唐行旻 とうこうみん
?-899
唐末の群雄。字は昌図。零陵(湖南省永州市)の人。
黄巣の乱に乗じて、民衆を脅して防衛し、永州を襲撃して、永州刺史の鄭蔚を殺し、
魯景仁と合従した。しばしば
馬殷の内情を探るため間諜を送り込み、陣地を固めて防衛した。光化二年(899)
馬殷は将軍の
李瓊を派遣して永州を攻撃し、唐行旻を殺害した。後世尊崇されて永州に廟が立てられ、北宋の徽宗の時代には廟額「霊顕」を賜り、応恵侯に封ぜられた。さらに南宋の時代には「順成」の二字額を賜り、応恵順成昭烈侯に封ぜられた。
本紀・列伝・史料
最終更新:2026年08月23日 00:16