狐のきまぐれ ◆ai0.t7yWj.
「『"優勝者"目指してどうぞ殺し合って下さい』。ふん。さて、何人いるかな。
この中に"本当に優勝できる奴が"。<<縁>>が合えば、会って見たいものだぜ」
B-6、展望台。
会場を北から東へ斜めに走る竹取山。
その中腹にある――人工的に作られたと思わしき――丘。
竹にびっしりと覆われた山肌も、その丘の周りだけは地肌をさらしている。
丘の周りには、車道や登山道はおろか獣道らしきものすらなく、
青々と群生する竹藪の中、ポッカリと開いたその空間は、
気持ち悪いほど竹取山から浮いている。
そんな場所に展望台はあった。
「だが、あいつらもわかってるじゃねえか。<<殺し名>><<呪い名>>あわせて6。
しかも、敵候補として探していた
零崎人識に、十年もの間<<縁>>の合うことがなかった俺の娘まで」
その展望台はシンプルな木造の二階建てで、一階が食事処と売店、
二階が展望スペースとなっており、外には天井つきの駐車場を備えていた。
食事処の椅子やテーブルから売店の陳列だなに至るまで、
あちらこちらに徹底して木材が使われており、
コンクリートが使われているとすぐに分かるのは、
一階と二階を結ぶエレベータだけ。
質素ながらも高級、というコンセプトで作られたことをうかがわせる。
実際、骨組みから外壁、果ては椅子に至るまで、
使われている木材は、檜やマホガニー、黒檀などの高級、かつ一級の品々だ。
「しかし、こんな早くに出夢が死ぬとは。
まあここで死んだということは、今死ななくとも、
いづれ死んでいたということだろうが、よ。
――出夢を殺せる奴か。是非、お目にかかりたいものだぜ。
もしかしたら、俺の敵足りうるかもしれん。
仮に会わなかったところで、変わりはいくらでもいるが、な。
――あんなこと、俺の娘でもできまい。展望台に寄っといてよかったぜ」
特に、エレベータの横に、見せびらかすかのようにそびえる大黒柱は、
抱えることができないほどに太く、展望台の高さとあわせて考えると、
屋久島の千年杉でも使ったのかと思うほど。
しかし、あまりにも立派すぎるそのつくりは
――それぞれの用途にあった木材を使ってはいるだろうけれど――
むしろ露悪なまでの成金趣味になってしまっていた。
駐車場すらも例外ではなく、高級車が並んでいる
――間違っても、ツーシータのポルシェなどない――
のはともかくとして、F1に使われるようなレースカーなど、
高級車の区分には収まらないようなものが多々あるのは、
不自然を通り越して不気味だった。
「それにしても、おもしろい。
しばらく様子をみるつもりだったが、こうも簡単に燻りだされるとは。
――因果から追放されたはずの俺を、物語から迎えに来るなんてな。
こりゃ、動き方を考える必要があるかもしれん。
それに、放送と続けてこうも謀ったように<<縁>>が合うとはな。
『串中弔士』――どんな奴か楽しみだぜ。くっくっく」
そんな不気味で成金趣味な展望台の二階、展望スペースで
狐面の男――
西東天はひとり、立っていた。
◇ ◇ ◇
「はぁ、はぁ、はぁ、やっと……着いた。もう、だめ」
場所は展望台の駐車場。
僕、串中弔士はあまりのつらさに、たまらず座り込んだ。
スカートが上がって下着が丸見えになるけど、かまいやしない。
いくらでも、見やがれ!――って気分。
「こぐ姉ぇ、僕は、もう、だめ……です。待っていて、ください。今、行きます」
ぜぇ、ぜぇ、と息を切らし、肩を上下させながら、目だけで辺りを見回す。
ぱっと見た感じ、人はいなさそうだけど――用心用心。
こんな状態じゃあ先に見つけても、到底逃げられないけど――用心用心。
いや、もういっそ、殺してくれ!――って感じ。
殺されなくても死にそう。
あぁ、死んだこぐ姉ぇが手招きしてる。
これが臨死体験って奴か。――いや、なんでそんな満面の笑みなんですか、こぐ姉ぇ。
その笑顔に、僕は我に変えった。――く、苦しい。み、みず。
「んぐ、んぐ、んっぐ、んっぐ――っん! ごほっ、ごほぉ、ごほっ――っ、はぁ、はぁ」
あぁ、ちょっと楽になった。
生き返る。
プハァー、って言いたいくらいだ。
――水ってこんなにおいしいんだ。
僕は、大切なことを学んだ。
――手持ちの水全てと引き換えに。
――手持ちの水全てと引き換えに!
