郗純 ちじゅん
?-?
中唐の官人。字は高卿。開元二十二年(734)進士に及第し、抜萃科・制策科に及第した。安史の乱にて偽官に任じられたため、歙県の尉に貶された。乾元元年(758)に巴州に貶された。累進して中書舎人となる。宰相
元載に嫌われ、その対応を不服として辞職して東都に帰り、「伊川田父」と号し、十年間出仕しなかった。
徳宗が即位すると太子左庶子・集賢殿学士に任じられたが、受けず、詹事に改められ、致仕した。太子(後の
憲宗)の諱を避けて郗昂と改名した。
李白・
顔真卿・
蕭穎士・
李華・
厳武らと親しかった。子に
郗士美がいる。『旧唐書』『新唐書』に伝がある。
列伝
外部リンク
最終更新:2025年12月28日 16:42