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第一回放送 土屋キリエの憂鬱

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第一回放送 土屋キリエの憂鬱 ◆JvezCBil8U



朝の日差しは眩しく、雲間から漏れるレンブラント光が目を射抜く。
暖かさを感じさせながらも鋭く地表を貫くその光がもたらすのは釣りやハイキングにもってこいのいい天気。
今日は、洗濯物がさぞやよく乾くだろう。

風、というものは、海と陸それぞれの上に漂う空気の密度差――即ち温度差によって生じる。
昼は陸がより熱されるが故に海から潮の香りを届けられ、夜は海が熱を保つ故に陸から木々の匂いを渡す。
互いに行きかう二つの風は、昼と夜の境目にその役目を交代するのだ。
人はそれを凪と呼ぶ。
風が沈黙し、心乱す何事も起こるはずのない安息地。

今の時間は、まさしく朝凪。
たとえどれ程憎みあう間柄とて、振りかざした武器を下ろす事が約束される時。
……然して。
さわやかな朝を台無しにするかのような、重苦しい雰囲気の女の声が響き渡る。
マイク特有の雑音とともに、放送は皆に等しく現実を突きつける。

この時間はまさしく凪でしかなく、この終わりとともに誰彼かまわず暴風に身を曝すことになるのだと。

――正確には、放送に入る際にリストの"孤独の中の神の祝福"という曲が前置きとして流れてはいた。
しかし大抵、人の記憶とは後から耳にしたものの方が強く強く残り、偉大なる先人の記憶はすぐに薄れ行く。
そこに意味を見出すものを除くならば、殆どの子羊たちにはお茶にごしにすらなりはすまい。


『……第一回の放送を始めるわ。
 新たなる神にいいように踊らされていて気に食わないでしょうけど、我慢して聞いて頂戴。
 運命の螺旋に屈するのも立ち向かうのも、あなた達それぞれの意思ひとつ。
 掴めるものは、私たちのような存在だって利用しなさい』

話者の女は、そこで一旦言葉を区切る。
何かを誰かに伝えたがるかのように、今の言葉を吟味させるように。

『まず、配られていた白紙の名簿を見なさい。参加者全員の名前が読み取れるはずよ。
 知っている人の名前が少ない事を祈るわ。
 ……そして、そこから更に名前は削れるの。悲しんでも進み続ける覚悟はできている?
 今回の死亡者は、……以下の通り。


 眼を背けず、現実を直視して。
 そしてその先も見据えなさい、自分と近しい人たちが生き残る為にどうすればいいのか。
 進入禁止エリアを指定するわ。
 指定した時刻になるまで猶予があるから、そのエリア近辺にいる人は時間に注意して離脱しなさい。
 どういう意図でそこが封鎖されるのか、それも一つの手がかりよ。

 7:30よりI-6。
 9:00よりF-7。
 10:30よりB-4。 

 以上よ』

放送席にいた女性は、それだけ告げると再度沈黙した。
――だが、まだ放送のスイッチ入れられたまま。
まるで何かを試し、様子を伺っているかのように。

すう、はあ、と、何度も呼吸を繰り返す音だけが増幅され、皆に届けられる。

静寂は続く。
一分だろうか、二分だろうか。
それとも、もっとずっと多くの時間だろうか。

いずれにせよ、10分はかかっていないだろう。
そして唐突に、怒鳴りつけるような声が島中へ轟いていく。


『……ッ! こんな事言っても、連中に与してる私の言うことは信じられないかもしれない。
 でも、聞きなさい! そして生き延びるために考えなさい!
 死ぬな! みんな、生き残れ!
 真実を告げるわよ、この殺し合いは、このゲームは、新たなる神なんて名乗るヤツの――、」


たぁん、という軽いくせにやけによく響く音が、マイクを通じて届く。


そして、それきりだった。
ぶつり、という耳障りなノイズを残して、急に放送が途切れて終わる。


後には木の葉を散らして風が吹き渡るばかり。
凪は、終わりを告げたのだ。



**********



銀の髪を持つ少年が、放送室に立っていた。
肩を壁に預けて、放送席に座った女性に向かい静かに言葉を紡いでいる。

抑揚の少ない台詞の中、女性は少年の方すら向かず、静寂を守っていた。
ただじっと、座り続けていた。


「……どうしてこんなつまらない反逆を試みたのか、俺は知らないし、知るつもりもない。
 ただ、これだけは言える。
 もはや、動き出したドミノの牌を止める術はない。
 結局、俺たちは二重螺旋の運命に縛られた駒でしかなく――、お前の行動も、全て予定調和だったようだ」

「語るのー、詩人じゃのー」

全くの、不意。
ついさっきまでそこにいなかったはずの、在り得ない存在の声。
しかしそれすら驚くに値しない。
思った通りとばかりに背後からの声に少年が振り向くと、年端も行かない童女がニヤニヤとトウモロコシを加えてコチラを眺めていた。

「どういう心変わりなんじゃろうな、お前さんは連中の中ではこういう立場とは一番縁遠いと思っとったのにの。
 今更我らに身を委ねた、というのもしっくりこないぞ?」

「…………」

「ま、別にええの。お前さんが語った通り、新しい“神”にとっちゃ全て予定通りなんじゃろうしな。
 我々がルールを決め、あの道化師どもが遊戯盤を用意し、そしてお前たちは――、」

「ムルムル」

分かっているとばかりにムルムル――ソロモン72柱の悪魔が公爵の名を持つ童女を睨みつけ、少年、アイズ・ラザフォードは踵を返す。
嘲笑うその目つきから逃れるようにちらりと背後を見れば、そこには彼が兄と呼んだ少年、死んだはずの少年がモニターに映し出されている。

「……運命はもはや、生と死すら弄ぶのか」

言葉には何の感情もこめられていなくて、だからこそアイズがどんな気持ちを抱いているのかはあまりに分厚いカーテンの向こう側に隠されたままだ。

「お前が生きてここにいるのは――、」

その呟きと同時に、放送席に座っていた女性がずるりと崩れ落ちる。
彼女の頭蓋の真ん中には、ちょうど真ん丸な穴が前から後ろまで貫通していた。

アイズは手に持った拳銃を収めるべきところに収め、言いかけていた言葉を飲み込み別の台詞を形作る。

「さようならだ、ツチヤキリエ」



じくじくと人の運命を飲み込んで、血の池は静かに広がりつつあった。



【土屋キリエ@スパイラル~推理の絆~ 死亡】


※1:実際にはフルネームが呼び上げられています。


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