まぁ、なんとかなるでしょ。
「さて、もうちょっとだけ、休憩」
時計を確認。
うん、大丈夫。
B-6が禁止エリアになるまで、まだ時間はたっぷりある。
これなら、じっくりと展望台を探索できる。
我慢して上ってきたかいがあるというものだ。
「串中弔士、がんばりました」
本当に、がんばった。
水ぐらい、どーんとプレゼントしてやりたくなるくらいに。
振り返ってみれば、何度くじけそうになったことか。
一回目の試練。
それは、登り始めて数十分。
山のぼりって、思ったより楽だなぁ、って思い始めたときだった。
道が、急に歩きづらくなった。
竹の量が増え、地面のでこぼこがひどくなる。
道が急になったわけでもないのに、その変化に僕は苦戦した。
歩けないわけじゃないけど、この調子じゃ展望台に着く前に倒れてしまう。
人を避けるため、A-6から南下しようと思っていた僕は困った。
でも、展望台以外に行くところがあるだろうか。
市街地にでれば、人に会うリスクは格段に上がる。
悩んだ上の妥協案は、竹取山の浅いところ、
市街地付近を通って展望台へと行くことだった。
そうして、歩き続けて迎えた、二回目の試練。
それは、展望台がやっと視界に入ってきたころ。
第一回放送だった。
その内容は、いろいろと気になることが多かったけれど、
一番問題だったのは、展望台が9時からの禁止エリアになってしまったことだった。
え? そんなぁ、って思った。
自称マゾの僕でも堪えた。
コースを変えても結局疲れは溜まり、
目的地をマンションに変えようか迷いながら、
それでも歩き続けて、ハイになっていたから、なおさらきつかった。
もう市街地に行こうかと思ったけど、
ふりかえればマンションはいつの間にか小さくなっていた。
戻ったらそれまでの疲れが無駄になる気もして、なかばやけになって上った。
そして、三回目――最後の試練。
それは放送の後に歩き始めて、すぐだった。
いきなり勾配が急になった。
突然だった。
一回目の試練なんて、かすむぐらいに。
不自然なまでに急な変化だった。
いや、展望台の周辺だけ、
たんこぶのように盛り上がっていることはもっと前から気づいていた。
でも、上るための道、舗装された道路があると思ってて。
なのに、いざ近づいてみれば、道なんてない。
あるのは急な斜面だけだった。
どれだけくたくたでも、僕に選択肢は残されていなくて。
積み重なった疲れにへとへとになりながらも、僕は力を振り絞って、歩いた。
そして――
ついに、展望台へと到着した。
串中弔士、まっすぐ折れずにがんばりました。
さすが、名前に一本芯が通ってる。
イエェー!
「それにしても、なんなんだろう、ここ」
周りには自動車が十数台ある。
名前はわからないけれど、どれも見ていて気圧される。
試しに、そのうちの一台に近づいてみた。
ガタッ。
ドアはあっけなく開いた。
キーも挿しっぱなしだ。
「無用心というより、無人だな」
もう数台見てみるが、どれも鍵はかかっておらず、キーも指しっぱなし。
ここまでくると、使ってくださいといわんばかりだ。――車道もないのに。
とはいえ、仮に車道があっても、運転しようとは思わないけど。
事故が怖いし、無免許運転は違法だよ。――あれ? でも僕、民家に入って物色しなかったっけ?
