私の救世主さま ◆JvezCBil8U
かつり、かつりと音を立て。
主が玉座へ帰還する。
主が玉座へ帰還する。
「……オリンポス十二神への比定か。
うん、目の付けどころは悪くない。二重丸をあげよう」
うん、目の付けどころは悪くない。二重丸をあげよう」
ダヴィデの星が二つ重なる大広間。
中央に降り立つ一人の男は、脈動を始めた光の陣に手をかざす。
途端。
中央に降り立つ一人の男は、脈動を始めた光の陣に手をかざす。
途端。
「けれど、花丸はまだまだだ。確かにその見方も重要だ。
しかし芸もなく誰かの作ったモチーフを使い回している訳ではないよ」
しかし芸もなく誰かの作ったモチーフを使い回している訳ではないよ」
十二個のオブジェクトが、二重星の十二角に顕現する。
そのひとつひとつは、“彼ら”のそれぞれに所縁のある物体だ。
そして最後に中央に、新たにひとつ。
そのひとつひとつは、“彼ら”のそれぞれに所縁のある物体だ。
そして最後に中央に、新たにひとつ。
「正解はひとつ、じゃない」
おはようおはよう、と節付け呟く。
冒険が挑戦を連れてくる。問題解決の時は近い。
冒険が挑戦を連れてくる。問題解決の時は近い。
「十二――あるいは十三人という数字の持つ意味を、そろそろ皆が成し遂げ始めるだろうね。
まずは疑い深い双子が動く頃合いだ」
まずは疑い深い双子が動く頃合いだ」
全ての中央に浮かび上がったもの。
それは、形容詞を付帯せずとも定冠詞を頂くことを許された、ただひとつの本。
それは、形容詞を付帯せずとも定冠詞を頂くことを許された、ただひとつの本。
男は手に取り、音なく紐解く。
朗々と、朗々と。
一節だけを読み上げる。
静かに。
一節だけを読み上げる。
静かに。
静かに。
「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。
そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる」
そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる」
声が反響し――、しかし、それ以外に何も聞こえない。
静寂を取り戻した、その時に。
静寂を取り戻した、その時に。
十二の物体のみっつが、ぱきりと罅割れた。
ひとつは、半分に砕かれた硬貨の破片。
ひとつは、羊にも似た怪物の模型。
ひとつは、ちいさなちいさな約束の指輪。
ひとつは、羊にも似た怪物の模型。
ひとつは、ちいさなちいさな約束の指輪。
ドライアイスに鑿打ち創った彫刻のように。
どこかに溶けて消えていく。
どこかに溶けて消えていく。
「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」
*****
「おい、……おい、どういうことだよ、こりゃあよォ」
吹き荒ぶ風。冷たい風。痛い風。
打ち付ける氷の成り損ないの勢いは強く、強く。
しかしぐちょりとそこらかしこらにへばりつき、前へと進む気力を奪う。
肩に背負っていた分厚い鉄塊ごと、右手が力なくずり落ちて。
発泡スチロールを割ったような音とともに地べたの白いマットが、
石工がノミを原石に振り下ろした時の音とともにその奥のセメントの道が、
割れて、爆ぜた。
打ち付ける氷の成り損ないの勢いは強く、強く。
しかしぐちょりとそこらかしこらにへばりつき、前へと進む気力を奪う。
肩に背負っていた分厚い鉄塊ごと、右手が力なくずり落ちて。
発泡スチロールを割ったような音とともに地べたの白いマットが、
石工がノミを原石に振り下ろした時の音とともにその奥のセメントの道が、
割れて、爆ぜた。
絞り出された掠れが一つ、寒風に塗り潰されて消えていく。
