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終ノ空

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終ノ空 ◆JvezCBil8U


土を掘り起こす音がする。
何度も何度も繰り返し行われる、単調なテンポ。


ざくり、ざくりと、人間の娘はその体を泥に塗れさせ、その手にいくつも水疱を作りながらもその手を止める事はない。
……俺はその動きを何をするでもなく、座り込んで眺めている。

次第に深まっていく空間に突き刺さるのは、鎌だった。
手持ちに掘削道具なぞあるはずもなく、曲がりなりにも穿孔を行えるものとしてくれてやった。
吹き渡る風は冷たいながらも娘は汗を流している。
動いている限り、熱が失われる事はないだろう。

空を仰ぐ。
一面が灰色の曇り硝子であるかのようだ。
あの砂漠の星では、こんな空を見る事は叶わなかった。
いや――航宙船の中で産声を上げた俺には、全く見た事のない景色ですらある。

皮肉さに頬を歪める。
自由を求めた果てに見るはずだった景色を、絞りカスとなった今の俺が見ているのだ。
仲間たちに見捨てられた、今の俺が。

だが、俺はそれでもあの生き方を――間違いだったと思いたくはないのだ。
この島で今もなお感じ取れる同胞の鼓動。
雲が巻くにつれ、その仲間たちの悲鳴が少しずつ大きくなるのを感じ取る。

……天候の操作でも見せつけて、“神”とやらは己がその呼び名に相応しい事を証明しようとでもいうのか?
成程、神の力として求められる権能としては一番ポピュラーではある。
しかし、天候操作というのは、知識さえあれば存外容易い。
太古の人間が雨乞いと称し火を焚く事で上昇気流による気圧の変化を招来し、
飛行機を発明してからは沃化銀を散布する事で雲の発生を促したように。

が――、それを行う為にはやはりエネルギーや物資、相応の機材が必要となる。
ならば、同胞がそれに組み込まれている可能性は、極めて高い。

……己の力を示すためだけの戯れにしては、少々俺を舐めすぎだ。
沸々と臓腑の底に湧き上がる赤が、俺を奮わせる。
搾取した我等の命をこんな事に使うとは、な。
握った拳に力が入る。

……だが、お巫山戯と断じるのは早計だ。
何か意図を持って天候を操作するのだとしたら、見落としがあっては不要に同胞を危険に曝す。
ならばこの下らん催事について、今の内に少し俺なりの推測を固めておくのも有意か。

何のために天候を操作し、それをわざわざ放送で告知するのか。
考えられる可能性は、2つ。
一つは、悪天候下で参加者の集中力や移動力を削ぐこと。
もう一つは、この催事の最終的な目的に何らかの形で寄与すること。

前者は要するに、殺し合いの促進だ。
移動力を削がれることから参加者に無秩序に動き回られては困るのだろうという推測が成り立つ。
禁止エリアの設置と複合させ、一定範囲内での殺し合いを促進させるつもりか。

禁止エリアの存在は、おそらく通行を分断し、人の動きを誘導させるためにある。
つまり禁止エリアの近隣には、多くの参加者が存在していると見て間違いない。
たとえば今回の放送で設置された、俺に最も近い位置にある禁止エリア。
ここを前回の放送で告知された禁止エリアと組み合わせる事で、島内の右下を囲い込む様になっている。
……おそらく、この区画はこれからも激戦地になるだろう。
もしヴァッシュがこの右下エリアにいないのなら、それは俺にとってあまりに余計な徒労となる。
幸い、時間の猶予はある。
早々に近辺の捜索を終え、ヴァッシュの痕跡が見つからなければ離脱すべきか。
奴を探すならば、残る2か所の禁止エリアの近辺に着目すべきかもしれない。

――最初の放送の女の告げた言葉の意味は、こういう事だろう。
口車に乗る様で僅かに癇に障るが、それ以上の見返りは確かに得ているのも事実だ。
もしあの女が人間だったとしても――、

「……いや、考えるだけ無駄だな」

例の女の放送に比べ、先刻の放送で得られたものは極めて少ない。
死者と禁止エリアの所在以外は、天候の変化を意識しろとの言動、それに疑心暗鬼を促す挑発だけだ。
殺し合いの促進目的であろう挑発はさて置き、天候操作に何らかの意味を見出そうとするのは、催事との因果をいぶかしむのは穿ち過ぎか?

……視点を切り替えよう。
天候操作から目的を演繹しようとするのではなく、目的を類推し、帰納的に天候操作の意義を探る。

この殺し合いの目的は何か。
推測でしかないが、俺には薄らと輪郭が見え始めてきていた。


端的に言えば、だが。
この催事は、殺し合いという過程を踏まえる事で――“何か”を生み出そうとしているのではないかと、俺は考える。


発端となったのは、あの研究所で得た“錬金術”の知識だ。
動物と人間の掛け合わせ――合成獣。
賢者の石。
ホムンクルス。
例の出来損ないの肉人形。

……“持っていく”ことと“持ってくる”ことのできる俺たちプラントでさえ、既存の生命の形をそのままコピーする事しかできない。
この世には存在しない“異形の生命”を、生み出す事など出来はしないのだ。