串中弔士の手は既に汚れていました。――なんちゃって。
「でも、車があれば山から下りるのは楽だろうな。――って下りる?」
あぁ、そんなぁ。
嫌なことに気づいてしまった。
そうだ、下りるのが残っているんだ。
ここまでがんばって上ってきたのは、
下りは簡単だろうと思っていたこともある。
展望台までくれば、
市街地まで続く舗装路が見つかるだろうから、
それをたどれば竹の中を突っ切るよりは、
ずっと楽に下れると思っていたのに。
なのに、道がないなんて。
「また、竹の中を突っ切らなくちゃいけないのか」
全身を見渡す。
服こそ破れていないものの、竹やら草やらのせいで、あちらこちら擦り傷だらけ。
スカートだったのも痛い。
ズボンだったらよかったのに。
「仕方がないや。予定通り展望台を調べて、禁止エリアになるまで景色でも眺めて待とう。それから、下山……はぁ」
こぐ姉ぇ、弔士の試練はまだまだ続くようです。
◇ ◇ ◇
『人を生き返らせる』――なんて言葉は、はったりかもしれない。
ところかわって、展望台一階の売店。
僕は店内を物色しながら、放送について考えていた。
ここまでの道中、竹取山で放送を聞いたときは、
死んだはずの迷路先輩が名簿に載っているのを見て、驚きこそしたものの、
その後に訪れた禁止エリアのショックに上塗りされて、深くは考えなかった。
けれど、こうしてじっくり考えてみると怪しい気がしてくる。
特に、迷路先輩が死者として発表されたのが。
――あ、虫除けスプレーだ。催涙スプレーみたいに使えないかな。
シュー。
……うーん、頼りないけど、もらっとこ。
この閉じられた空間に囲われた、僕たち参加者にとって、
放送は貴重な情報源だけど、その内容が正しいか確認することはできない。
例え、本当は参加者の中に迷路先輩がいなくても、知る手段はない。
――いることを証明するには、死体を見つければいいけれど、いないことは証明できないのだから。
こんな状況じゃ、探偵ごっこだって、そう簡単にはできない。
つまり、名簿の中には、
『死者を生き返らせることができる』というはったりを、
信じさせる為のダミーが混じってるのでは。
一度にやる必要はないけれど、
放送で少しずつ"殺して"しまえば、
気づかれるのを遅らせることができるし。
それにばれてしまっても、
主催者たちは痛くもかゆくもない。
その頃にはもう、餌なんてなくとも、
殺し合いは進むようになっているだろうし、
きっと"殺すことに慣れて"しまっているだろう。
まあ、それはともかくとして――
僕は売店の中で道具を集めていた。
――よし、次は食料だ。
あって困るものじゃないし、たくさんもらっていこう。
特に水分は、さっきみたいなこともあるかもしれないし、念入りに。
絆創膏も必要かな。擦り傷の処置でほとんど使い切ったから。
と、おや?
売店の一角、レジの近くに『おみやげコーナー』というつり看板が下げられた場所があった。
「…………」
"おみやげ"――まさかとは思うけど、
参加者を意識したわけじゃないよな。
もしそうなら、すごい皮肉だ。
しかし、そう思いつつも、
僕は『おみやげコーナー』の商品を、
片っ端からデイパックに放り込み始めた。
この売店にどういう意図で『お土産コーナー』が設けられているかは定かでないが、
参加者に対する皮肉かもしれない"おみやげ"を買う(貰う)
という行為は想像するだけでぼくらしい被虐嗜好を刺激され、
収集せずにはいられなくなってしまう。
こんな挑戦的な『つり看板』を見せられてなお、
"おみやげ"を手に取らないようでは、
それはもうぼくであってぼくではないと言えよう。
見ている人なんていないけれど、
もしかしたら隠しカメラで監視されているのではないかと思うと、
そのカメラごしにいるたくさんの人々の視線が全て自分を向いているようで
(「なんであの参加者、なんの役にも立たない"おみやげ"をあんなに必死に集めているんだ?」
「もう第一回放送も過ぎたのに、ドッキリ番組だと思い続けているのか?」
「そういえば奴は死体をみても大して動揺してなかったよな。作り物だと思ってるのかもしれない」
「きっともらった"おみやげ"は家に持ち帰れると思ってるのよ」)
ぞくぞくする。
ああ、自意識過剰ってたーのし。
……まあ、死体が本物かどうか見間違うことはないけれど、
ドッキリ番組であって欲しいとはいまだに思っている。
ようするに、一種のストレス発散行為。
2
そんなことを思いながら、"おみやげ"を次から次へと手にとっていく。
――しかし、作った人の頭を疑うようなものばかりだなぁ。
『キシシキの苦い思い出』
――竹と釘バットと殺人鬼がつけてそうな仮面がデザインされたキーホルダー。
『タマモとヒトシキの愛の姿焼き』
――女の子を肩車した男の子(ただし、よくみるとナイフを喉元に突きつけられている)のクッキー。
『リスカの手錠』
――手錠の形をしたメモクリップ。ただし、ところどころ赤い。
『エモンザエモンのお面』
――"不忍"と書かれたお面。試しにかぶってみたら、何も見えなくなった。
他にも、
『箱庭学園第98・99代生徒会長の銅像(文鎮)』
『マヨイのリュック(消しゴム)』
『イオリとソウシキ――受け継がれるもの(ハサミが描かれたタペストリー)』などなど。
誰が欲しがるのかわからないものだらけ。――"おみやげ"なんてそんなものかもしれないけど。
と、デイパックに放り込み続けていた僕だったが、ある"おみやげ"を見て考え込んでしまった。
『チョウシのメガネ』――なんの変哲もないメガネ。S,L,Mサイズの三種類。そして伊達。
……"チョウシ"って、僕のことだろうか。
うすうす気づいていたけど、ここの"おみやげ"は参加者に関係したものらしい。
表記こそカタカナだけど、名簿と見比べてみれば一目瞭然だ。
となると、このメガネは僕をイメージして作られたものということになる。
けれど、僕は今までメガネをかけたことなんてない。
どういことだろう? ――いや、考えるまでもない。
簡単なことだ。そもそも、手錠や釘バットなんて奇天烈なものが、
参加者と関係あるなんて普通はないだろう。
だから、これら"おみやげ"は参加者に対する嫌がらせなんだろう。
恐らく、それぞれが幼少期の痛い思い出を呼び起こすようなものに違いない。
では、僕の場合はどうか?