空に。虚空に。
空に。虚空に。
「……てめぇが、どうしてくたばってやがる。
ようやく城門へ手が届いたんだろ?」
ようやく城門へ手が届いたんだろ?」
学などない卑賎の身なれどそれと分かる、貴族サマの好みそうなお上品な音楽を輩として紡がれたその名を、よぅく覚えている。
知っている。
刻んでいるのだ。
知っている。
刻んでいるのだ。
「てめえは、てめえだけはこの俺の――、」
何を言おうとしたのだろうか。
はっ、と、男は目を開く。片方の目だけを。残った一つの目だけを。
はっ、と、男は目を開く。片方の目だけを。残った一つの目だけを。
その隻眼に、偶々、偶然、偶発、霙が入れば沁みるは道理。
ちくりと刺すような痛みに目頭を押さえ俯いた。
ちくりと刺すような痛みに目頭を押さえ俯いた。
だから、流れ出るのは決して決して水に過ぎない。
オレンジ色を滲ませる黒炭の燃え損ねの如き狂戦士からは、流す雫などは存在し得ないのだから。
……そう、燃え損ねに触れて氷の成り損ないが溶けただけ。
誰かが、何某が、悪い憎い仇敵が、余所で何所かで手折れただけ。
オレンジ色を滲ませる黒炭の燃え損ねの如き狂戦士からは、流す雫などは存在し得ないのだから。
……そう、燃え損ねに触れて氷の成り損ないが溶けただけ。
誰かが、何某が、悪い憎い仇敵が、余所で何所かで手折れただけ。
もう二度と、出会うことはない。
思い出すのは黄金時代とその終焉。
覚えている、肩を並べて騒いだあの日のことを。
夢を鷹揚に追うように、けれど気づけばこちらに臨むあの瞳。
覚えている、肩を並べて騒いだあの日のことを。
夢を鷹揚に追うように、けれど気づけばこちらに臨むあの瞳。
押して殺した呻きが漏れる。
……きっと、きっと。
きっときっと、それは怨嗟と憤怒によるものだ。
くれてやるべき悲哀も悲愴も、どこにもない。
そういう道理は、かの男が失わせてしまったはずなのだから。
……きっと、きっと。
きっときっと、それは怨嗟と憤怒によるものだ。
くれてやるべき悲哀も悲愴も、どこにもない。
そういう道理は、かの男が失わせてしまったはずなのだから。
体を震わすのは痛みと寒さ。
確かなのは、それだけ。
噛み砕く必要はなく、事実だけがそこにある。
確かなのは、それだけ。
噛み砕く必要はなく、事実だけがそこにある。
……そして。
すぐ傍で、いつもいつも飛び回っていた小さなものさえ、いなくなってしまった。
すぐ傍で、いつもいつも飛び回っていた小さなものさえ、いなくなってしまった。
虚ろだった。がらんどう。
何も――何も、ない。
何も――何も、ない。
あの感情丸出しの莫迦な声が、聞こえない。
「……はは。はははっ! そうじゃねぇか、俺は……死神だ。
そんなことさえ忘れちまってた……ぜ……」
そんなことさえ忘れちまってた……ぜ……」
ここ最近の道中は、どうしてか。
昔は繰り返し繰り返し思い知らされていた事実さえ、見失わせていた。
昔は繰り返し繰り返し思い知らされていた事実さえ、見失わせていた。
なくして、初めて気づくのだ。
どれだけそれが、ありがたいものであったかなど。
どれだけそれが、ありがたいものであったかなど。
……ずいぶんと大きな氷塊が目に入ったのだろう。
立ち尽くしたまま、動かない。
立ち尽くしたまま、動かない。
瞼に当てた掌を、額にずらす。
「……あー?」
裾を握るしろいもの。長いきんいろが目端に映る。
息を呑む。吐き出しそうな何かごと、体の奥へ奥へしまい込む。
息を呑む。吐き出しそうな何かごと、体の奥へ奥へしまい込む。
「……糞。進めば、いいんだろうが」
手を取って、手繰り寄せた。
童女の吃音に無言がいらえる。
純白だった大地は濡れて崩れて汚らしくも灰色に。
