雷彦威 らいげんい
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唐末の藩鎮。武貞軍節度使
雷満の子。
雷彦恭の兄。
天復元年(901)父が卒すると継承して留後を自称した。天復三年(903)
楊行密が
杜洪の根拠地鄂州を包囲すると、
成汭が救援の水軍を出撃させたが、その隙に成汭の根拠地江陵を奪った。しかし同年、弟の
雷彦恭が忠義節度使の
趙匡凝と結んで雷彦威を追放し、江陵に拠った。その後は不明であるが、『冊府元亀』によると広順元年(951)に環州刺史が後周の太祖郭威の名諱を避けるために改名雷彦洪と改名しており、これが雷彦威であったとみられる。
列伝・史料
外部リンク
最終更新:2026年08月23日 14:44