王蘊 おううん
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晩唐の藩鎮。河中節度使の
王重栄・
王重盈の従子。忠武節度使。
中和四年(884)、鎮海軍節度使の
周宝の婿である楊茂実が蘇州刺史に任られると、重税を課し、朝廷の宦官の
田令孜が趙載を代任としたが、楊茂実は代任の命令を受けず、詔によって王蘊を趙載の代任とした。光啓年間(885-888)初頭、匪賊が崑山県で掠奪をしたから、周宝は
張郁を派遣して兵三百で海上を守らせたが、張郁は酔って叛乱をおこし、王蘊は州の兵が休暇で戻ってきたのだと思い、特に備えをせず、張郁は遂に大掠奪を行い、王蘊は包囲の中、城を守った。
列伝
最終更新:2026年08月15日 12:23