既存のモノとまったく異なる形の命を生み出せるという事は、命を知識として得ていなければならない。
そして命とは、ブラックボックスたる反応系の塊で構築されている。
複雑系、非線形、カオス理論。一般科学を踏み越えた領域。

ありとあらゆる因果の糸が密接に絡み合った、命という形の複雑系システム。
それらが更に互いに干渉し合う事で生態系となり、生態系は星の循環系に帰属する。
星の循環系は巨大なテクトニクスによって表され、その根源は恒星を中心とした星系の起源にまで行き着くのだ。
星系の起源は銀河の成り立ちに、銀河の成り立ちは宇宙の誕生に。
俺の知識は断片的なものでしかないが、命すら内包する複雑系の行き着くところにあるものは十分に想像がつく。
……全ての智、“真理”。
あるいは、“全宇宙の記録(アカシックレコード)”と言い換えてもいい。

それを掌握したものは、全知者、あるいは全能者と呼ばれる。
即ち――“神”。
以前の俺ならば、そんなお伽噺を鼻で笑ったろう。
だが、“全宇宙の記録”の実在を、俺は間接的にではあるが知ってしまっている。

ボイスレコーダーに記された未来の記述。
超高精度の予測機能を以ってすれば確かに実現は可能かもしれない。
しかしそれは、ラプラスの魔に匹敵する量子コンピュータでもなければ有り得ない機能だ。
そんなモノが存在するならば、それは“全宇宙の記録”と呼んでも差し支えあるまい。

そして“神”は――間違いなく、それを弄ぶ事の出来る存在なのだ。
驕り故の僭称かと思っていたが、どうやら名乗りに相応しい権能の持ち主である事は間違いないだろう。

しかし、“全宇宙の記録”すら従える“神”が、この期に及んで何を求めると言うのか?
決まっている。

『“全宇宙の記録”にすら存在しない何か』だ。

何もかもを容易く知り、全てを思い通りに動かせる……、いや、違うな。
望まずとも何もかもを知ってしまい、全てが勝手に自分の思い通りに動いてしまう。
“全宇宙の記録”を掌握するとは、そういう事だ。
その様な生は退屈極まることだろう。

そして、“全宇宙の記録”には、世界の全ての情報が収まっている。
逆に言えば、世界の法則や因果から抜け出る事は叶わない。
物事の避けえぬ終わり――エントロピーの増大による宇宙の死などは、知ってもどうにもならないはずだ。
たとえ“全宇宙の記録”を掌握したとて、あくまでも『世界の枠組みの許す限りにおいて全能』でしかない。

生み出したモノで何をしようとしているのかは、未だ分からない。
不可避の滅亡からの衆生の救済か、暇潰しの単純な娯楽か、はたまた自己の終焉か。
だが、間違いなく“神”は、これまでの世界には存在しない『何か』を求めているはずなのだ。

また、“全宇宙の記録”の存在から、次のような仮説が成り立つ。

この殺し合いの参加者は、複数の世界から招かれている。
その中には例えばそこで穴を掘っている娘のような、何の力もない人間さえ存在する。
何故、そんな一見役に立ちそうもない連中もここに寄せ集められたのか。

――答えは簡単だ。
世界は無数に存在する。ならば、“全宇宙の記録”も世界の数だけ存在する。
それらの全てを“神”が掌握できているとは考えにくい。
何故なら無限にも等しい世界のどれかには、“神”の求める『何か』が存在しているであろうからだ。
にもかかわらず、”神”は、わざわざ殺し合いなどを開き、何事かを為そうとしている。
つまり“神”が“全宇宙の記録”を掌握した世界は、数える事が出来る程度のものなのだろう。
それも、『何か』の存在しない世界ばかりを、だ。

だから“神”は、“全宇宙の記録”を掌握した世界の生命――自分の意のままに動かす事の出来る駒を用い、
何らかの手段により世界の枠組みを超えようとしているのだ。
殺し合いはその一部でしかない。

そここそが俺は好機と考える。
“神”には確かに、世界の枠内に収まる力は届かないだろう。
これは“神”が“全宇宙の記録”を掌握していると考えるならば自明の理だ。
だが、『世界の枠組みを超えた力』なら話は別だ。刃を届かせることが可能となる。
奴の求める力を逆に利用してやる事で、その身を斬り刻んでくれる。
あるいはこの俺の力――俺達の『プラント』の力ならば、回りくどい事をせずとも首を取れるかもしれない。

“持っていく”力。
俺達という個の生命こそひとつの世界の枠組みに収まるが、この力は世界の壁すら穿ち繋がる。
絶対、とは言い切れないが、試してみる価値はあるだろう。


……だが。
ここまで考え、思う。

「……ますます解せんな。錬金術の知識やボイスレコーダーは、何のために、誰によって、配置されていた?」

そして――、俺がこのような思考に至った事すら、恣意的なバイアスが感じられてやまない。

螺旋楽譜』の主の言葉が、俺の意識に棘となり、刺さる。

『この程度の事は、最初っから仕組まれてる茶番に過ぎない。
 全ての情報、全ての虚実、全ての状況は、そう推測できるように敢えて配置されているだけだろう』
『与えられた情報で辿り着ける真実なんて、更なる真実を覆う殻に過ぎないんだ。
 そしてその殻は、マトリョーシカのように何重もの入れ子になっている』
『それらが全て、誰かの手で踊らされているだけである事を心に刻め。
 そういう事すら可能にしかねない人間を、俺は知っている』

