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JUDAS

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JUDAS ◆JvezCBil8U


「……■■■■が“なかったこと”にされた、か。
 うん、これでいい」

「■■■■? なにかね、それは」

「気にすることはないよ、予定調和だ。
 ■■■■にはこのタイミングにしか自由はない。そういう棋譜だからね。
 何のために費やされるか予め分かっている時間を、自由と呼んでいいかはまた別問題だ」

「……それは、私への皮肉かね?」

「さて。どうだろうね」


――徐々にはっきりとしてくる思考で、少年は考える。
暗がりから浮上する、その最中。
はたして、誰と誰が話しているのかと。
そして思うはもうひとつ。

■■■■。
何故か、その単語がノイズがかったように霞む。
頭がうまく回らないのとは恐らくきっと関係ない。
うまく聞き取れず、口に出して確認しようとしても、それを発音することさえできない。
生命なのか、現象なのか、物体なのか。
それにさえ酔ったように思い至らない。

ただひとつ分かるのは、多分“それ”を一度忘れたら、もう二度と思い出すことはないだろうということだ。

――そして、頭を持ち上げる。

その様に、先に会話していた二人が気づく。
きっと不様に過ぎるのだろう。
くつくつと、含み笑いは姿を変えて。
白亜の壁と、豪奢な調度品に、高笑いが染みた。

「……しかし、あれだな。
 貴様らを捕まえるのがあんまりにもあっさり過ぎて、こう、拍子抜けというか……。
 脱力さえしてしまうのだがね」

部屋の中央には男がいた。
男の禿頭は、シャンデリアからの煌めきを映してピカピカテカテカ自己主張をしてやまない。
いちいち気障にかぶりを振って、その男は首から上だけで背後を振り返る。
目線の向かう先には青年と少年という、兄弟にも見える取り合わせ。
鋭い眼光を受けて彼らの片割れ、青年は――、

「はっはっは、照れるねどうも」

どういう原理なのか輝く頭に負けじとばかり、キランと白い歯を本当に光らせた。
力の無駄使いにも程がある。

「……いや、褒められてませんから」

起きて早々のツッコミ強要。
ちび○子ちゃんの登場人物の如く、少年ことプライドは顔に青い縦線を浮かべてガクリと頭蓋をうな垂れる。
伏字に全くなっていない。

けれどそんな呆れを気にする事もなく、青年は瞳をひとつパチリと閉じる。

「当たり前田のクラッカーというやつだよ。
 私を誰だと思ってるんだい、そんな事は当然分かってるさ」

「…………」

こういう台詞はたいてい強がりで出てくるものだが、目の前の男は全部承知の上で平然と口にしている。
それが分かるだけに実に実にタチが悪い。

プライドの口から洩れる溜息の意味も推して測れようというものだ。
あれだけ勿体ぶって満を持して登場したにも関わらず、蓋を開ければいきなりカエルでお次は投獄。
正確には軟禁だが。
しかも後ろ手縛られ地べたに正座。
言うまでもなく、カエルの着ぐるみを装備したままだ。

何というシュールな光景だろう。
俺のラスボス(?)がこんなに残念なわけがない。

「ク、ククク……、フハハハハハ、ハぁッハハハハハッ!」

そこにいるのは口端を嫌らしく歪めた、この茶番劇を開いた張本人。
苦労人たるプライドは、己が境遇を理解したうえで吠えることを止められない。


「笑わないでいただきたい、いや……、笑うなッ!
 11th――ジョン・バックス! 何が目的だ!」


*****


時は少し、遡り。

女は服に手をやる。
下へ下へおろし、粘着的な音を立てて、それを引っ張り出した。
あの政治家が揶揄した、12番目の変態正義マンとは全く違う、人を支配する方法。
湿っぽく温かなものが、にゅるりと跳ねる。
女の意のまま動くパラサイトは、隙だらけの男へと吸い込まれていった。

