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雷彦恭

雷彦恭 らいげんきょう

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唐末・五代の藩鎮。武貞軍節度使雷満の子。雷彦威の弟。天復三年(903)忠義節度使の趙匡凝と結んで兄の雷彦威を追放して、江陵に拠り、武貞軍節度使全権節度使となったが、間もなく趙匡凝と趙匡明に江陵を追い出され、淮南節度使楊行密に従った。開平二年(908)五月、馬殷の将軍秦彦暉軍の攻撃を受け、朗州は陥落。淮南で死んだとも、軽舟に乗って弘農都城広陵に逃れたとも、捕らえられたとも、江に沈んで死んだとも、楚軍に殺されたともいわれる。

列伝・史料

『新唐書』巻一百八十六 列伝第一百一十一 鄧処訥 雷満
『旧五代史』巻十七 梁書十七 列伝第七 雷満

外部リンク

維基百科,自由的百科全書 雷彥恭(中文)
https://zh.wikipedia.org/zh-tw/%E9%9B%B7%E5%BD%A6%E6%81%AD

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最終更新:2026年08月23日 15:00
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