雷満 らいまん
?-901
唐末の群雄・藩鎮。字は秉仁。朗州武陵県の人。
雷彦威・
雷彦恭の父。もとは漁師で、勇猛果敢で力持ちとして有名であった。武陵の諸蛮鎮圧のため、荊南節度使
高駢から副将に任命されたが、逃走し、郷里の人の区景思と共に大沼の中で猟をし、亡命してきた少年千人を呼び込み、部隊を編成し、自ら「朗団軍」と称した。朗州を襲撃して刺史
崔翥を殺害、詔によって朗州兵馬留後を授けられたが、毎年江陵を掠奪した。武貞軍節度使となった。雷満自立によりこの地方で
周岳・
向瓌・
蔡結・
楊師遠・
魯景仁・
陳彦謙・
唐行旻が次々と自立した。検校太尉・同中書門下平章事(使相)に任じられ、
天復元年(901)卒すると子の
雷彦威が継承した。『新唐書』『旧五代史』『新五代史』に伝がある。
列伝
外部リンク
最終更新:2026年08月23日 12:17