一歩、一歩。
踏み締めて、靴音鳴らして、進む影一ついや二つ。
傾ぎ首垂れ爪先見つめ、それでも男は幽鬼の如く鉱夫の如く足を出す。
亀の歩みで。蝸牛の歩みで。
一歩、一歩。
踏み締めて、靴音鳴らして、進む影一ついや二つ。
傾ぎ首垂れ爪先見つめ、それでも男は幽鬼の如く鉱夫の如く足を出す。
亀の歩みで。蝸牛の歩みで。
「……信じねえぞ。てめえがくたばったなんざ。
もしくたばってようが地獄の果てまで追い詰めてこいつをブチ込んでやる」
もしくたばってようが地獄の果てまで追い詰めてこいつをブチ込んでやる」
男は空の鷹を追う。地を這いずって歩き続ける。
……向かう先は夢の残骸。
……向かう先は夢の残骸。
ああ、……ああ。
飛ばねば鷹は堕ちることはなかったのに。
けれどそれでも――飛ばずにはいられなかった、と。
飛ばねば鷹は堕ちることはなかったのに。
けれどそれでも――飛ばずにはいられなかった、と。
蝋で固めた翼を填めし、その場所へ。
*****
アノンが死んだ。
“セイバー”の中でも間違いなく最高峰の戦闘力を誇るアノンが、死んだ。
ガニシュカと王天君を取り込んだ最強の盾にして最高の矛が、こうもあっさりと。
ガニシュカと王天君を取り込んだ最強の盾にして最高の矛が、こうもあっさりと。
……ああ、それこそまさに矛盾ではないのか。
息せき切って動揺隠さず、ホムンクルスが一、傲慢のプライドはただひた走る。
ガチガチと合わぬ歯の根を抑え込むため、口唇に歯を刺し噛み締めながら。
事の次第を伝えるべき己の主を探し惑うその姿は幼子そのもの。
剥き出しのセリム・ブラッドレイという哀れなみなしごは、ほんとうにちっぽけなものだと誰しもに思わせる。
ガチガチと合わぬ歯の根を抑え込むため、口唇に歯を刺し噛み締めながら。
事の次第を伝えるべき己の主を探し惑うその姿は幼子そのもの。
剥き出しのセリム・ブラッドレイという哀れなみなしごは、ほんとうにちっぽけなものだと誰しもに思わせる。
シューシューと、鉄瓶を沸かすような音がその小さな体躯に届く。
気にする必要などないと思いながらいくら駆けても、その不協和音は己が身に付き纏って離れない。
苛々を募らせながら拳を握り締めたその瞬間、気付く。
漏れるその音は自分の呼気吸気であるのだと。
気にする必要などないと思いながらいくら駆けても、その不協和音は己が身に付き纏って離れない。
苛々を募らせながら拳を握り締めたその瞬間、気付く。
漏れるその音は自分の呼気吸気であるのだと。
握った拳で額を殴り付けた。
落ち着けと、何度も何度も心中で自身に言い聞かせる。
落ち着けと、何度も何度も心中で自身に言い聞かせる。
目を閉じ、深呼吸をする。
ゆっくりと瞼を開けた。
暗闇に切れ目が走り、彩りがその中から満ちていく。
ゆっくりと瞼を開けた。
暗闇に切れ目が走り、彩りがその中から満ちていく。
無機質な回廊の只中で立ち尽くす自分を認識。
大丈夫。
理性はしっかりと稼働している。
大丈夫。
理性はしっかりと稼働している。
普通なら気付かないような、すぐ傍らに転がる小さな蟲の死骸に気付くくらいに注意力も回復している。
そしてそれを見つけても、何を意味するかに思い至っても、動揺はしない。
そしてそれを見つけても、何を意味するかに思い至っても、動揺はしない。
……事態を、整理しよう。
思い出す。
思い出す。
思い出す。
あれは、“彼”が龍脈を整調化するために入った王族の庭城からの、帰還の兆しが伝えられてからの話だ。
放送を終え――成すべきときに成すべきことを成した。
それだけだったはずなのに。
放送を終え――成すべきときに成すべきことを成した。
それだけだったはずなのに。
……歯車が狂ったのは何処からだ?