もちろん、僕はこのメガネを見ても何かを思い出すことはない。
しかし、嫌がらせになれさえすれば問題ないのだから、
必ずしも参加者に関係あるものである必要はない。
ならば、このメガネにこめられた意味はこうではないだろうか。
"お前にはこのメガネがお似合いだ"――と。
「…………」
うわー、被虐心をくすぐられるなぁ。
こりゃあ、かけずにはいられないよ。
S、M、Lの三種類があったので、Sを選んで迷わずかけた。
びっくりするぐらいピッタリだった。
……僕の顔に合わせたサイズを用意するなんて。――僕の予想はどうやら正しいようだ。
辺りに鏡がないから似合っているかはわからないけれど、つけていて違和感はない。
せっかくだから、しばらくつけていよう。――うわあ、ぞくぞくする。監視カメラないかなぁ。
さて、被虐心も満たされたことだし、『おみやげコーナー』はこれくらいにしよう。
それはそうと、この建物、見た目と中身のギャップが激しいな。
見るからにVIP御用達って感じなのに、並んでいるのは駄菓子やコンビニ弁当。
"おみやげ"は誰が買うのかわからないようなものしかない。
レストランのコーヒーは紙パックのインスタントだったし。
まぁ、参加者向けと考えれば納得だけど。
――しかし、いつのまにか、道具の現地調達が当たり前になってしまった。
元々、支給品を取られたのがきっかけだったけど、自然に行ってる自分が新鮮だ。
――まぁ、"慣れた"ってことかもしれないけど。
――ん? この空間は……。
入り口近くの陳列棚の一部が、ぽっかりと空いていた。――あたかも、誰かが持っていったかのように。
この売店は商品の質こそ平凡だが、その充実振りはすごい。それだけに、その空白は目を引いた。
――さて、こんなものかな。
一通りを見終わったので、今回の戦利品を確認する。
菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、虫除けスプレー、中華なべ、懐中電灯、絆創膏、"おみやげ"、etc.
できれば金属バットみたいな、
長くて武器になるものが欲しかったけれど、
仕方がない。
レストランも回ったけれど、
大したものはなかったし。
それよりも……ちょっと貰いすぎたかな。
どうみても"おみやげ"が邪魔だ。
でも、今捨てると負けた気がするからしばらくは持っておこう。
さて、後は――二階の展望スペース、か。
「…………」
誰かが、いるのだろうか。
一階は一通り調べた。
人の気配はなかったけれど、
人のいた痕跡はあった。
レストランには飲みかけのコーヒーがあったし、
売店には空っぽの陳列棚。
エレベータを確認してみる。
この展望台に階段はなく、
二階へ行く手段はこの二台のエレベータだけ。
そして、階数表示のランプは、
それぞれ一階と二階を示している。
ここ、展望台を誰かが訪れたの間違いない。
でも、いまだにいるとは思えない。
なにせ、ここを含むB-6エリアは9時からの禁止エリアに指定されてしまった。
まして、二階にいるなんて考えられない。リスクが高すぎる。
たとえば、二台のエレベータを両方とも一階に下ろして、
扉の間に椅子でもはさんで動かなくしてしまえば、
それだけで詰むことができる。
この展望台の高さじゃ、
飛び降りることもできないから、
時間が来て爆死するのを待つしかない。
少なくとも僕だったら、
禁止エリアが関係してなくても、
長時間二階にとどまったりしない。
だから、人はいない――はず。
けれど、もし、人がいて、その人が危険人物だったら――
詰むのは僕だ。
「まぁ、いるわけないか」
ここについてから三十分は経ってるし。
八時半くらいまでは、ここにいる予定だけど、
その後どうするかは決めていない。
人をできるだけ避けたいけれど、
人がいないのはどこかなんてわからない。
簡単な望遠鏡くらいあるかもしれないし、そうでなくとも、
周りを見渡せる展望スペースはぜひとも行っておきたかった。
ピンポーン。
エレベータの扉が開く。
僕は一階を念のため見渡してから乗った。
扉が閉まる。
念のため、手には三徳包丁と中華なべ。
腰には虫除けスプレーをさし、エレベータのすみに身を寄せる。
ふと、エレベータに備え付けられた鏡に目がいった。
そこには、三徳包丁と中華なべを構え、メガネをかけて女装した僕がいた。
……お母さん、ごめんなさい。
ピンポーン。
二階に着いたようだ。扉が開く。すると――え?