悲鳴が響こうが抵抗しようが、誰も助けには来てくれなかった。




……響いた悲鳴は、女のもので。


男は――あらかじめ知っていた。
彼の手の中の携帯電話を眺め、だから動じず隙だらけ。


忠実なる手足が、全ての処理を代行するままに。


*****


「いやいや失礼。やはり貴殿はとても愉快だ。
 あなたに感謝こそすれこんな事をせねばならないとは私としても心が痛みます」

プライドを一瞥さえすることなくわざとらしげに目頭を押さえる、老獪なる逆徒。
白々しい、と少年姿の人ならざるモノは舌を打つ。

「何故こんな事を……。
 催事を完遂せねばならないこの時に、こんな無駄なことをして何になる!」

「決まっているだろう? 私こそが真なる神に至るためさ」

萎びた野菜を見る目で11thがようやくプライドに目を向けた。
露骨に違うその態度に、生肉で背を撫ぜられたような嫌悪を抱く。

「下衆な真似を。こんな事態、すぐにもう一人の“ウォッチャー”、ザジが看過する。
 間もなく、ガニシュカの件で封じておいた予備兵力の“ハンター”がお前の目論見を全て叩き壊すだろう」

特別な立場たる十二人以外にも、この催事には数多の人材が関与している。
それは土屋キリエ然り、ガニシュカ然り。
サーバーマシンを稼働させる為だけの生ける血袋と成り果てた養母も然り。
そして、とある用途の為に用意された“使徒”どももまた然り、だ。

「そうでなくとも、我々セイバーには、最大戦力のアノンが――、」

……そこまで告げて、思い出した。
挫けそうになる。

けれど、それでもここで己が折れるわけにはいかないと。
眼差しに強い力を篭め睨み付けるも、戻る態度は作り物臭いほどに余裕綽々。
いや、むしろ憐れみさえ籠った眼で11thは鷹揚と手を広げた。

「……ザジ。
 ザジ、ザジ、……ザジ、ね」

ニィ、と、顔の歪みが目に見えて肥大した。
歪みを更なる歪みで取り繕っているかのようだ。

「安心しろ。お前の慢心をすぐ取り除いてやろう」

プライドのうちに、嫌な予感だけが広がっていく。

「ザジは消えた。健在なのは私一人だけだ。
 ……全く。彼女にはほとほと呆れたよ。
 おかげで計画の遂行を少しばかり前倒しする羽目となった。
 ついでに言っておけば、暴れるしか脳のない“ハンター”など、元より掌握済みだよ。
 邪魔者は全て消えたという訳だ。あの忌々しい地獄人も含めてな」

「……ふん、ハッタリなのは見え見えですよ。
 邪魔者から消していったというなら、何故私を消さないというのです」

有り得ない。
ビーストをどうやって殺したというのだ。
アノンをどうやって殺したというのだ。

前者はある意味自分たち同様不死に近い存在だ。
後者はまさしく神を僭称するに足る力の持ち主だ。

おそらくきっと、この男はさも自分が手を下したかのように言っているだけだ。
この男ごときに彼らを屠る力などないはずなのだから。

……もしかしたら、何かの間違いなのではないかと。
幽かな望みのこもった声色であることに少年は気付かない。

「この催事について、詳細を知っているものは元々多くない。
 私としても催事そのものが中断してしまっては元も子もないのでね。
 光栄に思いたまえ、お前は今まで通り進行を取り仕切ればいい。
 それだけで安全は保証しよう」

「ふざ……ッ、けるな!」

影を伸ばす。
自分が、ただ利用されるだけの傀儡でないと知らしめるために。

が――、

「よせ、お前はそこで無茶をできる性格じゃないだろう?
 たった一人で量も質も分からない我々に勝つ公算があるとでも?
 よしんば勝てたとて、催事が破綻してしまえばそれこそお前の存在価値など塵にも等しくなる。
 敢えて抵抗するにせよ、今は我々に従った方がどちらにとっても得だということくらい理解できるはずだ」