記憶の改竄、あるいは意識誘導か?
可能性は否定できない。
“全宇宙の記録”を掌握したならば、そこから記憶や意識すら弄ぶ術を得ていても不思議ではない。
そこには個人の記憶や意識さえ含む、宇宙誕生からの全ての情報が刻まれているのだから。

俺やヴァッシュの『世界の枠組みを超えかねない力』を、“神”と対面したその時に振るわせたいのだとしたら。
俺達の力を引き金として、奴は目的を果たす事を目論んでいるかもしれない。
利用してやるつもりが最初から掌の上で踊らされていただけ、などと言う結末は笑い話にもならん。

考え過ぎというのは楽観論だ。
事実、“全宇宙の記録”などという突拍子もない可能性を俺は自然に想定してしまっている。
先に考えた事は、全て妄想と言っても過言でしかない代物なのだ。
なのに何故か――それを信じ込んでしまいそうになる俺がいる。
“神”への対応策を想定しながら、その策を妄想と断じるのは本末転倒とも言える。
だが、この姿勢こそが今必要な事だろう。
妄想と疑いながらも、最悪と考えた可能性より更に絶望的な事実を突き詰めていくことが。

つまりそれは、前提条件の破棄。
“神”が“全宇宙の記録”を掌握した存在であるという仮定を修正する。


……本当に“神”とは、“全宇宙の記録”を掌握した『だけ』の人間なのか?
『世界の枠組みを超えた力』を届かせるだけで、本当に“神”を粛正する事が出来るのか?


理由も理屈もない。
俺の勘は、その可能性を絶対と言えるほどに否定していた。
“神”は、たったこれだけの情報で全容を掴める存在ではないと、強い警告が頭の中で鳴り響いている。
真実の一端を剥がし落とす事は出来たかもしれない。だが、それだけだ。
……気は進まないし、今更どんな顔で人間と接すればいいのかも分からない。
しかしそれでも俺は、おそらく人間なのであろう『螺旋楽譜』の管理者と会う必要がある。
少なくともそいつは俺の推測未満の妄想に足りないピースを持っているのは間違いない。
異なる世界の情報を少しでも掻き集め、パズルのような虫食いを補完していかねばならないのだ。

ただ、『螺旋楽譜』の管理者を確実に動かせるほどの証拠がない。
何か証拠さえあれば、すぐにでも連絡を入れるのだが。
大きく、しかし娘に気付かれぬよう息を吐き出す。

天候操作に考えを戻そう。
“神”の目的が『何か』を生み出すことという妄想が真実であるとして、天候操作はどんな意味を持つか。
錬金術とやらは意匠と図形の配置に大きな意味を見出すらしいが、だとするならその辺りに関与している可能性はある。
あるいは、天候操作は副次的な産物なのかもしれない。
それならば、島全体を冷却する事に意味がある場合、海流を操作した事で結果的に気流に影響が生じた場合などが考えられる。

……だが、放送ではわざわざ天候に触れていた事実が気にかかる。
そんな事をせずとも、いずれ時を待てば直面するであろう現象なのに、だ。

そうする必要があった、という事は。
天候操作そのものは、意識を逸らす為の囮に過ぎないのではないだろうか。

安直だが、天と正対する語句と言えば、地となるだろう。
――地下。
あの研究所の存在により、地下に施設がある可能性は非常に高い事を俺は知っている。
地下で何かをやらかす為に、そこから意識を逸らしたいのかもしれない。

地下区画、か。
よもやとは思うが、“神”の陣営は地下に巣食っているのだろうか?
ならばまるで天国ではなく地獄だな。

あの娘が掘り続けた先に、“神”がおわす、か。
下らん。いくら待っても届くはずがない。
娘の背を眺めているだけでは何も変わらない。


――何をやっている。
斯様な所で無為に時間を使うくらいならば、他にやれることでもあるだろうに。
何故、俺は座り込んでいる?

これではまるで――あの娘の事を待っているかのようだ。
その愚行が終わるのを、見届けんとでもするのか。

……馬鹿馬鹿しい。
俺はただ、考えを纏めたかっただけだ。
ヴァッシュを探すだけで無為に歩き続けるのも嫌気が差した。
あの巨大映像の所在地で発生した爆発より、少し時を置き過ぎたか。
ヴァッシュがあそこにいたとしても、もう離れてしまっている可能性も高い。
……それよりも崩壊した百貨店の方に向かうべきかもしれん。

娘は一心不乱に土を弄り続けている。
この分ならば背後に気を使ってもいないだろう。
騒々しい事態に煩わされることもなく、俺がこの場を立ち去る事も実に容易い。

目を眇めると、俺は立ち上がり背を翻す。
……全く、時間を無駄にした。

そのまま――振り向く事もなく歩き続ける。

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