「よぉ、遅かったじゃねえか」
狐の面をかぶり、片手にマンガを持った男が、すぐ目の前にいた。
◇ ◇ ◇
僕は――動けなかった。
その予想外の事態に。
本来ありえない、人がいるという現実に。
そして――狐の面をかぶり、マンガを持った、その男に。
僕は呑まれていた。
「あんまり遅えから、待ちくたびれて、
こっちから行こうかと思ってたところだぜ。
長々となにやってたんだ。
――おい、いつまでそんなところに突っ立ってるんだ。
扉が閉まっちまうぞ」
そう言って、狐面の男は扉が閉まらないように、エレベータのボタンを押さえた。
「あぁ、すみません」
――親切な人だな。
僕はそんな場違いなことを考えながら、エレベータの外へと出た。
それと同時に、頭が正常な思考を取り戻す。
いや、何が親切だ。これで、僕は逃げられなくなった。
どうする? 先に動くか。
この距離ならスプレーだって届くだろうし。
……でも、エレベータが閉まるまで大丈夫かな。
あのお面も問題だけど、これ、ただの虫除けスプレーだし。
包丁も、過剰防衛って感じがする。……うーん。
狐面の男をうかがう。
手にはマンガだけ。
ぱっと見、武器を持っているようには見えない。
お面に隠れて表情は分からないけど、襲ってくる気配もない。
「あの、一応確認しますが、あなたは殺し合いにはのっていないですよね」
「『殺し合いにのっていない』。ふん。そう、かまえるなよ。
俺はお前を襲う気はねえ。――お前が俺を襲う気がないようにな」
――本当だろうか。
そのまま、しばらく様子を見るも、狐面の男に動く様子はない。
僕はひとまず安心して、構えていた三徳包丁と中華なべをおろした。すると、
「あぁ、それでいい。可愛いお嬢ちゃんに、そんな物騒なものは似合わないからな」
そう、言った。
で、僕は一応弁解する。――こんな格好で参加させた主催者たちをちょっとだけ恨みながら。
「申し訳ないんですけれど、こんな格好こそしてますが、
僕は男です。串中弔士、中学一年生です」
「『僕は男です』。ふん。あんまり可愛らしいから、
男だなんて思わなかったぜ。
まぁ、男だろうと女だろうと、そんなことは同じことだが」
「…………」
『男だろうと女だろうと同じこと』――え? まさか、この人も変態?
この実験ってもしかして、変態だらけ?
……いや、僕だって自称マゾの変態かもしれないけど。
……でも、僕にそんな趣味はない。
――まぁ、冗談……だろうし。
と思いながら狐面の男を見ると、
彼はジロジロと舐め回すように、
僕を眺めていた。
――まさ……か。
「幸先がいいぜ。アプローチを変えることに決めて早々、こんな"上物"と<<縁>>が合うなんてな」
狐面の男はそう言って、"犯しそうに"笑った。
……嘘ですよね? もしかして、ピンチ?
命の危険はなさそうだと安心したけど、
これは貞操の危機かもしれない。
らしくもなく、顔が引きつる。
思わず、一歩引く。
未知の恐怖が体に走る。
「おい、弔士」
「は、はいぃ!」
い、嫌だ! そんなの、殺されるほうがマシだ!
――いや、いっそ殺してやる! 殺すしかない!
せ、正当防衛だ! 僕は悪くない!
ま、まずはスプレーで目を狙って、それから――
「俺の手足となれ。お前を<<十三階段>>に加えてやる」
それから、包丁で――って、え?