11thを庇うように、どこからともなく四角い容姿の男が現れ立ちはだかった。
……おそらく、先ほど自分を襲った輩だろう。

虚ろな瞳の奥を、見通すことは適わない。

「……戯言を」

言いながら、影で分厚い本を携えた男を取り囲む。
首を撥ねればそれでいい。虚言であると断じて執行す。

……しかし。
その確信は、意外な所から叩き斬られ霧消した。

「……いや、おそらく11thの言動は全部真実だろう。今のところはね。
 一つ心当たりがあるよ。
 先ほど私を取り押さえた面子のうち、眼帯をした大柄な男がいてね。
 なるほど、あの異能の力ならビーストさえ葬れるだろう。
 彼らは一つの共通意識に接続しているから、そこに干渉された訳だ。
 アノンも私に依存しすぎた分、一度折れると脆いだろうな」

くいくい、と、肩を動かし青年が少年を制止する。
後ろ手が縛られたままでなければ、きっと両手を使ったゼスチャーであったのだろう。

――青年は、滔々と疑問を述べる。

「しかしどういう事だろうね。
 本来ここにいないはずの人間なんだが、彼はここにいる。
 “セイバー”、“ウォッチャー”、“ハンター”のどれに採用した覚えもないよ?」

……ただし、その語調は全く不思議がっていない。
禿頭の男を見据える凪の湖面のように揺らがない視線も、事実確認にすぎないと語っている。

「難しい話ではないですな。参加者と同じ手段で調達すれば済む話です。
 分かっていて質問するとはお人が悪い」

ククク、と喉で笑いを噛み殺した11th。
虚勢染みた態度が不快で仕方ないと、少年は眼を一層細める。

「……勝手な真似を。そうやって余分な存在を増やしたとして、どうやって手駒にしたんです?
 人形では戦力にはならないが、かのデウスでさえ不可能だった自我の付与をあなた如きが行えるはずがない。
 よしんばそれに成功したとて、小者染みたあなたの考えに賛同する者がいるとも思えませんが」

「ふむ。説明してやらねばならんか。
 単純な話だ。そこの男の首の後ろを見たまえ」

出来の悪い教え子に対する態度を演じるように11thの指先が示したもの。
それは。

「――洗脳装置、マインド・スナッチャー。
 自律行動できる程度の本人の人格は保ちつつ、思考に介入し脳内信号を操作する。
 ……電気信号で擬似的に魂――自意識を再現している訳ですか。
 結局はお人形遊びの延長でしかないと」

少年が呆れたように鼻白む傍らで。
先ほどと全く変わらない態度のままに青年は再度問いを投げかける。

「それを扱えるのはたった一人しかいなかったはずだね。
 そう言えば、首輪の開発にも関わっていた彼女はどうしたんだい?」

「ご安心を、彼女は寂しがり屋ですからな。
 いっぱいお友達を作れるように取り計らっておきましたよ、ククク。
 欲求不満も露わな“ハンター”の連中がきっと良くしてくれている事でしょう、
 なにしろ、あの忌々しい観測者どもに玩具を取り上げられてしまったのですから。
 そろそろあの小さい体と精神に溢れんばかりの歓迎を注がれている頃合いかと。
 あまりの悦びに壊れてしまわなければいいのですが」

そうやって、自分以外に洗脳装置が渡らないようにしたのだと、言外にその顔が告げている。
反吐が出る下衆だ、と、少年は歯を噛み締めた。

不意に。

「うん、だいたいのところは分かった」

青年は小さく頷き、平然と。

「それで……、真なる神になりたい、ということだけど、これからどうするつもりかな?
 ついでに私の処遇はどうなるのかも聞きたいね」

「この扱いを容認するとでも言うのですか!?」

声をあげて掴みかからんばかりの少年を、片手をあげて制する。

「タイム。少しばかり内緒話をさせてもらってもいいかい?
 なに、ほんの数十秒プライドの耳元に囁かせてもらうだけだよ。
 それだけで君たちにプライドも協力することになるだろう、どうかな」

「悪くない取引ですな」

さも夕食は何にしようかとでも言いだしそうな、軽いやり取りに激昂する。
詰め寄るプライドは、泡吹きながら混乱困惑がありありと。

「あなたは、この事態を一体何だと――、」

「君たちの感知できない所で人材を調達したならば、動かせるのはそれ程多くないはずだ。
 ビーストのせいで実行を前倒ししたと言っていた以上は尚のことさ。
 逆転の目は十分残っているよ、だからこそ今は大人しくし、情報収集に徹すべきだ」

