつけられるかのように、突撃を敢行する。
猛烈な爆発力で大地を蹴りつけ、一直線に飛び込んで来る突進の勢いは凄まじいものであったが
だからこそ、その攻撃は単調で軌道を読みやすくもあった。
小細工なしに振るわれる純然たる力に対し、ガッツは柔らかな布でそれをいなそうとする。
ガッツの身体がゆっくりと沈み込み―――交錯。
すると、どこをどうしたものか。
過ぎ去った『番長』の頭には、燃え盛る布が手品のように巻き付いていた。

「ウアアアアアアアアアアアーーーーーーーッ!!」

『番長』が悲鳴をあげる。
とぐろを巻いて、兜に巻き付く焔の蛇。
その効果は、視界を妨げるばかりではない。
鉄板焼きのように兜を熱して内部に火傷傷を与えるうえに、周囲の酸素を燃やし尽くし呼吸を出来なくさせるのだ。
しかも、鎧の魔力に狂いきった少女は、目の前で何が起こってるのか認識する力すら失っている。

お餅のような肌が鉄板で焙られて火ぶくれを起こし、砂金の髪が熱で縮れる。
酸素を求めて息を吸い込めば、渦巻く熱気が肺を焼く。
狂戦士は踊り狂う。
むちゃくちゃに、やみくもに、何もない空を剣で薙ぐ。
その様子は、まるで喜劇に出てくるコメディアンのようだった。


ガッツは、その暴れ回る狂戦士に背後から近付くと、股間に腕を回して持ち上げる。
一層暴れる狂戦士の鎧にひっかかり、服が破け、頬が切れるが全て無視。

「オオッッ!!!」

全身の力を込め、狂戦士を投げ飛ばす。
入り込めば首輪を爆発させると指定された、禁止区域へと。


ズガーーーーンッ!!


などとは行かなかった。

「あァ!?」

首輪は直ちには爆発せず、退避勧告の音声が流れる。
それを聞いて、ガッツは隻眼を呆然と見開く。

「すぐ爆発しねェのかよっ!!」




一分間の猶予。
ガッツは、一分などという単位を知らなかったのだが、なんとなくその感覚はわかった。
その事に疑問など持たない。
この島で出会った明らかな別人種とも、普通に会話が出来る事に疑問を持たないのと同じように。


しかし、一分だとっ!?
わざわざ地図を配布し、放送で場所の告知までしておいてなお、そのような猶予まで与えるとは。
まともにヤル気があるのかと、ガッツは主催陣を疑ってしまう。

一分間も、こいつを禁止区域内に留めておくなど不可能だ。
自分自身も禁止区域の奥深くまで入り込み、相討ちを狙うなら出来るだろうが、グリフィスを討つ前に
こんな奴と心中などするつもりはない。

なら、どうすればいい?
首輪の爆破以外でこいつを倒す方法があるのか。

逡巡する間に、外套が燃え尽きた。
『番長』の視界が回復する。
そこが危うい事を本能で感じ取ったのか、『番長』は起き上がると弾丸のようにその場から飛び離れようとする。
刃の檻も、炸裂弾による牽制も意味がなかった。
猶予時間の半分の時間も稼げずに、『番長』は禁止区域の外に出てしまう。

「チィッ!!」

ここにきてガッツの進退はきわまる。
三時間以上のぶっ続けの連戦の末、然しものガッツにも疲労の色が濃い。
再び襲い来る『番長』の連撃。
一撃受けるだけで即死確定の攻撃を、反射神経だけで避ける。
凄まじく神経をすり減らすその作業を、後退りながら行うガッツであったがそれもいい加減限界であった。
崩落した建物の残骸が、足にひっかかる。
体勢が崩れた。

「クッ」

唸りを上げる轟音。
横殴りに迫る死の具現。
それは剣の刃ではなく、面。
まるで蠅叩きのように、ちょこまかと動く敵を叩き潰さんとする分厚い鉄の塊。

それに向かってガッツの義手が伸びる。
その掌に張り付くのは衝撃貝。これまで使う事のなかった、未知の道具。
もはやこれに賭けるより他にはない。

吸い込まれるように、敵の攻撃が掌に受け止められ―――そこに衝撃はなかった。
衝撃貝は、剣の威力を綿のように受け止めたのだ。
しかし、その現象に戸惑う様子も見せず、理性を失った狂戦士は勢いをそのままにぶちかましへと移行する。
『番長』の小柄な体躯が、ガッツの腹部に突き刺さるようにぶつかった。