「<<十三階段>>?」
僕は思わず聞き返していた。
スプレーを狐面の男の目前に、構えた状態で。
けれど、狐面の男はスプレーなど、
視界に入っていないかのように話を続ける。
「平たく言えば、俺の部下だ。世界を――いや、物語を終わらせる為の、な」
あぁ……なんだ。そういうことか。
へんな勘違いをして、パニクって。
馬鹿みたいだ。僕らしくもない。
……でも、よかった。本っ当によかった。
――と、それはともかくとして、
つまり、優勝を目指して手を組もうってことかな。
「『優勝を目指して』。ふん。
そんなちんけなものに興味はない。
俺が関心を向けるのは物語の終わりだけだ。
――世界という名の物語のな。
お前にも見せてやる、"終わり"を。
俺とともに来い、弔士」
"終わり"――この実験を壊すってことかな。
でも、そういうニュアンスでもなさそうだけど。
まぁ、それはともかくとして、
「僕のことを評価してくれるのはうれしいのですが、
あいにく、僕は誰とも関わるつもりはないんです。
積極的に動いたところで僕にどんな得があるんですか。
僕だって優勝に興味はありませんから。
せいぜい、誰かがこの実験をめちゃくちゃにしてくれるのを祈るだけです。
それに、人にものを頼むのには、それ相応の態度というものがあるのではないでしょうか。
僕は単なる一中学生ですが、ここではお互い単なる一参加者です。もっと誠意というものを――」
「ふん。なんだ、土下座でもすればいいのか」
と、狐面の男は、床に手をつき膝をつき、頭を下げていた。
「いやいやいやいや! やめてください! 冗談です! 頭を上げてください! お願いします! <<十三階段>>になることを考えますから!」
止める間なんてなかった。
狐面の男はストレッチでもするような気軽さで土下座をしてしまった。
「ふん。じっくりと考えるんだな」
「はい! 考えます! ありがとうございます!」
からかわれたって感じじゃない。
きっと、この人にとってプライドなんて、
大した問題ではないんだろう。
僕とは役者が違いすぎる。
狐面の男は、ベンチに向かうと、
座ってマンガの続きを読み始めた。
隣には数冊のマンガが平積みされている。――あれ?
「つかぬことをおききしますが、もしかしてずっとここ――展望スペースにいたのですか」
「そんな訳がないだろう。俺だって人間だ。
同じ姿勢でいれば疲れるし、生理作用だってある。
眠くもなれば、腹だってすく」
――のどが渇けばコーヒーくらい飲むさ。
と、狐面の男は締めくくった。
――あぁ、この人は『本物』だ。
迷路先輩にだって劣らない『本物』だ。
僕とは違う。
『偽者』の僕とは。
「謙遜するなよ。お前は『本物』だ。この俺が言うんだ、間違いあるまい。
弔士、お前は『偽者』なんかじゃねえ、まごうことなき『本物』だ。
――とはいえ、『本物』も『偽者』も大した違いはないだろうが、な」
――そんなのは同じことだ。
そう言って、狐面の男は手にしていたマンガのページをめくった。
「買いかぶりですよ。誰がなんと言おうと僕は『偽者』です」
そう、いかれた、『偽者』。
「それに、僕にいったいなにができるんですか。こんな"異端"な場所で」
知識もなければ技術もない。
腕力もなければ武道の心得があるわけでもなし。
そして、支配している駒もなければ、
駒を支配する時間もない。
そんな僕にいったい何ができるのか。
「『こんな"異端"な場所で』。ふん。
"異端"の反対は"正統"だったか。
――だが、ここは本当に"異端"なのかね。
なぁ、"どこが異端なんだ"。比べてみろよ。
お前がかつていた場所――お前の言うところの"正統" ――
と、ここ――"異端"だったか――の、"どこが違うんだ"。
――何も違わねえだろ。
そもそも"正統"なんざ存在しねえのさ。
そんなもの――"慣れてしまえば同じこと"、だろう」
「…………」
そう言われて――僕は言葉を返せなかった。
"慣れてしまえば"――確かに、僕は慣れつつある。
建物に入れば当然のように物を集め、
死体を見ても当たり前のように驚かず、
人を見かければ自然に警戒し観察する。
僕はこの"異端"な状況に慣れつつある。
慣れてしまえば、
"異端"だって"正統"になってしまうんじゃないだろうか。
"非日常"や"異常"が、"日常"になってしまうように。
僕この世界を認めてしまえば、
それは"異端"ではなく"正統"になるのかも――いや、なってしまうだろう。
でも――
「でも、――"異端"か"正統"か――できるか否か――以前に危険すぎますよ。