あたかもコーヒーブレイクの最中の噂話のように。
声のトーンは恐ろしいまでに落ち着いて。

「何故そんな事を言えるのです?」

……かすかな不信さえ心の内に湧き出すのを抑え、渋面を浮かべながら傲慢な少年は言葉を繰り出す。
盲目であることを、自ら望む。

「そもそもが、こうして反逆の可能性を留めたまま利用するくらいなら、そんな回りくどいことをせずとも君に洗脳装置を取り付けてしまえばいい。
 それさえ出来ずに技術者を闇に葬ったという事は、おそらく彼女自身が反抗したという事だろうね。
 心の機微に敏い彼女のことだ、相当早い段階で反逆の可能性に気付いたんだろう。
 だから、彼らの総人数は実際大したことはない。そして、これ以上の拡充もありえない。
 自信満々なようで内心は相当に張り詰めているよ、彼はね」

「……私を洗脳せずとも問題ないという余裕の表れでは?
 私以外のセイバーのうち、戦闘力の高いアノンはともかく■■■■は……」

……あれ。
今、自分は誰のことを挙げようとしたのだろうか。
疑問に固まる少年の様子さえ瑣末事と、一拍も置かずに青年は言葉を挟む。
少年が己のペースを取り戻さぬように。

「それはないだろうね。
 彼ら、いや彼の行動したタイミングを考えればすぐに分かる」

「あ……」

目を閉じ、俯き、思索に沈む。

「……そうか。彼らが決行に移ったのは、貴方が王族の庭城から戻ってきた直後だった。
 ですが、だとするならばタイミングがおかしい。
 反逆を決行するのであれば、それこそ貴方があの庭城にいる間にこそすべきでした。
 貴方がいなかった間こそが、命令系統の混乱を狙う意味で千載一遇の好機なのですから」

「そう、だが彼はその好機に行動しなかった。おそらく手足が足りなかったのだろうね。
 ……けれど結局、彼は私の帰還と同時に動いた。人員はまだまだ少ないだろうに。
 バックス自身が言っていたろう? 計画を前倒ししたと、ね。
 それをせざるを得ない“何か”が起こったのさ」

だから、11thの手足はこの期に至っても多くない。
そう断じてから、続く言葉は問いかけを。
誘導する。必然たる唯一解に至らせるために。
その言葉の奥を、悟らせぬために。

「では、どうして私が戻った後のこのタイミングなのだろうね?
 “何か”があったのは放送直後の定時連絡以前――場合によっては数時間前のはずなのにね」

何故、目の前の青年がその時間帯に“何か”があったことを確信しているのか。
その事に思い至ることなく、言葉を受けてプライドは濃密なる論理に耽溺する。

「……分かりました。龍脈の調整だけは確かに終了させねばならなかったからですね。
 反乱にあたって最優先とされたのは、“セイバー”最大戦力にして最右翼の危険分子アノンの排除、
 そして“ウォッチャー”の監視能力の無力化。
 ですが、アノンを殺すことは貴方が王族の庭城にいる間に行うことはできなかった。
 それは……」

「そう、アノンが紅水陣を維持する事で、会場への龍脈の乱れの影響を留めていたからだ。
 催事を完遂させたい彼ら、いや、11thとしても龍脈の乱れを無視しておく理由はないのさ、むしろノウハウがない分だけ一層危険視しているんだろうね。
 だから私が龍脈の調整を終え、アノンが紅水陣を解除する直後まで待っていた、ということさ」

「……なるほど。ザジの不在に私達が気づくまでの猶予を考えれば、あまりにタイトすぎるスケジュールです」

合格だ、と言わんばかりに頷く青年を見つめる瞳にもはや疑念の色はなく――、
信仰という丸太が確かに、目を曇らせていた。

「もういいのですかな? そんな協議で大丈夫か?」

禿頭の男の問いが、現実を揺り動かす。
また、転がり落ち始める。

どんな形状の鉢であろうと、水を落とせば必ず一つ所に落ちていく。

「大丈夫だ、問題ない。
 それで、さっきの質問についてだが……」

あなたの処遇ですか、と。
どこか嘘にも似た含み笑いを伴い告げる禿頭は、

「なるほど、あなたは確かに誰にも殺せないでしょうな。
 アノンやビーストを屠った手段でさえ通用しない。
 否……、その手段を試そうとすると、何故かその段階に至るまでに悉く妨害が入り失敗に終わる」