少なくとも、プライドの認識する限り、歪みはこれ以前に存在しなかった。
彼の不在の間もしっかりと責を果たすと、むしろ一層の気合を入れて職務に取り組んでいたはずなのに。
破綻の足音に、自分は一切気付けなかった。
少なくとも、プライドの認識する限り、歪みはこれ以前に存在しなかった。
彼の不在の間もしっかりと責を果たすと、むしろ一層の気合を入れて職務に取り組んでいたはずなのに。
破綻の足音に、自分は一切気付けなかった。
放送の直後。
土屋キリエの息絶えた、その場所で。
“ウォッチャー”への定時連絡こそが、降って湧いた破城槌だった。
土屋キリエの息絶えた、その場所で。
“ウォッチャー”への定時連絡こそが、降って湧いた破城槌だった。
『……何を怠けているのです?』
そんな、ほんの少し前の自分の暢気な呟きが疎ましい。
この時既に事態は進行していたのだろうから。
この時既に事態は進行していたのだろうから。
“ウォッチャー”のうち、特に優秀で“彼”に忠実な群体、ザジ・ザ・ビースト。
彼女の下へといくら文を送れど、沈黙がいらえとして帰るのみ。
彼女の下へといくら文を送れど、沈黙がいらえとして帰るのみ。
不審にこそ思えど、この時は多少の苛立ち止まりで事態を深刻に考えてはいなかった。
せいぜいが黒い染みが、こころの何処かに付着しただけ。
せいぜいが黒い染みが、こころの何処かに付着しただけ。
だが。
……だが。
……だが。
『……どういうことです。
ビーストだけでなく、バックスも。
二人ともに応答しないだなんて、何かがあったというのですか?」
ビーストだけでなく、バックスも。
二人ともに応答しないだなんて、何かがあったというのですか?」
今日は5月1日だったのかとどうでもいいことを一瞬脳に浮かべ、しかし頭を振る。
まさかあの我の強い連中が待遇改善のデモを送る訳でもあるまい。
まるで暗雲のように、嫌な予感が黒い染みから膨れ上がる。
まさかあの我の強い連中が待遇改善のデモを送る訳でもあるまい。
まるで暗雲のように、嫌な予感が黒い染みから膨れ上がる。
直後。
端末の前で立ち尽くす自分の背後から、ぱたぱたと何かの近づく音がした。
端末の前で立ち尽くす自分の背後から、ぱたぱたと何かの近づく音がした。
びくりと震える背中に恨めしさを感じ、振り返ってみれば。
『ふむ、面白いことになっとるのう。
あぁ、あと怯えすぎじゃお主』
あぁ、あと怯えすぎじゃお主』
『……ムルムル。戯言に付き合う暇はありません。
異常事態です。ウォッチャーとの連絡が途絶しました』
異常事態です。ウォッチャーとの連絡が途絶しました』
罅割れそうなほど張り詰めた己の雰囲気に気付かぬはずもなかろうに、ムルムルは緊張のかけらもない表情でトウモロコシを齧っていた。
それどころか、こちらの後手を嘲うようにその口端が歪む。
可笑しくて仕方ないとでも告げるように。
可笑しくて仕方ないとでも告げるように。
『そんなことはどうでもよかろ。
もっともっと佳い、とびっきりのプレゼントがあるぞ?』
もっともっと佳い、とびっきりのプレゼントがあるぞ?』
『そんなことなどではありません! あなたはこの事態を――、』
そこに被せるように放たれた一言が。
『×××が死んだぞ?』
ありえないと叫ぶ意思を、かつての同胞の記憶が嗤う。
ありえないなんて、ありえない。
プライドを、火を付けたが如く突き動かす。
ありえないなんて、ありえない。
プライドを、火を付けたが如く突き動かす。
背後のムルムルの呟きに、気づかぬままに。
『――これでようやく、儂も本懐を果たせるの』と。
そして彼は、駆り立てられた先に見てしまった。
『……馬鹿な』
薄暗い部屋のその中で、アノンがぼう、と、虚ろな目でこちらを見ていた。
それはとても大事なことさと、語った時の輝きはすでになく。
天井から吊り下がった縄の下、ぶらんぶらんと揺れながら。
アノンだった果実が腐り落ちるほど熟れていた。
アノンだった果実が腐り落ちるほど熟れていた。
だらしなァく舌を出して、出すもの全部出るままに。
しかいがまっしろにそまった。
そして次の記憶は今に飛ぶ。
理解できない。
理解できない。
何があった。
何があった。
何があった。
何があった。
何があった。
いつの間に、いつからこうなった?
アノンは本当に死んだのか?