リスクが高すぎます。危険な目に会うのは、ごめんです」
だって――死にたくはないのだから。
「ふん。それについては同感だ。俺だって死にたくはない。
こんなおもしろい物語の終わりを見ることができないなんて、堪えられないさ。
だが、死なないために物語と関わることを放棄するつもりはねえよ。
――弔士、お前はどうなんだ。物語を味わいたくないのか。終わりを見たいと思わないのか。
それとも、関わることなく生き延びたとして、その先に何かがあるのか、お前には。
なぁ、弔士。"お前には何か違ったものでも待ってるのかよ"」
「…………」
『その先になにがある』――何があるんだろう。
仮に、この不気味なほど素朴で、異端な、囲われた世界から、
帰れたとして、行き着く先は上総園学園。
結局、囲われていることには変わらない。
同じ――かもしれない。でも――
「確かに、帰れたところで何かが待ってるとは思いませんよ。
退屈だし、囲われていることには違いがない。
――でも、生きていれば未来があるのではないでしょうか。
学校だって、いつか卒業できます。
そうすれば、何かが変わりますよ。
でも――ここで死んだらお終いだ。
"終わり"だ。
興味がない、って言ったら嘘になりますけど、
命を賭けるほどの価値があるとも思いません。
生き延びられるとも思っていませんが、
せいぜい未来に期待しますよ。
それこそ――"同じこと"でしょう。
今に期待しても未来に期待しても」
そう、僕は嘯いた。
僕がこの状況に惹かれているのは否定しようがない。
口ではああ言ったものの、
こんな"楽しそう"なことが未来に起こるなんて思えない。
それに、ここには"おもしろそう"な人があふれている。
今まで会った六人の内、
少なくとも三人は『本物』だったし、
残りの人たちだって十分にキャラ足りうる素質を持っていた。
時間はともかく、キャラクターだけなら支配するに不足はない。
――本当、ちょっかいをかけたくなる。
けれど――そんなことはできない。
光に誘われて落ちる蛾よろしく、死んでしまうのがオチだろう。
なんたって、僕はただの中学生。
『本物』じゃなくて、いかれた『偽者』なんだから。
迷路先輩だってあんな簡単に死んでしまったんだから、
同程度のこの人に付いていったところで何かが変わるとも思えないし。
「言うじゃねえか。ますます欲しくなったぜ。やはり俺が見込んだとおり、お前には物語の登場人物たる素質があるようだな」
「もういいですよ、そういうことで。『本物』でも『偽者』でも好きなように呼んでください。――そういえば、話題を変えますけれど、……えーと」
そういえば、名前聞いてなかったな。
「おっと、今はまだ、名乗るときじゃない。名前なら好きに呼べ」
……なんだろ、この人。名前なんてなんであろうと同じとか言いたいのかな。
じゃぁ、狐のお面をかぶってるし、"狐さん"って呼ぶか。
「狐さんは僕がエレベータに乗って現れたとい、『遅かった』『待ちくたびれた』と言っていましたが、気づいていたのですか。僕が一階にいることに」
竹取山を登ってくる最中の僕をここから見つけたって可能性もあるけれど、違う気がする。
まるで謀ったかのようにエレベータが来るのを待ち受けていたし。
「そんなことか。簡単だ。こいつのおかげだよ」
そういって、狐さんはデイパックから手のひらサイズの物体を取り出した。
灰色のフレームとディスプレイだけの簡単なつくり。
そして、そのディスプレイの中心には点が一つ
――いや、よくよく見ると重なった二つの点が明滅しており、
さらにそこに注釈をつけるような形で、『串中弔士』『西東天』というメッセージが表示されていた。
「レーダー、ですか」
「あぁ、首輪探知機といってな。近くの参加者の位置が分かる便利な代物だ」
うらやましい。
僕なんて、ばかでかいねじと、斬れない刀を支給されて、
しかも、両方とも取られたっていうのに。
――それはそうと、狐さんの名前は『西東天』っていうのか。
『名乗るときじゃない』なんて言ってたけど、隠す気はないのだろうか。
でも、これなら狐さんについていくのもありかもしれない。
<<十三階段>>云々はともかく、この支給品があれば人を避けるのも簡単だし。
「うらやましいですね。他には何を支給されたのですか」
「ふん、きいて驚け。こいつ――拡声器だ」
ふぅん、拡声器か。まぁ、そんなところかな。
狐さんにばっかり当たりアイテムが集中しているのもおかしいか。
と、思ったら――
「どうだ、うらやましいだろう」
と、狐さんは言った。
え? うらやましい?