チッチッチと指を振り。

「あなたの脅威は三つの力を持っていることですな。
 あなた自身のあまりにも強固な運命。
 デウスより受け継いだ、時間と因果を操る座。
 そしてデウスにさえ不可能だったはずの、魂さえも自在に操る技術を仙人の世界より学んだ。
 だが、それでも完璧ではない。
 こうして捉える事ができるのですからな」

そこで高らかに、高らかに。
自信と余裕に満ち溢れる様を、確認するかの如く哄笑する。
どこか不安など何もないと、自らに言い聞かせるように。

「……そう、これ程の力を持ち合わせておきながら、あなたは強すぎる自分の運命を、自分だけを思うように制御できないのですよ。
 デウスが、己の寿命をどうすることもできなかったように。
 あなたですら真なる神ではなく、こうして付け入る隙さえできている。
 だからこそ、この催事を開いたのでしょう?」

答えはない。
応えはない。

「そういう事ですよ。ただあなたはここにいるだけでいい。
 全ての終わりまで、見ているだけで構わんのですよ」

静謐が其処に満ち満ちて、会談の終わりを無言が告げる。
青年は少年を見やると、こくりと頷き顎だけで扉の向こうを差し向ける。

意味するところを理解して、少年はのろのろと魂を抜かれたように立ち上がった。
服の裾を翻し、外へと向かう禿頭を追う。

部屋を出ようとしたその時に、微かに届く呟きひとつ。

「……安心したまえ」

「え?」

「なにも問題はない。小石一つとて、私の道の上には転がっていないよ」

……背筋が凍りついたような気がした。

まさか。
この男は、自分が運営の場から王族の庭城へ赴く理由を作るために、わざと参加者たちに龍脈を乱させたのだろうか。
ジョン・バックスに反乱を、今この時に誘発させるために。
……そして、■■■■の決死行を、その機に乗じて行わせるために。

それこそ、馬鹿げた話だ。
参加者の因果を直接書き換えれば運営に支障が出る。
読み通りというならば、初期配置からそれを見据えて駒を置かねばならないのだ。
そして、11thの愚行が後戻りできないまでに熟成する時節さえ見通していなければならないのだ。