あれは自殺なのか? そう見えるだけの他殺なのか?
後者ならば誰がアノンを殺したのか?
だとしたならばどうやって?
アノンは本当に死んだのか?
あれは自殺なのか? そう見えるだけの他殺なのか?
後者ならば誰がアノンを殺したのか?
だとしたならばどうやって?
恐慌状態のままに暴走しかける衝動を捩じ伏せる。
何があったと思考の海に沈むのは容易い。
だが、それは現実逃避だ。
最優先されるのは、あくまでも催事の進行だ。
だが、それは現実逃避だ。
最優先されるのは、あくまでも催事の進行だ。
“彼”が戻ってくるのは文字の通りに間もなくだ。
それまでに、せめて自分だけでも責を果たさねば、破綻はいよいよ取り返しがつかなくなる。
それまでに、せめて自分だけでも責を果たさねば、破綻はいよいよ取り返しがつかなくなる。
「……ウォッチャーさえ機能していれば」
呟く言葉に力はない。
視線を落とし、俯く。
当然だ。
機能していないからこそ、こんな事態になったのだ。
アノンが死んだというなら絶対にそういう報告が上がって来るはずだ。
なのに、それさえなかったという事は。
視線を落とし、俯く。
当然だ。
機能していないからこそ、こんな事態になったのだ。
アノンが死んだというなら絶対にそういう報告が上がって来るはずだ。
なのに、それさえなかったという事は。
何が起こっているのか、全く理解ができない。
地面が崩れる音を聞いたような気さえした。
深淵へと奈落へと、どこまでも落ちていくように世界が昏く見え始める。
周りの全てが信じられない。
深淵へと奈落へと、どこまでも落ちていくように世界が昏く見え始める。
周りの全てが信じられない。
……そう、そんな存在にこそ、神は救いを与えんと舞い降りる。
「ただいま、プライド。世話をかけたようだね」
労りに満ちた言葉が、プライドの前方から託宣された。
びくりと少年の姿をしたモノは失態に震えるも、しかしそこに非難の意志は全く込められていない。
それどころか自信満々のその声は、どんな窮地でも打破できると確信させるに十分で。
びくりと少年の姿をしたモノは失態に震えるも、しかしそこに非難の意志は全く込められていない。
それどころか自信満々のその声は、どんな窮地でも打破できると確信させるに十分で。
気が、一気に緩む。
謝罪せねばと思いながらも、安堵に満たされるのを止める事は出来なかった。
謝罪せねばと思いながらも、安堵に満たされるのを止める事は出来なかった。
縋るような目で、ゆっくりと顔を上げると、そこには待ち望んだ顔が。
「やあ、捕まってしまったみたいだよ?」
メキシコの宇宙人のような格好で、見知らぬ二人に両腕を抑えられていた。
実に爽やかな笑顔で、間抜けな着ぐるみに包まれて。
実に爽やかな笑顔で、間抜けな着ぐるみに包まれて。
「……はい?」
何故に疑問形? とどうでもいいことに脳内で突っ込んだ瞬間。
ガツン、と、後頭部に衝撃が走った。
一瞬で全身の自由が利かなくなる。地面に叩きつけられた。
「子ォ供とッ言えどォ! 神の僭称者を奉ずるなどッ! ぬぁりませんッ!」
……たとえホムンクルスであろうと、体の構造は人間と同じだ。
後頭部を強打されれば脳震盪を誘発され、まともな行動が取れなくなるのも至極当然。
後頭部を強打されれば脳震盪を誘発され、まともな行動が取れなくなるのも至極当然。
薄れ行く意識の中――、プライドは、四角い顔の男が背後に忍び寄っていたことをようやく理解した。
その手にある分厚い本が、己を打ちのめした得物であることも。
その手にある分厚い本が、己を打ちのめした得物であることも。
*****
気にしない、気にしない。
誰かの名前が呼ばれていても気にしない。
誰かの名前が呼ばれていても気にしない。
だって、だって、そんな筈などないのだから。
愛しい愛しいたからもの、星見の誓いのその結末は、少女の中では書き換えられて。
雪を踏み踏み節付け進みゃ、何もかもかも愉快に踊る。
スキップ。ステップ。ストップ。
夜風に遊んでみぞれに濡れる小柄な影は、不意に静かに振り向き止まる。
じぃと見つめる視線の先に、ゆらり滲むは童女の影。
じぃと見つめる視線の先に、ゆらり滲むは童女の影。
「……時間じゃの。終わりの足音が近づいておる。
こうして挨拶に来れたのは、まあ、嵐の前の静けさというやつじゃな」
こうして挨拶に来れたのは、まあ、嵐の前の静けさというやつじゃな」
暗がりから染み出るように街灯の下に現れ出でたのは、大悪魔の名を持つ存在。
「ムルムル」
顔だけ向けた少女はくるり、身を翻し向き合い傾ぐ。
尋ね人は迅速に。
首を動かすことなく見下ろすように、目線だけを下へ下へと。
尋ね人は迅速に。
首を動かすことなく見下ろすように、目線だけを下へ下へと。
「ユッキーを探してるんだけど、どこか知らない?