「ガ、フゥッ!」

もんどりうって倒れ込むガッツに、『番長』が圧し掛かる。
手に持った巨大な剣をギロチンに見立て、今まさに処刑されようとしたその瞬間。

「『貝』を使えっ!!」

ガッツでも、『番長』でもない、第三者の声がその場に響き渡った。
既に『番長』の身体に密着していたガッツの腕が、その声に反応するのにコンマ以下の時間も要らなかった。

轟!!

先の番長同士の決闘を再現するかのように。
否、先よりも更に高まった自らの剛力によって『番長』は、より強く打ち上げられた。
高く、高く、上空へと。
そして、地上にはそれを見上げる男たちの姿があった。

ドゥルルルルル

規則的なビートを刻む排気音が、減音しながら近付いてくる。
ハーレーダビッドソン。
大型バイクにまたがり再び現れた男に、起き上がったガッツは悪態を付く。

「てめえっ! とんでもねーもん寄越しやがって……肩の骨が外れっちまったじゃねーかっ!!
「カハハ、やっぱりかい? 自分で使わなくて良かったよ」
「っっ!? このっ、卑怯者がぁっ!」
「イエス! アイアム、卑怯番長!」


名乗りと共に卑怯番長、ここに推参。




そんな会話をかわしている間に、上昇の最高点に達した『番長』が落下する。

ガッシャーーーーーァン!!

まずはクルクルと回転しながら落ちてきた剣が大地に突き刺さり、次いで金属が奏でる甲高い激突音。
『番長』がうつ伏せ気味に叩きつけられ、アスファルトの路面にクレーターが生まれた。
巻き起る砂埃。
その煙幕をものともせず、卑怯番長の振るったチタンスパイク入りの鞭が『番長』の足に正確に絡み付く。
鞭を軽くひっぱり、それがしっかりと固定されている事を確かめると、卑怯番長はクラクションを鳴らす。

パッパアアアアーーーーー!! パアアアーーー!!

すると遠方からも、それに応えるように警笛が鳴り響いた。

「……それじゃ行こうか、剛力番長」

卑怯番長が片手で保持したスロットルを握りこむと、V型ツインエンジンから発せられる獰猛な唸り声が、咆哮へと変わる。
ガッツをその場に置き去りに。
炎上する市街地を駆け抜ける鉄の騎馬。
熱風を纏い、爆発的に加速する機体が瞬く間にトップスピードへと達する。
引きずられ、跳ね回る『番長』の身体がアスファルトを削り飛ばし、後方へと粉塵を撒き散らかす。
飛び散る火花が残光となって、焔の尾のように車体を彩った。

ガツッ! ガガッ! ガッ! ガガガガガ!!

鞭を通して、嫌な感触が伝わってくる。
喉元までせりあがった感情を強引に飲み込む。
ここで、手を離すわけにはいかない。
まかり間違えば、彼女は生を望む全ての命を刈り尽くしてしまうだろう。

(そうならない内に……なんとしてでもここで彼女を止める!)

覚悟は既に決めていた。
後は……貫くだけだ。
自分で決めた、自分のスジを。
全ての感情を押し殺した、冷徹な眼差しが前方を見据えた。

ギャリッ!

ともすれば流れそうになる車体バランスを、絶妙のタイミングで制御する。
私刑のように凄惨な、卑怯番長が課す『番長』への制裁。
とはいえ、これはまだ前振りでしかない。

その真の目的は、先ほどのクラクションに応えてやってきた、対向車線を爆走する大型貨物車。
それに『番長』を叩きつける事にあった。

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ

グングン迫る、大型貨物車の運転席に乗るのは沖田総悟。
アクセルベタ踏みで走る、その車のスピードメーターはとっくの昔に振り切れている。
相対距離が徐々にゼロへと近付き、互いに爆走する両者の視線が交わったその刹那、
『番長』の身体は鞭の戒めから解き放たれた。

ドオンッ!!