しかしプライドには、間違いなくこの青年が自らの意志で以て“そう”したのだと思えてならなかった。


……故に。
後ろの青年を気にするあまり、幾度も幾度も振り返る。
だからそのことに気付かない。
前を行く男の表情と、震える握り拳の在り様に。

分かっていても、望まずとも、そう踊らされ続けるのだと。
枷を嵌められ懸糸傀儡に貶められた男の苦悩を、まだ。


あるいはその、最期まで。


*****


まだ底があるというのか。

男は自問し自答し自嘲する。
然り、然り。
腐肉と血反吐の汚泥の沼に果てなど終などあるはずもない。

文字の通りに男は堕ちる。無垢な童を携えて。
暗い昏い闇の底からおぞましき白に煙る宙へと投げ出され。

……本の蔵から這い出でて、足を運んだその先の。
旅籠の郭に寝所を求め、纏うべき衣を拾わんと。
湧き出る泉に暖を取り、疲労を置いては追想す。

白い雪が全てを覆い隠すというのなら。
その成り損ないには何ができて何をもたらすのか。
過去を、目の届かぬほどに埋め尽くすことは叶わない。

気づけば娘の影は見当たらず。
半ば砕けた館に残る痕跡を追うより先に、この手からすり抜けた何かによく似たそれを、見出さんと動き出す。

……その折だった。
娘が居着いたその先に。
かつては、この湯治場を司ったと思わしきその一角から、零れ落ちたのは。

大穴だった。
どこへ続くとも知れぬ大穴が、其処にはあった。

穴の向こうは見通せない。
それでいて、闇に満ち満つふうでもない。

擦り硝子で鏡を作ったならば、斯の如くに見えるのだろうか。
鳥の目で見下ろす光景が、ぼんやりと霞んでいるかのようで。

それはまさしくその通り。
娘が穴に落っこちる。茶碗を手から滑らせたかのごとく、つるりと。ぬるりと。

――手を伸ばす。左の手。ぬくもりのない鋼の手。

考えるまでもなく、思うでもなく。

こぼれたものに届き届かせるように手を伸ばす。失われたもので。

「……あー」

とっくに掠れて風化したはずの何かを、諦めきれないから。

「う?」

そして男は、堕ちていく。
いつか穴の底を掬えるのだと、忘れられずに。

取り戻せないままの手を、伸ばす。


*****


畜生。
この高さじゃ……死ぬな。
神様々よ、訳の分かんねえ仕掛けを作りやがって。

みっともねぇ。
こんなくだらねぇ終わりかよ、この俺が。

……お似合いかもしれねえな。
もう、復讐は永遠に完遂できねえ。
本当に守りたい女もここにはいねえ、そいつの紛いモンみてぇなガキがいるだけだ。
あの栗頭の妖精も……死んだとよ。
てめえとの旅も、嫌とは思わなかったぜ、パック。

何もやることが見つからねぇ。
ならよ。
ここで誰にも分からねぇようなミンチになっちまっても……まあ、悪くねえ末路だ。

……冗談。
復讐を取り上げて、あいつを、あいつらを奪った奴らにゃこの鉄塊をブチ込んでやりたいさ。確かにな。
腕の中のこのガキを、いるべき場所に放り出して来なくちゃあならなくもある。

煮えたぎる怒りは、確かに俺の中で黒く燻ってやがる。
こんな茶番を作り出した、全てにな。

だがよ。
……何か、俺の中で壊れちまったみてぇだ。

俺の復讐を奪った奴。俺の仲間を殺した奴。
そいつらを殺したくて仕方がねぇ。
今目の前に現れたら、全てを投げ打ってでも粉微塵に砕き潰してやるのは間違いねえ。

だってのに、不思議とそいつらを探そうって気が起きねぇ。
……自分から、何かをしたいと思えねえ。

   そいつは仕方ないだろ?
   いくら火種だけでかく燃え盛ってようが、導火線がぷっちり千切られてちゃ爆発はしないっての。
   ま……、爆薬がシケってなきゃあなんとかなるさ。

どうしろってんだ。
このままじゃあ地べたで潰れてお釈迦だぜ。

   は、こいつは特別サービスだ。
   本当はこんなことしてやる義理はないけれど、まあ、神をぶち殺すってんなら協力はしてやるわよ。
   だけどまあ、ほんの少しだけだ。あとはてめえで何とかしな。
   私もまだ目立ちたくはないし、それ以上に力自体がそんなに強くないんでね。

……やれやれ。
幻聴か、幽霊か。
つくづく得体の知らねえモンに好かれるな、クソッタレ。

   ……クソッタレ? 言いたいのは私の方よ。
   どういう理由か知らねえが、一番嫌ってたはずのこんなモンになっちまうなんてね、ったく。
   おい、てめえの左手に仕込んだそいつを地面に向かって突き出しとけ。
   他の補正だけはこっちでやってやる。

……まだまだ、死ねねぇ、か。
ここまでくたばり損い続けると笑えてくるな。

   ……だったら最後まであがき続けろよ、あんたはまだ生きてんだ。私と違ってな。
   も一つ土産だ。落ちた先辺りにいる女は、あんたの仇の一人だよ、色んな意味でね。
   じゃあな、自称死神。