私のために、どこかで戦ってくれてるはずなんだけど」
私のために、どこかで戦ってくれてるはずなんだけど」
けれど、けれど。
応えはない。答えはない。
由乃の問いに付き合うことなく、事実は開示されていく。
応えはない。答えはない。
由乃の問いに付き合うことなく、事実は開示されていく。
「……もう、続ける必要もないということじゃ。
そろそろ、お主の素顔――上辺でない根源的な思考で動かんと、破綻は目に見えておる。
改竄できるのは表層のみ。起こった事実は全て記憶しておるはずじゃぞ。
……認めるのじゃ、雪輝の終わりを」
そろそろ、お主の素顔――上辺でない根源的な思考で動かんと、破綻は目に見えておる。
改竄できるのは表層のみ。起こった事実は全て記憶しておるはずじゃぞ。
……認めるのじゃ、雪輝の終わりを」
「何を……言ってるの? ムルムル?」
「聞けいっ!」
大気を震わせる童女の怒声。
けれど由乃には届かない。
耳元に纏わりつく羽虫を見る冷たい目。
彼女は眉根を詰めてそれだけ返す。
けれど由乃には届かない。
耳元に纏わりつく羽虫を見る冷たい目。
彼女は眉根を詰めてそれだけ返す。
しかし――ムルムルにはそんな事に気づく余裕もないようで。
「因果律をどれだけ検証しても、儂がまともに動けるのはこの機しか見つからんでの。
いいか、時間がない。
儂は――、“一周目”の儂の記憶を保ったまま、あの男に従っておった。
それでも儂は、お主の小間使いであるという属性から離れることは出来んのじゃ」
いいか、時間がない。
儂は――、“一周目”の儂の記憶を保ったまま、あの男に従っておった。
それでも儂は、お主の小間使いであるという属性から離れることは出来んのじゃ」
焦りとともに投げ出された言葉に、
――初めて、由乃が揺らいだ。
――初めて、由乃が揺らいだ。
「……一周、目?」
無意識のうちに後ろへ一歩。
捲くし立てられる言葉は唐突な言葉ばかりで、けれどどうしてかアイスピックのようで。
捲くし立てられる言葉は唐突な言葉ばかりで、けれどどうしてかアイスピックのようで。
「よいか? “一周目の我妻由乃”という存在はもはや全ての“きっかけ”に過ぎん。
神であることを否定したお主には、デウスにも不可能じゃった蘇生は元より、因果操作も時間跳躍も叶わんのじゃ。
それ故、お主は“三周目”を始める力も術も失っておる。
いや――、今ここにいるお主には、最初からその資格さえなかったのかもしれんの」
神であることを否定したお主には、デウスにも不可能じゃった蘇生は元より、因果操作も時間跳躍も叶わんのじゃ。
それ故、お主は“三周目”を始める力も術も失っておる。
いや――、今ここにいるお主には、最初からその資格さえなかったのかもしれんの」
理解不能な論理が、情報の奔流となってすり抜ける。
「記憶の改竄で自らを誤魔化し続けるのも限界じゃ。
雪輝や他の所有者の前では使わない、もとい使えなかった神の権能。
いざそれを頼りにしたとき、ここにいるお主はもはやその力がないことに気づいて絶望するじゃろう。
神の力を前提とした行動は、全てパーじゃ。もはや“やり直す”こともできん。
我妻由乃の目論見は、達成できんかった」
雪輝や他の所有者の前では使わない、もとい使えなかった神の権能。
いざそれを頼りにしたとき、ここにいるお主はもはやその力がないことに気づいて絶望するじゃろう。
神の力を前提とした行動は、全てパーじゃ。もはや“やり直す”こともできん。
我妻由乃の目論見は、達成できんかった」
「何を言っている、ムルムル」
どこかの英霊の手のように。
触れるものすべてを変ずる声色が、辺りを埋める。
……転じた先は黄金ではなく、凍てつく氷塊ではあるものの。
触れるものすべてを変ずる声色が、辺りを埋める。
……転じた先は黄金ではなく、凍てつく氷塊ではあるものの。
因果も所以も由来もなしに、あまりにも脈絡なく。
“はじまり”が、“きっかけ”が、垂れ流されて開かれる。