それはハズレ――というかトラップだろう。
「狐さん、分かってますか。
それを使うと人が集まってしまいますよ。
一見すると人探しに便利そうですが、
むしろ、危険な人を呼び寄せてしまうと思います。
まさか、使う気ではないですよね」
「馬鹿いえ。こんな早くに使ってどうする。まだ早すぎる。そのときじゃねえよ」
――そん……な。
背筋に冷たい汗が流れる。
"まだ"――それはつまり――"いつか使う"ということ。
「全く、ついてるぜ。
拡声器だけでも十分だというのに、探知機までくれるとはな。
この二つをセットで支給するとは、あいつらもわかってるじゃねえか。
これなら、集まってくる奴らとニアミスするなんて興ざめなことを心配する必要なくなるぜ。
――"加速した物語から読みはぐれることがねえ"」
……あぁ、なんてことだ。
狐さんが迷路先輩に劣らない? ――なんて見当違いだ。
とてもじゃないけど、迷路先輩と比べることなんてできない。
格が違うというより――破格だ。
世界の――物語の終わり。
もしかしたら、見れるのかもしれない。
楽しめるのかもしれない。
この人に付いていけば、"慣れることのない非日常"を。
決して"日常"に埋没しない、永遠の"異常"を。
味わうことができるのかもしれない。
それは――
それは、とてもおもしろそうだ。
――でも、そんなこと、本当にできるのだろうか。
だいたい、リスクが減るわけでもなし。
こんな人に付いていったら、犬死するに決まっている。
つまらない"異常"もつまらない"日常"も同じことだろう。
でも――"この人の描く異常は本当につまらないのだろうか"
「さて、どうだ。決心はついたか。何ならもう一度土下座してやってもいいぜ」
狐さんはマンガをパタンと閉じると、隣のマンガの山に詰み、立ち上がった。
「好きにしろ、弔士。お前が<<十三階段>>になろうがなるまいが、そんなことは同じことだ。だが――」
そして――
「弔士、俺はお前が欲しいぜ。くっくっく」
犯しそうに笑った。
【1日目/朝/Bー6展望台】
【串中弔士@世界シリーズ】
[状態]健康、女装、身体的疲労(中)、露出部を中心に多数の擦り傷(絆創膏などで処置済み)
[装備]チョウシのメガネ@オリジナル、三徳包丁@現実、中華なべ@現実、虫よけスプレー@不明
[道具]支給品一式(水を除く)、小型なデジタルカメラ@不明、応急処置セット@不明、鍋のふた@現実、出刃包丁@現実、
食料(菓子パン、おにぎり、ジュース、お茶、etc.)@現実、懐中電灯@不明、おみやげ(複数)@オリジナル、「展望台で見つけた物(0~X)」
[思考]
基本:…………。
?:できる限り人と殺し合いに関与しない?
?:<<十三階段>>に加わる?
?:狐さんについていく?
?:駒を集める?
?:他の参加者にちょっかいをかける?
?:それとも?
[備考]
※「死者を生き返らせれる」ことを嘘だと思い、同時に、名簿にそれを信じさせるためのダミーが混じっているのではないかと疑っています。
※現在の所持品は「支給品一式」以外、すべて現地調達です。
※デジカメには
黒神めだか、黒神真黒の顔が保存されました。
※「展望台で見つけた物(0~X)」にバットなど、武器になりそうなものはありません。
※おみやげはすべてなんらかの形で原作を意識しています。
※チョウシのメガネは『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』で串中弔士がかけていたものと同デザインです。
Sサイズが串中弔士(中学生)、Lサイズが串中弔士(大人)の顔にジャストフィットするように作られています。
※絆創膏は応急処置セットに補充されました。
【西東天@戯言シリーズ】
[状態]健康
[装備]拡声器(メガホン型)@現実、首輪探知機@不明
[道具]支給品一式、ランダム支給品(0~1)、マンガ(複数)@不明
[思考]
基本:もう少し"物語"に近づいてみる
1:弔士が<<十三階段>>に加わるなら連れて行く
2:面白そうなのが見えたら声を掛け
3:つまらなそうなら掻き回す
4:気が向いたら<<十三階段>>を集める
5:ときがきたら拡声器で物語を"加速"させる
[備考]
※零崎人識を探している頃~
戯言遣いと出会う前からの参加です
※
想影真心と
時宮時刻のことを知りません
※展望台の望遠鏡を使って、骨董アパートの残骸を目撃しました。望遠鏡の性能や、他に何を見たかは不明
※首輪探知機――円形のディスプレイに参加者の現在位置と名前が表示される。細かい性能は未定
最終更新:2012年10月02日 15:29