*****


星が二つ、天から落ちる。
金の光と黒の影。

重なる二つは軌跡を描き、傍目に溶けて一つの線に。

それを見つめる眼が二つ。
暗闇の中で爛々と。ぎらぎらと。

「人……? 空から、か。
 ……鳴海歩の共犯者のアイツ? まだ生きてたの?」

いかなる因果か。
黒の剣士は、光の鷹と間違われ。

――少女は、名を知らない。
自ら落とした光の鷹の、その栄光も。
彼の翼に絡めとられた、黒の剣士の因縁も。

少しばかり考えて、流星の落ちたその場所へ。
大切なもの、雪輝日記。
手にするための人質ならば、危険も危害も度外に能う。

それでなくてもすべきは単純。
隠れた雪輝に近づかせぬよう、いらぬ相手は排して除する。
ひとつ消しては雪輝のため。ふたつ消しては二人のために。


――因果は回る。

すべての発端の思惑さえ、もはや歯車ひとつに過ぎなくなろうとも。

組み上げられるは機械仕掛けの神。

その姿を知るのは、たった一人の男だけ。


【C-02東/市街地/夜】


【ガッツ@ベルセルク】
[状態]:疲労(中)
[服装]:上半身裸
[装備]:衝撃貝(インパクトダイアル)@ONE PIECE、ドラゴンころし@ベルセルク
[道具]:支給品一式、炸裂弾×1@ベルセルク、折れたキリバチ@ONE PIECE、
    妖精の燐粉(残り25%)@ベルセルク、蝉のナイフ@魔王 JUVENILE REMIX
[思考]
基本:グリフィスと、“神”に鉄塊をぶち込む。
0:衝撃貝を用いて落下の衝撃を吸収する。
1:運命に反逆する。
2:死んでいたとしてもグリフィスを殺すのを諦めない。
3:グリフィスの部下の使徒どもも殺す。
4:なぜヤツが関わっている?
5:工場に向かうのはひとまず保留。
6:競技場方面に向かう?
7:ナイブズとその同行者に微かな羨望。
8:落下中に聞こえた声は一体――?
[備考]
※原作32巻、ゾッドと共にガニシュカを撃退した後からの参戦です。
※左手の義手に仕込まれた火砲と矢、身に着けていた狂戦士の甲冑は没収されています。
※紅煉を使徒ではないかと思っています。
※妙と、簡単な情報交換をしました。
※左手の義手に衝撃貝が仕込まれています。
※鈴子からロベルト関係以外の様々な情報を得ました。

【ウィンリィ・ロックベル@鋼の錬金術師】
[状態]:記憶退行
[服装]:黒のジャンパーコート
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
0:???
1:うー?
[備考]
※参戦時期は傷の男と合流後(18巻終了後)以降です。
※記憶を幼児まで後退させられています。


【C-01南東/市街地/夜】

【我妻由乃@未来日記】
[状態]:健康
[服装]:やまぶき高校女子制服@ひだまりスケッチ 点々と血の飛沫
[装備]:飛刀@封神演義
[道具]:支給品一式×8、パニッシャー(機関銃 100% ロケットランチャー 1/1)(外装剥離) @トライガン・マキシマム、
機関銃弾倉×1、
無差別日記@未来日記、ダブルファング(残弾0%・0%、0%・0%)@トライガン・マキシマム
ダブルファングのマガジン×8(全て残弾100%)、首輪に関するレポート、
違法改造エアガン@スパイラル~推理の絆~、鉛弾0発、ハリセン、
研究所のカードキー(研究棟)×2、鳴海歩のピアノ曲の楽譜@スパイラル~推理の絆~、
閃光弾×2・発煙弾×3・手榴弾×3@鋼の錬金術師、不明支給品×3(一つはグリード=リンが確認済み、一つは武器ではない)
[思考]
基本:天野雪輝を生き残らせる。
0:空から墜落した鳴海歩の関係者の可能性のある人物を確認する。接触するかは様子見。
1:天野雪輝を捜す。神社か灯台に行ってみたい。
2:雪輝日記を取り返すため鳴海歩の関係者に接触し、弱点を握りたい。
  人質とする、あるいは場合によっては殺害。
3:雪輝日記を取り返したら、鳴海歩は隙を見て殺す。
4:ユッキーの生存を最優先に考える。役に立たない人間と馴れ合うつもりはない。
5:邪魔な人間は機会を見て排除。『ユッキーを守れるのは自分だけ』という意識が根底にある。
6:『まだ』積極的に他人と殺し合うつもりはないが、当然殺人に抵抗はない。
[備考]
※原作6巻26話「増殖倶楽部」終了後より参戦。
※安藤(兄)と潤也との血縁関係を兄弟だとほぼ断定しました。
※秋瀬或と鳴海歩の繋がりに気付いています。
※飛刀は普通の剣のふりをしています。
※病院の天野雪輝の死体を雪輝ではないと判断しました。
 本物の天野雪輝が『どこか』にいると考えています。
※無差別日記は由乃自身が入力していますが、
 本人は気づいていません(記憶の改竄)