“はじまり”が、“きっかけ”が、垂れ流されて開かれる。
「……分かっておるはずじゃ。
“二周目”の7月28日。
あの日、一周目の我妻由乃の前には2つの選択肢があったのう。
何も手を加えず三周目を素直に繰り返すか、雪輝との永遠だけを――閉じ、完結した世界を求めて新たな試みに手を伸ばすか。
あ奴は自身は変わらず繰り返すことを選びながらも、もう一つの可能性としてお主を残した。
何故ならば」
“二周目”の7月28日。
あの日、一周目の我妻由乃の前には2つの選択肢があったのう。
何も手を加えず三周目を素直に繰り返すか、雪輝との永遠だけを――閉じ、完結した世界を求めて新たな試みに手を伸ばすか。
あ奴は自身は変わらず繰り返すことを選びながらも、もう一つの可能性としてお主を残した。
何故ならば」
「やめて」
「……生き残れるのは一つしかない神の座に至ったものだけ。
しかし、我妻由乃が雪輝と結ばれるためには未来日記を巡るバトルロワイアルを潜らねばならん。
さもなくば、雪輝が結ばれるべきは本来の想い人である――、」
しかし、我妻由乃が雪輝と結ばれるためには未来日記を巡るバトルロワイアルを潜らねばならん。
さもなくば、雪輝が結ばれるべきは本来の想い人である――、」
「……やめて」
「それが決定した因果律じゃ。
そして、神の座に至ってしまったものは自らの運命を覆すことは出来ん。デウスや、あの男のように。
このジレンマをどうにかするために、我妻由乃は仕立てようとした。
自らの意のままの理想を実現する、完全なる自分の代行者を、の」
そして、神の座に至ってしまったものは自らの運命を覆すことは出来ん。デウスや、あの男のように。
このジレンマをどうにかするために、我妻由乃は仕立てようとした。
自らの意のままの理想を実現する、完全なる自分の代行者を、の」
「やめ、ろおおおぉおおぉぉぉぉっ!!」
張り裂けんばかりの叫びは、どこか悲哀の色が練り込まれて。
ぎり、と、その手にはいつしか大剣が握られて。
ぎり、と、その手にはいつしか大剣が握られて。
「……全ては過ぎ去った時間。もはや事態はお主の手を完全に離れておる。
お主が神ではなく一プレイヤーであることを望んだときから、あの男がこの盤面を構築するまでの何所かで歯車が狂った。
あるいは、狂わされた。
誤ったのは人選か、手段か、それともそもそもの発端か。
それを問うても最早空しいだけよ。
事態はとうに、儂らの思惑とは全く異なる何かと成り果てるまでに歪んでしまっておる。
全容を知るのは、あの男だけじゃ。
誰も彼も俯瞰して、あの男だけが全てを掌握しておる。儂が今ここにいることさえの」
お主が神ではなく一プレイヤーであることを望んだときから、あの男がこの盤面を構築するまでの何所かで歯車が狂った。
あるいは、狂わされた。
誤ったのは人選か、手段か、それともそもそもの発端か。
それを問うても最早空しいだけよ。
事態はとうに、儂らの思惑とは全く異なる何かと成り果てるまでに歪んでしまっておる。
全容を知るのは、あの男だけじゃ。
誰も彼も俯瞰して、あの男だけが全てを掌握しておる。儂が今ここにいることさえの」
そして、時間が動き出す。
誰に望まれなくとも、停滞したままではいられない。
誰に望まれなくとも、停滞したままではいられない。
音を立てて罅が走る。
「冷静に、落ち着いて聞け。お主の力だけでは、雪輝は、もう戻らん。
そもそもよりお主は一介の駒に過ぎんのじゃ。
他の駒どもと何ら変わることない――ここまで残れたことさえ幸運と呼べる程度の!」
そもそもよりお主は一介の駒に過ぎんのじゃ。
他の駒どもと何ら変わることない――ここまで残れたことさえ幸運と呼べる程度の!」
「黙れっ! 黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「唯一の希望があるとしたら由乃! あの男を出し抜かねばならん!