宙へと放りだされた『番長』に巨大な質量がぶち当たる。
地上を走る巡航ミサイル。
強烈な衝撃を受けて、二転三転錐揉み状に回転しながら前方へと叩き落とされた番長を、容赦なく踏みつぶし
大型貨物車――タンクローリーは急制動を掛ける。
タイヤが破裂し、止まり切れずに横転。
ひび割れたフロントガラスを、木刀でぶち破って沖田が脱出する。
そしてそのまま駆け足で距離を取り、イングラムM10を構えると、発砲。
三連射された9mmパラベラム弾が、燃料が満載されたタンクの外装を喰い破った。


閃光。
轟音。
暴風。

そして、超高熱の爆発が大地を揺るがす。


天に輝く恒星が、地上に落ちてきた。
そう錯覚しそうなほどの、空を貫く巨大な火柱が『番長』の肉体を焼き払った。




強烈な刺激臭が鼻を突く。
何もかもを燃やしつくしてしまいそうな灼熱の炎。
その激しい燃焼から充分な距離を取った所で、アイドリングの振動が路面に響く。
帽子を、深くかぶり直しながら卑怯番長は呟く。

「これでもまだ、動けるのか……」

ヒトが生きる事を許されない、白色の世界に黒い影が佇む。
全身から黒煙を噴き出し、それをオーラのように身に纏った姿はまるで幽鬼。
死ぬ事を許されていないかのように、融解したアスファルトの泥の中を『番長』は歩いていた。
レコーダーに残された証言から、剛力番長に付与された新たな能力が超回復だと考えていたのだが……
これではまるで、不死の化け物だった。

「だけど、剛力番長」

その姿が、火災現場から僅かに離れたデパートの中へと消えていくのを見届けると
卑怯番長は手袋をキュッと嵌め直す。

「僕は―――君を逃がさない(見捨てない)」

再び単車にまたがって、卑怯番長の姿もまた、『番長』を追いかけ、デパートへと消えていった。
壁面に安置された、金剛番長の遺体がそれを見届けていた。




デパート前の火災を目印に、大剣を引きずって半裸の男が歩いて来る。
先の攻防で、ようやくドラゴンころしを取り戻したガッツである。
剥き出しの大胸筋を初めとしたあちこちに、シャツを引き裂いて作った即席の包帯が巻かれており
まさに激戦の後といった趣であった。
それに気付き、少年は声を掛けた。

「よぉ旦那ァ、まだ生きてましたかィ。まるでゴキ……」

軽口を叩こうとした沖田の胸元をガッツが掴み、持ち上げる。

「何するんでさァ」
「何すんだじゃねェ!! やっぱりその舌引っこ抜いてやったほうがいいみてぇだな。
 勝手にとんずらこきやがってっ!」
「いいがかりはよして下せェ。
 一番弱い奴から狙われた、それだけの事じゃねえですかィ」
「――ッ!」

ガッツは、沖田を一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、止めた。
腹の立つへらず口ではあったが、戦場での一面の真理をその言葉は含んでいたからだ。
正規軍の騎士様ならともかく、傭兵にとっては褒美を得るために互いに利用し、利用されるのは当たり前。
剣の腕の強弱すらそこでは関係なく、最後に名のある敵の首を取った者だけが食いぶちを得られる世界なのだ。
口約束での共闘の関係すら成立していなかった、この男を責めるのは筋違いだと言わざるを得なかった。

「チッ!」

沖田から手を離す。

「で、奴はどうした。やったのか?」

魔女に召喚された、地獄の業火のような熱気が剥き身の肌を灼いていた。
これを喰らえばさすがに生きていられるとは思えないが……先入観は死を招く。
問い詰めるガッツに、沖田はデパートを指さした。

「行くんですかィ? フラフラしてるじゃねェですかィ」
「あの鎧とも、ケリつける必要があるみてェだからな……」

ガッツはドラゴンころしを肩に担ぎ、デパートを見上げる。
白炎の世界に屹立する、巨大な建物が陽炎の揺らめきの中に歪んで見えた……






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