*****


王族の庭城は、誰にその威容を汚されることもなく佇み続ける。
城門の豪奢な彫刻の、鋭い瞳が見下ろす下に佇む影一つ。

金の巻き毛のドレスの少女は、何一つ告げることなく沈黙に沈む。

と。

「……あら。勘のよろしいことですわね。
 いいえ、それとも私の事も見続けておられたのですか?
 はしたないですわね、淑女に取るべき態度ではありませんわ」

振り向けばそこに、銀の髪の少年一人。
幻想の光を抱く庭の向こうに霞み佇み揺れている。

少年の言葉は単刀直入、挨拶無視して核心へ。

「英霊、か。
 なるほど、確かにその通りだ。お前も含め、誰も嘘などついてはいないな。
 だからこそ、隠れ続けていられたわけか。
 そう言えばデウスとやらの力には記憶を移植する力もあったはずだな」

――無言。沈黙。少女は答えを返さない。
そして、呟くように不敵な笑みを。

「……仰っておられることが、よく飲み込めませんわね」

「大した変装術だ。警察に潜り込めるだけはある。
 だが、俺の前で取り繕うな。
 ……お前を動かす英霊は、今や黄金に溺れた王じゃない。そうだろう?」

「…………」

「お前はそういう役割の駒だ。一度死に、神の権能の一部だけを植え付けられた者。
 加えて――、自分が駒と分かっていても、それでもなお反逆を試みずにはいられない者。
 ……そうだろう? ミネルウァ――アテナの名を冠する再演者」

問いに問いが重ねられる。
花弁を舞い散らす風が吹く。

「気づいているんだろう?
 貴様は、貴様の本来の有り様を――誰かの手のひらの上で、予定に違わず繰り返しているにすぎないのだ、と。
 もっとも、見立てと再演は、この催事において多用される様式ではあるが……」

「そうだとして。
 私に、何を求めるつもりですの?」

塗りたくられた笑みは微動だにせず。
今か今かと言葉待つ。

「――流れに乗りながらも、逆らうことだ」

……上品な笑みが、とうとう歪んだ。
吊り上がった哄笑に。


*****


豪奢で狭いその部屋に。
虚空に呟く男が一人。

幻の枷を嵌められて。
偽りの囚人は、ただ口ずさむ。
朗じるように、気楽に、無難に。

「部族の数になぞらえ選ばれた十二人は、実は十三人であったことを知っているかい?」

十三。
それは、デウスのゲームに参加したプレイヤーの、本当の数。

「あまり知られてはいないのだけどね。
 銀貨三十枚を受け取った者が己の首を括ったのち、数合わせで加えられた一人がいるんだよ」

接吻すべきは誰か。
裏切り者は誰か。

「……もっとも。新たに加わった一人も含め、十三人のうち実に十一人の結末は殉教だったのだけれどね。
 先に荒縄で自身の命を絶った者も含めれば、十三人のうち天寿を全うできたのはたった一人だけ。
 黙示の書を――神の国の到来を預り綴ったたった一人だけなんだよ」

残るべきはただ一人。
上も下も、ただ一人。

オブジェクトの数は、十二と一。
四つはすでに消え去った。

――主の下に集うは十三人の十二使徒。
主の復活の伝道師。

「……さて。
 君たち十三人の中で、この書(神様のレシピ)を預かるのは誰だろうね?」

扉の向こうで耳欹てる、観測者へと届かせて。


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