それがどれだけ難しくとも、緻密で強固な論理でも。
お主が、その手で果たすのじゃ!
完璧な世界の卵を用い、鳴海清隆でなく雪輝を――」
それがどれだけ難しくとも、緻密で強固な論理でも。
お主が、その手で果たすのじゃ!
完璧な世界の卵を用い、鳴海清隆でなく雪輝を――」
駆け出す足に迷いはなく。
「私はっ……、」
涙さえ浮かべた童女の顔を、諦めの笑いが彩って。
「のう、由乃よ。
……7月28日に別の選択をした、あの我妻由乃の行く末は――どうなっておるのじゃろうなあ」
……7月28日に別の選択をした、あの我妻由乃の行く末は――どうなっておるのじゃろうなあ」
「私は、ユッキーと星を見に行くんだぁああぁあぁああぁぁっ!」
――ムルムルのいた空間を、鉄塊が薙ぎ通過した。
黒雲に覆われた天蓋からは、冷たい風が吹き抜ける。
たどり着く先、地上には一人。
少女が独り。
息を荒げた少女が――ひとり。
少女が独り。
息を荒げた少女が――ひとり。
「……あはっ!」
そこにはもう、何もない。
あるいはそれは、最初から。
あるいはそれは、最初から。
こうして、“我妻由乃”は――、忠実なる■■■■を抹消した。
己に残された、最後のデウスの遺産のことを。
己に残された、最後のデウスの遺産のことを。
記憶も。
存在も。
概念さえも。
存在も。
概念さえも。
主に否定された空想の住人は、己を保つことは出来ないというのに。
骸さえ、残ることはなく。
「なに、してたんだっけ」
ぽかんと呆けた表情で、少女はかわいらしくも小首を傾げる。
どうしてこの手に剣があるかもわからない。
どうしてこの手に剣があるかもわからない。
けれど、この胸にある想いは――変わらない。
たとえ彼が×んでいたとしても。
「あれ?」
……何を、考えたんだろうか。
早くそれを認めなくては取り返しのつかないことになる。
なぜか確信しながらも、けれど踏み切れない。
今は、まだ。
早くそれを認めなくては取り返しのつかないことになる。
なぜか確信しながらも、けれど踏み切れない。
今は、まだ。
――ノイズが走り、改竄される。
「そうだ、ユッキー。……ユッキーのとこへ行かなきゃ」
それは、つい先刻までの少女のままのようでいて。
しかしなにかが、決定的に、ズレ始めていた――。
*****
――また、ひとつ。
広間のオブジェクトが、音もなく消えていく。
広間のオブジェクトが、音もなく消えていく。
失われたのは、トウモロコシの芯。
十二の物体は、確実に着実にその数を減らし。
残るは、八つ。
残るは、八つ。
時系列順で読む
Back:全て呪うような黒いドレスで Next:JUDAS
投下順で読む
Back:全て呪うような黒いドレスで Next:JUDAS
| 156:AGITATOR/THINKER | ウィンリィ・ロックベル | 165:JUDAS |
| 157:妄想日記2nd | 我妻由乃 | 165:JUDAS |
| 156:AGITATOR/THINKER | ガッツ | 165:JUDAS |